(3月21日、カイロ東部で行われたムスリム同胞団の支持者らによるデモ(ロイター/Al Youm Al Saabi Newspaper)【3月24日 Newsweek】)
【国連:裁判の基本的な条件さえも満たしていない国際法違反と批判】
****モルシ前大統領派529人に死刑判決、エジプト****
エジプトの司法筋によると、同国中部ミニヤの裁判所は24日、ムハンマド・モルシ前大統領派529人に死刑判決を下した。
モルシ前大統領が昨年7月に追放されて以来、前大統領を支持するイスラム勢力は、軍主導で発足した暫定政権が開始した激しい弾圧に直面しており、数百人が死亡、数千人が逮捕されている。
24日の判決は22日に始まった裁判の2回目の公判で言い渡された。判決を受けた529人のうち、153人は身柄を拘束されているが、残りは逃走している。被告側は控訴できる。また、他に17人は無罪となったという。
ミニヤでは1200人以上のモルシ前大統領派が裁判を受けており、今回判決が下されたのはその一部。約700人の被告からなる第2のグループの公判は25日に予定されている。
モルシ前大統領派の被告たちには、昨年8月14日に首都カイロで同派の抗議運動の拠点を治安部隊が排除した後に、南部で民間人や公共施設を襲撃した容疑がかけられている。またミニヤで警官2人が死亡した事態を招いた暴力についても罪を問われている。
被告の中には、モルシ前大統領の支持基盤であるムスリム同胞団の最高指導者ムハンマド・バディア氏など同組織の幹部数人が含まれている。【3月24日 AFP】
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モルシ前大統領解任後、ムスリム同胞団による座り込みの抗議集会を昨年8月14日に治安部隊が強制排除した際に、各地で前大統領支持者ら600人以上が死亡したと言われています。
今回裁判になった被告らは、こうした治安部隊へ反発から各地で警察署などを襲撃したとされています。
なお、その襲撃で死亡した警官については、上記記事では“ミニヤで警官2人が死亡した事態を招いた暴力についても罪を問われている”とありますが、“弁護人によると、被告らは13年8月14日、ミニヤの警察署や行政庁舎を襲撃して武器などを略奪、警察幹部1人を殺害し、市民にも発砲したとされる。”【3月24日 毎日】と、1名とする記事もあります。
死亡警官が1名でも2名でも大差ありませんが、その殺害に対し、22日に始まった裁判の24日の2回目公判で、529人に死刑判決・・・・というのは、やはり異常としか言えません。
529人全員が直接の犯行にかかわった訳でなく、その関与の程度は様々と思われますが、そうしたことは一切考慮されていないようです。
多くの被告は裁判にも出席しておらず、一人一人の被告の具体的な罪状は明らかにされていません。【下記NHK記事より】
当然ながら、国際的には強い批判を招いています。
****エジプト500人超死刑 国連が厳しく批判****
エジプトの裁判所が軍による事実上のクーデターで大統領職を解任されたモルシ氏の支持者500人以上に対して死刑判決を言い渡したことについて、国連は、多くの被告が欠席のまま短期間の裁判で死刑判決を言い渡され国際法に違反するとして厳しく批判しました。
エジプトの裁判所は、24日、軍による事実上のクーデターで去年、大統領職を解任されたモルシ氏の支持者529人が去年8月に起きた警察署の襲撃に関わったなどとして死刑を言い渡しました。
これについてスイスのジュネーブにある国連人権高等弁務官事務所の報道官が25日、声明を発表し、「大量の死刑判決は手続きに多数の誤りがあり人権に関わる国際法に違反する」として、厳しく批判しました。
具体的には、500人を超える被告の裁判が僅か2日しか開かれず、多くの被告が出席していなかったことや、一人一人の被告の具体的な罪状が明らかにされなかったことなどを指摘しています。
そして、「死刑判決は最も公正で適切な裁判を経て言い渡すべきであるのに今回は裁判の基本的な条件さえも満たしていない」として批判しています。
声明では今回判決を受けた被告以外にも去年7月の事実上のクーデター以降、モルシ氏の支持者が数千人身柄を拘束されているとして、今後に懸念を示しています。【3月26日 NHK】
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米国務省のハーフ副報道官も「非道で、衝撃的で、不道徳な行為」と、また、EUのアシュトン対外代表は「死刑判決は絶対に正当化できない」と非難しています。
“弁護側は「裁判官の構成が偏向している」として交代を要求したが、裁判所は拒否。実質的な審理を行わないまま、判決が言い渡された”【3月24日 毎日】
“al qods al arabi net は、この判事はこれまでにも、セクハラ事件(しかも最初の犯行の由)で被告を10年の刑、エジプト伝統の長い衣装の窃盗で30年(窃盗の罪で15年、強盗に刃物を使った罪で15年、計30年)の判決を下した前歴があると報じています”【3月25日 「中東の窓」】
ということで、今回判決が暫定政府の意向を受けてのものなのか、担当判事の“個性”によるものなのかは定かではありません。
“エジプト法務省は、司法と行政府との分離は民主主義の大原則であり、ムフティーの意見を聴くというのは判決を求めてのことではなく、参考意見を聴き、それを参考にするものであり、被告は上告ができるとの法律顧問の声明を発表した。”【3月26日 「中東の窓」】
上記“ムフティー”については、
“シャリーア(イスラム法)の解釈と適用に関して意見を述べる資格を認められたイスラム教の宗教指導者であり、一般的にファトワーを発行する資格を有する”
“シャリーア法廷のカーディー(裁判官)は判断が難しい問題に判決を下す場合にムフティーの意見を求め、ムフティーは必ず文書で意見を提出する。この文書をファトワーといい,カーディーはファトワーに基づいて判決を下す。このため、ムフティーが示した公式見解であるファトワーはシャリーアにおいては判例のような役目を持つ。”【ウィキペディア】
とされています。
エジプト法務省は“ムフティーの意見は参考意見”としていますが、“判決確定にはイスラム法官の承認が必要で、恩赦・減刑などの措置がとられる可能性がある”【3月24日 読売】といった報道もあり、このあたりのエジプト司法手続きについてはよくわかりません。
いずれにせよ、上告した段階、あるいは“ムフティーの参考意見”で減刑される、更に言えば、4月中にも行われる予定の大統領選挙に当選するであろうシシ“新大統領”(現国防相)が“減刑”して、寛容と慈悲を国民に示す・・・ということはありそうです。そのための準備として死刑判決が出された訳でもないでしょうが。
冒頭AFP記事では“約700人の被告からなる第2のグループの公判は25日に予定されている”とありますが、その関連ニュースはまだ見ていません。
さすがに反響の大きさから、対応を検討しているのでしょうか?
