透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

小さな幸せ

2016-01-28 | A あれこれ

 結局、日々の小さな幸せの積み重ねなんだな、と思う。幸せな人生とは?という本質的な問かけに対する私の答えだ。大計を立てて、それに向かって長い期間、何年も努力する、そういうロングスパンな生き方もあることは承知してはいる。そう、オリンピック出場を目指して苦しい練習を重ねるというような。でも日々の小さな幸せの積み重ねだと私は思う。

普段は残業続きで帰りが遅く、夕食の前に風呂に入ってビールを飲むなどということはできない。出先から比較的早く直帰できることが偶にあるが、その日は食前の風呂とビールができる。そんな日は、幸せだな~と思う。日々こうしている人たちも多いだろうが、その人たちにしてみれば当たり前のことであって、それが幸せなことだとは感じていないだろう。

残業までするような仕事に就いていることは、失業中の人からすれば幸せなことだろう・・・。ケガをして歩行困難になってしまった人は普通に歩いている人が幸せな人に見えるに違いない。昨日と変わらない朝を迎えることができたことも幸せなこと。具合が悪くて起きることができない朝だってあるではないか。朝食を摂ることができるのも幸せなこと。一日満足に食事を摂れない人たちだって少なくない。例示すればきりがない。

ある出来事を幸運なことと捉えるか、不運なことと捉えるか。先日、朝のラジオ番組で聞いたエピソード。番組に出演していたある大学の教授が出張のために駅に車で行くと駐車場がどこも満車だったという。仕方なく自宅まで戻って小走りに駅に向かい、予定通り特急電車に乗ることができたそうだ。

これは幸運なこと?それとも不運なこと?大学教授が問いかけた。

人によって答えは違うだろう。結局電車に間に合ったのだから、よかった、幸運。満車で駐車できず、いったん家に帰らなくてはならなかったわけだし、また駅まで急いで戻らなくてはならなかったのは不運。

あまり冗長になってもいけない・・・、結論。

要は日々のいろんな出来事を幸運なこと、幸せなことと捉えること。先の例だと、電車に間に会ったのだから幸運だと解したい。日々の小さな幸せ、その積み重ねが幸せな人生になるのだから。