(【2月18日号 Newsweek日本版】 双方ともエンジンが弱っており、どちらが持ちこたえられるか体力勝負のようにも見えます。)
【問題をひとつクリアしたインラック首相】
タイでは依然としてタクシン元首相の妹であるインラック首相の即時退陣を求める反タクシン派の抗議行動が続いています。
事態打開を目指してインラック政権が強行した2月2日の総選挙は、反タクシン・反政府派の妨害行動によって、南部28選挙区で候補者が不在、全国77都県9万3952の投票所のうち約1割にあたる18都県1万139カ所で投票ができないという結果に終わりました。
(2月2日ブログ“タイ 総選挙実施するも「権力の半空白状態」の予測 軍部の動向と「見えないクーデター」”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20140202)
このため、総選挙の無効の訴えが野党側から出されていましたが、憲法裁判所はこの訴えを却下し、インラック首相としては一息つく形となっています。
ただし、下院開催に必要な議員が選定されておらず、選挙ができなかった地区での再投票が必要となっています。
****タイ憲法裁、議会選無効の申し立てを却下****
タイの憲法裁判所は12日、2日に投票が行われた議会選挙の無効と、インラック・シナワット首相が率いる与党の解散を求める野党・民主党からの申し立てを、根拠不十分で却下した。
反政府デモによって妨害された同選挙の無効化を求めた野党の訴えが退けられたことで、危機に直面しているインラック政権は後ろ盾を得た形だ。
議会選では、反政府のデモ隊が、拠点を置いている首都バンコク(Bangkok)と同国南部を中心に投票所1万か所で投票を妨害し、数百万人が影響を受けた。
選挙管理委員会は、全選挙区で投票が実施されるまで開票結果を発表しないと言明している。
インラック首相は、議会下院の定数500議席のうち95パーセントが確定し、新政権の発足が可能になるまで引き続き政権運営を担っていくが、権限は一部制限される。
一方インラック氏のタイ貢献党も、野党の抗議行動は民主主義制度の転覆を図るものだとして、同じく憲法裁判所に野党のデモの中止命令を求めていたが、同裁判所はこれも合わせて拒否した。
選挙管理員会は11日、デモによって投票が妨害された選挙区では4月27日に投票をやり直すと発表。ただし、デモ隊が出馬登録自体を妨害したため候補者がいない28の選挙区の扱いをどうするかについてはまだ結論を出していない。【2月13日 AFP】
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これまでサマック元首相失職やタクシン派与党の解散など、「司法クーデター」とも言えるタクシン派に厳しい姿勢をとってきたタイ司法ですので、無効判断が出る可能性も高いと見られていましたが、今回はあからさまな政治介入は避けたようです。
与党側の働きかけが奏功したのか、純粋な司法判断なのか、その背景はよくわかりません。
【経済への影響も懸念】
いずれにせよ、再投票が4月27日ということで、新政権発足は5月以降となり、それまではインラック政権は選挙管理内閣として権限が制約されます。
政治の麻痺が長引くことで、タイ経済への影響も懸念されています。
****タイ、一部で4月に再投票―新政権発足は5月以降に****
タイの選挙管理委員会は11日、今月2日の総選挙の際に反政府デモ隊の妨害で投票できなかった一部選挙区で、4月に再投票を行うと発表した。このため新政権の発足は少なくとも5月まで遅れる公算が大きい。
デモ隊の妨害で選挙が実施できなかったバンコクの一部やその他十数カ所の選挙区での再投票は4月20日(期日前投票)と27日に行われる。選管が記者会見で明らかにした。
世界銀行バンコク事務所の上級エコノミストは11日、今年のタイの経済は反政府デモがいつまで続くか、新政権発足までどのくらいかかるかによって影響されるとの見通しを示した。タイ銀行(中央銀行)は今年の成長率見通しを昨年11月時点の4%から3%に下方修正している。(中略)
デモ隊はいくつかの選挙区で投票所に鍵をかけ、有権者が入れないようにした。デモ隊はまた一部の選挙区の建物や郵便局を包囲し、投票箱や投票用紙の運搬を阻止した。
選管は、選挙が行われた68県では有権者の48%近くが投票したが、首都では4分の1にとどまった。
ンラック政権は下院が解散されたあと暫定政権となり、このためインラック首相の権限も予算承認や主要な問題に関する決定だけに制限されている。
今年の景気押し上げ要因になると言いはやされているインフラ改修のための政府支出は、新政権ができるまで保留とされている。
