(2月 ストライキを行う繊維産業労働者 彼らの怒りはシシ新大統領誕生に向けたシナリオのなかで、どのようにくみ取られるのか? “flickr”より By Abayomi Azikiwe http://www.flickr.com/photos/53911892@N00/12533095513/in/photolist-k6voDF-kFHvT3-k1ExP8-kGD69p-kvW4Vp-kvVAjV-kvXGWC-kESdZR-kQop8T-ka4zD6-kuugC1-kuufhq-ksnNEN-k4B41V-k4Dt6U-jYDiNA-kfSvX2-kiPm9T-jXLbB4/)
【当選確実なシシ国防相】
政治混乱が続くエジプトでは、4月に大統領選挙が行われる予定で、長引く混乱に嫌気し、安定を求める国民の声を受けて、正式な立候補表明はしていないものの、軍部の実力者であるシシ国防相が政権を獲得するものと見られています。
しかし、そのことは「アラブの春」という民主化を求める民意によって崩壊したムバラク軍事独裁政権の再来とも言え、エジプトの民主化がどこに向かおうとしているのかも問われています。
****エジプト国防相に再任のシシ氏、大統領選出馬を改めて示唆****
エジプトの新内閣で国防相に再任された軍トップのアブデルファタフ・サイード・シシ氏は4日、実施が近づく大統領選への出馬要請を無視できないという考えを示した。支持者らは、同氏が立候補すれば当選は確実と見込んでいる。
同国で初めて自由な選挙で大統領に選出されたイスラム系のムハンマド・モルシ氏が、就任からわずか1年後の昨年7月に大規模デモで退任に追い込まれて以来、シシ氏は同国で最も人気の高い政治家と目されている。
シシ氏は1日に発足したイブラヒム・メフレブ新暫定首相が率いる内閣で国防相に再任された。同氏はこれまでにも大統領選出馬の意思をほのめかしながら、正式表明には至っていない。
最近元帥に昇格したシシ氏に近い当局者らはAFPに対し、今春実施が見込まれている大統領選挙を規定する法律の成立後にシシ氏は国防相を辞任するだろうと述べた。
同国の中東通信(MENA)によると、「シシ元帥は、大多数が大統領選への立候補を望むのであれば、その期待を裏切ることはできないと語った」と伝えた。さらに詳細には触れなかったものの、シシ氏が軍の士官学校の卒業式で「今後数日中に公式な措置が取られるだろう」と発言したとしている。
アドリ・マンスール暫定大統領は、この選挙関連法を今週か遅くとも来週中には承認するものとみられている。【3月5日 AFP】
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【混乱は続く 労働者ストライキも】
モルシ前大統領を支持するムスリム同胞団はその組織的な活動を暫定政権によって封じ込まれていますが、モルシ前政権を崩壊させた「クーデター」に反対する勢力による活動、治安当局との衝突は依然続いています。
****金曜デモで8人死亡 エジプト****
政治の混乱が続くエジプトで7日の金曜礼拝後に始まった「反クーデター」のデモと治安部隊の衝突で、首都カイロなどでデモ参加者計8人が死亡した。カタールの衛星テレビ局アルジャジーラが8日報じた。
このうち7人はカイロ郊外のアルフマスカンでの衝突で死亡したとみられ、アルジャジーラは治安部隊が実弾を使用したと報じている。
エジプトでは昨年7月の軍のクーデターでイスラム系の民選大統領が排除されて以来、抗議デモと治安部隊の衝突が続いている。【3月9日 朝日】
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エジプトの混乱をもたらしている要因としては、こうしたムスリム同胞団残党や反「クーデター」勢力の活動のほかに、もうひとつ、改善されない生活苦からストライキを行う労働者の存在があります。
