(ミャンマーで暮らすイスラム教徒の子供 “flickr”より By Midhat Abd Elkader http://www.flickr.com/photos/76052327@N08/8703560723/in/photolist-eg72nM-etC7iQ)
【「忌まわしく非人道的だ」】
ミャンマーのロヒンギャなどのイスラム教徒と国民の大多数を占める仏教徒の対立・衝突については何回も取り上げてきましたが、先月末にも衝突が報じられています。
****ミャンマー東部で仏教徒とイスラム教徒が衝突****
ミャンマー東部シャン州ラショーで28~29日、仏教徒とイスラム教徒の衝突が発生し、男性1人がナイフでめった切りにされ死亡したほか、4人が負傷した。
国営英字新聞「ミャンマーの新しい灯」によると、きっかけは28日に仏教徒の女性が襲撃を受けたことで、孤児院とモスクが放火され全焼したほか、複数の商店や民家が放火されたという。
AFPが地元警察や地元当局に取材したところによれば28日、仏教徒のシャン人の女性がガソリンを売っていたところ、イスラム教徒の男にガソリンをかけられ火をつけられた。逮捕された男は、女性に火をつけたことを認めているという。
地元住民によると29日には、徒党を組んで武器を手にイスラム教徒を探す仏教徒たちが見られた。30日現在は治安部隊が介入し、現地のAFP記者によると町は一見、落ち着きを取り戻しているという。【5月30日 AFP】
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“ミャンマー国内では4月末にも最大都市ヤンゴン北郊の町オッカンで、少年の見習い仏教僧にイスラム教徒の女性がぶつかったことをきっかけに両教徒の大規模な暴動に発展している。両教徒の間では、ささいな事件やうわさで、いつどこで暴動が起きるか分からない緊張感が続いている”【5月29日 毎日】
真偽のほどはともかく、“ガソリンをかけられ火をつけられた”というのは“ささいな事件やうわさ”とは言えませんが、すぐに発火する緊張状態にあることは間違いありません。
この事件と同じ頃、対立の大きな火種となっている西部ラカイン州のロヒンギャに関して、差別的な人口抑制策「ふたりっ子政策」が報じられています。
****ミャンマー「イスラム教少数民族 子供2人まで」 批判相次ぐ*****
ミャンマー西部ラカイン州の一部で29日までに、イスラム教徒の少数民族ロヒンギャ族に、子供を2人までに制限し、一夫多妻制を認めないとする措置が導入された。ロヒンギャ族や人権団体などは「差別だ」と強く反発しており、新たな軋轢(あつれき)を生んでいる。
この措置が導入されたのは、バングラデシュと国境を接するラカイン州の北部にあるマウンドーとブティダウン。いずれも人口の大半がロヒンギャ族で、仏教徒は少数派。ラカイン州では昨年10月、両教徒の衝突で約200人が死亡し14万人の避難民を出している。
今回の措置について、州の報道官は「特定のグループ(ロヒンギャ族)だけに適用され、仏教徒には必要がない。(ロヒンギャ族の)急激な人口増加を管理するものだ」と説明した。
昨年の衝突を調査した政府の調査委員会は今年4月、ロヒンギャ族の急激な人口増加が、仏教徒住民の不安を増幅させ衝突につながったとし、出産率を抑えるよう勧告している。州報道官は「規則は政府の勧告に沿ったものだ」とした。
これに対し、ロヒンギャ族側は「『急激な人口増加』と言うが、これは誤った主張だ。この地では昔からロヒンギャ族が多数派で、人口も過密していた。政府や州は軍事政権時代から、ロヒンギャ族の人口と権利の制限をもくろんできた」と反発している。
国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチは「忌まわしく非人道的だ。州は出産制限措置を正当化するため、政府勧告を利用しようとしている」と非難した。野党・国民民主連盟(NLD)の党首、アウン・サン・スー・チー氏も「人権に反する」と述べた。
州の措置と政府との関係は完全には明らかになっていないが、昨年の衝突ではその後、主なイスラム教国などがミャンマー政府を批判しており、今回も同様の反応が予想される。
一方、東部シャン州では28日、ラーショーで仏教徒がモスク(イスラム礼拝所)や民家に放火するなどして数人が負傷した。29日も1人が死亡、4人が負傷した。【5月30日 産経】
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ロヒンギャ族はミャンマーのイスラム教少数民族の一つで、15世紀に現在のバングラデシュから流入したとの説があり、現在ミャンマー国内では約80万人が暮らしています。ミャンマー政府はロヒンギャ族を不法「移民」と見なして国籍を与えず、武力弾圧などを行ってきました。
一方、バングラデシュでも多くのロヒンギャが劣悪なキャンプ生活を強いられており、逃避したした先のタイやインドネシアでも追い返されるなどの対応を受け、“存在を否定された民族”として、その人権保護が国際的に問題となっています。
【確認していない・・・本当であれば・・・「人権侵害だ」】
民主化運動指導者としてのスー・チー氏の対応も注目されてきましたが、ロヒンギャがミャンマー国内で嫌悪されている状況でロヒンギャに肩入れすることは政治的リスクをおかすことにもなり、これまであまり積極的な発言はありませんでした。
そのことが、スー・チー氏に期待を寄せる人々・団体からは失望を買うことにもなっています。
スー・チー氏は、今回の産児制限問題に関しては“「人権に反する」と述べた”とのことですが、“記者団に(産児制限の)命令を確認していないとしながら「本当であれば違法であり、人権侵害だ」と語った。”【5月29日 朝日】とのことで、やや及び腰な慎重姿勢もうかがえます。
****少数民族問題でスー・チー迷走中****
少数民族に課される「2人つ子政策」にようやく重い□を開いたが
