575の会

名古屋にある575の会という俳句のグループ。
身辺のささやかな呟きなども。

半歌仙「冬の夜」

2009年02月18日 | Weblog
今日は「雨水」。
この頃には雪が雨に変わることから。
雨水から、さらに15日で、啓蟄。
どんどん春らしくなって行く気候。

この連句は、晴代さん、狗子さん、遅足の3人で、
冬の夜から始まり、およそ3ケ月、雨水の日に
半歌仙を巻き終わりました。


① 冬  屋根屋根のこゑをのみこむ冬の夜   晴代
② 冬  天皇の日に卓を囲める          遅足
③ 雑  年の暮れ葬儀のお経速く読み      狗子
④ 雑  父似の爪があがりおりする        晴代
⑤ 月  フェルマータまたフェルマータ後の月   遅足
⑥ 秋  隣りの部屋で栗を煎る音          狗子
⑦ 秋  末枯れや残すものなく鐘のこゑ      晴代
⑧ 雑  人を裁けと国に言わるる          遅足
⑨ 恋  秘書課から選ばれ社長夫人の座    狗子
⑩ 恋  女形追っ掛け八十路の化粧       晴代
⑪ 恋  天と地に布団ならべて眠りいる     遅足
⑫ 雑  高天原にオバマ降臨           狗子
⑬ 夏  宇宙人避暑地の月で地球愛で     晴代
⑭ 夏  営々として蟻は塔積む           遅足
⑮ 雑  イソップを読んでも寝ない子に育ち    狗子
⑯ 雑  二十六時にみる北斗星           晴代
⑰ 花  越後より花の便りのとどきける      遅足
⑱ 春  助さん走る春風の中             狗子

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鯔が来たぞー  鳥野

2009年02月17日 | Weblog
春近しの気配で、私メの目覚めはますます遅い。

先ずは、とカーテンを巻き上げると、お城をかすめて次々に南下する黒い鳥の群れ。鴉とは違う。

そうだ、鵜。そして鯔。思い当たる光景だけど、まだ2月というのに。やはり温暖化の影響だろうか。

名古屋城下の堀川を鯔が遡上し、その魚影を追って鵜が集まる、タラフク食べて海へ帰る・・・。
しばらくは続く豊漁に、今年は初顔の鷺の類も加わって、いっそう賑やか。

食物連鎖の一つとはいうものの、この饗宴、なまやさしいものでは、ありません。
鯔の数は、何万、何十万とも知れず、川を埋め尽くして瀕死の状態。ネットで堰きとめ、係留したボートに市の係りが掬いあげるのですが、これが大変な作業。胸まで浸かって、掬えど掬えど、の格闘です。

実はこの処理の様子は昨年に見たものだけど、今年もそうだよ、と鵜が告げてくれました。

死を覚悟のこの遡上、原因は今のところよく解からないようです。

  ・ 遡上して自死選びしか万の鯔 堤のさくら供華なして散る

                          鳥野

                        





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二月句会の句が集まりました。 

2009年02月16日 | Weblog
2月句会の題詠は「早春・・・」

①父祖の地の住処追われて春遠し
②早春や広重と立つ潮見坂
③しゃがみ込む妻早春の庭の端
④春立ちて托鉢の足袋穴だらけ
⑤春浅し合否を告げる薄き紙
⑥早春や光と風のせめぎあい
⑦病癒え早春の鉢買い求め
⑧早春の昔に妻を抱き寄せる
⑨春寒や塔婆の文字のささくれて
⑩廬山寺の春まだ浅き縁にかけ
⑪噛み合はぬ夫婦の会話春浅し
⑫春浅し厠に英文法の本
⑬春めきて猫の後追う痴呆犬


自由題

①子らの声春めく朝の通学路
②立春や豆大福を一口に
③未来見る瞳のぞきて春隣
④はだれ野やこの地守りし人のあり
⑤日脚伸びベートーベンの悲愴弾く
⑥初蝶は手のなか蝶の面構え
⑦三月も若者たちは立ち尽くす
⑧車椅子寄せて桜の古木なで
⑨豆まきの鬼役今日は早退す
⑩ぞくぞくと道路工事の二月来る
⑪ゴビはるか地蔵眉閉ず黄砂かな
⑫菜の花や褒めて一把をもらいける
⑬寒雷や最終号手に老歌人

番外
掃除機をかけつただよう春の空(郁子)


