(ウガンダの首都カンパラのムラゴ病院に新しく設置されたがんの放射線治療装置(2018年1月19日撮影)【1月21日 AFP】)
【大きく向上したがん治療生存率だが、国による大きな格差も】
がん治療において生存率は近年著しく改善されてはいますが、国によって大きく異なる・・・先進国では高く、アフリカ諸国など途上国では低い・・・というのは、きわめて常識的ではあります。実際そのような数字が示されています。
****がん生存率、世界で上昇するも国別で格差 国際共同研究****
がんの生存率は世界中で上昇傾向にあるが、国による大きな格差が依然として存在することが、1月31日に英医学誌ランセット(The Lancet)で発表された国際的な大規模調査で明らかになった。また、一部のがんはいまだに世界のどの国でも治療困難な疾患となっているという。
世界71か国における18種のがんを対象とする国際共同研究「CONCORD-3」の調査結果によると、この進歩と格差は特に小児がんに関して大きい。
例えば小児脳腫瘍については、5年生存率が全体的に向上しており、2000~2004年には54%だった割合が、2010年~2014年には60%超にまで上昇。
国別に見ると、米国、デンマーク、スウェーデン、スロバキアなどでは80%以上にまで向上したのに対し、メキシコやブラジルでは、2010~2014年の同生存率は40%足らずだった。
最も多くみられる種類の小児がんである急性リンパ性白血病についても同様に、カナダ、米国、欧州の9か国などでは5年生存率が90%を超えるまでに上昇した一方で、中国やメキシコでは60%未満にとどまった。
論文の執筆者らは、声明で「この結果は診断治療サービスの受けやすさと質を反映している可能性が高い」と述べている。
乳がんに関しては、今回の調査によると、世界中で全般的な向上がみられた。米国とオーストラリアで乳がんと診断された女性の場合、2010~2014年の5年生存率は90%だった。16の欧州西部諸国では85%に向上し、東欧諸国は71%だった。インドでは、同期間で66%に上昇した。
肝臓がんと肺がんは富裕国と途上国の両方で、依然として5年生存率が低水準にとどまっているが、この20年でいくらかの前進がみられている。
1995~2014年の20年間で、肝臓がんの5年生存率は韓国で11%から27%、スウェーデンで5%から17%、ポルトガルで8%から19%へとそれぞれ上昇した。
肺がんも同様に、英国を含む21か国で5~10%上昇した。最も大きな前進がみられたのは中国(8%から20%)、日本(23%から33%)そして韓国(10%から25%)だった。
■膵臓がんについては国際的に解明努力の必要あり
一方、膵臓(すいぞう)がんは全世界で死亡率が依然として非常に高く、5年生存率が概して15%未満となっている。
論文の共同執筆者で、英ロンドン大学衛生熱帯医学大学院の研究者のミシェル・コールマン氏は「急速に死に至るこのがんの危険因子を解明するための国際的な取り組みを拡大させる必要がある」と指摘した。
同大学院のクラウディア・アレマニ氏主導の下で多数の専門家とがんに関する記録を収集、保存している施設300か所以上が集結して実施されたCONCORD-3では、がん患者3750万人分のデータを対象に分析を行った。これは2000~2014年に世界で診断された患者全体の4分の3に相当する。
今回の調査には、欧州から31か国、アジアから17か国、ラテンアメリカから13か国などが参加した。アフリカはデータ不足のため、6か国しか参加していない。【2月1日 AFP】
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喫煙の悪習をやめる気がない私としては、日本の肺がん生存率が大きく改善していることは喜ばしいことです。
ただ、上記の数字は“アフリカはデータ不足のため、6か国しか参加していない”ということで、多くのアフリカ諸国に暮らす人々とは縁遠いものかも。
現実問題としては、乳児死亡率も高く、多くの感染症の犠牲になる者も多いアフリカにあっては、“がんの5年生存率”というのは、日本など先進国とは異なり、あまり切迫感のないものに思えるかも。
