(シンガポール「リトル・インディア」で8日に起きた暴動【12月10日 WSJ】http://jp.wsj.com/article/SB10001424052702304468904579248713785480286.html#slide/1)
【40年ぶりの暴動】
アジアにあっては例外的に安全・清潔・秩序が保たれており、また日本をも上回る所得水準を実現している国として知られるシンガポールで、暴動があったとして話題になっています。
****シンガポールで40年ぶりの暴動****
観光地としても有名なシンガポールのインド人街「リトル・インディア」で8日午後10時(日本時間同11時)ごろ、交通事故をきっかけに暴動が発生し、かけつけた救急車やパトカーが約400人に取り囲まれてひっくり返され、放火された。治安規制の厳しいシンガポールで、暴動は40年あまり起きていなかった。
暴動は、南アジア出身とみられる外国人労働者が交通事故に遭ったことをきっかけに発生。これまでに10人以上が負傷した。
警察は暴動に加わった南アジア系の労働者ら27人を逮捕。経緯を調べるとともに、現場から逃走した男たちの行方を追っている。多民族国家であるシンガポールでは、60~70年代の暴動の教訓から民族対立を強く警戒していた。【12月9日 産経】
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事件はバングラデシュ人労働者がバスにはねられたもので、「リトル・インディア」に居住するインド人やバングラデシュ人が騒ぎを起こしたとされています。
この事件を受けて、タングリン地域警察本部は9日、リトル・インディアに配備する警官を増やすことを明らかにしています。また、ルイ・タックユー運輸相は自身のフェイスブック上で、リトル・インディアでの酒類販売許可の制限を検討する考えを示しているように、規制を強化する方針のようです。
観光旅行者の視点からは、何かと規則がうるさいシンガポールは息苦しさを感じてあまり好きではありませんが、更に規制を強化されるとのことで、「やれやれ・・・」といった感もあります。
上記記事にあるように、シンガポールは華人(中華系)が76.7%、マレー系が14%、インド系(印僑)が7.9%、その他が1.4%という、隣国マレーシアの華人とマレー人比率を逆転させたような多民族国家であり、やはりマレーシアと似たような“共生しながらもそれぞれ異なるコミュニティーを形成”【ウィキペディア】する社会です。
【外国人割合が現状でも38%、将来は45%・・・強まる地元住民の不満】
ただ、今回の暴動はそうした伝統的な民族間の対立というよりは、外国人労働者を受け入れて発展してきたシンガポールの移民政策のひとつのあらわれのように見えます。
少ない労働力を補うために外国人労働者を多く受け入れてきたシンガポールでは、地元住民側から雇用が奪われるとの不満があり、絶対的な支配体制を維持してきた与党が11年の総選挙で大きく得票率を減らす結果ともなっています。
今年2月頃には、言論と集会が厳しく制限されているこの国において、政府の移民受け入れ政策に抗議して極めて異例な大規模集会が開催され、国民の不満の強さを浮き彫りにしたものとして話題にもなりました。
****シンガポール 人口政策承認 移民拡大、くすぶる不満****
■「仕事失う」「不動産が高騰」
シンガポール議会は8日、政府が先月末に発表した移民の大幅な受け入れを柱とする「人口白書」を承認した。白書で示された新人口政策の狙いは、急速に進む少子高齢化による生産年齢人口の減少と労働力不足を移民で補い、経済成長を維持することにある。
だが、国民の反発を誘発し、与党内からも異論が出るなど社会を揺るがしている。
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◆「労働力確保」狙い
合計特殊出生率は1・2と低く、生産年齢人口は2020年以降、減少の一途をたどる。これを食い止めるため政府は30年までに、現在531万人の総人口を最大で約3割増の690万人とし、現状では年間1万8500人の国籍取得枠を、最大で35%増の2万5千人に拡大するとした。
この結果、総人口に占める永住者を含む外国人の割合は38%から45%に増え、逆に国民の比率は62%から55%に低下する。
民族構成比は中国系74・2%、マレー系13・3%、インド系9・2%(12年)で、政府はこの比率を将来も維持するとみられ、今後の移民は中国人が主体だとみていい。
白書に合わせ政府は出産奨励策と、人口増に備え70万戸の住宅を建設する開発計画も打ち出した。だが、ネット上には「白書はシンガポールで生まれたシンガポール人に対する背信行為だ」など、批判と反発の書き込みがあふれている。(中略)