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ホームレス短歌       愚足

2009年02月16日 | Weblog
★最近友達からこんなニュースの紹介があった。

毎週月曜日の朝日新聞に掲載される読者投稿の短歌欄「朝日歌壇」で、最近、1人の投稿者の存在感が高まっている。その名は公田耕一。本名かペンネームかはわからない。住所欄に地名ではなく、「ホームレス」と記されているのが印象的だ。

 初登場は昨年12月8日だった。

 ・(柔らかい時計)を持ちて炊き出しのカレーの列に二時間並ぶ

 これを永田和宏、佐佐木幸綱の2人の撰者が採った。「柔らかい時計」というのは、画家サルバドール・ダリの作品として有名だが、住むところのある人間とホームレスの時間の流れ方の違いを表現したものだろう。

 以降、毎週のようにホームレス生活を詠った作品が載るようになっていく。いくつか紹介しよう。

 ・鍵持たぬ生活に慣れ年を越す今さら何を脱ぎ棄てたのか(12月22日)
 ・水葬に物語などあるならばわれの最期は水葬で良し(1月5日)
 ・パンのみで生きるにあらず配給のパンのみみにて一日生きる(1月5日)
 ・日産をリストラになり流れ来たるブラジル人と隣りて眠る(1月19日)
 1月5日詠の「水葬」は、戦後を代表する歌人、塚本邦雄の第1歌集『水葬物語』を意識したもので、公田氏の短歌の素養がうかがわれる。1月26日に載った

 ・親不孝通りと言へど親もなく親にもなれずただ立ち尽くす

 は、佐佐木幸綱、高野公彦、永田和宏の3人の撰者が同時に採る秀作で、これを永田氏は「親が生きていてこその親不孝だが、『親にもなれず』なる四句に万感の思いがある」と評した。

 短歌欄など興味のない多くの人が読み飛ばしてしまうだろうが、短歌もまたはっきりと時代を映しているのだ。
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侘助や一生嘘を吐き通す   朱露

2009年02月15日 | Weblog

  文禄・慶長の役で侘助という者が
  朝鮮から持って来た椿の一種だと
  広辞苑に出ているが本当の話か?
  小ぶりの寂し気な侘助は語らず。


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春は曙そろそろ帰ってくれないか  櫂未知子

2009年02月14日 | Weblog
東海地方も昨日、春一番が吹いたそうです。
今朝は暖かに。

さて「なんじゃコリャ俳句」の続きです。

☆ 清少納言の枕草子の有名な一句。この高尚なものを持ってきて
朝になったので帰ってくれませんか、という皮肉を取り合わせた。
ユーモアのセンスが良い。

○ 私は家に客がくるのはイヤ。
春夏秋冬そろそろ帰ってくれないか、だわ。(笑)

○ あら、お客がおおくて結構ね。(笑)

○ 大好きな句、春といえば春眠・・・いつまでも
眠っていたい季節。
それが、ボーイフレンドと寝ていて、急に言われる。
彼がそういうとしたら、ヒドイ。傷ついてしまう。
でも意表をつく面白さがある。

○ 浮気相手に言っているような面白さもある。

◎ まさに本歌取り。
俳句の場合は、古典をとって俗に落とす場合が多いが、
これは別の良い世界をつくったと言える。

             (遅足)


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買ってもいけない(節分草) 草女

2009年02月13日 | Weblog
 2月6日、新城市の石雲寺の節分草を見に行ってきた。初めて飯田線に乗ったのも嬉したったし、花が良く咲いていたのも嬉しいことであった。        キンポウゲ科セツブンソウ属の多年草、草丈10cmぐらい、花の直径2cmぐらいの小さい植物である。早春、節分の頃に咲くというのが名前の由来であり、伊吹山や藤原岳では、旧暦の節分のころ花をつける。               4,5年前石雲寺を訪れたが、その時より花が多かった。80歳は超えている和尚さんの話では、芽生えて3年たたないと花が咲かないそうで、今年はよく咲いているが、来年は少ないとのこと。また、もともとここに自生していてチャンバラごっこの足元にあり、母親から狐の花だから踏んはいけない、大切にと諭されたという。
 半透明の花弁(もともとは萼)に縦の線がはいり、雄蕊、雌蕊の周りには黄色の
蜜腺(もともとは花びら)がありとても可憐な節分草は数を減らし、絶滅危惧Ⅱ種に指定されている。お寺で前を歩いていた二人連れの女性が「前、家にあったけどなくなったわ」と言っていた。インターネットで調べると栽培はやや難しいとでているが、ややではなくとても難しい。山野草を売っている店で買うとき罪の意識はない。けれどその草は盗掘されたものであることが多いし、来季も楽しめることはすくない。
 買う人がいる限り盗掘は続く。私達ができる自然保護の一つが山野草を買わないことだと思っている。

