山形は今、すっかり白一色だろうなぁと思いながら、昨秋 行った山形
の旅のことを書いています。
障害のある息子は2年前に施設に入居してくれて、私も多少、自由に
なりました。
今回の旅は、列車やバスを乗り継ぎ、出来るだけ効率良く移動する
プランを立てた為、乗り継ぎの待ち時間もせいぜい30分位に組んだ
のはよかったのですが、自分が高齢で足も遅く行動が鈍いということ
を忘れていました。
自分が立てたプランにもかかわらず、乗り継ぎの度にスケジュール表を
出して、乗物の出発時間を確かめていました。物忘れの速さにまず、
がく然。
一泊二日の旅では、二回、昼メシは移動中にとることになります。
最初は高速バスで空港からJR山形駅に到着後、山形新幹線で新庄まで
行くのですが、駅構内に立ち食いそば屋があったので、入ってみると満席。
発車までにはとても間に合わないので、今度は新庄駅に隣接するそば屋
に行ってみたが、ここも待っていたら、目的地の酒田方面へ行く列車に
乗れず、結局、駅構内の売店でおにぎり一個を買って、新庄発余目
( あまるめ ) 行の陸羽西線 愛称 奥の細道最上川ラインに乗りました。
どこの駅構内にも駅弁や色々、食べる物は勿論、あります。しかし、
私は腎臓病のため外食の場合、ざるそばと決めているのです。
10月28日、天気予報は曇り時々雨でしたが、新庄を出発した頃は、
幸い時々 晴れ間もあって車窓から最上川を望むことができました。
ところが、日本海側に近ずくにつれて雨模様。
余目駅 ( 庄内町 余目 )で予約していたタクシーに乗って20分位で酒田
市内へ。まず、山居( さんきょ )倉庫 を見学しているうちに、雨も上がり、
割合、気に入った写真が撮れました。
続いて、酒田の豪商 本間家旧本邸を見た後、市内が一望できる日和山
公園へ。私がこの酒田へ来たのは、北前船のことを知りたかったからです。
日和山公園の池にはその北前船の復元船 ( 二分の一 )が浮かんでいます。
私が興味を持ったのは、公園内に立つ河村瑞賢という人物の銅像でした。
次回はこの河村瑞賢と三重県との知られざる関係についてお伝えします。
写真は山形県酒田市にある本間家旧本邸。本間家は日本有数の大地主。
酒田を拠点に米取引や北前船交易で莫大な富を築いたそうです。
旅先で新しく興味をひかれるものに出会う。旅の楽しみのひとつですね。
取材魂を呼び覚まされたようですね。遅足