ましてや、3日前に取り上げたコンゴのように、紛争や飢餓で生きることさえ難しい国にあっては、なおさらでしょう。
当然、国家として取り組むべき優先順位も、まずは紛争や飢餓を克服することが最優先で、次いで、乳児死亡や感染症などへの対応、しかるのちに“がん治療の改善”といった順番でしょう。
【「アフリカの28か国にはがん治療装置がなく、患者は診断や治療を受けられない」】
さわさりながら、アフリカ諸国にあってもがんに苦しむ人々は多く、その治療の改善は社会的に期待されているところでしょう。
しかし、日本国内では当たり前に思えるような機材でも、そうした国ではなかなか入手できないのが現実です。
「アフリカの28か国にはがん治療装置がなく、患者は診断や治療を受けられない」(天野IAEA事務局長)
****国内唯一のがん治療装置が故障、2年経て待望の新装置 ウガンダ****
アフリカ大陸中東部のウガンダで約2年前に故障した国内唯一のがん治療用の放射線治療装置に代わる新しい装置が設置され、19日に記念式典が行われた。
首都カンパラのムラゴ病院は1995年以来、東アフリカにおけるがん治療の中心となっていたものの、2016年3月に放射線治療装置が故障していた。
今回新たに導入された装置はコバルト60を使用する種類で、病院内のコンクリートで遮蔽(しゃへい)された部屋に設置された。価格は81万5000ドル(約9000万円)で、IAEAとウガンダ政府が折半した。
ウガンダのルハカナ・ルガンダ首相は、新装置は「腫瘍学で東アフリカの中核拠点になるという将来像の一翼を担う」ものだと語った。
国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長は式典で「アフリカの28か国にはがん治療装置がなく、患者は診断や治療を受けられない」と述べた。
ウガンダがん研究所のジャクソン・オレム所長がAFPに語ったところによると、同研究所に紹介されてくる患者は毎年約5000人で、その多くはがんが進行した段階にあるという。新装置は1日当たり最大で120人の治療を行う能力がある。【1月21日 AFP】
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【最新機器が使えない“アフリカ”的事情も・・・電力供給の不安定】
最新の機材を導入するためには、購入のための初期費用だけでなく、そうした機材を扱える人材、長期的に運用していくことを可能するメインテナンス体制が必要なことは素人でもわかります。
更にアフリカにあっては、日本では想像できなような要因も考慮する必要があります。そもそも電力供給が不安定な国々にあっては、大量の電力に依存した最新機材は使い勝手が悪いという問題があるようです。
上記記事の“コバルト60を使用する種類”というのも、そうした事情を背景にしたものなのかも。
****「アフリカのがん治療」最前線──被ばくリスクに揺れる現場と「2つの選択肢」****
アフリカのガーナにある病院には、がん治療のために2種類の放射線治療装置が備えられている。ひとつはX線の扱いが簡単な通称「LINAC」。もう一方は放射線事故につながるリスクもあるテレコバルト装置だ。
しかし、取り扱いが簡単だからといって前者だけを使うわけにはいかない、途上国ならではの事情があった。
ガーナの首都アクラには、アフリカで3番目に大きい医療機関であるコール・ブー教育病院がある。この病院は、がん患者の治療用に2台の放射線治療装置を備えている。
2台とも比較的新しく、ガーナの保健省がここ2〜3年で購入したものだ。どちらの装置も強力なX線を照射し、皮膚を貫通して体内の腫瘍細胞を殺すことができる。患者はガーナ国内のみならず、国外からもこの装置での治療を受けるために病院を訪れる。
「ナイジェリアやトーゴ、コートジボワールなどの国からも患者が治療を受けにやってきます」と、病院のがん専門医ジョエル・ヤーニーは話す。