 節分草は気温、土壌、水分に気難しい。高山でなくて、適当な標高の山がいいし、石灰地がいいし、夏には適当な水分がいる。だから自生地は限られてくる。  石雲寺の節分草はたいへん貴重なのだ。この節分草の花見を企画、実行してくれた仲間に感謝。保護し公開している和尚さんとそのお母さんに感謝。
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春探し   麗

2009年02月12日 | Weblog
そろそろ2月の句会に提出する句をつくらなければと思い
身の回りの春を探してみました。

まず花屋さんの店先が急ににぎやかになりました。
思わずアッツザクラの小鉢を購入してしまいました。

野菜売り場では苺の色が一段と色あざやかでおいしそう。
タラの芽も並び始めています。

チョコレート売り場はバレンタイン一色。
最近は自分が食べるために買う自分チョコや男性から送ってもらう逆チョコもあるとか。
結局、男性よりも女性の方がチョコが好きなんですよ。
今年は珍しく夫にこっそりプレゼントを買ってあります。
もちろんお返しを期待してです。

そして病気で伏せっておられたお隣のご婦人が庭仕事を再開されました。
隣の公園からは子供たちの声が聞こえます。

     早春や小さな春を数えおり  麗
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早春の富士山   遅足

2009年02月11日 | Weblog
二月の句会が近づいてきました。
今回の題詠は「早春」。
先日、東名高速の富士パーキングで見た富士。
雲一片もない早春の空に。

でも、帰りには全く顔を見せてくれませんでした。

ところで、先日のNHK俳句大会を観ました。
5万もの句が寄せられたそうです。
良い句ばかりでした。
そのなかでも気に入った句をいくつか。


 ふるさとは異国にもにて遠花火  ブラジル移民の方

やはり投句は、年輩の方が圧倒的に多い。
自分の青春や若い頃の思い出が詠まれている。
そんな中で、この句は秀逸でした。
ブラジルに移住した方でなくとも、
この50年、日本は大きく姿を変えました。
帰ってみた故郷に自分の居場所はない、と
感ずる人も多いのでは。


 東京を東京湾の月照らす 東京の方

むつかしいコトバはないのに、難解な句です。
素直に、文字通り読めば、東京では空には月はなく、
東京湾に映った月の光によって照らされている。
あまりに自然から遠ざかった大都会・東京。
自然の光ではなく、水に映った光、幻によって、
その姿を浮かび上がらせている。
どこか非人間的で、しかし美しい東京のイメージが
浮かんできました。


 豪雪や声を出さねば消ゆる村 新潟 矢澤彦太郎さん

今の日本で起きている派遣切りを連想させました。
声をあがなければ、ないものとなってしまう。
消えてしまう恐怖。
自然の豪雪も恐ろしい。しかし大都会には、また違った豪雪が。
人間を消してしまうものが降っている。
「声」が、痛切な響きを持って迫ってきました。





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鯔まんじゅう食べたーい  鳥野

2009年02月10日 | Weblog
誘われて蟹江の町へ行ってきました。
蟹江といえば、町内を蟹江川、日光川、佐屋川、善太川など幾筋もの川が流れ、情緒豊かな水郷として知られていました。

芦原に啼くよしきり、糸をたれる釣り人、舟遊びの小舟・・・などは今は無理。夜寒橋という粋な名の大橋を車が疾走していました。

かっての水郷蟹江は、俳人に愛され、吟行の名地として訪れる人も多く、その名残のように、句碑も数多く建っています。

中でも鹿島神社境内の文学苑には、著名な俳人の句碑と地元の愛好者の句が集められて、圧巻です。

  ・ くひな鳴く鹿島の神の灯ともりて  青畝

  ・ 光るもの多し蟹江の水の秋  汀子

  ・ 芦茂るところ中洲のあるところ  狩行

今回の内心の期待は、郷土料理の「いなまんじゅう」。鯔を姿のまま小骨まで抜いて、腹に味噌を詰めて焼いた逸品。

その伝統を本来のかたちで継承するのはただ一人、「いなまん」の御当主だけと聞いたけど要予約。今回は諦めました。

  ・ 蟹江駅の高みにたちて水郷の面影さがせどただ風の吹く

  ・ 水路みな暗渠となりて田舟はも資料館にあり蟹江の町の

  ・ 捨て舟と芥浮かべて日光川海まで三里をたゆたいてゆく

                     鳥野
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冴えると冴え返るの違いは        愚足

2009年02月09日 | Weblog
今月の句会のお題は「早春」。 歳時記を開けてみると、隣に「冴返る」があり興味を惹いた。
 説明では、冬の冷気の表現「冴え」が、早春に戻ってくる様子を言うとあった。
 寛の戻り、寒返る、しみ返ると同じ用法である。
 では、「冴え」の句と「冴え返る」とどうちがうのか例句で比べてみた。

