拝観は、唐門からでなく、庫裡へと順路が示されていた。
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『加賀城主前田利常公が、大阪の陣の時木津川に陣をしき、一休寺に参詣したおり、寺の荒廃を嘆き、1650年に再建されたものである。内部襖絵は江戸初期の画家、狩野探幽斎守信の筆になったものである。』
広い廊下を歩いていると、ある部分だけ「キュッ キュッ」と鳴るのに気が付いて、他のところを歩いても鳴らない。
鴬張りなのかどうかは、分からない。
81歳に、京都大徳寺住職になった一休禅師が、ここから京都まで通われたという「輿」には興味深かったが、
それ以上に88歳ご入寂の、一休禅師の当時としては考えられないほどのご長寿には敬服した。