後藤和弘のブログ

写真付きで趣味の話や国際関係や日本の社会時評を毎日書いています。
中央が甲斐駒岳で山麓に私の小屋があります。

「堂々とそして華麗に咲く一本桜の姿」

2023年03月30日 | 写真
堂々とそして華麗に咲く一本桜の姿です。
1番目の写真は美しく雪化粧をした岩手山を背景に、小岩井農場の緑の大地に根を張る一本桜です。
2番目のです。福島県三春町の「日本三大桜」のひとつで、国の天然記念物の「三春滝桜」です。3度ほど見に行きました。
3番目の写真は埼玉県 北本市の石戸蒲桜です。東光寺の境内にある国の天然記念物に指定されている名木です。
4番目の写真は千葉県 印西市の吉高の大桜です。
印西市吉高地区にある樹齢300年を超える孤高の一本桜です。
5番目の写真は山梨県韮崎市の「わに塚の一本桜」です。ここは自分の山小屋に近いので何度も見にいきました。

「花見の歴史と江戸時代のお花見の様子」

2023年03月30日 | 日記・エッセイ・コラム

東京地域の櫻は終わりかけ散りはじめました。しかし日本は南北に長くあるのでこれから桜が満開になる地方も多いと思います。

今日は日本のお花見の歴史を簡略に書いて、その後で江戸時代のお花見の様子をご紹介したいと思います。

桜の花見は日本の春の重要な風物詩です。桜は開花から散るまでの期間は2週間足らずであり、「花吹雪」となって散り行くその姿は人の命の儚さになぞらえられたりします。独りで花を眺めるだけでなく、多人数で花見弁当や酒を愉しむ野外宴会を開くことが江戸時代からおこなわれて来ました。花を見ながら飲む花見酒は風流なものです。そして乱痴気騒ぎとなることも珍しくありません。また花見は外国からの観光客の来日目的になったりしています。お花見の歴史を簡略に書きます。

花見は奈良時代の貴族の行事が起源と云われています。初は中国から伝来した梅を鑑賞しながら歌を詠んでいました。平安時代以降は次第に桜をめでるようになります。

鎌倉・室町時代に入ると武士階級に花見の風習が広がり、安土桃山時代には豊臣秀吉が桜の名所として知られた奈良の吉野山や京都の醍醐寺で盛大な花見を催しました。

江戸時代になると庶民の間にもお花見が広がり江戸末期には非常に盛んになりました。現在の花見は井戸末期から続く風習です。春の風物詩です。

それではお花見の様子を示す写真をお送り致します。写真の出典は、花見 - Wikipedia です。

1番目の写真は飲食を主にした花見の様子です。

2番目の写真は野外の新鮮な空気の中で悠々と花見を楽しんでいる様子です。

3番目の写真は江戸川の1910年の花見の様子です。(「東京名所写真帖」 1910年7月発刊)

4番目の写真は歌川広重の「浪花名所図会 安井天神山花見」です。(1834年頃)。踊りに興じる花見客と花見弁当に酒や三味線も見えます。

5番目の写真は墨堤(隅田川の堤)の花見客を描いた三代広重の「東京名所第一の勝景墨水堤花盛の図」、1881年です。

こうして見ると現在の花見は井戸末期から続く春の風物詩ということが分かりです。それにしてもこの間、日清戦争や日露戦争や太平洋戦争があったのにお花見の伝統は変わらず続いて来たのです。これからもお花見の文化を守ろうと思います。

今日は日本のお花見の歴史を簡略に書いて、その後で江戸時代の花見の様子をご紹介致しました。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈りいたします。後藤和弘(藤山杜人)


「都立武蔵野公園で美しく咲く桜の写真を撮りに行った」

2023年03月29日 | 写真
今日は晴天です。午後から都立武蔵野公園まで行って、美しく咲く桜の写真を撮ってきました。同じ小金井でも都立小金井公園のソメイヨシノは10日も早く咲きます。
しかし都立武蔵野公園のソメイヨシノは今が満開です。枝垂れ櫻も咲き始めました。その写真をお送り致します。