  神杉のさえこむ影や禰宜の夢
  柊にさえかえりたる月夜かな         丈 草

  冴ゆる夜の瓦音ある礫かな  
  鶴の羽や白きが上に冴え返る          河東碧梧東

 残念ながら、そうでなくてはならない理由を読み取る力はなかったのである。

  
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血の中に染み込む五・七と季語     愚足

2009年02月08日 | Weblog
先日、さだまさしの線香花火の歌詞が季語にちりばめられていることを、ブログのネタにしました。
 しかし、週刊「日本の歳時記」の最近号を読んでいてビックリ。
 シンガーソングライターの小椋佳さんの歌詞を知ってこの人もかと感心しました。
 小椋佳さんが美空ひばりの四十周年記念リサイタルのために十二曲からなる「旅ひととせ」というアルバムを書き下ろしたそですが、なんと、その十二曲の中に四十五もの季語を使ったということです。ちなみにその中の一つ「岩燕」の歌詞です。

  花雲 不忍の 池の面たゆとう夕風が 旅立ちの
  戸惑いの 心を映して定まらず 
  春の愁いか いざないか 留まらぬ身の 我儘か
  花冷えの夜も深く 別れのつらさをかみしめて 旅支度する人の・・・

  花衣 身にまとう 明るい季節に背を向けて 旅に出る岩燕いずこで
  何待つ 何捜す 胸のあたりで密やかに 手を振る人を 忘れるな

 要所要所に季語が配置されていますね。小椋さんが言うには、「作詞をする際に、五七のリズムや、「季語」の重大性が無意識のうちに自分の血の中に染み込んでいることを認めざるを得ない。」そうです。
 
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余呉湖駅降りて余呉湖の余寒かな   朱露

2009年02月08日 | Weblog


    机の上で作った句に見えるのが実に心外。
    数十年前一人で録音に行く春先の余呉湖。
    1、8平方キロの周囲に誰もいなかった。
    誰もいないみずうみの録音をとって帰る。

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寒明けや足踏み締めてデイバイデイ   朱露

2009年02月07日 | Weblog

   生を受けて七十余年太平洋戦争前後は別格だが、
   派遣切りのこの冬はほとほと人間が嫌になった。
   人間じゃなく人間が作る社会が嫌になったのだ。
   社会じゃなく会社という代物が嫌になったのだ。

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エナガ 柄長          草女

2009年02月06日 | Weblog
 スズメ目エナガ科の留鳥または漂鳥。体長14cmで雀と同じだが、半分の長さは尾であるからとてもちいさい。柄長という名前も尾が長いいことに由来している。
 秋から冬エナガを中心とした混群に出会う。混じっているのはシジュウカラ、メジロ、コゲラなど。彼らは餌を探す目的で集まっているのでめまぐるしく動き、双眼鏡で捉えることも難しい。しかしエナガはとてもかわいく出会うと幸せな気分になる。
 エナガが生息するには100ヘクタールぐらいの森が必要で、分断された森では生きていけないそうだ。名城公園で見たけれど鶴舞公園で見たことがないのは森の広さが関係しているのだろう。
 1月下旬、海上の森で、エナガ、シジュウカラ、ヤマガラ、コゲラ、メジロに出会ったが、もう混群ではなかった。そろそろペアーを探し始めたらしい。春は近い。エナガの巣は羽毛や獣の毛で作られ、外側はウメニキゴケなどで覆われ子育ての頃にヘルパーが活躍するという。                     昨年の初夏上高地でエナガの雛がかたまっているのを見つけ数えてみたら、11羽か13羽で意見が分かれた。どちらにしても親だけで育てられる数ではない。
 本州のエナガは額から後頭が白く、眉班は黒くて黒い部分は頸から背まで伸びているが、北海道にいるシマエナガはエナガの亜種で頭がま白でめちゃくちゃかわいい。バードウオチャーの憧れのまとであるが、運がよくないと会えない。   
 俳句の世界では、夏の季語だが、バードウオッチングをする者にとっては木の葉が茂る頃はウオッチグが難しいので冬から初夏がシーズンである。


頬杖にツーツージュルルッ柄長来る  田口満代子
柄長の尾揺れて良寛毬をつく     高木一恵


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