反対論の核を成しているのは、移民の拡大で「仕事が奪われ、不動産価格の高騰も招く」「シンガポール人のアイデンティティーの喪失につながる」という懸念だ。
中国系の間には、中国本土からの中国人に対する潜在的な嫌悪感と、一種の差別意識も存在する。
これに対し、リー・イシャン上級国務相(通産・国家開発担当)は「シンガポールは日本を教訓に対策を講じる必要がある。日本は外国人に門戸を閉ざし、そのつけが今、回っている」と、白書を正当化した。
白書は与党が圧倒的多数を占める議会で賛成77、反対13で承認された。だが、集会などが厳しく規制されているこの国にあって、16日に市内の公園内の演説ができる「スピーカーズ・コーナー」に、約千人を集め反対の気勢を上げる動きもあり、不満はくすぶる。
政府は11年の総選挙で国民の不満を背景に与党が敗北して以降、外国人受け入れ拡大路線を転換、流入を厳しく規制する段階的な措置をとってきた。それでも先月の補欠選挙では与党が労働者党に敗北している。
にもかかわらず今回、拡大路線に回帰したことは、少子化の中で「アジアのハブ」として生き残るために、背に腹は代えられないという危機感の表れだろう。
規制による外国人労働力の確保難から、外国企業の一部には撤退の動きも出ている。同時に、国民の統制も難しい局面を迎えた。【2月10日 産経】
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外国人の割合が現状でも38%、将来は45%に増える・・・というのは、閉鎖的な移民政策をとっている日本からすると想像できない全く異質な社会です。
こうした事情の背景には、基本的に人口が少なく、出生率も極めて低いということに加えて、きつい単純労働を地元住民が希望しない、一方、高度のスキルを必要とする職種については、条件を満たすような人材が地元に少ないということもあるようです。
****(アジア成長の限界)外国人労働者編 シンガポール、依存と反発****
■17年後「45%が外国人」
シンガポール最大級のショッピングセンターにある人気レストラン「キング・ルイス」。食事を楽しむ人々が憩う店内の落ち着いた雰囲気は、厨房(ちゅうぼう)に入ると一転する。シーフードやバーベキュー肉を調理し、後片付けする熱気が充満する。
中でも一番の重労働が皿洗いだ。担当するのはフィリピン人のジョンさん(33)。下げられてきた皿の残りかすを一枚一枚勢いよく水で洗い流す。一度に皿が16枚入る食器洗浄機にすぐ投入。約1分で洗浄機が開くと、皿を棚に戻す。昼夜計10時間、立ちっぱなし。休日は週1日だけだ。
厨房に詰める5人のうち外国人でないのは料理長だけ。「きついからローカル(シンガポール人)は働かない」。レストラン運営会社のセバスティアン・ティアウ副社長は語る。日本料理店7店舗を展開する「ワタミ」も事情は同じで皿洗いの8割は中国人という。
皿洗いの月給は、900~1500シンガポールドル(Sドル)(約7万2千~12万円)ほどと、大卒初任給の約半分。派遣業者のランディー・ルー社長は「給料の話ではない。ローカルは高学歴になり、オフィスでの見栄えのよい仕事を好む」と言う。
人口530万人の都市国家は2007年、1人あたり国民所得で日本を抜いた。65年の建国以来、政権を握る人民行動党の絶対与党体制下で物流などを強化、経済開発をしてきた。
だが、その半面で急速な少子高齢化が進む。出生率は日本を下回る1・2。20年までに、65歳以上の年齢層の割合が14%を超える「高齢社会」に入る。
労働力不足を埋めるのが、周辺諸国などから来る外国人労働者だ。皿洗い、建設作業員、バス運転手まで、働く外国人は計126万人。経済や市民社会を支える陰の主役と言える。
政府は、専門職についても労働市場を開いて、付加価値の高い産業を誘致し成長につなげる戦略をとる。
例えば、北部に320ヘクタールの用地を確保し、航空産業用の工業団地を造成。航空機エンジン大手の英ロールスロイス社が、工場やアジア太平洋地域の研究開発拠点を置く。関連企業も合わせた従業員2千人のうち300人が、欧州などから来た外国人幹部や技術者だ。
同社の工業団地責任者、ポール・オニール氏は「政府の投資奨励策が、進出の理由だ」と話す。法人税率は17%で日本の半分。航空機やバイオなどの先端産業やアジア地域本部を置く企業は、さらに減免される。
高層ビルが林立する金融街の外資系投資銀行で働くIT技術者、ルーマニア人のイオヌトさん(38)は、個人就労ビザ(PEP)という特別なビザを持つ。通常の就労ビザの有効期間は2年程度だが、PEPは5年有効。もし勤務先を解雇されても、半年間は滞在を続けて職探しできる。優秀な人材を「個人」として囲い込む狙いだ。
