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(スマトラ島からの煙でかすむシンガポール夜景 【6月20日 msn Sankei Photo】http://photo.sankei.jp.msn.com/highlight/data/2013/06/20/14singapore/)
【大気汚染基準指標400超で「病人と高齢者の命にかかわる」】
インドネシア・スマトラ島で起きている大規模森林火災の煙が、隣国シンガポールで深刻な健康被害を惹起しているとして、両国の間で外交問題となっています。
****シンガポールで煙害拡大、97年以降最悪 隣国の森林火災で****
都市国家シンガポールの環境保護行政当局などは19日、隣国インドネシアでの森林火災による煙霧被害が広がり、大気汚染指数が同日、1997年以降では最悪水準の数値を記録したと発表した。
地元紙ストレーツ・タイムズによると、大気汚染指数は19日に173を記録。226を観測した1997年以降、最悪となった。環境保護行政当局は指数が200を超えた場合の大気汚染は極めて不健康な水準と規定している。
シンガポールの人口は530万人。煙害被害を受け中心部のビジネス街ではマスクやハンカチを使って口元などを隠す住民の姿が見られた。
森林火災はインドネシア西部スマトラ島での違法な野焼きなどが原因で、煙霧はマラッカ海峡を越えてシンガポールに流れ込んでいる。煙害は今週初めから始まっていた。
森林火災は依然続いており、シンガポールの煙害は今後数日間解消されないとも予測した。
シンガポールのビビアン・バラクリシュナン環境・水資源相は、煙害の原因となっている事業に関与する企業への経済的圧力を求めたいと主張。インドネシアでヤシ油農園開発のための土地開墾に当たる企業にはシンガポールとマレーシアのヤシ油企業が投資しているとされる。
同相は交流サイト「フェイスブック」上で、インドネシアのバルタサル・カンブアヤ環境相と接触した際、火災発生に関与する企業名を明示したと指摘した。
今回のような煙霧の悪化は過去にもあり、1997年には推定90億米ドルともされる医療コスト負担の他、航空便やビジネス活動の支障も強いられる被害が出ていた。【6月20日 CNN】
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上記記事では“大気汚染指数は19日に173を記録”とありますが、19日午後10時には97年を超える321を記録、更に“大気汚染基準指標(PSI)は21日午前11時に400を超え、過去最高値を記録した”とのことです。「大気汚染指数」と「大気汚染基準指標(PSI)」は同じもののようです。
PSIでは、200を超えると「有害」、300で「危険」、400以上は「病人と高齢者の命にかかわる」とされています。
****シンガポールの煙害、指数400突破 高齢者らに「命の危険」****
インドネシア・スマトラ島の野焼きが原因の煙害が深刻化しているシンガポールの大気汚染指数は21日、「病人と高齢者の命にかかわる」とされる400に達した。
シンガポール政府当局のウェブサイトによると、大気汚染基準指標(PSI)は21日午前11時(日本時間同日正午)に400を超え、過去最高値を記録した。政府のガイドラインは、PSI値が400超の状態が24時間以上続く場合には、子どもや高齢者、持病のある人などは窓を閉めた屋内にとどまり、運動をできるだけ避けるよう助言している。
AFPの取材に応じたシンガポール在住の開業医によれば、患者数は前週に比べて2割増加し、受診者の8割に煙霧に関連した疾患がみられるという。
また、市内では市販のマスクが不足しており、マスクを求めて通院する人もいるが、病院の在庫も底を尽きかけている状態だという。【6月21日 AFP】*********************
【現地ではインドネシア企業の他にシンガポールやマレーシアの企業も操業している】
シンガポールの苛立ちに対し、火元のインドネシア側は「シンガポールの振る舞いは子供じみている。がたがた大騒ぎすべきではない」と突き放しています。
****シンガポールは「子供っぽい」、煙害めぐりインドネシアが反論****
インドネシアのスマトラ島で発生した山火事が原因の煙霧により、大気汚染指数が「危険」水準に達したシンガポール政府は20日、インドネシア政府に「決定的な対応」を要求した。
これに対しインドネシア政府は同日、シンガポールの反応は「子供っぽい」と非難。10年以上ぶりの煙害をめぐり、両国間で舌戦が展開されている。(中略)
