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(12月3日 タイ・バンコクの警察本部へと向かう道に立つ警察官にバラの花を渡す反政府デモの参加者 【12月3日 AFP】)
【双方に好都合な一時休戦】
タイのタクシン支持派と反タクシン派の出口の見えない抗争、最近の反タクシン派による首相府など政府省庁占拠を目指す実力行使については、11月26日ブログ「タイ 繰り返される“不毛の対立” 反タクシン派、省庁占拠で政権を揺さぶる」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20131126)でも取り上げましたが、出口が見えないだけに、状況も基本的には変わっていません。
ただ、5日の国王誕生日を政治的騒動で汚す訳にはいかないという、極めてタイらしい理由で一時休戦に入っています。
****デモ隊、タイ首相府占拠 「勝利」宣言、すぐ退去 政権が衝突回避指示****
タイで1カ月にわたって続いてきた反政府デモは3日、反政府派が首相府を一時占拠して「勝利」を宣言し、警官隊とデモ隊の激しい攻防から一転、暴力が停止した。
だが、インラック政権が倒れたわけではなく、政権と反政府派の対立も解消していない。5日に迫った国王の誕生日を前に、「一時停戦」で折り合ったのが実情のようだ。
厳重な警備が続いてきたバンコクの首相府。3日午前、それまで周辺に野営していた警官隊が突如、撤収を始めた。しばらくすると、反政府デモ隊が首相府の鉄門の鎖を切断し、敷地内になだれ込んだ。
首相府周辺では、前日まで2日間、バリケードを突破しようとするデモ隊と催涙弾などで応戦する警官隊の激しい衝突が続き、計192人が負傷していた。
反政府デモを率いるステープ元副首相は2日夜、首相府近くの首都圏警察本部の占拠に向かうと宣言。3日は事態のさらなる悪化が懸念されていた。
ところが、首都圏警察本部長は3日、反政府デモ隊に武力で対抗しない方針を表明。デモ隊が警察本部のある通りを行進し始めると、警官らが沿道に列を作り、デモ隊を迎え入れた。デモ参加者らは「警察が人民の側に立った」とバラの花を警官に配った。
デモ隊が入っていった首相府。
大型トラックの上からリーダーが「人民の勝利を宣言する」と声を上げた。だが「我々は首相府を封鎖しない」と言い、デモ隊は1時間足らずで首相府から退去し、拠点の民主記念塔に向かった。
首相府周辺は静けさを取り戻した。
デモの激化後バンコク郊外に身を移しているインラック首相は3日夕にテレビ演説し、衝突回避について「政府が治安当局に指示した」とし、「状況はまだ正常とは言えないが、前向きな動きだ」と語った。
■軍、双方に手打ち促す
事態の一時的な収拾が、5日のプミポン国王誕生日を各派が強く意識した結果であることは間違いない。国民の尊敬を集める王室の最も重要な日を催涙弾が飛び交うなかで迎えるということは、タイでは考えられないからだ。
インラック氏とデモを率いる民主党のステープ元副首相の対立が深まるなかで注目が集まったのは、軍の動向だ。タイ軍は「国王の軍隊」であり「国民の軍隊」という強い意識を持つ。混乱を収められなければ威信に傷がつく。
軍関係者によると、プラユット陸軍司令官が1日、インラック、ステープ両氏をバンコク北部の軍施設で引き合わせ、譲歩を促した。その時司令官は「軍はタイ王国とともにある」と前置きし、どちらにも肩入れしない考えを明確にしたという。
ステープ氏はタクシン体制を根絶し、選挙によらない国民各層の代表者でつくる「人民議会」の創設を求める。選挙で選ばれた正当性を主張するインラック氏との隔たりは大きく、物別れに終わった。だが水面下で動きが続いているようだ。
選挙をやれば劣勢は否めない反タクシン派は「第三者の介入」を期待しており、軍は機嫌を損ねてはならない相手だ。さらに、デモが過激化するにつれて参加者が減り始め、ステープ氏は振り上げたこぶしの下ろしどころを探っていた。
インラック氏も、一般にタクシン派が「反王制」とみられるなか、国王誕生日を間近に流血の事態を起こすことは避けたかった。
デモ隊が最大の標的としていた首相府と首都圏警察本部を一時的にせよ「開放」して反政府派のメンツを立て、「一時停戦」する――。筋書きが2日から3日未明にかけてできた模様だ。
軍、枢密院、王室といったタイ政治を節目節目で動かしてきた力が、今回も働いたとの見方は多い。
■あす誕生日、国王発言に注目
反政府派は4日をデモ集会会場の「大掃除日」にすると発表した。拠点とする民主記念塔一帯は、国王誕生日の祝賀電飾などが施されるメーン道路だからだ。しかし、ステージなどは撤去しない。
