真田太平記18巻-1 甲賀忍びの合言葉「山崎瀬兵衛殿にお目にかかりたい」
— 奄美海風荘 (@amami_kaihu_so) 2016年9月29日
奥から家来「蝸牛、行くところを知らず」馬場彦四郎「月とどまりて雲動く」含蓄がありげだが説明なし。蝸牛は、かぎゅうとルビが。清正毒殺の片山梅春は蝸牛の銅板を持ち、今はこの家の主・笹井と名乗る旗本になっていた。
@amami_kaihu_so 彦四郎は信之の家臣だが、前巻で領民の女を凌辱し、逮捕入獄されたが、お江によって幕府隠密の疑いを指摘された信之はお江と図り脱獄させ行先を突き止める。江戸で突き止めた先が、笹井丹之助という旗本屋敷。驚くべき事に笹井は清正お気に入りの料理人梅春だったのだ
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@amami_kaihu_so 彦四郎は大坂戦後、信之・幸村兄弟のお通邸での密会(余談だが家康承認の証拠なくば後に真田家存続の危機にもなりかねない)に同席するほどの位であった事を考えると、信之が村の名主の申し立てで即逮捕した事実から、当時の百姓の身分の高さを伺い知ることができる
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@amami_kaihu_so あ、訂正、大坂戦後とは、慶長19年(1614年)冬の陣の和睦後ということです。翌年夏の陣。
真田太平記18-2最終巻も終盤、あの秀吉子飼いで清正の盟友福島正則はどうなった。大坂戦では江戸屋敷閉じ込め同然、久しぶりに広島へ帰れば台風に洪水で城修築の幕府との交渉で人の善い正則は失敗続き。結局幕府は江戸屋敷を鉄砲隊で取り囲み「安芸・備後の2か国を没収し、信濃の国内4万5千石」
— 奄美海風荘 (@amami_kaihu_so) 2016年10月1日
真田太平記18巻3秀忠の諸大名への締め付けが激しく、信之は実収半分の信州・松代へ。父の代からの領国経営も台無し壱からのやり直し、でも名目加増に「ありがたき幸せに存じたてまつる」と言う悔しさ。家臣とその家族の生活が。意地を通せば本多正純とて失脚。武家が平和に暮らすとは、こうした事か
— 奄美海風荘 (@amami_kaihu_so) 2016年10月1日
『真田太平記』全18巻 池波正太郎 朝日新聞社 読了
1974年(昭和49年)~1982年にかけて『週刊朝日』に連載。単行本は、1974年からの全16巻の単行本が、1985年のドラマ化にあわせ出版された「新装版」全18巻を読んだ。ほかに新潮文庫版全12巻(1987年)。1999年の『完本 池波正太郎大成』(講談社)版全3巻がある。
名瀬の書店では新潮文庫版が4巻まであった。図書館の大活字本で読み始めたがそれも途中までしかなく、鹿児島本館から「新装版」を取り寄せた(一回につき5冊まで。一週間ほどかかる)が、途中の2巻は本館にもなく、大隅町公民館にあったものを曽於市の図書館から取り寄せてもらった。