先月末にベブラウィ暫定首相が辞任したのも、後者の要因が大きいようにも報じられています。
****エジプト・ベブラウィ暫定首相、テレビで辞任発表****
エジプトのベブラウィ暫定首相は24日、国営テレビを通じて辞任を発表した。
理由は明らかにしなかったが、公共バスや道路清掃などの公共労働者のストライキが頻発し、政権運営に行き詰まったと見られる。
ベブラウィ暫定首相は、昨年7月の軍によるクーデターでイスラム系のムルシ前大統領が排除された後に就任したマンスール暫定大統領に任命されていた。
ベブラウィ氏は辞任の会見で「内閣は6、7カ月間、困難な責任を担い、多くの分野で成功を収めたが全てで成功することは不可能だ」と指摘。さらに「いまエジプトは困難な状況にあり、誰もが自分たちの私的な利益を要求する時ではない」と訴えた。
エジプトでは23日から公共バスの運転手が賃上げや待遇改善を求めて全国でストに入り、24日から道路清掃労働者のストが始まり、政府批判が強まっていた。【2月24日】
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【民衆が変わったということを政府・軍は理解できない そこに気づくまで混乱は続く】
いまのエジプトの状況について、エジプト人の退役軍人(少将)で政治アナリストのアーデル・スライマン氏(70)は「私は軍の出身であり、シーシ氏に反対するものではない」と断った上で、軍の政治に関わることが「国を危うくする」と、「エジプトで起こっている全く新しい民衆の変化」について指摘しています。
****軍出身の政治アナリストが指摘するエジプトの民衆の新たな動き****
問い:いまのエジプトの情勢をどう見ているか?
アーデル・スライマン氏:2011年1月25日に民衆のデモが始まり、2月11日にムバラク大統領が辞任した。ムバラクが辞任した後、全権を掌握したのは軍最高評議会だった。
ムバラクは辞めても権力は国民にわたされることはなく、軍が保持したわけで、体制は何も代わらなかった。体制の長は辞任したが、体制そのものは残った。
ムバラク辞任の後、民主的な選挙があり、議会が生まれたが、軍最高評議会の指令で議会は解散させられた。その後、大統領選挙があり、イスラム組織のムスリム同胞団から出たムルシが大統領に選ばれた。
しかし、その大統領も、昨年7月に軍の介入で排除された。また軍の支配が新たに始まり、結局、何も変わっていない。変ったのは、民衆だ。
2011年は革命にはならなかったが、体制を変えようとする民意の噴出があった。
最初は民主主義や権利や自由を訴えてデモに出たのは中流の人々や文化人だったが、その動きが、その後、国民の多数を占める貧しい人々の政治への目覚めを起こした。
問い:昨年夏の軍によるムルシ排除をどう考えるか?
スライマン氏:私は、それは「クーデター」とは呼ばない。クーデターというのは、権力を転覆することだが、ムルシは選挙で選ばれて大統領になったが、ムルシは大統領のイスについただけで、もともと権力は何も有していなかった。(中略)
軍の動きを支持したのは、国民の中にいた体制が変わることを望まない者たちだ。ムバラク時代に体制から利益を得ていた企業家であり、さらに腐敗した政府の幹部職員たちだった。
そのような旧政権系の人々は決してわずかではなく、人口の1割よりも少し多い割合を占めていると私はみているが、ムルシは行政のありかたや、投資のありかたなどを変えていき、少しずつ体制の変革を進めようとした。
それは旧政権勢力にとっては許されないことだった。だから、軍を支持して、ムルシを排除した。そのような人々は、もう一度、昔の時代に戻ろうと望んだ。
軍は政治への介入に合法的な体裁を与えるために、まず、憲法を改正して、国民投票で実施した。
その後は大統領選挙で、軍の最高司令官であるシーシが立候補して、選挙で大統領に選ばれる。これがいまのシナリオだ。
問い:軍による政治介入の影響は?
