360
■『「私」をつくる 近代小説の試み』安藤 宏(岩波新書2015)読了。
**どのような小説にも実は隠れた演技者である黒子が存在していて、さまざまな矛盾を解消すべく、独自のパフォーマンスを繰り広げているのではあるまいか。**(はじめに ⅱ)
著者の安藤氏はこの黒子を「私」と名付け、次のように続ける。
**潜在する「私」がある時は登場人物をよそおい、ある時は「何でもお見通し」をよそおっているのだと考えてみると、小説表現の演技性が、よりはっきりと浮き彫りにされるように思われるのである。**
**隠れた「私」の役割に着目することによって、近代の名作と言われてきた小説群がこれまでとかなり違って見えてくることに、おそらく新鮮な驚きを感じることになるだろう。その意味でも本書は近代小説の読み解き方のガイドであり、小説表現の歴史を大きく概観するための道案内でもある。**(はじめに ⅲ ⅳ)
「はじめに」をきちんと読めば著者が何を書き、読者に伝えたいのかが分かる(それが分からないような「はじめに」はダメ)。
本書で安藤氏は作家たちが作品中にどのような「私」をどのようにつくり出してきたのか、二葉亭四迷、夏目漱石、志賀直哉、太宰 治、川端康成といった作家たちの作品から彼らの試行錯誤を読み解いている。本書の「「私」をつくる」というタイトルはこのことを示している。
小説において「私」が果たしている役割に着目した目から鱗の文学論。