「人類の文化を豊かにする少数民族の写真」

2023年03月29日 | 日記・エッセイ・コラム
世界には多くの少数民族が住んでいます。その多様な文化が人類の文化を豊かにしています。文化人類学を趣味にしている私は様々な少数民族が重要と信じています。しかし生活の便利さを追求する近代化によって少数民族は次第に絶滅の可能性があるのです。高度に発達した世界が少数民族を絶滅させたなら人類の大きな悲劇です。そうならないことを強く祈ります。
今日はアジアの少数民族の写真を示そうと思います。
まず中国やベトナムの山地に住むミャオ族の写真です。ミャオ族は総数、1100万人位です。
1番目の写真はミャオ族の伝統衣装を着た少女たちです。詳しくは、https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%A3%E3%82%AA%E6%97%8F をご覧下さい。
2番目の写真はミャオ族の建物と正装したミャオ族の人々です。写真の出典は、1番目の写真はと同じです。
 
ミャオ族の言語はミャオ諸語で宗教はシャーマニズム、仏教、キリスト教他です。
ミャオ族(中国語: 苗族) は、中国の国内に多く居住する民族集団で、同系統の言語を話す人々は、タイ、ミャンマー、ラオス、ベトナムなどの山岳地帯に住んでいます。自称はモン族と言います。中国に住む55の少数民族の一つです。
 
次は漢族ですが宗教だけが違う回族をご紹介します。
3番目の写真は中国に住んでいる回族です。出典は、「回族」を検索して、出て来た写真をお借りしました。
回族は漢族ですがイスラム教を信仰している人です。服装はイスラム教の伝統的なものを祭日に着ています。ですから中近東風の格好をした漢民族なのです。宗教だけが違うので回族と呼んでいます。北京に行くと街で白い帽子を被った男が多数歩いています。日本では考えられない異様な風景です。
人口は約900万人で、主に寧夏回族自治区に集中的に居住し、甘粛省、青海省、河南省、河北省、山東省、雲南省などの地域に集中的に居住している区域があるそうです。
回族は広く分布し国各地に散在し、中国で分布地域の最も広い少数民族です。
回族のコミュニティには普通、モスクがあります。
言語は当然漢語を用いていますが、イスラムに関わる用語が混じっています。
姓名は漢族と同じですが、預言者ムハンマドの名から取った 「馬」 の姓が多く見られます。
回族は漢族などと雑居しながらもイスラムにのっとった生活を行い、漢族とは食習慣や冠婚葬祭などの習俗を大きく異にしています。この違いが回族の民族としてのアイデンティティの拠り所となっているのです。
次はに中国の少数民族の広西チワン族を示します。
4番目の写真は伝統衣装を着た広西チワン族です。写真の出典は、「広西チワン族」を検索して、出て来た写真をお借りしました。長い美しい黒髪の手入れをしています。
5番目の写真は広西チワン族の立派な屋根のついた橋です。写真の出典は、4番目の写真はと同じです。
広西チワン族は稲作をしています。中国では広西チワン族自治区中西部や雲南省南西部、広東省東部、貴州省南部、湖南省南部などの山間部に約1,854万が住み、中国最大の少数民族です。言語はタイ・カダイ語族に属するチワン語をします。 宗教は道教を信じ、冠婚葬祭の儀礼もこれに則って道士が行うことが多い そうです。
 
さて中国に生きている少数民族を以下に示します。
漢族: 2,702万人 (62%)、少数民族: 1,721万人 (38%)
少数民族の内訳は、チワン族: 1,520万人、ヤオ族: 147万人、ミャオ族: 46万人、トン族: 30万人、コーラオ族: 17万人、マオナン族: 7.4万人、回族: 3.3万人、プイ族: 2.1万人、満族: 9576人などです。
中国には漢民族が62%しかいないのです。少数民族が38%もいるのです。
 