そんな外国人依存社会のシンガポールで今年、ある数字が論争を呼んだ。
「30年には人口に占める外国人の割合が45%に達する」。政府が1月末、初めて発表した「人口白書」で、外国人が半数に迫る将来像を示したのだ。80年に9%だった外国人は、07年以降、3割を超えるようになっていた。「自国民が少数派に転落してしまう」。そんな不安が現実味を帯び始めた。(後略)【5月1日 朝日】
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リー・シェンロン首相は「シンガポール国民がこれからも社会の核です。でも、経済の進歩とは、(外国人が流入する)蛇口を閉めることではないのです」と政府の移民政策への理解を求めていますが、国民の不満は収まっていません。
【厳しい外国人労働者管理対策】
外国人労働者増加への国民の不満は強いものがありますが、ここ数年のシンガポール政府の移民政策は、国民の不満を反映して基本的には外国人労働者の増加を厳しく管理するものとなっています。
産業ごとに、国内労働者との比率において外国人労働者を雇用できる割合が決めらており、この“外国人雇用上限率”は引き下げられる傾向にあります。
外国人単純労働者を一人雇用するごとに雇用主が毎月納める税金“外国人雇用税”は2014~2015年に引き上げられることになっています。
“就労ビザ取得条件”も、2014年1月から就労ビザの取得条件となる最低給与額が引き上げられ、厳しくなります。
更に、2014年8月より、企業は、求人条件が月収 12,000シンガポールドル(約 96万円)以下の専門職、管理職、経営幹部職の外国人を採用する前に、シンガポール人向けの求人データベースに最低 14営業日にわたる求人広告を出すことが義務付けられます。
【2013年10月 佐藤憲彦氏 “シンガポール「外国人雇用規制の強化」” より】
また、現状はよくわかりませんが、2009年頃の資料では、雇用主は外国人単純労働者を雇用する際には、政府に労働者1人当たり保証金 5000 シンガポールドル(約40万円)を納めなければならないとされています。
保証金は当該外国人労働者の帰国後に雇用主に返還されますが,外国人労働者が行方不明になったり,罪を犯したりした場合には没収されます。雇用主による雇用管理の強化や不法残留の抑止につながっている制度です。
【外国人労働者側の不満】
以上は、主に地元住民からの外国人労働者増加への不満、政府の施策の話でしたが、一方で、外国人労働者、とくに単純労働に従事する外国人労働者の側の、労働環境・待遇などの問題も存在します。
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外国人単純労働者は,家族の呼び寄せが認められていない。
さらに,メイドなど女性の単純労働者は入国前に妊娠検査を実施するとともに,滞在中も半年ごとに妊娠検査が義務づけられており,妊娠した場合,雇用主は人材開発省に報告の義務があり,当該外国人労働者は強制送還される。
【竹内ひとみ氏 “シンガポールの外国人雇用対策”】
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メイドの扱いなど、日本的感覚からすると人権上の問題が出るようにも思えます。
また、メイドに対する暴力・虐待などの問題も多くみられます。
一方でメイドによる雇い主殺害などの事件もありますが、要は相互の信頼、人間的な関係がないということでしょう。
また、建設現場などの“3K労働”を主に担っているインド人やバングラデシュ人は、1日働いても800円ほどの収入しか得られないとも言われています。
今回の騒動を起こしたのは、こうした外国人労働者です。
仮にシンガポール式の外国人労働者管理がうまくいって、ローカル住民の不満も収まったとしても、その社会はある意味、人種差別的な、極端に言えば現代的奴隷制的な社会のようにも思えます。
もっとも、それでもいいから移民したいという者に門戸を閉ざす鎖国社会とどちらが倫理的かという問題はあります。
現実世界が国家を単位としている以上、移民の扱いは非常に難しい問題ですが、少子高齢化の日本もやがて直面する問題です。
活性が失われるのを覚悟でこれまでのように門戸を閉ざすか、社会的緊張をはらみながらも厳格な管理体制のもとで受け入れるのか、あるいは共存を可能とする道を模索するのか・・・。
共存のためには、(仮にそのような方策があったとしても)長い時間をかけた周到な準備も必要ですが、なにより受入側の意識を変える必要もあるでしょう。それはまた非常に難しい問題です。