(クリミア半島セバストポリで、ロシア編入の賛否を問う住民投票の暫定結果で96.77%が賛成票が占めたことを祝う親ロシア派の人々(2014年3月16日撮影)。(c)AFP/VIKTOR DRACHEV 【3月17日 AFP】)
【ロシア編入支持に「雪崩現象」】
世界中が注目していたウクライナ・クリミアの“ロシア編入に賛成か、それともウクライナにとどまり自治権の拡大を目指すか”の住民投票は、96.77%が編入に賛成するという結果になったと報じられています。
6割を占めるロシア系以外のタタール人においてはボイコットも行われましたが、それでも投票率はクリミア全体で82.7%にのぼったと発表されています。
ロシア編入が支持されるというのはわかっていた話ですが、予想した以上に高率で支持され、また、投票率も高くなった印象があります。
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帝政時代の18世紀からソ連時代の1954年までロシア領だったクリミアはロシア系住民が6割を占め、ロシア復帰を求める声が強かった。
2月のウクライナ政変で発足した新政権が民族主義の傾向を見せているとしてクリミア住民に反感が浸透。親ロシア派の当局側のキャンペーンも奏功し、ロシア編入支持に「雪崩現象」を起こしたとみられる。直前の世論調査では編入賛成は約8割だった。
また、反ロシア感情が強い少数派の先住民族クリミア・タタール人の間で住民投票をボイコットする動きが出ていたが、クリミア自治共和国のアクショーノフ首相はタタール人の約40%が住民投票に参加し、うち半数がロシア編入を支持したとの見方を示した。【3月17日 毎日】
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こうした数字については、ウクライナ・キエフ市民などにおいては「銃で脅された状況下での選挙で受け入れられない」という感情はあるかとは思いますが、投票にはロシアや欧米など23カ国から約70人の監視団が派遣されており、現段階においては大きな不正行為などは報じられていません。
(既成事実をつくりあげるために、大至急で行われた投票であり、また、ロシア系住民の民族意識高揚のもとでの投票ですから、多少の行き過ぎ、手違い等はあったと思われます。ウクライナ国籍を持たない在住ロシア人が投票を許された・・・といった類の話はあるようです。)
****クリミア:整然と「復帰」意思表示…シンフェロポリ****
ロシア連邦編入の賛否を問う住民投票が16日行われたウクライナ南部のクリミア自治共和国。首都シンフェロポリでも多くの人が賛成票を投じ、1954年までロシア領だったクリミアの「ロシア復帰」を待ち望む声が聞かれた。
自治共和国議会から約300メートル離れた第1中等学校に設けられた投票所には、投票開始の午前8時前に約20人が並び、関心の高さをうかがわせた。住民はロシア編入かウクライナ残留かを選ぶ投票用紙にチェックを入れ、不正防止のため透明になっている投票箱に票を投じていた。
「我が家のロシアに戻りたい。それが願いです」。ロシア系のイリーナ・ボツマンさん(42)は、プーチン露大統領を「秩序をもたらしてくれる一家のあるじ」と呼んだ。ウクライナの新政権については「政変で多くの犠牲を出した人とは暮らせない」。一緒に投票した娘のユリヤさん(21)は7月に出産予定で「生まれてくる子の祖国はロシアになる」とった。
同じくロシア系のワレーリ・ゴンチャロフさん(29)は「ロシアは社会保障などクリミアの生活を良くしてくれる。石油・ガス資源があり、欧州より頼りになる」と話した。
投票所で住民30人に聞いたところ、回答を拒んだ2人以外はロシア編入に賛成だった。大半が以前から編入を望み、4人はウクライナの政変でロシア入りを支持するようになったという。
投票所前では私服姿の自衛部隊3人が警戒にあたり、自治共和国議会の周辺は車の通行が禁止された。投票は平穏かつ整然と実施され、住民の意思を反映する取り組みがうかがえた。
投票率は2010年のウクライナ大統領選(67%)や12年の最高会議選(49%)などクリミアで過去に行われた選挙を超過。一方、反露感情が強い先住民族クリミア・タタール人の間でボイコットの動きもあったが、南部バフチサライなどで投票への参加が報告された。【3月16日 毎日】
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通常の投票で“96.77%”といった数字は眉唾ものに思えるのですが、ロシア側も投票の公正性が国際社会における今後の主張に大きく影響することは承知でしょうから、そんな無茶な不正行為もやっていないのでは・・・・という感もあります。
【無視できない圧倒的結果】
ロシア系住民の民族意識高揚、ロシア側の“ロシアに編入されれば、すべてうまくいく”式のバラ色のプロパガンダ、反ロシア意識の強いタタール人への“差別はしない”という働きかけ・・・等々が行われた結果ではありますが、ある意味、選挙結果は大なり小なりそういうプロパガンダによるものであり、もしそこに大きな不正行為がなかったとしたら、“投票率82.7%”“ロシア編入賛成96.77%”はやはり無視できない数字になるように思われます。
