後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

東山魁夷の「馬車よ、ゆっくり走れ」と旧懐の情

2017年07月25日 | 日記・エッセイ・コラム
これは普通のことでしょうか。年を取ると昔のことがむしょうに懐かしくなるものです。自分が生れた仙台の向山や、少年の頃遊んだ八木山や霊屋下の情景を思い出し胸がかきむしられます。これを旧懐の情と言うのでしょうか?
旧懐の情は不思議なもので若い頃留学したドイツの暗い寒い冬のことが人生の折々に思い出されます。そしてドイツの中世の「遍歴徒弟の文化」を想像します。留学は遍歴しながら学問を身につける旅なのです。ドイツ語でシュティデーエン・ライゼと言いますが、その言葉はロマンと修行の厳しさ、そして暗い冬の寒さを連想させます。
ドイツは独特な文化を持っています。伝統を大事にし静かな思考を大切にします。街を歩くドイツ人は決してイタリア人のように陽気でありません。フランス人のようにお洒落をしません。何時も真面目で堅い雰囲気を持っています。45年前に留学したドイツにはそのような雰囲気が残っていたのです。当時、住んでいたたシュツットガルトやローテンブルグやクラウルシュタールの名前を思い出しただけで旧懐の情で胸が熱くなるのです。
そしてドイツの思い出を熱く書き上げた東山魁夷の「馬車よ、ゆっくり走れ]という本を思い出します。
東山魁夷は1933年から2年間ベルリン大学留学します。それは彼の遍歴徒弟の旅でした。第二次大戦前のドイツの良い時代でした。
そして画家として有名になった1969年に3ヶ月半、夫人を伴って西ドイツを北から南へ、そしてオーストリアへと旅行したのです。
昔の下宿した街や路地を馬車をゆっくり走らせてめぐります。35年も前の昔の思い出が心に溢れ、馬車をゆっくり、ゆっくり走らせます。
ベルリンの冬の暗さや静かな思考がよみがえってきます。そして修行の苦しさも描かれています。
その東山魁夷は非常に優れた日本画を残しました。1908年(明治41年)に生まれ1999年(平成11年)に旅立ました。
1番目の写真に彼の作品の「年暮る」(1968年 紙本・彩色 山種美術館)をお送りします。

この作品は寒い京都の町に雪が降り、年が暮れていく情景を描いたものです。
私はこの作品が大好きです。東山魁夷が遍歴の旅で逗留したベルリンの冬を思い出しながら描いた風景画のように思えるのです。
お寺の本堂を囲むように密集した家々の屋根に雪片が降る美しい光景です。私にはこの絵の下敷きにドイツの冬の思い出があると想像しています。
ドイツの思い出は町の名前を見ただけでよみがえって来ます。
そこで2番目の写真にドイツの地図をしめします。

このドイツの地図の出典は、http://www2m.biglobe.ne.jp/ZenTech/world/infomation/q036_map_germany2.htm です。
ハンブルグ、リューベック、ブレーメン、アーヘン、ハイデルベルヒ、トリアー、ゴスラー、ローテンブルグ、ニュルンブルグ、ミュンヘン、シュツットガルト、チュービンゲン、バーデンバーデンなどと町の名前を書いていると懐かしさで胸が一杯になります。
懐かしさは個人的なものです。例えば3番目の写真はローテンブルグの城壁の後ろ側の写真です。

この写真の出典は、http://mogloguk.blogspot.jp/2016/04/blog-post_21.html です。
私は1969年の夏から秋にローテンブルグに滞在しました。午後はこの写真のような城壁に登り壁の上を散歩しながら城壁の外の麦畑を眺め、内側の赤屋根の街を見下ろして物思いに耽っていました。
その思い出のローテンブルグの風景写真を4枚お送りします。
写真の出典は3番目の写真と同じです。








東山魁夷の「馬車よ、ゆっくり走れ]にはこのローテンブルグについて次のように書かれています。
・・・・これから、いよいよ、こんどのドイツ旅行の、私にとって中核ともいうべき、三つの古い町を次々に訪れることになる。しかし、それらは皇帝の都でも、司教の町でもなく、中世のありふれた自由都市が、そのままの姿で残った小さな町である。そして、私の心を最も強く引き付ける、ありふれた市民の町である。・・・・ローテンブルグ、追憶の古都、霧が晴れた。
木々の生い繁る緑の丘の上に、城壁に囲まれた古い町の姿が現れる。城門の櫓や、教会の尖塔をいくつも聳え立たせ、傾斜の急な赤い瓦の破風屋根を並べた中世そのものの町が見える。
ローテンブルグ、私にとって故郷ともいうべき響きを持つこの名。・・・

このように私の個人的な思い出を書いているとキリがありません。今日はここで終わりにします。お読み頂きまして有難うございました。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈りいたします。後藤和弘(藤山杜人)