ステープ氏は3日、群衆の前で「これは第1の勝利でしかない。インラック政権もタクシン体制もそのままだ。闘争を続ける」と演説。4日も、デモ隊とともに国家警察庁に向かうと発表した。
親タクシン、反タクシンの対立の構図に変化はなく、何かの拍子に火を噴けば当事者間では解決できない政治危機に発展してしまうことを、今回の事態ははっきりと示した。
国民は、誕生日に国王がどんな発言をするかに注目している。もし踏み込んだ発言があれば、局面が大きく変わり得るからだ。
にらみ合いが続く場合、選挙には強みを見せるインラック首相が下院を解散し、改めて勝って正当性の主張を強める可能性もある。【12月4日 朝日】
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“振り上げたこぶしの下ろしどころを探っていた”反政府派、「反王制」とみられがちなタクシン派、双方にとって都合のいい国王誕生日休戦のようです。
【注目される軍の動向】
しかし、国王の権威、軍の意向がないと事態が動かないというのは、タイ政治の困った現実です。
高齢で健康状態にも不安があるということもあって、このところ政治的な場面からは身をひいている国王からは。融和を求める言葉はあっても、おそらく“踏み込んだ発言”はないと思われます。
反政府派が期待するのは軍の動向です。
もともとタクシン元首相は軍のクーデターで追放されたように、タクシン派と軍はあまり関係がよくありません。
過去に何度もクーデター・政治介入を繰り返してきた軍ですが、タクシン元首相を追放したあと思うような統治ができず、結局タクシン派政権を許してしまったことから、最近は政治にはあまり深入りしない姿勢を保っており、今回もこれまでは静観の構えでした。しかし、手詰まり状態のなかで仲介の動きもあるようです。
“国軍幹部は国王誕生日後、混乱収束に向けて協議を行う模様だ。2006年にクーデターでタクシン政権を転覆させた軍は今回、事態を静観してきた。ただ、軍関係者は「軍内部には政府とデモ隊の仲介役を果たすべきだとの考えもある」と語り、何らかの形で関与に動く可能性もある。”【12月3日 毎日】
【総選挙を忌避する反政府派の本音】
反政府デモ隊を率いる野党・民主党のステープ元副首相は「立憲君主制に基づく真の民主主義を取り戻すため『人民議会』を創設する」と主張し、タクシン元首相の妹であるインラック政権の解体を求めています。
「人民議会」は総選挙を経ずに各階層の代表を選出するもので、その下で内閣を選び新政府に移行しようという主張です。
インラック首相は、総選挙を経ずに「人民議会」によって新たな政治体制への移行を唱える反タクシン派側の要求を「平和に向かう解決なら同意するが、現行の憲法では不可能だ」と退けています。
また、「権力にしがみつくことはない。平和のため、国民の過半数が求めることなら何でもする」と語って、退陣や解散・総選挙で混乱収拾を図る可能性にも言及しています。
****タイ:暫定政府樹立改めて拒否 反政府デモ激化*****
・・・・タクシン元首相を巡る国内対立は2006年以降激化した。
農村部に大票田を抱えるタクシン派が総選挙で政権を獲得してきたが、軍や官僚など旧支配層が支える反タクシン派は、軍クーデターや憲法裁判所命令で政権交代を実現させてきた。
タクシン氏は01年に首相に就任後、貧困対策に力を入れ、農村の低所得層から圧倒的支持を得た。
一方、バンコク住民が多い反タクシン派は「ばらまき政治」だと反感を強め、タクシン氏の「金権政治」も問題とした。反タクシン派はタクシン派が多数を占める議会を「多数派による独裁」と批判する。
ステープ元副首相が唱える「人民議会」も、総選挙で自分たちの意思を反映できないと考える反タクシン派の発想に基づいている。
ただ、06年にタクシン政権を崩壊させた軍は今回、関与しない方針で、その実現に至る道筋は不明だ。
仮に反タクシン派が新政府樹立に成功したとしても、選挙による「民主主義」を訴えるタクシン派によるデモ拡大は必至だ。タクシン派、反タクシン派が互いに自らの「民主主義」の正当性を唱える状況で、和解の糸口は見えてこない。(後略)【12月2日 毎日】
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反政府派・ステープ元副首相が総選挙によらない「人民議会」にこだわるのは、総選挙を行えば北部・東北部農村地帯をおさえるタクシン派が再び勝利すると思われるからです。
一方のインラック首相は、文句があるならもう一度選挙をやろうじゃないか・・・という姿勢です。
****「タクシンが票買収で勝つだけ」 反タイ政府デモ指導者、解散総選挙を拒否*****
バンコクの反タクシン元首相・反政府デモを指揮する野党民主党のステープ元副首相は3日午後、デモ隊が占拠しているバンコク郊外のタイ政府総合庁舎で演説し、今後も反政府デモを継続、拡大すると宣言した。
