■ 『八月六日上々天氣』長野まゆみ/河出文庫を読み終えた。物語は昭和16年暮れの東京に始まり、昭和20年8月6日の広島で終わる。
東京の女学校に通う15歳の珠紀と彼女を慕う4歳年下の従弟・史郎。物語では互いの心模様の変化の軌跡が記される。史郎は珠紀に淡い恋ごころを抱き、珠紀も史郎が気になる存在に。淡々と流れる日常は次第に戦争の色彩を帯びてくる。
やがて珠紀は史郎の担任だった教師・市岡と結婚。市岡は軍に志願し、珠紀は市岡の郷里の広島へ移り住む。そして史郎も海軍兵学校を受験するために広島へ。そして物語はあの日に向かって進む、そして運命のその時・・・。
**八時過ぎごろ、台所のガラス戸がやけに振動するので、珠紀は庭へ飛びだした。
「小母さん、今、地震があったのじゃないかしら、」
「東京とちがうけん、ここいらじゃ、やたらと地震なんてありゃせんよ。」
「そうよねえ、」**(139頁)
長野さんはこのようにその時を間接的にさらっと描くにとどめている。この日の朝、汽車で広島駅へ友人に会いに出かけた史郎は・・・。
突然断ち切られた静かな日常が逆に効果的で、広島に投下された原爆で多くの人たちが命を奪われたことが鮮明に浮かび上がる。
印象に残る作品だった。
偶々8月6日に長野まゆみさんの講演を聴き、その時に買い求めた『八月六日上々天氣』。作品とのこのような出合いに何か縁を感じる。
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昔読んだ井伏鱒二の『黒い雨』には原爆が投下された広島の惨状が紙幅を割いて具体的に描写されてはいなかったか。