38年ぶりの阪神優勝で、昔関西にいた時の記憶がよみがえる。まだ新幹線が新大阪までの時で、そこから乗り換えて行く電車内の会話が関西の言葉だった。市場の仕事は午後3時過ぎに終わって、近所の銭湯に行くのだが、夜の仕事の反社の人と一番風呂によく出会う。最初は気にしていなかったが、そのうちに慣れてきて時間をすこし遅らせると銭湯で出会うことも無くなった。
寮のテレビはサンテレビと言って地元のテレビは阪神一色で、夕方は吉本のどつき漫才で東京では見られないのを放送していた。今では放送倫理で多分ダメだろう。
38年前に優勝した時はもう築地で働いていたので、同僚に阪神は今世紀に優勝は無いと予言してその通りとなった。あまりにも大阪の阪神ファンは激烈で単なるミスでもやる気を失うくらいのヤジが出る。優勝時の暴発は長年のうっぷん晴らしの機会でしばしば優勝する東京とシーズン中に1位となって慢心する阪神の差が秋口に差が出ていた思い出がある。阪神が優勝した38年前に日本はピ-クだった。そして間もなくバブル崩壊となり、今に至る。
例年の築地市場跡地に再開発案に球場建設を提案した所がある。どうなるのだろうか。電車の駅もあるから良いかもしれないし、船の便もあるだろう。