「Sさん」
「あ、こんにちは」
「またここで会ったね。ここにはよく来るの」
「時々」
「そう。スタバでコーヒーでも飲もう」
*****
「Sさん、突然だけど満月って聞いて何を連想する?」
「え、満月っていうと、うさぎ、かな」
「やっぱりそうだよね、うさぎだよね。Kさんに訊いたらだんごって言ってたけどね。でもさ、何でうさぎかな」
「ちいさい頃、聞いてました、月でうさぎがお餅ついてるんだって」
「もしそのことを聞いていなかったら、満月見たってうさぎだって連想できないと思うけどね。ワニやカニに見えるとか、本を読む女の人とか、あと何だっけ、編物をする女の人とかさ、国によって違うんだよね」
「ええ、先入観なしで見たら、何に見えるのかな、うさぎには見えないかもしれませんね」
「よく、心霊写真とかいってテレビでやるけど、あれだってここが目でここが口でとかって説明されなかったら、わからないのが大半だでしょ。そういう説明をされて初めて見えてくるんだよね」
「そうですね・・・」
「だから小さい子どもにうさぎの話をしないで、満月の時何に見えるか訊いてみると、いろんな答えが出ると思うけどね。よくこのこの頃、個性を尊重した教育の実践とか聞くけどさ、月のうさぎみたいに初めに答えを教えちゃったら子どもたちの自由な発想が育たないと思うんだよね」
「なんです、今日は教育問題ですか」
「でもないけど。Sさん、覚えている?昔教室に日本地図って張ってあったでしょ」
「ええ」
「日本地図って北海道が上になるように張ってあるでしょ」
「そうですけど、それって決まってるんじゃないんですか? 北を上にするって」
「かも知れないけど・・・、でも上下逆に見ると、日本列島ってまるっきり印象が違うんだよね」
「でも九州が上になった地図なんて見たことないですけど・・・」
「そうだよね、でも先生がときどきそうしてくれたら、子どもたちの日本に対するイメージが変わるって思わない?」
「変わるかもしれませんね。でもそれが何か・・・」
「そうすれば子どもたちっていろんな発想すると思うけどな」
「官僚だか政治家だか知らないけど、九州を上にして日本地図を見てさ、日本のグランドデザインというか、例えば高速道路の計画をしたら、今と同じなったと思う?」
「そうか、ならなかったかもしれませんね」
「でしょ。だから大事だと思うよ、地図の張り方。それから、絵本に出てくるような地球の断面のイラストね。スイカの皮より厚く地殻を描いてあるイラストだけど、あれがいけないんだよね。すごく丈夫なイメージだから地震がいつ起こってもおかしくないなんて思わない。そんなんじゃ、防災意識なんて育たないよ。卵の殻みたいに薄くって、しかもゆで卵みたいにひびだらけってイメージできたら、もっとみんな地震に備えると思うけど。ちょっと飛躍してるか」
「そうか、初めの印象って大事なんですね・・・」
「こんなの極端な例かもしれないけど、案外こんなことって世の中に多いかもね」
「そうですね」
「それに世界地図も問題だよ」
「世界地図ですか・・・」
何とか図法、メルカトル図法? 名前忘れたけど、シベリアがやたら大きい世界地図」
「でも最初にあの地図を見たわけですから、実際の形とは大分違うなんてことは分からなかったです」
「あの地図を子どもたちが最初に目にするってどうなのかね、僕は地図より先に地球儀を見せるべきだと思うけど」
「ええ、確かにそうかもしれませんね」
「そうしないと正しい地球観っていうか、それが育たない。映画の「ET」ね、あの映画で子ども部屋に地球儀が置いてあったのを覚えている。宇宙を扱った映画だから演出かもしれないけど、印象に残っている」
以下省略
070719の記事 改稿