『やんちゃジジイ・ゆうちゃん』のイカすセカンドライフ

我儘で『やんちゃ』な爺さんの目標は、楽しく生きる事
周りにも笑顔を振りまいて、楽しくセカンドライフを生きる事。

僕らの劇団は『高齢者劇団』ではなく、『高齢者も居る劇団』

2015年02月20日 | Weblog

昨夜、夜9時からBSで蜷川幸雄さん主催の『さいたまゴールドシアター』が
パリで公演した『鴉よ、おれたちは弾丸をこめる』(清水邦夫作/蜷川幸雄演出)の
稽古開始から公演までのドキュメンタリーの放送が有ると友人からメールが有った。

この公演は昨年の11月14日~12月28日に、香港、東京、パリ、豊橋、川越で
公演されたもので、前年の2013年と同じ演目。

蜷川さんのこの老人劇団は2006年4月に創設し、55歳以上限定のプロの劇団。
発足時の団員は最高年齢80歳、平均年齢66.5歳だったと聞く。
そもそもの始まりは2005年に、蜷川幸雄が彩の国さいたま芸術劇場の芸術監督に内定し、
その彼がその年の暮れに『高齢者劇団の構想』を発表して、翌2006年2月に
「さいたまゴールド・シアター」の団員募集開始した。
応募者は20人程度の募集に1266人応募の狭き門だったと聞く。

蜷川さんはかねてから
「外国の芝居は実年齢の人がやっている。日本はだいたい若い人ばかりで、芝居の厚みが違う」
と話し、外国のあり方をうらやましく思っていた。
彼は更に
「老いていくことはいろんな人生の経験を重ねること。
年老いてきたことはマイナスじゃない。いろんな経験で喜びや悲しみは深いはずだ。
それを舞台に反映できる演技術、あるいは演劇が、一過性では終わらない
すぐれた演劇だと思っている。老いること、疲弊すること、経験を重ねることは、
必ず作品の解釈や役づくりに反映される。」

それがゴールド・シアターをやっている意味だと口にする。



実は僕が、今の劇団に参加したのが2005年。
翌2006年に初めて芝居の舞台に立ったけれど、芝居って言うものが良く判らなくて、
自分の公演が終わった直後に、この劇団の第一回公演を観に行った。
ハッキリ言って、凄いなぁ・・・・とは思ったけれど、何処か色気や華やかさが無く、心が揺さぶられない。
プロの劇団としては全く好きになれなかった。

良く僕らの劇団をこの『高齢者劇団』と一緒にされるんだけれど、全く違う。
そもそも我々の劇団は、まずアマチュアで有り仕事の合間を縫って稽古をやって居る。
うちの座長は
「老いていくことはいろんな人生の経験を重ねること。
いろんな経験を積んできたからこそ出来る芝居があって、それは決して若い人には出来ない。」

と蜷川さんと同じような事を言う。

僕がうちの劇団公演を初めて観た時に、下手糞ながらも観て居てエネルギーを与えられた。
『なんだよ…このヘタクソ芝居は・・・・・』から、終わる頃にはすっかり入り込んで、
『なんだよ…この芝居は・・・・・』と、胸に何かが込上げて来るような感覚に陥った。
それが僕が『劇団ステージドア』に参加しようと思った理由です。

でもね、蜷川さんの劇団には感動は有っても、エネルギーを分けて貰うような感じでは無かった。
演劇って、上手い芝居を見ても、心が動かない芝居はもう一度観たいとは思わないもの。
そう云う意味で、僕がリピーターになる芝居は、片手で数えるしかない。


そして、僕らの劇団は彼らの様な『高齢者劇団』ではなく、『高齢者も居る劇団』なのです。
芝居の脚本は、劇団員の年齢やキャラクターに合せて作られる。
そう云う意味では、座付きの脚本家が居る『シェークスピア』の劇団を模倣して居ると思ってます。
これこそ蜷川さんの言う「芝居の厚み」なんじゃないかな?

だから、いつも同じような配役になるのは仕方が無いのかも?
多少、無理がある役柄をやる事もあるけれど、うちの劇団の芝居は決して『高齢者劇団』じゃない。
そんな事を思いながら観たせいか?・・・・この番組の内容は後半全く覚えて居ない。

週末の稽古に備えて、台詞がすぐに飛んでしまう台本を読み返したのでした。

コメント
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