最後にインドネシアの少数民族をご紹介します。
6番目の写真はプランバナン寺院を背景とした少数民族、ラーマヤナの踊りの公演です。写真の出典は、https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%90%E3%83%8A%E3%83%B3%E5%AF%BA%E9%99%A2%E7%BE%A4 です。
7番目の写真はジャワ島にある首都のジャカルタの風景です。インドネシアの都会は高層ビルや車が多いのです。中国の北京や上海の高層ビルの並んだ風景に似ています。
さてインドネシアは5,110kmと東西に非常に長く連なる、世界最多の島嶼を抱える島国です。公用語はインドネシア語で、人口は2億6,400万人を超え世界第4位です。また世界最大のムスリム人口を有する国家でもあります。
 
インドネシアの民族の構成は、ジャワ人45パーセント、スンダ人14パーセントなどが中心ですが、350あまりもの少数民族で構成されています。350あまりの民族がそれぞれの伝統的文化を保持しています。インドネシアの特徴は多くの島や農村地帯に多様な文化が並列しています。
都会には高層ビルが並んで車が溢れていますが、ちょっと地方に行くとそこには原始的な生活をしている少数民族が活き活きと暮しています。幸せに暮しているのです。
ジャカルタから4時間で行ける山村にバドゥイ族という少数民族が幸せそうに暮らしているのです。バドゥイ族の村に泊ったlifenesia.さんの体験記、https://lifenesia.com/?p=2430 をご覧下さい。
男は農作業、女はハタ織り、子どもはお手伝い。傍目には退屈な生活に思われるが、そこにはお金では決して買うことのできない幸せの本質があるのです。
 
今日は人類の文化を豊かにするアジアの少数民族の写真を示し説明を加えました。
 
それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈りいたします。後藤和弘(藤山杜人)

「インターネットで新しい友人を作る」

2023年03月28日 | 日記・エッセイ・コラム

毎日つまらない記事をインターネットへ投稿しています。有難いことにいろいろな方から心温まるコメントを頂きます。こうして新しい友人が出来ます。今やインターネットは私の楽しい趣味です。

今日はインターネットで新しい友人を作る方法をご紹介したいと思います。

さて人間は高齢になると祖父母や両親が旅立って行ってしまいます。それまで目をかけて励ましてくれた恩人や友人達も何時の間にかいなくなってしまいます。自分を昔から知っている人々がみな消えてしまうのです。気が付いてみると周りには知っている人がいなくなってしまいます。老人の孤独です。淋しいです。
そんな場合にインターネットが老人の孤独を救ってくれます。インターネットを用いて新しい友人を作るのです。そのために一番重要なことは「老人の頑なさ」を綺麗さっぱり捨て去ることです。徒手空拳の状態になることが一番重要なのです。
私はインターネットの上に掲載した自分の文章を読んでくれる人に感謝します。読者を尊敬します。そんな人の中から自然に友人が出来ます。
さてもっと具体的に書くと私はブログ(https://blog.goo.ne.jp/yamansi-satoyama )に随筆をよく書いています。
その随筆をFace Book(https://www.facebook.com/kazu.s.goto )にも掲載します。
それから中高年者が主に会員になっている趣味人倶楽部というSNSの日記のページ(https://smcb.jp/mypage)にも掲載します。
すると外国や日本に住んでいる人々からコメントが来ます。コメントを下さった方々のブログやFace Bookや趣味人倶楽部のページを見て丁寧な言葉で返礼のコメントを投稿します。これを繰りかえしていると自然に親しくなります。
そして親しくなったらその新しい友人へ私のブログやFace Bookや趣味人倶楽部のページに記事を書いて下さいと丁重にお願いします。記事の内容はその方の家族のことだったり趣味の話だったり自由にお願いしますと書き送ります。なるべく数回続く連載記事になるようにお願いします。
例を書きます。ブラジルに移民して、成功したある宗教家に移民後の体験記の連載を書いて頂きました。
フランス人と結婚し孫までいる幸せな日本女性にその体験記を連載して頂きました。
日本である問題の故に差別されてイギリスに移住し成功した日本人男性の一生の物語を連載して頂きました。
みんな私のかけがえの無い友人になりました。
まだあります。猟期だけ北海道に移住しエゾ鹿の銃猟を趣味にしている方に猟犬と銃猟に関する連載記事を書いて頂きました。親しくなったらエゾ鹿とイノシシの上質な肉を送ってくれました。
まあこのような例は沢山ありますが、長くなるので止めます。