再投票の日程は、多くの人の予想より遅くに設定された。選管はやり直し選挙を4月下旬としたことについて、3月に上院の選挙があり、その後4月に入って1週間近くにわたる伝統的なタイ正月があるためだと述べた。また、4月までには政治的緊張も和らぎ、選挙を円滑に行えるだろうとしている。
ただ、日取りが決まっても、選管は28選挙区で候補者がいないという事態を解決しなければならない。
この候補者不在が新議会を開く上での大きな障害になっている。
下院の召集には全500席の95%が必要だ。28の選挙区では、デモ隊の妨害で候補者が12月に登録することができなかった。
選管は、これらの選挙区での投票の日取りを決める勅令を国王に求めるよう政府に要求するとし、日取りが決まれば、候補者の登録を再開できるとしている。【2月12日 WSJ】
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【追い詰められる?反政府派】
苦しい政権運営が続くインラック政権ですが、長期化するにつけ反政府派の方も運動の継続は次第に困難になっています。
****封鎖施設の一部返還 タイ反政府派、市民反発に配慮****
タイで大規模デモ行動「バンコク閉鎖」を続けている反政府派が、2日に行われた総選挙以降、占拠したデモ拠点や封鎖している政府機関の一部を返還し始めた。「閉鎖」も3週間あまりに及び、バンコク市民の反発が強まっていることに配慮したとみられる。
バンコク中心部と近郊の計8カ所の交差点や橋を占拠してきた反政府派は総選挙翌日の3日、戦勝記念塔など2カ所の交差点から撤退。
4日には、官庁街近くのチャオプラヤ川にかかるラーマ8世橋の封鎖を解くことを決め、バリケードの撤去などを始めた。反政府派が施錠していた商業省や労働省など政府機関の一部も再開した。一方、外務省や財務省などは閉鎖されたままだ。
デモ指導者、ステープ元副首相は4日、「学校に通う生徒や教師に支障が出ていた。人びとへの影響を最小限にするために橋の封鎖を解くことなどを決めた」と語った。ただ、政府機関の閉鎖はあらためて組織的に行う考えも示した。
バンコク閉鎖を続けるためには、参加者に提供する食事代、警備員への給料など1日に約1千万バーツ(約3200万円)かかる(デモ隊スポークスマン)とされ、経費負担を軽くする狙いもありそうだ。【2月6日 朝日】
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また、ステープ元副首相などへは逮捕状が出ており、動員力が低下してくると政権側は逮捕の執行に出る可能性もあります。
****行き詰まるタイ反政府派 首謀者の身柄拘束も時間の問題か****
非常事態宣言まで出た混迷のタイで、インラック政権を追い詰めるはずの反政有派が苫しい戦いを強いられている。
反政府派が必要とする一日あたり一千万バーツ(三千二百万円)の活動資金が早晩枯渇するとみられている。
現在は既得権益者である富裕層や企業家が支援しているが、事態が長期化して不透明化。
また、デモ隊に加わっている「タイ改革学生市民同盟(コー・ポー・トー)」の急進的な動きも頭痛の種だ。
コー・ポー・トーは集会やデモの効果が薄いとみて、航空無線公社や証券取引所への襲撃計画を独白に打ち出し始めた。
国内世論や国際社会からの反発を警戒する反政府派は、これまで社会基盤への攻撃を一貫して否定してきただけに、運動をひきいるステープ元副首相は火消しに追われている。
反政府派は2006年の軍事クーデターの再現を望んでいるとされるが、軍に往年の発言力はなく、国玉の支持も得ら
れないとみられている。
現在、ステープ氏に国家反逆罪での逮捕状が出ており、捜査当局は情勢を見極めながら身柄を拘束していく方針。同氏は四十人ほどの「親衛隊」に守られてバンコク市内のホテルを転々としており、自らが追い詰められそうになっている。【選択2月号】
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一部幹部については逮捕がすでに執行されています。
****タイ:デモ隊幹部を逮捕****
タイ警察は10日、非常事態宣言に基づき、反政府デモ隊幹部で衛星テレビ局経営者のソンティヤーン容疑者を逮捕した。デモ隊幹部の逮捕は初めて。
治安当局者によると、ソンティヤーン容疑者はデモ隊でステープ元副首相に次ぐ「ナンバー2」。警察当局は、非常事態宣言発令後もデモ活動をやめなかったとしてステープ氏らデモ隊幹部19人の逮捕状を取っていた。【2月10日 毎日】
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“タイ治安当局は8日、野党民主党のステープ元副首相ら反政府デモの指導者を宿泊させているとして、バンコク都内の高級ホテル「インターコンチネンタル・バンコク」と「デュシタニ・バンコク」の経営者を11日に呼び出し、事情を聞くと発表した。”【2月9日 newsclipe.be】