治療装置のうち1台は、複雑な構造の銅管の中で光速のエレクトロンがX線を生み出し、それを重金属のターゲットに衝突させる機械だ。これはリニアアクセラレーター、略して「LINAC」(ライナック)と呼ばれ、ヒッグス粒子を発見した大型ハドロン衝突型加速器の親戚ともいえる。
もう1台はテレコバルト装置として知られ、小さな容器内の銀色コバルト60が出すX線を放出し、放射線崩壊によりニッケルに変換する。医師はこれを患者のがん細胞に照射する。
このアイソトープ治療は患者の命を救う。しかし一方では、チェルノブイリ原子力発電所事故や福島第一原子力発電所事故を除く、最も重大な放射線事故の原因ともなってきた。
60年以上も前に開発されたこの放射線物質を利用した装置は、がん治療の基本となった。いくつかのタイプではセシウム137と塩化セシウムの化合物を使うものもあるが、多くはコバルト60を使う。
アメリカの病院では40年ほど前から、X線の扱いがずっと簡単なLINACに取って変わられるようになった。
「がん治療においては、すべてにおいてLINACのほうが優れてます。そのため、医師はテレコバルト装置よりLINACを使用したがるのです」と、ジェームズ・マーティン不拡散研究センターのマイルズ・ポンパーは説明する。
しかし途上国では、いまだにアイソトープ治療が主流だ。ガーナだけではなく、メキシコ、インド、中国、とリストは続く。
国際的な核監視機関である国際原子力機関(IAEA)は、それぞれの国のアイソトープ治療機器を公共データベースで把握している。放射線物質が「間違った人」の手に渡ると恐ろしい結果を生むからだ。
リスク回避の方法はあるのか
1987年、ブラジルのゴイアニアの廃品置き場のオーナーは、2人の金属スクラップ回収業者から塩化セシウムの容器を買った。これらは半壊した病院を物色し、放棄されていた機械から取り外してきたものだった。
廃品置き場のオーナーは塩化セシウムが青く光っているのに気付き、高価な宝石の破片が入っているのかもしれないと考えた。その一部を家族や友人にあげてしまい、その地域一帯を放射能で汚染することになった。放射線中毒で4人が死亡、28人が重度の被曝によって病院に入院した。
最近でも同じような事故が何件か起きている。廃棄された機械、そして何も疑わない回収業者。2000年にはタイのサムット・プラカンの金属スクラップ業者が、コバルトの入った容器をハンマーと鑿(のみ)でこじ開けた。彼らは古い放射線機器の一部として容器も買ったのだった。そしてここでも放射線源にさわったり、持ち運んだりしたことで3人が死亡した。
2010年には、インドのデリー近郊の金属スクラップ店の経営者が、古いコバルト機械をオークションで購入した。機械を分解する際に、彼は価値を値踏みしようとコバルト源をバラバラに分解した。1人の男は破片を財布の中に入れ、そこに入れたことをすっかり忘れしまった。結果的に7人が入院し、1人は被ばくにより死亡した。
これらは「事故」ではあるが、核の安全の専門家は、悪意をもった人がこのような放射線源を盗むことをますます危惧している。少量のコバルトや塩化セシウムで核爆弾はつくれないが、都市の上水道を汚染する毒爆弾をつくることはできる。
「テロはわれわれが危惧する問題のひとつです」と、ジェムズ・マーティン不拡散研究センターのフェレンク・ダルノキ・ベレスは言う。
テロは被ばく者以外の人にも大きな影響を与える。ダルノキ・ベレスは次のように指摘する。「パニックを引き起こし、経済を混乱させます。そして核を用いた重大な事件が発生し、自分が病気かどうかわからない市民は医療機関に殺到するでしょう」
そこでダルノキ・ベレスとポンパーは、国際的連携の一環として、コバルトやセシウムをつかった機器をLINACに切り替える活動をしている。参加している団体は国際原子力機関(IAEA)をはじめ、欧州原子核研究機構(CERN)、専門家組織であるInternational Cancer Expert Corpsなども含まれる。
しかし、病院がLINACを購入してコバルトを利用する装置を廃棄するといった簡単な問題ではない。なぜなら、現在のLINACは発展途上国向けに設計されていないからだ。