・・・・「そういう差別は良くない。人権擁護にも相反する」と、ノーベル平和賞受賞者のスー・チーは先週ヤンゴンで語った。ただし産児制限が実際に行われるかどうかは知らないと語った。
(中略)
ロヒンギャ族の人口は推定約80万人。昨年はラカイン州で起きた民族間の衝突で192人が死亡し、約14万人が避難民となった。だがこのときスー・チーはロヒンギャ族を明確には擁護せず、国際社会から批判された。
(中略)
2人っ子政策と共に一夫多妻制も違法とされるが、これらはロヒンギャ族が直面してきた問題のほんの一部でしかない。不法移民として扱われていることから市民権を認められないため、基本的な行政サービスや教育も受けられない。
スー・チーの側近であるニャンーウィンも「ロヒンギャという民族集団はない」という見解を示している。「ベンガル人が考案した名称だ。だから彼女(スー・チー)はロヒンギャについて何も言えない」
スー・チーは4月に東京を訪れた際にこの問題に触れ、自分は「魔法使いではない」と述ベていた。【6月11日号 Newsweek日本版】
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まあ、「魔法使いではない」野党政治家スー・チー氏への過度の期待は酷な面もあります。
特に、次期大統領を目指すスー・チー氏は、国民多数派の支持を失うようなリスクは避けたい現実もあります。
ただ、民主化勢力を含めたミャンマー国民のロヒンギャへの頑なな姿勢には、どうして民族・宗教の枠から踏み出すことができないのか・・・残念な思いを感じます。
スー・チー氏は以前から大統領を目指すことを否定していませんが、改めてその意思を明確にしています。
当然ながら、重要なのは大統領になることではなく、大統領として何をなすかです。
****大統領に意欲、重ねて表明=スー・チー氏―ミャンマー****
ミャンマーの最大野党国民民主連盟(NLD)党首アウン・サン・スー・チー氏は6日、首都ネピドーで開催中の世界経済フォーラム(WEF)東アジア会議の討論会で、「私は大統領に立候補したい」と述べ、2015年の次期総選挙を経て議会で選ばれる大統領就任を目指す考えを重ねて表明した。
スー・チー氏はこの中で「私が大統領になりたくないように振る舞っていたら、国民に誠実ではない。国民に誠実でありたい」と語った。4月に訪日した際の記者会見で「政党のトップで、国家のトップになりたくない人はいるだろうか」などと語り、大統領職への意欲を示していた。【6月6日 時事】
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【不十分との批判はあるものの、前進する民主化・少数民族問題】
一方、民主化の不十分さ、少数民族との和解の停滞が指摘される現政権、テイン・セイン大統領ですが、こちらも「魔法使いではない」のでやむを得ないところです。
それでも、幾分かは前向きな話も報じられています。
****ミャンマー大統領、「良心の囚人」を全員釈放へ****
ミャンマーのテイン・セイン大統領は4日、ラジオ演説をし、政治犯など思想や信条を理由に拘束されている「良心の囚人」を近く、全員釈放する意向を明らかにした。
首都ネピドーでは5日から、各地の財界人が集う世界経済フォーラム東アジア会議が開かれる予定で、民主化への取り組みをアピールする狙いとみられる。
大統領は演説で、「(受刑者が)刑事犯か政治犯かを精査中」と説明。対象となる受刑者の数は明らかにしなかったが、タイに拠点を置く人権活動団体は、160人以上の政治犯が収監されていると指摘している。【6月5日 読売】
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政治的な思惑もあっての判断でしょうが、全ての政治犯が釈放されればミャンマー民主化の大きな成果ともなります。アジア・世界には政治犯を多数拘束している国は珍しくありません。
少数民族との和解については、大統領の意向にもかかわらず、現地の軍が従来からの強硬姿勢を変えないといった面もありました。
“テインセイン政権は12年1月、ビルマ独立(48年)当時から武装闘争を続けてきたミャンマー東部カレン族の武装組織「カレン民族同盟(KNU)」と歴史的な停戦合意にこぎつけた。だが一方で、94年に停戦合意していたKIA(カチン独立軍)との戦闘が再開。「民主化」に逆行する動きに国際社会から厳しい目が向けられていた。”【5月31日 毎日】
そのカチン独立軍との停戦にも合意できたようです。
****ミャンマー政府とカチン独立機構、戦闘停止合意****
2年近く戦闘状態にあったミャンマー政府と北部カチン州の少数民族勢力「カチン独立機構」が5月30日、戦闘停止に合意し、7項目の文書に調印した。6月中にも正式な停戦協定調印が行われる見通しだ。
テイン・セイン政権は、カチンを除く10の主要少数民族勢力と停戦を果たしており、最後に残った主要勢力とも停戦することになる。これにより、すべての勢力との和平を目指す一体交渉の前進が期待される。
カチン州の州都ミッチーナで3日間の協議の末調印された文書には、〈1〉政府軍とカチン側軍事部門「カチン独立軍」の戦闘停止〈2〉カチン側が求める自治権拡大を巡る政治対話継続〈3〉停戦監視委員会の設置〈4〉戦闘で発生した避難民再定住に向けた協力――などが盛り込まれた。【6月1日 読売】
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テイン・セイン大統領は国民によって選ばれた訳ではありませんが、ミャンマーを民主化に向けて大きく転換させた功績は高く評価してよいのではないでしょうか。
大統領を狙えるようなスー・チー氏の現在があるのも、テイン・セイン大統領あってのことです。
ほんの数年前のことを考えると、その実績は「魔法使いのよう」でもあります。いささか褒めすぎでしょうか。