スライマン氏:選挙で選ばれた大統領を排除するのは、民主主義を求める国民の意思を裏切ることになった。
2011年後にエジプトで出てきた新しい民衆の変化がある。国民の多数を占める貧しい民衆が、都市でも地方の田舎でも、権利や自由を主張し、民主主義を求める声を上げ始めたことだ。これは、それ以前にはなかった、全く新しいことだ。
このような人々は、2011年1月25日に、エジプトで反ムバラクデモが始まった時にも、デモには参加していなかった。この時に参加していたのは中流の人々であり、文化人などエリートが多かった。
しかし、この時の民意の噴出が、それ以外の、より貧しい人々に「政治的な覚醒」をもたらした。2012年の大統領選挙でムルシに投票したのは5000万人の有権者のうちの1300万票である。
同胞団の支持層は国民の10%を超えることはないと私は見ている。ムルシが獲得した票は、同胞団の支持者をはるかに超えている。ムルシに投票した人々には、それまで政治に関わったことにないような貧しい人々も多く、ムルシに政治をやらせて政治を変えようとした。
なのに、軍は力でムルシを排除した。貧しい民衆は自分たちの投票が反古にされたと反発し、その後、反政府のデモに参加するようになっている。
そのような政治参加の広がりによって、いま、エジプトの社会は変わり始めている。国民の多数である貧しい民衆が政治にかかわる形で、革命が続いているということだ。
問い:政府や新聞は、デモをしているのはムスリム同胞団の支持者で、彼らは国民への影響力を失っていると報じているが?
スライマン氏:新聞はすべて政府の統制の下にあり、自由な報道はない。反体制デモの参加者が減っているというのは、政府の宣伝であって、自分で通りに出て見れば、数は増えていることが分かる。(中略)
ただし、いまの反政府デモは、同胞団の支持者の範囲をはるかに超えている。全国でストをしている公共バスの運転手は、みんな同胞団か? そんなはずはない。
昨夏の軍の介入でムルシが排除された後は、同胞団の支持者が多かったが、いまは同胞団の支持者だけではない。同胞団の支持者だけなら、8カ月も延々とデモがつづくことはないし、数を増やすことはない。同胞団の支持者ではない新しい人々が参加しているのだ。
問い:軍の介入後、政府の言論統制や警察によるデモ規制など国民への圧力が強まっているが。
スライマン氏:政府や警察の圧力は確かに強まっているが、国民はそれに服従せず、反発は逆に強まっている。民衆はもう警察の圧力を恐れなくなっている。(中略)
民衆が権力を恐れないということは、新たな困った問題を生んでいるのだが、もう、強権で抑えることはできないということなのだ。
問い:どうして民衆が変わったと分かるのか?
スライマン氏:民衆と話せば分かる。家にきている家政婦と話すだけで分かる。通りにでて、デモをしている人々を見れば分かる。それまで政治を語らなかった人々がいまは政治を語るようになっている。
ところが、いまの政府や軍には、民衆が変わったということや強権的な手法で服従させることができないということが理解できない。
彼らには貧しい民衆が政治に参画しているということが理解できないのだ。
軍を支持している有名な作家がテレビで、「教育がある者たちと、貧しく教育もなく、字も読めないような人々が、選挙で同じように一人一票なのはおかしい」というような発言していたが、それは旧政権系の人々の共通する思いで、彼らは、民主主義とは何かを理解していない。
問い:なぜ、民衆は変わったのか。
スライマン氏:いまのようにインターネットを開けば、世界で何が起こっているか分かる時代に、エジプトだけ例外で、強権支配が続くということはあり得ない。
いま、エジプトの若者たちはツイッターでみんな、ウクライナの政権崩壊のことを語っている。世界は開かれ、グローバル化が進み、若者たちはSNSでつながっているのに、エジプトだけ例外的に、軍が主導する権力のいう通りになるということはあり得ない。
最初に中流の若者たちや文化人が通りに出て、ムバラク政権打倒を叫んだ。それがより貧しい民衆を目覚めさせ、いまや国民の多数を占める貧しい人々がデモをし、ストをしているということだ。
(中略)
問い:あなたのような考え方は、いまのエジプトのメディアからは全く聞こえてこないが?