機器の内部には、CTスキャンを読み取り、健康な細胞を避けるように照射線の形状を調整するコンピューターが内蔵され、より多くの患者を治療できる。
これを使いこなすには、相当の訓練期間が必要となる。アメリカの病院ではメンテナンスを外部の専門家に依頼しているが、発展途上国には専門家がいないのが実情だ。
このため人々は、簡易版LINACの開発を行おうとしている。ダルノキ・ベレスとポンパーのグループは、ここ数年この問題に取り組んでおり、2017年6月にはウィーンで会合をもち、簡易版LINACのデザインの進捗状況を話し合う。米国エネルギー省は2016年11月、より少ない電力で稼働し、停電時にも予備電源がつかえて、簡単に使用できるLINACの開発を要望した。
米国バリアン メディカル システムズは5月、途上国での使用を考慮してつくられた新型モデル「Halcyon」(ハルシオン)を公開した。同社はLINACのほとんどの操作を自動化することに成功したのである。
「ハルシオンは極めて簡単に使えて精度が高いのです」と、バリアンの新製品ソリューション部長であるイ・ムヨンは語る。新型機は、使用するハードとソフトの種類によって、200万ドルから400万ドルの費用がかかる。価格は全米の病院で使われているLINACと同程度だが、価格帯が異なるモデルの開発にも取り組んでいる。
ガーナのヤーニーの病院では、1年ほど前にLINACを導入したが、まだ使用を始められていない。停電が頻発するので、安定して使用できないのだ。
「機器にスイッチを入れると電力不足になるんです」とヤーニーは話す。「5週間ほど続く患者の放射線治療を、不安定な電力で中断される可能性がある状況では、やりたくありません」
この病院では最近、新たな機材を導入した。電力が中断してもLINACを安定して使える電圧レギュレーターである。だが、LINACを使い始められたとしても、病院は間違いなくコバルトを使用する機器も使い続けるだろう。なぜなら安定して動作するし、電力使用量も少なくてすむからだ。
確かにコバルトには安全上のリスクがある。しかし、彼には治療しなければならない患者がいるのだ。【2017年7月19日 WIRED】
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華々しく実施された途上国向けの最新機器供与が、やがてあまりる使われなくなり、故障したら直すこともできず、そのまま朽ちていく・・・という話は多々あります。
途上国にはそれぞれの制約・環境がありますので、そうしたものを踏まえて現実に耐えうる支援が必要となります。
【アイソトープ製造とイラン核問題】
ちなみに、がん治療におけるアイソトープの製造は、イランの核開発問題の発端ともなっています。
****イランの核開発問題****
イランは医療用アイソトープの生産を行うテヘラン原子炉の稼働のため、20%高濃縮ウランの自国製造を進めている。
通常の原子力発電では低濃縮ウランで十分であり、高濃縮ウランを用いるのは原子爆弾の製造を狙っているからではないか、とアメリカなどから疑いをかけられた。
ただし原子爆弾には90%以上の高濃縮ウランが必要であるため、意見が分かれた。
イランは自ら加盟する核不拡散条約(NPT)の正当な権利を行使しているのであり、核兵器は作らないと主張した。当時の第6代イラン大統領マフムード・アフマディーネジャードは『Newsweek』2009年10月7日号の取材に対して「核爆弾は持ってはならないものだ。」と否定する発言をしている。
これに対し核保有国アメリカは、イランの主張に疑念を持ち、核兵器保有に向けての高濃縮ウランであると主張して、国際的にイランを孤立化させようとする政策を取ってきた。(後略)【ウィキペディア】
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イランが“医療用アイソトープの生産を行う原子炉の稼働のためのウラン濃縮”を主張する以上、その範囲内での活動を許容する形での“核合意”ともなっています。