透明タペストリー

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「イモと日本人」を読む

2025-02-15 | A 読書日記


 速読で事足りる流動食のような文章で書かれた本もある。よく噛まないと食べることができないような読み応えのある本もある。『イモと日本人 民俗文化論の課題』坪井洋文(未来社1979年12月25日第1刷発行、1983年1月第8刷発行)は後者。

本書は、松本市内の古書店・想雲堂で買い求めていた。しばらく積読状態だったが、ようやく読み終えた。本書の内容を帯の**単一文化論へのアンチテーゼ**というコピーが的確に表している。

「縄文時代と弥生時代はどんな時代だったか、簡潔に言うと?」 このような問いには、「狩猟採集の縄文、稲作の弥生」と答えるのでは。問うた人は「正解!」と発するだろう。著者の坪井氏はこの答えを否!として、そのことについて本書で論理的に、そして緻密に論考している。

稲作文化起源=日本文化起源論 再考

稲作文化を日本文化の起源と捉え、この単一文化が一元的に発展してきたという考え方に坪井氏は異を唱える。畑作農耕に注目し、水田稲作農耕と等価値があるものと捉えているのだ。

坪井氏は農耕の弥生時代起源論は『記紀』などを典拠とする神話を史実とする史観を肯定的に捉える側に力を与えてきたとし、それが学校教育によって補強されてきたことを指摘する。そして、更に次のように続ける。

**稲作を基盤とした単一文化の一元的発展という形で、単純に日本文化を稲作農耕文化と規定するばかりでなく、稲作にかかわる民俗諸現象の比較を通して、その原型をとらえるという志向を強め、変化の過程の追求に関する民俗的意味の認識が欠落しがちになり、文化の起源論や系統論といった、一義的目的と短絡する面を露呈することがあった。その結果、稲作農耕に先行する農耕技術の存在や文化要素の存在の可能性とか、複数の農耕文化を仮定する視点といった、文化の多様性を考える方向を、その方法自体のなかに持つことがなかったため、文化を構成する諸要素のなかに存在する、稲作農耕文化以外の要素は排除するか、最初から対象とはしなかったのである。**(204頁)

研究対象としてきちんと取り上げらて来なかった畑作文化、畑作儀礼。

坪井氏は稲の生産過程における多様な儀礼において、畑作儀礼的要素は特殊なもの、稲作儀礼の模倣、亜流として扱われた、と説く。「餅なし正月」、正月に餅を搗かなかったり、食べなかったりする行事に注目して、全国にこんなにもあると、数多くの事例を紹介する。餅が主役ではなく、主役はイモ。紹介されている事例やその理由(わけ)を読むと、なるほど、稲ではなく、イモもありなんだな、と納得する。

日本は稲の文化だけではない、イモの文化もある。それも稲と対等な文化として。稲作農耕文化と畑作農耕文化が相互に関係を持ちながら、日本文化を形成してきた、と。このような観点を持たないと日本の民俗文化の多様性を体系的に描き出すことはできない。

しばらく前に読んだ佐々木高明氏の『日本文化の多重構造』のテーマとも重なる論考。