小金井市と小平市の境の五日市街道の北側にある臨済宗妙心寺派の瑞雲山海岸禅寺は毎年、梅の写真を撮りに行くところです。住職様が何時も庭を掃き清めていてし清々しい気分になります。
誰でも自由に散歩してよいように山門がいつも開いています。
今日も庭に入り、ゆっくり梅の花の写真を撮りました。ついでにスイセンの花の写真も1枚撮りました。
写真をお楽しみ頂けたら嬉しく思います。
妙心寺派の教え
生活信条
一日一度は静かに坐って 身と呼吸と心を調えましょう
人間の尊さにめざめ 自分の生活も他人の生活も大切にしましょう
生かされている自分を感謝し 報恩の行を積みましょう
信心のことば
わが身をこのまま空なりと観じて、静かに坐りましょう
衆生は本来仏なりと信じて、拝んでゆきましょう
社会を心の花園と念じて、和やかに生きましょう
海岸寺の概要、https://tesshow.jp/tama/kodaira/temple_miyuki_kaigan.html
臨済宗妙心寺派寺院の海岸寺は、瑞雲山と号します。海岸寺の創建年代等は不詳ながら、秩父郡三峰山境内にあったといいます。江戸時代、当地が南泉寺の抱地だったことから宝林庵という庵室があったといい、この庵室を一寺にしたいとの要望により、海岸寺を元文元年(1736)当地へ引寺したといいます。堂宇を建立できなかったことから、元文4年(1739)江戸済松寺の末寺となり、済松寺6世石慧堅禅師を中興開山としたといいます。
妙心寺について、http://www.myoshinji.or.jp/about/index.html
正法山妙心寺は臨済宗妙心寺派の大本山です。
インドの達磨大師さまから中国の臨済禅師さまを経て、妙心寺開山無相大師さまへと受け嗣がれてきた一流の禅を宗旨・教義としています。
1337年、95代の花園法皇さまの勅願によって創建された妙心寺の開山、無相大師さまの法流は四派に分かれ、全国3400ヵ寺に広がっています。
お釈迦さまを大恩教主と尊崇し、その教えを心にいただく禅の安心を求めます。
開山無相大師さまの最期の教え「請う、其の本を務めよ」と開基花園法皇さまの「報恩謝徳」の聖旨による仏法興隆を実践します。
自身仏を信じて坐禅に励み、足下を照顧しながら生かされている自分を感謝して、社会を心の花園と念じ和やかな人生を目指します。
誰でも自由に散歩してよいように山門がいつも開いています。
今日も庭に入り、ゆっくり梅の花の写真を撮りました。ついでにスイセンの花の写真も1枚撮りました。
写真をお楽しみ頂けたら嬉しく思います。
妙心寺派の教え
生活信条
一日一度は静かに坐って 身と呼吸と心を調えましょう
人間の尊さにめざめ 自分の生活も他人の生活も大切にしましょう
生かされている自分を感謝し 報恩の行を積みましょう
信心のことば
わが身をこのまま空なりと観じて、静かに坐りましょう
衆生は本来仏なりと信じて、拝んでゆきましょう
社会を心の花園と念じて、和やかに生きましょう
海岸寺の概要、https://tesshow.jp/tama/kodaira/temple_miyuki_kaigan.html
臨済宗妙心寺派寺院の海岸寺は、瑞雲山と号します。海岸寺の創建年代等は不詳ながら、秩父郡三峰山境内にあったといいます。江戸時代、当地が南泉寺の抱地だったことから宝林庵という庵室があったといい、この庵室を一寺にしたいとの要望により、海岸寺を元文元年(1736)当地へ引寺したといいます。堂宇を建立できなかったことから、元文4年(1739)江戸済松寺の末寺となり、済松寺6世石慧堅禅師を中興開山としたといいます。
妙心寺について、http://www.myoshinji.or.jp/about/index.html
正法山妙心寺は臨済宗妙心寺派の大本山です。
インドの達磨大師さまから中国の臨済禅師さまを経て、妙心寺開山無相大師さまへと受け嗣がれてきた一流の禅を宗旨・教義としています。
1337年、95代の花園法皇さまの勅願によって創建された妙心寺の開山、無相大師さまの法流は四派に分かれ、全国3400ヵ寺に広がっています。
お釈迦さまを大恩教主と尊崇し、その教えを心にいただく禅の安心を求めます。
開山無相大師さまの最期の教え「請う、其の本を務めよ」と開基花園法皇さまの「報恩謝徳」の聖旨による仏法興隆を実践します。
自身仏を信じて坐禅に励み、足下を照顧しながら生かされている自分を感謝して、社会を心の花園と念じ和やかな人生を目指します。