ステープ元副首相は、タクシン元首相の妹であるインラク首相が下院を解散したとしても、タクシン派与党が票買収で総選挙に勝利するだけだと主張。デモ隊による政府機関の占拠で行政府、立法府を麻ひさせ、権力を掌握する方針を改めて示した。
デモ隊は政府総合庁舎のほか、バンコク都内の民主記念塔周辺、財務省を占拠。3日には警官隊の抵抗中止を受け、タイ首相府も攻め落とした。
タイの経済界などからは解散総選挙による事態の収拾を望む声が出ているが、ステープ元副首相があくまで超法規的な権力掌握を主張しているため、政府側は打つ手がない状況だ。
過去3回の下院総選挙の得票数をみると、タクシン政権(2001―2006年)の全盛期だった2005年2月はタクシン派政党1899万票、民主党721万票だった。
タクシン政権をクーデターで追放した軍部が民政移管のため実施した2007年12月の選挙はタクシン派1234万票、民主党1215万票と最も接戦になった。
タクシン派デモ隊によるバンコク都心部の長期占拠、治安部隊による強制鎮圧という大事件の1年後に行われた2011年7月の総選挙はタクシン派1575万票、民主党1144万票と、差がまた開いた。
民主党は南部とバンコクが地盤で、タクシン派の地盤で大票田である東北部を攻略できずにいる。
バンコクの民主党支持層の間では、「教育水準の低い東北人が選挙の度にタクシン派に買収されている」という見方が一般的で、ステープ元副首相の戦略はこうした見方を反映したものだ。【12月3日 newsclip.be】
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軍・枢密院・司法・既得権益層の支持を受け、バンコクなどの都市部中間層に多い反政府派・反タクシン派の本音は、上記記事にある「教育水準の低い東北人が選挙の度にタクシン派に買収されている」という見方です。
おそらく、買収行為などは実際にあるのでしょうが、「教育水準の低い東北人が・・・」というのは、非常に傲慢とも言えます。
買収行為が問題であるなら、それを防ぐような施策を考えるべきでしょう。
東北農村部の支持が得られないなら、そこへ出向き支持を訴えるべきでしょう。
それをせずに「教育水準の低い東北人が・・・」という形で選挙を否定し、農村部貧困層の政治的権利を排除し、実力行使による「人民クーデター」、あるいは軍の介入を求めるというのはやはり容認できません。
【インラック政権の「ばらまき政治」にも陰り】
もっとも、政権側がこれまで同様に農村部の票を確保できるのかという点については、問題も出てきています。
****デモ続発のタイに経済低迷の足音****
不穏な先行きを示唆する経済指標が次々に明らかに
・・・・タイの経済政策の中で巾場が最も注目しているのが、コメの買い取り制度。インラック政権が人気取りのために11年に始めた目玉政策だ。
稲作農家の所得向上のため、政府は市場より高い価格でコメを買い取って転売している。だが下落傾向にある国際価格より割高なために輸出が減少し、損失は膨らむ一方だ。
タイ当局はコメ買い取り政策を続けるため、先週750億バーツ(約2400億円)の国債を発行したが、訓達できたのは半分以下だった。これを受けて財務省高官は、来年1月に債権市場で追加の資金調達を予定していると語った。
農家がデモに加わったら
一方、タイ農民協会のプラシット・ブーンチョイ会長は、買い取りを担当する国営のタイ農業・農業協同組合銀行(BAAC)が、「資金が底を突いた」ためコメの丈支払ができないと農家に伝えたことを明らかにしている。
国債発行による資金調達の失敗は、こうした農家の不安に一層の拍車をかけている。
首都バンコクだけでなく国内各地で反政府デモが頻発するなか、政府としてはせめて農家への支払いだけは滞りなく実行したいところだろう。市場や国際社会が不安視している抗議デモに、農家の人々までが加わるような事態はなんとしても避けたいからだ。
政情不安が深刻化すれば、タイ経済への信頼が一段と損なわれ、資金調達もさらに難しくなる。
今のところそこまでひどい悪循環に陥る可能性は低いように思えるが、油断は禁物だ。タイの政治経済が進む方向を、市場関係者は固唾をのんで見守っている。【12月10日号 Newsweek日本版】
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インラック政権の「ばらまき政治」も資金が尽きると・・・・という不安があるようです。
いずれにしても、国王誕生日後の反政府派の動き、軍の動向などさしあたり注目されています。