
(写真はクルド人居住区の市場の様子 “flicr”より By -GT- )
イラク北部モスル西方のシリア国境に近いシンジャル近郊3地区で14日夜、燃料を積んだ複数のトラックがほぼ同時に爆発。
少なくとも250人が死亡(今後500人ぐらいまで増えるのではないかとの報道もあります。)、350人以上が負傷しました。
イラクで一度に発生したテロとしては、過去最悪規模のテロとなりました。
同地区はクルド人自治区ではありませんが、クルド人の居住地域で、クルド人の少数派ヤジディ教徒がテロの対象となりました。
この付近は国際テロ組織アルカイダ系のスンニ派武装勢力で組織する「イラク・イスラム国」が強い勢力を持っているところで、今回の自爆テロもアルカイダ系の組織の犯行ではないかと伝えられています。
今回のシンジャル近郊でのテロは、米軍がバグダット北方のディヤラ県都バクバでの作戦を拡大した直後に発生しました。
米軍はスンニ派武装勢力の拠点を追跡・壊滅する作戦を取っていますが、武装勢力は作戦地域を逃れて、軍事圧力の薄い地域でテロを実行しています。
また、被害にあったヤジディ教徒とイスラム勢力の宗教的緊張が高まっていたことが事件の背景にある可能性を報じるものもあります。
【8月15日 毎日新聞】
http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/mideast/news/20070815k0000e030022000c.html
ヤジディ教はイスラム教以前から存在する原始宗教で、イラクやシリアのクルド人らの一部が信仰しています。
古代ローマ時代に広く分布していたミトラ信仰に、その後のイスラムの影響が加わって形成されたものだそうです。
なお、ミトラ信仰は仏教には弥勒菩薩信仰として残っているそうで、キリスト教の“最後の審判”もミトラ信仰に由来しているとも言われます。
ヤジディ教では、クジャクに象徴される大天使が主な礼拝の対象になっていて、ほかの宗教の信仰者はこの大天使を悪魔と見なしているため、秘密主義的なヤジディは悪魔信仰を行っているとの誤解もあるそうです。
ヤジディ教徒には、家族の中に宗教的汚点があった場合に家族がこの者を殺害して家族の名誉を回復する“名誉殺人”の風習が今も残っています。
今年4月に17歳の少女がこの“名誉殺人”で殺害されました。
彼女はイスラムスンニ派の男性と一緒にいた(=結婚する=イスラムに改宗する)ということで、群集の中に引きずり出されました。
取り囲む何十人の男性が倒れこむ彼女を蹴とばし、石(小石ではなくブロックのような大きさです。)を頭に投げつけます。
どす黒い血がしみのように広がります。
男達はなおも彼女を蹴り続けます。彼女はもう動きません。
この2,3分の一部始終は携帯で写され、ネットで公開されています。
古今東西、殺害される犠牲者は無数に存在し、宗教的に殺害に限っても星の数ほどあります。
日本でも新興宗教などで、宗教的理由で殺害する事件は時々耳にします。
ただ、ネットの画像上と言え、実際にひとりの人間、少女が大勢の男性に蹴られ、石を投げつけられ死んでいく様を目にするのはショッキングです。
胃のあたりに重いものが残りました。
宗教に縁の薄い人間には、このような“狂気”は全く理解できません。
この事件を契機に、スンニ派武装勢力によるヤジディ教徒への攻撃が頻発していたそうで、AP通信によると、同地区で支配的な勢力を持つアルカイダ系のスンニ派武装勢力「イラク・イスラム国」は今月上旬にシンジャルなどで「反イスラムのヤジディ教に対する攻撃が目前に迫っている」とのビラをまいていたといわれています。
この事件がフセイン時代抑圧されてきたクルド人とイスラム勢力の対立に火をつける事態となれば、これまで比較的落ち着いていたイラクのグルド人社会も混乱の可能性が出てきます。
そうなると、1500万人とも言われる最大のグルド人を抱えるトルコへの影響も懸念されます。
トルコではクルド人反政府勢力PKK(クルド労働党 非合法)が問題となっており、7月の選挙ではクルド人を中心とする無所属が27議席を得た一方で、イラク領内のクルド人勢力への攻撃を主張する右派・民族主義者行動党(MHP)が71議席(前回は最低得票率の“足切り”のため議席無し)を獲得しています。
英語に“open a can of worms”(収拾がつかない事態となる)という表現がありますが、イラク情勢はいよいよcanがopenされた状況になってきました。