ヨハネ・パウロII世は1920年にポーランドで生まれ2005年、85歳で死んだ。最後の26年間はローマ法王の座についていた。われわれカトリック信者の大親分である。外国ではパパ様と呼んでいるらしいが日本人の小生にとっては親父、親分いや大親分のほうがシックリする。1981年には日本にも来て昭和天皇に会い、広島や長崎や東京で大規模なミサを開催した。完璧な発音の日本語で話したという。ただし発音だけで、意味は分からないと自分でも言っていた。この法王は歴代の法王のなかでも一番、(小生にとってはの話だが)一番素晴らしいことをしてくれた。
それはカトリック教会の犯した間違いを拾い上げ一々心から謝罪したことである。列挙すると、
(1)ガレリオ裁判での間違いを認め、ガレリオへ謝罪した。
(2)フィリッピン、中南米に対して剣と武力を用いてキリスト教を広めた罪を謝罪した。 また十字軍の戦いも武力を用いた罪を認め謝罪した。
(3)第二次対戦中ナチスドイツの占領地での大量虐殺へ対してキリスト教が十分な抵抗をしなかったことを認め謝罪した。
(4)ドイツのユダヤ人への差別虐殺の責任の一端はキリスト教会にもあると認め謝罪した。
仏教国の日本に住んでいると、よくキリスト教は排他的で武力を用いて宣教すると非難されます。しかしキリスト教の教えにはそんな指導は一切有りません。たまたま、キリスト教が広まった地域の民族が、主に狩猟民族で他民族に対して攻撃的な固有の文化を持っていたからと推察しています。
例えば日本人の代表的なカトリック信者の高山右近の場合を考えて見ましょう。彼は武力で成り上がってきた猛々しい戦国武将です。終いには高槻城を有する大名になりました。しかし一旦カトリックを信じた以上節を曲げません。秀吉は、「棄教しなければフィリッピンへ追放する」 と脅かします。
権力も財産も捨てて、彼は悠然と帆船に乗り込みフィリッピンへ行きます。武力で秀吉へ抵抗して討ち死にするのが武士道でしょう。それをしないで平和的な道を選びました。フィリピンでは大歓迎されたようですが、一年後に病死したと伝わっています。
欧米人は絶対に謝らない。だから日本人も外国へいったら謝ってはいけない。と、よく言われます。しかしパウロ2世はこんなに謝っているでは有りませんか?
(終わり)尚、以上は文芸春秋、2008年3月号の中のpp320-327のヨゼフ・ピタウ著「ローマ法王と昭和天皇の出会い」という記事かた引用しました。この記事はピタウさんの活き活きした話し振りが伝わって来ますので、ご一読をお勧めいたします。
9月28日掲載記事で、「いつまでも新鮮さを失わないブログを作る方法」という題で、寿命の長いブログの作り方を書きました。もちろん自分で考えた、まったく個人的な意見です。
それを読まれた方々が寿命の長いものが、短いブログより価値があると筆者が主張していると誤解された恐れを感じています。
価値判断は一切していません。例えば新鮮な生魚の賞味期限は短いです。それを燻製にしたり缶詰めにすればいつまでも食べれます。でも、活きの良いサシミはおいしいです。新鮮な野菜も健康のために重要な食物です。
このように寿命の短いブログも長いブログも両方あるからブログの世界が面白くなるのです。筆者は寿命の長短で価値の大小は決まらないと信じています。
このことを明解に書かなかったので誤解が生じたと思います。反省しています。子育て日記は他の子育て中の母親にとっては重要なブログになります。時事批判も、マスコミの視点に無い立場からする限り、絶大な価値があります。マスコミの毒を中和するという重要な効果が期待でからです。誰も規制しない本音の世界がブログの素晴らしさです。
前回の記事は舌足らずで誤解を生じたと思い、此処に補足し、ついでに鬼家雅雄さんからのコメントをご紹介します。
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おはようございます。