これは、一般のデモ参加者は路上に設営したテントで寝泊まりしているが、ステープ元副首相らデモ隊幹部は高級ホテルに宿泊している・・・ということで、反政府派への揺さぶりでしょうか。
また、政府の治安対策本部である平和秩序維持センター(CMPO)は、デモを主導する人民民主改革委員会(PDRC)に資金援助している企業や個人の名前を公表するとしており、資金面からも反政府派を追い詰める方針です。
【政権側も危うい状況】
こうして見ると苦しい状況の反政府ですが、インラック政権側も大きな問題を抱えています。
“政権側が最も警戒するのが「独立機関」の動きだ。憲法裁は昨年11月、上院議員の選出を巡り与党主導で可決した憲法改正案を違憲と判断。これを受け、国家汚職委は今年1月、与党議員ら308人の罷免に向けた捜査を開始した。
国家汚職委は政府の「コメ買い取り制度」を巡る不正疑惑に関連し、インラック首相の責任を追及する方針も発表。”【2月2日 毎日】という問題は、前回ブログでも触れたところです。
新たに浮上してきた問題が、政権支持基盤である農民から不満です。
****タイ:コメ買い取り滞り…農家の反政府デモ同調も****
反政府デモによる混乱が続くタイで、インラック政権が支持基盤とするコメ農家からも政権批判が噴出し始めた。
農家の所得向上を目指した「コメ買い取り制度」による支払いが滞っているためで、農家らは6日、首都バンコク近郊の商務省などで抗議運動を行った。反政府デモと同調する動きもあり、政権はますます苦境に追い込まれている。
「生活を返せ、金を返せ!」。6日午後、商務省前には農家ら約1000人が集まり、コメ代金の早期支払いを訴えた。反政府デモを行う反タクシン元首相派グループも駆けつけ、抗議に参加した。
政府は2011年、事実上、市場価格より高値で米を買い取る制度を始めた。
しかし、1300万トンの在庫と1兆円を超える損失を抱え、農家100万人に対し1300億バーツ(約4017億円)の支払いが滞る。
中部ラーチャブリー県から来たソムポンさん(36)は「昨年11月に売った23万バーツ(約71万円)分が支払われていない。生活のため牛を売り、夫は出稼ぎに行った」と訴え、「政権与党の支持者だったがもう信用できない」と不満を爆発させた。
制度を巡る汚職疑惑も浮上し、南部パトゥンタニ県のソムソンさん(54)は「政府に金がないのは汚職で抜き取られているせいだ」と憤った。
抗議運動は政権が地盤とする北部でも散発し、一部は6日、国王に嘆願書を提出した。【2月6日 毎日】
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反政府デモ側は、政府からコメ買い取り代金を受け取れずにいる農家のためと銘打つ募金運動「ロビン・フッド運動」を始めるなど、農民の不満に同調して政府を揺さぶる構えです。
【どちらが持ちこたえられるか?】
政権側、反政府派双方とも、いつエンジンストップしてもおかしくない状況ですが、そうしたなかでデモ隊排除の試みも一部で始まっているようです。
****タイ:警察が首相府近くの占拠デモ隊を退去****
タイ警察は14日、デモ拠点の奪還作戦に着手し、首都バンコクの首相府近くを占拠する小規模のデモ隊を退去に応じさせた。
ただ、一部はすぐ近くで占拠を再開。警察は別の政府施設でも奪還を試みたが退去させられなかった。
政府は今後、デモ隊への圧力を強めるとみられるが、強硬手段は取らない方針で、奪還は難航しそうだ。
首相府近くではデモ隊が昨年11月以降、占拠を続けたが、現場に居座っていたのは約100人。
14日朝、1000人規模の警官隊が包囲したが、抵抗せずに退去した。政府発表によると、拠点には大量の武器や薬物が保管されていたという。
武器の所持が疑われる強硬派の排除を求める警察に他グループが協力したとの情報もある。武器所持に関与していないとみられるデモ隊は少し離れた場所で占拠を再開した。
デモ隊と警官隊の衝突はなかったが、退去後に何者かが爆発物を投げ込み、地元記者ら1人が負傷した。
一方、警官隊はバンコク北郊の「政府センター」も包囲し、デモ隊の説得を試みたが、退去に応じさせることはできなかった。
政府のデモ対策本部責任者のチャルーム労相は14日、「今回は警告だ」とデモ隊をけん制し、ほかの拠点の排除も示唆した。【2月14日 毎日】
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反発を強める強硬手段は避けて、体力が弱るのを待ちながらジワジワと・・・といったところですが、インラック政権がそれまで持つか・・・という問題もあります。