こうした状況を受けインドネシアの首都ジャカルタで同日、煙害への対応を協議する周辺国会合が開催されるのに先立ち、シンガポールのビビアン・バラクリシュナン環境・水資源相は、インドネシア政府に「緊急かつ決定的な対応」を要求。
「シンガポール市民の忍耐も限界だ。当然ながら怒り、苦しみ、憂慮している」「いかなる国も企業も、シンガポール市民の健康を犠牲にして大気を汚染する権利はない」と米SNSフェイスブックへの書き込みで批判した。
一方、インドネシア側も同日、直ちに反論。アグン・ラクソノ調整相(公共福祉担当)は「シンガポールの振る舞いは子供じみている。がたがた大騒ぎすべきではない」と苦言を呈し、山火事による煙害は「インドネシアが意図したものではなく、自然がもたらしたものだ」と弁解した。
また現在、煙害の責任を負うべき企業について調査中だと説明した上で、現地ではインドネシア企業の他にシンガポールやマレーシアの企業も操業しているとけん制。煙霧対策をめぐるシンガポールの財政支援についても「少額なら不要」と強がった。【6月20日 AFP】
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別にインドネシアは火災を放置している訳ではなく、人工降雨による消火も検討していると報じられています。
ただ、火災が起きている地域は「泥炭地」で、いったん火がつくと鎮火は困難です。数週間、あるいはそれ以上の期間続くことも想定されます。
****スマトラ島火災、 人工降雨で鎮火へ****
インドネシア・スマトラ島で発生している大規模な火災を大雨によって鎮火し、隣国シンガポールの上空までを厚く覆っている煙霧を解消するため、インドネシア政府は人工降雨を計画中だ。
林業省の関係者が19日、明らかにした。火災はリアウ州の泥炭地を中心に続いている。人口530万人が暮らすシンガポールの政府はインドネシア政府に対し、消火活動の強化を要請していた。今回の火災で、シンガポールでは大気汚染がここ16年で最悪のレベルに達している。
計画では、スマトラ島上空にヘリコプターを飛ばし、雲に化学物質を注入。重たい氷の結晶の生成を誘発することによって、降雨を促す。しかし、実施に向けては準備期間が必要であることから、ヘリコプターを導入できるのは早くても21日だという。
鎮火にあたってきた約100人の消防士たちは、アブラヤシ農園が大半を占める炭素含有量が多い泥炭地では、消火活動が非常に困難だと訴えていた。【6月20日 AFP】
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【泥炭地の乾燥により発生する野火が大規模な森林火災につながり二酸化炭素を放出】
大規模森林火災はスマトラ島だけでなく世界各地で発生しますが、スマトラ島を含めたインドネシアは火災の頻発する地域でもあります。
その背景には、気象条件以外に、バイオ燃料にも使用されるパームオイル生産のための泥炭地におけるアブラヤシのプランテーションがあることが指摘されています。
泥炭地開発による土地の乾燥が野火を容易にし、また開発のための違法な森林焼き払いも火災の大きな原因となっているそうです。
また、乾燥した泥炭地と火災を考慮すると、インドネシアはアメリカ、中国に次ぐ世界第3位のCO2排出国であるとされています。
*****インドネシア 泥炭地破壊で世界第3 位のCO2 排出国に*****
~木材・パームオイル需要と地域経済開発が元凶~
泥炭湿地帯での森林伐採、プランテーション開発等による泥炭の分解や森林火災によって排出される大量の二酸化炭素が、インドネシアを世界第3 位の温室効果ガス排出国に押し上げている。2006 年11 月、国際湿地保全連合(Wetland International)が報告した。
東南アジアの湿地地域は、広大な面積の稠密な低地雨林に覆われている。その泥炭層には現在、世界の化石燃料の利用量100 年分に相当する炭素が蓄積されている。しかし、これらの森林が伐採及び火災により急速に消失している。
この破壊の背後には、木材、紙パルプ、パームオイルに対する世界の需要と地域経済開発の促進がある。
泥炭湿地林の伐採を容易にするため湿地の水が排水路を通じて排水され、木材はその排水路から搬出される。大量の水を必要とするパームオイルや製紙用パルププランテーションに排水が使用される。泥炭は通常は水に浸かっており分解しないが、排水を通して泥炭の乾燥・分解が始まり、二酸化炭素を放出する。
