鴻鸕館とは、平安の世、外国の使節を接待するために設けられた施設。
白梅の香る鴻鸕館の大広間で、墨の色もあざやかに、
わが国と外国の英才たちが詩歌の世界に遊んでいるという意味でしょうか。
鴻鸕館は、京都の島原にありました。
この句は、島原の角屋の近くの立て札に記されていたものです。
蕪村の時代、島原は花街。
単に遊びの場であるというだけではなく、
和歌や俳諧などの文芸も盛んで、炭太祇や与謝蕪村らが活躍、
島原俳壇が形成された程でした。
蕪村は、自分たちを王朝の人々になぞらえて、この句をつくったのでしょうか。
写真は三重県の結城神社の枝垂れ梅です。(撮影は愚足さん)