今日はインターネットを用いて新しい友人を作る方法について自分の体験を書いてみました。
新しい友人を作るためには一つの鉄則があります。それはインターネットで知り合った人は皆尊敬すべき友人だと信じることです。知り合ったことに感謝します。こうして私は孤独な老境でも豊かな日々を送っています。それは楽しい人生の一つの期間です。

今日はインターネットを用いて新しい友人を作ることについて自分の体験を書いてみました。

今日の挿し絵代わりの写真はハクモクレンの花の写真です。春になると華やかに咲きます。葉が出ないで花だけが梢に咲くのです。


それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)


「小金井公園の櫻の写真を撮りに行ったが・・・」

2023年03月27日 | 写真

午後から小金井公園の櫻の写真を撮りに行ったのですが曇りで暗いうえに桜花も散り始めていました。写真を撮ったのですが暗い写真になりました。

そこで3月19日に撮った美しく咲いている桜花の写真をお送りします。

今年の櫻の花の季節も終わりです。残念です。


「生涯で一番楽しかった趣味」

2023年03月26日 | 日記・エッセイ・コラム
趣味にはいろいろあります。趣味は人生を豊かにします。私はあまり趣味の無い男でしたがヨットの趣味だけは長く楽しみました。私の生涯で一番楽しかった趣味でした。
今日はこのヨットの趣味について書きたいと思います。
私は50歳の時、趣味としてヨットを始めました。ヨットには家族の他いろいろな人々が来て一緒にセイリングを楽しみました。いろいろな生き方をしている人々との交友を深めたのです。
ヨットは自然の風の力で船体を傾けながら走ります。そのお陰で私の自然に対する考え方が変ったのです。自然観が変わったのです。
丁度良い速さの風では快適に走ります。しかし強風になると船はすごく傾いて横倒しになりそうになります。歯を剥いた白波が甲板を洗います。ヨットの趣味では天国と地獄が入れ替わるのです。ですから人間の自然観が体験的に変るのです。
自然は人間に対してある時は歓喜を与え、ある時は大きな恐怖を与えるものなのです。
そんなヨットの趣味を写真に従ってご紹介いたします。
1番目の写真は「あけび号」の姿です。50歳の頃琵琶湖から霞ヶ浦へ陸送して来た中古のYAMAHA19です。10年間乗りました。長い舵とヤマハ5馬力の船外機がついています。妻と、友人たちと一緒によく走りました。
2番目の写真はYAMAHA19を陸揚げした姿です。ヨットの構造で一番重要なのは船底から下へ伸びているキールです。厚い鉄製で船体の重さの40%位もあります。これで船は疾走中に横倒しになるのを防いでいます。
3番目の写真は60歳の頃買った長さ26フィートのルナ3世です。長さのわりに大きなキャビンがついていて炊事用の2口コンロ、調理台、流しがついていました。霞ヶ浦であるお医者から中古を買いました。このヨットには75歳まで乗りました。
4番目の写真はルナ3世のキャビンの後姿です。中のキャビンにはガスコンロと流しとテーブルがあります。電動水洗トイレもついていました。料理をしてよく小さなパーティをしました。小さな寝室もついていたので家内と何度も泊まったものです。
5番目の写真は霞ヶ浦の土浦港の係留地の風景です。私のヨットは右から2番目の黄色の横線の入った船です。この写真は2020年8月2日 に撮った写真です。9年前に別れた愛艇のルナ3世に再び会ったのです。昔と寸分変わらぬ姿でした。右隣のモーターボートも左のヨットも9年前と同じです。9年という時が止まっていたのです。
 
このヨットにはいろいろな思い出があります。ある時は大学の同級生と3人で小さなパーティをしました。福島から来たH君と葉山から来たO君と3人でセーリング後のキャビンの中でシャンパンを飲みました。H君が保冷袋に入れてフランスの高級シャンパンを持って来ました。シャンパングラスも人数分を冷やして持ってきました。
そのH君もO君も旅立ってからもう数年もたちました。懐かしい友人です。
 