スライマン氏:いま、政府はメディアを統制して、異なる意見を受け入れなくなっている。いまは、「同胞団はテロリスト」で、「国民はシーシを支持する」という論調だけしかない。私のような意見はメディアには出てこない。
ムバラク時代には、もっと異なる意見があった。それはムバラク体制が強かったからであり、いまは政府が認める一つの主張しかないのは、政府が弱いことを示している。
しかし、いくら言論を統制しても、国民への影響力は弱い。国民は権力を恐れなくなり、政府は、国民を従わせることができない。
「シーシー・ライーシー(シーシは我が大統領)」という標語が新聞やテレビでも流され、町にはシーシのポスターが並んでいるが、そのポスターには血のような赤い塗料がかけられたままになっている。
シーシ人気と言っても、メディアがつくりあげたもので、国民がこぞって支持するような実質的なものではないということだ。
問い:シーシ国防相についてはどのように見ているか。
スライマン氏:彼は軍の新しい世代だ。58歳か59歳で、軍に入ったのは、第4次中東戦争(1973年)の後の1977年で、戦争を知らない軍人世代だ。彼らはよく勉強しているし、シーシも軍の司令官としては極めて優秀だ。
彼らが政治に介入したのは、自分たちが国を救わねばならないという使命感からだと思う。問題は、彼らは自分たちが愛国主義者で、国のために働こうと考えていることだ。彼らの意図は善良だが、その結果は国を危うくする。
しかし、もう、軍人が政治に介入する時代ではないということが分かっていない。いまの軍人は軍事や国防の勉強はしていても、政治については知らない。(中略)
いまは、国民の間に、軍支持と、軍反対の両方の世論があるが、昔は民衆の間に軍に反対する世論はなかった。軍と国民の関係を変わったのであり、いまは世界的にみても、軍が政治に介入するのは容認されない。
政治は民主主義のもとで、文民にまかせて、軍は政治から離れて、国防に専念すべきだ。私はシーシに反対する訳ではないし、私も軍出身の人間だから、軍を支持している。軍が国民から敬意を払われる地位を保持してほしいと思う。
そのためには軍は政治から手を引き、「ヤフミー・ラーヤフクム(防衛するが、統治しない)」という原則に戻るべきだ。
問い:今後、エジプトの政治はどのようになると思うか?
スライマン氏:大統領選挙でシーシが立候補すれば、シーシを支持する国民の一部だけが参加して選挙は行われる。シーシは9割以上の票をとり、大統領になるだろうが、国民の多くを占める貧しい民衆は、自分たちの生活が変わらないことに不満を持ちデモを続ける。
そうなれば安定はないし、最悪の状態にある観光が回復することもなく、新しい政府が成功することもない。
軍による政治への介入は政治を混乱させ、軍の信頼を低下させるだけだ。
国民の多数の意思を実現するような民主的な政治が必要なのだ。国民の多くに歓迎される経済、社会政策をとるべきだ。
そのためにも、まずは軍が政治から身をひいて、本当の民主主義に基づいた文民政治が行われるべきだ。そのことに軍が気づくまで、いまの混乱は何年も続くかもしれない。【2月27日 中東マガジン】
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なお、スライマン氏は憲法国民投票の投票率38%という数字も“実際の投票率はずっと低いはずだ”と否定しています。
大統領選挙も“シーシを支持する国民の一部だけが参加して選挙は行われる。シーシは9割以上の票をとり、大統領になるだろうが”多くの国民の声を反映したものにはならないとの主張です。
民主化の基本線を堅持するような発言内容については確認するすべがない部分が多々ありますし、また「安定を求めてシシ国防相に期待している」と言われている国民の実情をどれほどとらえているかもわかりません。
ただ、興味深いのは「教育がある者たちと、貧しく教育もなく、字も読めないような人々が、選挙で同じように一人一票なのはおかしい」というムバラク政権支持者の声です。
タイの反タクシン派の選挙を否定する勢力にも、農民・貧困層に対する同様な蔑視・苛立ちがみられます。
エジプトもタイも、変革のただなかで揺れ動いているようです。