【軍主導暫定政権の強権的側面】
暫定政権下の治安当局・司法の厳しい姿勢は、今回判決だけではありません。
****エジプト デモに参加の女性に禁錮刑****
事実上のクーデターで誕生した暫定政府への抗議デモが続くエジプトで、裁判所がデモに参加していた女性14人に対して11年を超える長期の禁錮刑を言い渡し、デモの自由の制限につながる不当判決だという批判が相次いでいます。
エジプトではことし7月、軍による事実上のクーデターでモルシ氏が大統領職を解任されて以降、モルシ氏の出身母体のイスラム組織、ムスリム同胞団が軍と暫定政府に対して抗議デモを続けています。エジプトの裁判所は先月、北部アレクサンドリアで抗議デモに参加していた女性14人に対し、禁錮11年1か月の判決を言い渡しました。
14人は、ムスリム同胞団を支持する10代から20代の若者で、法廷では鉄格子の中に収容され、エジプトの国営通信によりますと、武装してデモに参加し治安部隊に暴力をふるった罪などが認定されたということです。
ムスリム同胞団は、モルシ政権当時から裁判所と対立しており、判決について「デモは平和的なもので裁判所は暫定政府と結託してデモの自由を奪っている」として強く反発しています。
エジプトでは、今月24日に治安当局にデモを禁止する権限を与える法律が成立したばかりで、今回の判決には人権団体のほか暫定政府を支持するリベラル勢力の一部からも、量刑が不当に重くデモの自由の制限につながりかねないという批判が相次いでいます。【2013年11月29日 NHK】
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“武装してデモに参加し治安部隊に暴力をふるった”とされる14名女性の中には、現場をとおりがかっただけの者も含まれているそうです。
****惑うアラブ:クーデター後のエジプト/3 まかり通る強引な捜査****
地中海に面するエジプト北部アレクサンドリア。10月31日朝、海岸通りを主婦のサルク・ムハンマドさん(40)は長女ラウダさん(15)と歩いていた。心臓病持ちで、主治医から毎日1時間の散歩を勧められていた。
「みんな、逃げて」。女性の悲鳴が聞こえたのは、食事の約束をしていた夫ラマダンさん(44)の職場近くまで行った時だった。脇道からモルシ前大統領の出身母体・イスラム組織ムスリム同胞団などのデモ隊が出てきて、治安部隊が追いかけ始めた。サルクさんたちは混乱を逃れるため、道路を横断し、タクシーを呼び止めた。そこで治安部隊に捕まった。「関係ない」と訴えたが、警察署に連行された。
母親と登校途中だった中学2年のスハンダ・アブドルラフマンさん(13)は混乱劇を携帯電話のカメラで撮影していた。治安部隊に携帯電話を取り上げられ、抗議した母親と一緒に拘束された。
「極秘捜査の結果、同胞団員と断定した」。弁護士によると、事件で拘束された24人について、警察の捜査報告書には結論だけが書かれていた。容疑は暴力の扇動や公共交通の妨害などだ。だが少なくとも5人はデモと無関係だった。
強引とも言える捜査がまかり通るのは、8月14日から非常事態令下にあったからだ。治安当局は、司法手続きを経ずに市民を拘束できる状態をフル活用して、同胞団を抑え込んだ。11月14日に非常事態令が解かれた後も、公共施設前などに軍や治安部隊の装甲車が常駐し厳戒態勢は続く。
情報統制も強まっている。複数のエジプト人記者によると、7月以降、政府系メディア以外の新聞でも、軍の批判記事は掲載しない暗黙のルールができているという。アレクサンドリアの事件でも、大半のメディアは当局側の見立てのまま「同胞団支持者の女性が逮捕された」と報じた。
11月27日、裁判所は24人のうち18歳以上の14人に禁錮11年、15〜17歳の7人に少年院送致を言い渡した。スハンダさんら14歳以下の逮捕者3人は年齢を考慮して逮捕当日に釈放されたが、無実を訴えるサルクさん母子やスハンダさんの母親も有罪となった。
審理はわずか2回。弁護側は「デモをしただけで罪になるのはおかしい」と訴えたが、裁判所は起訴内容を追認した。
弁護側はすぐに控訴を決めた。「妻子を誘拐されたも同然だ。もうこんな国にはいたくない」。サルクさんの夫ラマダンさんがやり場のない怒りを漏らした。【2013年12月3日 毎日】
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反政府活動を厳しく封じ込めようとする暫定政権ですが、シシ国防相は対テロ特殊部隊の創設を発表し、更に“治安維持”に務める意向を示しています。
社会の安定はムバラク政権崩壊後の政治混乱に嫌気した国民の望むところでもあり、昨今のエジプト社会の在り様は、そうした国民世論と強権的な軍主導暫定政府の性格がリンクして生まれたもののように思えます。