更に、泥炭地の乾燥により発生する野火が大規模な森林火災につながり二酸化炭素を放出する。インドネシアでは、これら火災は何週間、ときには何ヵ月も続き、広大な面積の厚い泥炭層を燃やす。
また環境団体は、多くの火災の原因は、大規模プランテーション開発のための森林への火入れにあると指摘している。禁止されているこの森林焼き払いは、伐採に比べてはるかに手っ取り早く、安上がりな農場造成・拡張方法だ。
インドネシアの泥炭地総面積は約2 千250 万ha である。新たな研究で、近年インドネシアの泥炭地から排出される二酸化炭素は年間20 億トンに上り、うち6 億トンは乾燥した泥炭の分解、14 億トンは火災から生じることが分かった。
公式統計に基づく二酸化炭素排出量の国別ランクではインドネシアは世界で21 番目だが、この泥炭地からの排出量を含めると、米国、中国に次いで世界第3 位となる。この排出量は英国やドイツの排出量の数倍にもなり、京都議定書の下で温室効果ガス排出を削減しようとする先進国のあらゆる努力を帳消しにするという。
インドネシア政府は、最近になって泥炭地回復に乗り出した。泥炭地に関する大統領令によるとスハルト時代に食料生産のために開発された1 万2 千ha の地域の回復を図るという。
しかし一方で、世界の健康志向を背景としたパームオイルへの世界的需要拡大とバイオ燃料ブームによる利益のため、パームオイルプランテーションの大規模拡張計画も打ち出している。開発最優先の姿勢は変わらず、安上がりな拡張のために起きるであろう火入れを取り締まる有効な手立てを一向に打ち出す気配はない。
国際湿地保全連合は、泥炭地保全と回復への投資が気候変動緩和戦略の基本的部分を構成すべきであり、比較的小額の投資で温室効果ガス排出削減に大きな影響を与えることができるばかりか、干ばつと洪水の緩和、生物多様性保全、貧困削減にも役立つと言う。
目先の経済的利益を追うプランテーションの無謀な開発が泥炭地と森林の破壊をますます助長することになりかねない。それを止めることができるのは、木材や紙、パームオイル、エネルギーの消費を減らすとともに、森林地域住民に持続可能な生活手段をもたらすのを助ける国際社会と我々消費国自身の行動だけかもしれない。
【2007年2月 FoE Japan】http://www.gef.or.jp/activity/economy/stn/peat.pdf
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インドネシア・ユドヨノ政権は、こうした泥炭地開発に一定に歯止めをかける措置も打ち出してはいますが、「抜け道が多い」対策でもあるようです。
****原生林の新規開発凍結令****
2011年5月、ユドヨノ大統領は、原生林と泥炭地の開発許可の新規発行を向こう2年間凍結するという大統領訓令(Inpres)2011年第10号を出した。
ただし、エネルギー開発と食糧生産の用地は除外されている。エネルギーと食糧の増産は、ユドヨノ政権の掲げる優先政策だからである。
インドネシア政府は、先の報告書発表に先立つ2010年半ば、原生林と泥炭地の新規開発を凍結することを条件に、10億ドルの無償援助をノルウェー政府から得ることで合意していた。これは、インドネシアにとって初めてのREDDプラスの枠組みでの国際環境支援であった。
REDDプラスとは、森林減少・劣化の抑制による温室効果ガスの排出量削減(REDD:Reducing Emissions from Deforestation and Forest Degradation)に、積極的に炭素蓄積を増やす森林管理・植林などの行動をプラスした概念である。
ユドヨノ政権は、原生林と泥炭地の新規開発を凍結するにあたって、「インドネシアは世界第3のCO2排出国」との見解を科学的分析にもとづいて是認し、国内に周知しておく必要があったのだろう。
だが、この「新規開発凍結令」は、パーム油業界や炭鉱業界からは「成長のチャンスを奪う」と反対され、環境NGOからは除外規定などの「抜け道が多い」と批判されている。
インドネシア政府は、「成長と環境のバランス」を基本方針に掲げているが、まさしく言うは易し、行うは難し。だが、その微妙なバランスを模索するほかに道はない。【2011年12月 JETRO】
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冒頭【6月20日 CNN】にあるように、“インドネシアでヤシ油農園開発のための土地開墾に当たる企業にはシンガポールとマレーシアのヤシ油企業が投資しているとされる”とのことで、シンガポールは単に煙害の被害者という訳でないようです。