
ギリシャ神話の愛と美と性の女神の名前を冠したアプロディーテ天然ガス田。
イスラエルの天然ガス田、リバイアサン(旧約聖書に出てくる海の怪物)に隣接しています。【2013年4月7日 Market Hack】http://markethack.net/archives/51870084.htmlより
【遠のく西欧とイスラムのかけ橋】
エーゲ海の小さな島国“キプロス”は鹿児島県ほどの大きさ。1960年イギリスから独立しましたが、ギリシャ系住民とトルコ系住民の反目があり、1974年にギリシャの軍事政権の介入でギリシヤ併合賛成派がクーデターを企てたため、トルコがトルコ系住民の保護を理由に軍事介入。3日間で島の北部3分の1を占領しました。
以来、北キプロスはトルコ軍が支配する土地になり、15万人のギリシヤ系住民が追放されました
現在は島の北側3分の1がトルコ系の北キプロス・トルコ共和国(承認はトルコのみ)、南側の残り3分の2がギリシャ系のキプロス共和国(EU加盟)と、分断された状態が続いています。
そうしたなか、08年2月24日に行われた“南”の大統領選挙で「北キプロスとの対話の架け橋になる」と公約したフリストフィアス大統領が誕生し、3月には北キプロスのタラト大統領の最初の会談が、島中心部の国連管理下の緩衝地帯で実現。
現在進行形のウクライナ・クリミア問題など“分離・独立”は掃いて捨てるほどあるなかで、キリスト教(正教会)のギリシャ系住民と、イスラム教のトルコ系住民の和解・再統合が実現するかも・・・という期待から、このブログでも何回か取り上げてきました。
2008年2月18日「キプロス 異文化統合に向けて、大統領選挙で見せた民意は?」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20080218)
2008年3月23日「キプロス 再統合へ向けて、小さな島国の大きな試み」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20080323)
2009年4月23日「キプロス 異文化統合は可能か? 北キプロスで再統合反対の野党が第1党へ」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20090423)
2010年4月22日「キプロス 遠のく西欧とイスラムのかけ橋」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20100422)
しかし、ブログタイトルを見てもわかるように、具体的成果を出せず。ここ2~3年は再統合が話題になることもなくなりました。
宗教・民族の違いもありますし、“南”のギリシャ系住民が北側に残した土地・財産をどのように返還・処遇するのか・・・という問題もあります。当然、衝突時の遺恨もあります。
“南”の後ろ盾であるギリシャは財政危機でキプロスどころではない状態です。
“北”の後ろ盾であるトルコにとっては、キプロス問題の解決がEU加盟のハードルともなっていますが、新たなイスラム民主主義の旗手とも目されたエルドアン首相も最近では国内情勢のゴタゴタもあって、独善的な体質が目立つようになっています。
キプロス自体も、昨年2~4月には経済・金融危機が世界の注目を集め、再統合の機運は遠のいたように見えました。
【アメリカを加えて再統合交渉が再開 狙いは天然ガス】
しかし、今年2月、再統合交渉が再開されたとの報道がありました。
****キプロス:再開の再統合交渉 国際社会で期待高まる*****
地中海のキプロス共和国(ギリシャ系)と北キプロス・トルコ共和国(トルコのみ承認)が今月、約2年ぶりに再開した再統合交渉について、国際社会で期待が高まっている。
1974年の分断以来、初めてトルコを巻き込んだ交渉となり、欧州連合(EU)や米露など主要国が歓迎を表明している。背景には、キプロス島東方で天然ガス資源が発見され、再統合で南北双方が利益を得る事情がある。
キプロスのアナスタシアディス大統領と北キプロスのエロール大統領が11日、キプロス島の南北分断ラインで会談。二つの地域・共同体から成る平等な連邦国家を作る▽単一国家として国連やEUに加盟する▽南北が同時に住民投票を行う−−ことなどを目指す7項目の共同声明を発表した。
EUは共同声明を「フェアで包括的な解決への基礎」と評価。国連、米露のほかトルコのエルドアン首相も「交渉が後退しないよう望む」と歓迎した。
ただ、キプロス与党の一部には北キプロスに有利な合意との反発がある。国連主導で実施した2004年の住民投票では、キプロス側で再統合反対が約7割を占めた。
ただ今回、キプロス外交筋は「キプロス側が連邦国家案にこれほど本気になったことはない」と話しており、住民投票で支持される可能性がある。
一方、EUなどは、キプロスがEUで唯一の分断国家で、統合すれば地域が安定するとの考えがある。米国も本格的にてこ入れする。