もちろん、ロシア・プーチン大統領の“ロシア軍は介入していない”あるいは“ロシア系住民の安全が危険にさられている”との虚構を強弁しながら、実質的にはクリミアに兵力を展開し、軍事的に抑え込んでしまう国際秩序を無視した強引な手法、クリミア自治政府のウクライナ憲法等を無視したロシア編入に向けた性急な行動など、看過できない点は多数あります。
だからこそ、アメリカ、欧州は今回住民投票を認めないとの立場をとっている訳ではありますが、プーチン大統領がアメリカへのあてつけとして引き合いに出すコソボの例に見るように、国家帰属を決めるうえで最大に重視されるべきは住民の意思でしょう。その意味で“96.77%”はやはり大きな影響力を持ちます。
現実問題としても、反発しあう住民が既存の国家の枠組みに縛られる形で“同居”していても、将来的な展望は開けません。どうしても別れたいなら“離婚”を認めるのが現実的対応かと思われます。
(単に“仲が悪いので別れる”という話ではなく、本来は、時間をかけて妥協点はないか探り、“離婚”した場合のメリット・デメリット、“離婚”によって引き起こされる諸問題をどうするかの検討・・・がなされるべきであり、今回クリミアの場合、あまりにも性急に事を運びすぎていることは言うまでもないことですが、ここに至っては・・・という感もあります)
当然ながら、クリミア側はロシア編入に向けて一気に走り出しています。
****クリミア議会、ロシア編入正式要請=独立決議も採択―ウクライナ資産「国有化」宣言****
ウクライナ南部クリミア自治共和国議会は17日、住民投票の結果を受けて、ロシアに編入を正式に要請する決議を採択した。ウクライナからの独立決議も採択した。議会代表団は同日、ロシアに向かい、モスクワでロシア上下議会関係者とロシア編入に向けた協議を開始する。
議会は、クリミア半島内のウクライナの国家資産を国有化する決議も採択した。ウクライナ新政権が反発し、対立激化は必至だ。
クリミア側の編入要請に対し、ロシアのプーチン大統領がどのように対応するかが次の焦点。大統領は当初、「クリミア併合は検討していない」と発言していたが、投票結果を尊重するとの立場に軌道修正している。プーチン氏にとっても、今回の90%超のロシア編入賛成という圧倒的な結果は無視できないとみられる。【3月17日 時事】
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ロシア・プーチン大統領が、クリミア併合に動くのか、それとも当面はクリミアを併合せず、同自治共和国の実効支配を維持するにとどめるのか・・・そこについてはよくわかりません。
おそらくプーチン大統領自身、“走りながら考えている”状況でしょう。
併合した場合の欧米諸国からの経済制裁等の影響も考える必要がありますが、プーチン大統領にとっても“96.77%”という数字は、おいそれと後には引けない状況を作り出しています。
【親ロシア派の他の地域への波及を断つ形で収束を】
****米大統領「承認せず」 露大統領と電話協議、制裁強化通告****
住民投票実施を受け、オバマ米大統領は16日、ロシアのプーチン大統領と電話で協議した。プーチン大統領は住民投票の正当性を主張したが、オバマ大統領は結果を認めず、制裁強化に踏み切る意向を伝えた。
露大統領府によると、プーチン大統領は住民投票について「国際法に従って実施された。コソボの先例も考慮された」と主張。ウクライナ新政権について「ロシア語圏住民らの状況を不安定化させる極右や過激派グループの暴力を抑制する能力や意思がない」として懸念を伝えた。
米ホワイトハウスによると、オバマ大統領は住民投票がウクライナ憲法と国際法に違反すると指摘し、「ロシア軍の介入の下で実施された。米国も国際社会も承認しない」と表明。「ロシアの行動はウクライナの主権と領土保全を侵害した。さらなる代償を科す準備はできている」と追加制裁を発動する方針を伝えた。
一方で、プーチン大統領はオバマ大統領との電話協議で「クリミアの住民は自由な意見表明と自決の機会を保障された」と住民投票を評価したものの、編入を巡る今後の方針には触れていない。また、外交努力を続けることで一致した。(後略)【3月17日 毎日】
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今さらロシア・プーチン大統領がクリミアから手を引くというのも現実的でないシナリオですし、大局的に見ればソ連崩壊・冷戦終結という西側勝利の構図自体に何ら変化はなく、今起きているのは境界線付近での微調整に過ぎません。
それも、見方を変えれば、ロシア寄りのウクライナ前政権を崩壊させて、西側はウクライナ本体を取り込み、ロシアはわずかにクリミアを何とか手にした・・・という形にもとれます。
ただ、バルト3国のように境界線付近にはロシア系住民を多く含む国も少なくなく、今後同様の問題が飛び火する形になると、“新冷戦”という大きな問題にもつながります。
ロシア側の強引な手法には問題は多々あるものの、住民の意思、ソ連当時のクリミア帰属変更の経緯なども考慮すれば、クリミアのロシア支配は止むを得ないという立場で、問題がウクライナ東部やバルト3国などに及ばないような形でロシアと話をつける・・・というのが現実的対応ではないかと思えます。