575の会

名古屋にある575の会という俳句のグループ。
身辺のささやかな呟きなども。

お屠蘇の話   麗

2014年01月09日 | Weblog
以前にもこのブログでこの話は書いた事がありますがお許し下さい。

新年も9日目ともなりますとすっかりお屠蘇気分も抜けましたと言ったりしますが、
最近はお屠蘇そのものを知らない若者が増えてきたようです。
年末にスーパーのみりん売り場に行きました。屠蘇散がなかったのでアルバイトらしき若者に
「お屠蘇はありますか?」と屠蘇散がどこにあるかを聞きましたら
「???なんですか?それ?」と全く話が通じませんでした。どうやら初めて聞く言葉だったようです。

私は5年くらい前に大学で教えていた経験があるのですが、大学生に「お屠蘇を知っていますか?」と尋ねたら
約8割の学生が知りませんでした。
そして「お正月にお屠蘇を飲んだ人?」と聞いてみたら、100名中お屠蘇を飲んだ学生は
たった1人でした。
核家族の影響か、漢方くさい匂いが敬遠された結果か、また屠蘇器が一年に一度お正月にしか使われないからか
日本のお正月からお屠蘇は消えつつあるようです。

そもそもお屠蘇は中国から平安時代に日本に伝わり貴族の儀式となり江戸時代に一般に広まったと言われています。
お屠蘇の屠という漢字は「打ち負かす」とか「敵を破る」という意味があります。「蘇」という字はよみがえるという字なので、お屠蘇には邪気を退治し心身をよみがえらせる。つまり無病息災や長寿を願う気持ちが込められています。年の初めの縁起ものですね。

年末にみりんを買うと屠蘇散がおまけとしてついてきますよね。
山椒、桂皮、肉桂(にっき)など数種類の生薬を合わせたものが小さな紙パックに入っていてそれを大晦日の晩、みりんやお酒に浸しておいて元旦に頂きます。
お屠蘇は若い人、つまり年少者から順番に頂くという風習もあります。これは若者の精気を年長者に渡す意味があるそうです。

さて、今年のお正月。我が家に大学生の姪がふたり泊まりにきてくれました。
やはりお屠蘇を飲んだことがないというのでこれは叔母として、ニッポンの伝統を知らしめなくてはいけない。そうおいしい物ではないけど縁起のいいものだからと飲ませました。
姪っ子たちは「苦手」とか「匂いがダメ」とか言っていましたがまあ良い経験になったと思います。去年、和食がユネスコの無形文化遺産に登録されたことにはお正月などの年中行事との密接な関係があります。新しい年になり、お雑煮やおせち料理を食べることは、家族のきずなを認識する良い機会です。お屠蘇も食べ物ではないけれどお正月の貴重な文化として受け継がれて行って欲しいです。
お正月が終わって漆の屠蘇器を棚の奥にしまう時、今年も無事にお正月を迎えられたほっとした気持ちになります。
コメント (1)
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