また、北キプロスの扱いはトルコのEU加盟交渉の障害となっているが、再統合すれば加盟交渉が進展し、トルコの国内改革も進むとの期待感もある。
キプロス島東方で見つかった海底天然ガス・石油資源についても再統合すれば南北双方が衝突なく利益を得られる。(後略)【2月17日 毎日】
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今回の再交渉の背景には、新たに見つかった天然ガス田と、それをめぐるアメリカの参加があります。
****アメリカが積極的に介入*****
・・・だが1年半ほどの腹の探り合いの末、ついに新しいパートナーを交えて話し合いが再開された。新しいパートナーとはアメリカであり、キプロス、トルコの両国、特にNATO(北大西洋条約機構)加盟国であるトルコには大きな影響力を持っている。
交渉が始まる4日前のことだ。アメリカのショー・バイテン副大統領はキプロスのニコス・アナスタシアディス大統領に電話し、「キプロスの経済再生と成長の新しいチャンスのために尽力したい」と伝えた。
バイテンの言う「新しいチャンス」とは何か。交渉に近い複数の筋によると、それはエネルギーだ。米企業ノーブルーエナジーがキプロスで開発中の天然ガス田では5兆~8兆立方にの埋蔵量が見込まれており、地元の経済に対する効果は20年までで30億ドルにも達すると考えられている。
実現すれば、40年にわたって停滞してきたキプロス経済を活性化させるきっかけになるだろう。
アメリカは(EUやイスラエルも)キプロスの安定を望んでいる。それが中東の安定につながるからだ。キプロスの天然ガスの発見は、アメリカが介入する強力な理由となっている。キプロス人は現在の交渉の枠組みを、希望を込めて「オバマ・プラン」と呼ぶ。(後略)【3月18日号 Newsweek日本版】
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昨年のキプロス金融危機では、キプロスへのロシアマネーの流入が明らかになりましたが、ロシアマネーの次は天然ガス・・・ということのようです。
まあ、理由、きっかけは何でも再統合が進展すれば結構な話です。
北キプロスのエロール大統領は、再統合には消極的で、「南北2つの国家の共存による国家連合の実現」が持論とされていますが、いつまでもトルコ頼みでは将来への展望も開けません。
再統合・EU加盟・天然ガスなどによって“南”に比べて遅れている経済状態が改善するなら条件次第で・・・・といったところでしょうか。
アプロディーテ天然ガス田はキプロス島の南側に位置していますので、北キプロスとしては再統合交渉で権利を主張しないと、その利益から締め出される恐れがあるのかも。
****キプロスのアプロディーテ天然ガス田とノーブル・エナジー****
アプロディーテの権益の70%は米国の独立系石油・天然ガス生産会社、ノーブル・エナジー(ティッカー・シンボル:NBL)が所有しています。
しかし現在(2013年4月)までのところ1回試掘がなされただけです。試掘の結果は上々で、流量は強いため、強気の推定埋蔵量になっていますが、正直なところ、まだ不確実要素が多すぎる印象を受けます。
その第一は、キプロスの天然ガス田の所有権がまだ争われているということです。具体的にはトルコ政府が「アプロディーテはトルコに支配されている北キプロスとの共同所有物であって、今回、金融危機に見舞われた南部のキプロス共和国(ギリシャ系)だけがその領有権を有しているのではないと主張しています。
アプロディーテ天然ガス田はキプロス共和国の必要とする天然ガスよりも多くの産出量が見込まれているため、輸出を視野に入れた開発がなされると思われます。
その場合、一番簡単な方法はパイプラインをトルコに引くというものです。しかしトルコとキプロス共和国は仲が悪いので、これはありえないシナリオだと思います。
また欧州やアジアへ輸出しようと思えば、液化天然ガス(LNG)にする必要があります。しかしLNGプラントは60億ドルもの先行投資が必要となります。そんなカネはキプロス政府には、ありません。
経済効率の面からだけ考えれば、いずれLNGプラントを建設する必要が出るイスラエルのリバイアサンと海上のLNGプラントをシェアし、コストを案分比例で負担するという方法が理想でしょう。
ただこれも政治的なハードルを超える必要がありそうです。【2013年4月7日 Market Hack】http://markethack.net/archives/51870084.html
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再統合が進展すれば、トルコへのパイプラインも可能性が出てきます。
ただ、キプロスに大量のマネーを流入させていたロシアも、当然にこのガス田は狙っているものと思われます。
ロシアが今後どのように絡んでくるのか?
アメリカ・バイデン副大統領が再統合交渉の音頭取りを担っているのも、ロシアの影響力を意識してのことかも。