最後にこのヨットの趣味の総括を書いておきます。
(1)生活費や家計へ響くほどの費用がかからなかった。
乗っていたヤマハ19は中古艇です。買った時は進水後17年でしたが、新品同様でした。琵琶湖でこの中古のヨット100万円で買いました。
その後のルナ3世も中古艇で、アメリカ設計のジョイラック26フィートでした。霞ヶ浦で100万円で買いました。2009年には進水後27年でした。このようにヨットは30年や40年たっても使えるのです。
 
(2)20年間ほどの係留料金が年間3万円以下でした。
幸運にも格安の茨城県営の土浦港岩壁に係留できました。始めは民間マリーナにも置きましたが、すぐに県営岩壁に係留できました。これは地元の人々と親しくしていたら教えてくれました。幸運でした。
 
(3)中古艇はほとんど故障無しで保守費用はほとんどかかりません。
中古艇を持ってみて一番驚くことは故障が無いことです。船体やワイヤーなどが海上の荒波を想定して設計してあるので、霞が浦では全く故障しません。定期的な船舶検査の費用は自動車の車検に比べると格安です。
 
(4)一人でも楽しめる趣味なので気が向いたらいつでも楽しめた。
人数が揃わないと楽しめない趣味は幾つもあります。野球やサッカーもそうですが、囲碁将棋は相手がいなければ楽しめません。その点、ヨット趣味は仲間がいればもっと楽しいのですが、独りでも帆走できます。妻と一緒に気が向いたときブラリと行ってセイリング出来ます。
 
(5)キャビンを男の隠れ家として使えた。
友人数人とキャビンの中でシャンペンやビール、ウイスキーを飲む。船が波にゆっくり揺れる。あるいは独りクラシックを聴きながらビールを飲む。夜が更ければ蒲団を敷いて寝る。朝は香り高いコーヒーを淹れてベーコン・エッグの朝食。そんな楽しみかたも出来たのです。これこそ男の隠れ家です。
 
ついでにもう少し大型のヨットをご紹介します。約100年前にイギリスで建造された美しい木造ヨットです。この帆船、「シナーラ」号は長らく三浦半島のシーボニアを母港として多くの日本人に親しまれてきました。

6番目の写真は追い風を受けてランニングしているシナーラ号です。写真の出典は、”MALU”さんのブログ(https://malu-sailing.com/archives/4409 )です。
私はこの帆船に2度乗ったことがあります。その重い舵輪を握った経験もありました。2000年前後のことでした。

7番目の写真はシナーラの舵輪を握っている家内と私です。2000年11月11日に撮った写真です。シナーラの帆走は舵輪が少し重いだけで自分のヨットとあまり変わりがありませんでした。
 
ヨットの趣味は約25年続け12年前の75歳で止めました。それにしても楽しい趣味でした。
 
今日はヨットの趣味とはどういうものかを書きました。


それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)


「カトリック教会、2023年3月26日の「四旬節第5主日」のミサ動画配信とミサの風景」

2023年03月26日 | 日記
カトリック教会、2023年3月26日の「四旬節第5主日」のミサ動画配信は以下の通りです。


2023年  3月26日 10時のミサ

カトリック関口教会、
https://www.youtube.com/watch?v=fz3V0YaGuVc

聖イグナチオ教会
https://www.youtube.com/watch?v=bpNFfENO6cM

今日教会に行かない信者の方々はこの動画配信のミサにご参加なられるのも良いと存じます。

それはそれとして、今日も皆様のご健康と平和をお祈り申し上げます。後藤和弘(藤山杜人)

写真はローマのバチカンにあるサンピエトロ寺院です。サン・ピエトロ大聖堂はカトリックの本山です。創建は4世紀。現在の聖堂は2代目にあたり、1626年に完成したものです。
後の4枚の写真は今日のカトリック関口教会のミサ風景です。