芝居の稽古も、少しずつ進んでいます。
芝居を始めてもう10年になりますが、毎回勉強になることばかり。
仕事もサッカーも、バンドも、僕は一人でやることには縁が無い。
では、一人で黙々とやる部分が無いかと言うとそうではない。
例えば、仕事。
一人でアイデアを練る。そしてそれに対する計算や技術的なプランは
他人に相談する前に、まず自分なりに全部計画を立てて行く。
そして僕の担当部分は、いずれ他の人間が作った部分と合体する。
いわゆる『個人プレー』から『チームプレー』に移行する部分だ。
これは音楽でも一緒。
まずは自分がやりたい演奏を個人的に練習する。
そして相方のCharlieにその考えを伝える。
相方との場合は、長いことやってるから『個人プレー』の部分の比率は低い。
それでも、何も練習しないで音出しに望むことは殆ど無い。
サッカーに至っては『個人プレー』の部分は、キックだったりトラップという
いわゆる個人技の部分。これも普段練習して居る事が大事になる。
でもサッカーの場合は、『個人プレー』は凄く大事だけれど、
『チームプレー』の中で生かされるのは、試合やゲームの中だけ。
基本的には仲間の出すパスに対応しないといけないから、
『個人プレー』はあくまで一人でレベルを上げるしかない。
芝居も一人では出来ないと気がついて、もう何年になるだろう。
台詞のやり取り、舞台上での動き、間合いなどは息を合わせないと
どうにも気持ちがいい芝居にはならない。
こういった『チームプレー』の中で、如何に自分が生かされるか?
それが僕の生きがいのような気がする。
だから、今のように孤立させられた途端に、自分の生き方が解らなくなる。
昨日、芝居の稽古を観ていて感じたことは『チームプレー』を
全く理解していない人が、何人もいるって言うこと。
幸いなことに劇中で『ラスカルズ』と呼ばれている『問題爺』の集団は
その『チームプレー』が凄く良い。
だから、何か失敗があっても誰かのせいにすることは無い。
お互いに『悪い、悪い・・・』と言いながら、悪いのは『チームワーク』だと
大人の対応で済ませるから、問題解決もスムーズに進む。
ところが、女性陣はそうじゃない。
唄一つとっても、何だか大声で張り合っているような唄に聞こえる。
そう言う人に限って、必ずと言っていいほど
『自分は上手い』とか『私はちゃんとやってる』と口にする。
所詮はアマチュア。僕らに上手い人など一人も居ない。
誰かと比べて、ちょっと上手いかも知れないけれど、そんなの阿呆みたいな話。
それなら、もっと高いレベルのところに行ってみなさい・・・・と僕は言いたい。
上を見たらきりが無い。
けれども上はいつも見ていないと自分のレベルは上がらない。
うちのサッカーチームには物凄い上手い奴が何人かいる。
それこそ、プロサッカー選手になってもおかしくなかった連中が・・・・・
そういう奴の凄いところは、自分のレベルを下げないように
個人的な練習をやりながら、試合ではレベルの低い『仲間』に合わせて
文句一つ言わず、自分の出来ることを惜しまずチームのために注ぐ。
20歳も歳が離れた後輩でも、そういう人間を僕は心から尊敬する。
そして、僕のチームはそういう人間が集まった、本当に良いチームになった。
芝居の稽古を観ていて、仲間を思う意識の欠如した人が如何に多いことか・・・・
集団でものを進めるときに大事なのは『如何に現状を良くするか?』
と言うことを常に考えている事。
『自分は上手い』とか思った瞬間に、人間は成長を止めるのです。