(スターリングラードの戦いでの勝利から75回目の記念日を祝う行事に出席したプーチン大統領(中央)【2月7日 WSJ】)
【腐敗・経済停滞への不満はあるものの、反政権候補立候補阻止で盛り上がらない選挙】
ロシアについては、このところあまり取り上げていません。シリア情勢とか、欧州情勢などに関連して、大きな影響力を持つ存在としては触れるのですが、ロシア国内の話になると、(無責任な野次馬的に見て・・・ということですが)あまり“面白い”話題も多くないものですから。
周知のように、ロシアは来月18日に大統領選挙が行われますので、本来はいろいろ話題があってもいいところですが、プーチン圧勝が決まっている選挙ということで、まったく盛り上がりません。
一応、候補者はプーチン大統領など8人が名乗りを上げています。
*****大統領選候補、8人で確定=ロシア*****
ロシア中央選挙管理委員会は8日、3月18日の大統領選の候補者について、8人で確定したと明らかにした。通算4選を目指すプーチン大統領(65)の勝利が確実視されている。
この他の候補は、共産党のグルディニン氏(57)や極右・自由民主党のジリノフスキー党首(71)、プーチン氏の恩師の娘でテレビ司会者のサプチャク氏(36)ら。世論調査ではプーチン氏の支持率が約7割と他の候補を大きく引き離している。【2月8日 時事】
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共産党のグルディニン氏や極右・自由民主党のジリノフスキー党首といっても、まったく新鮮味がありませんし、基本的にはプーチン支持の体制翼賛的な候補者です。
圧倒的な支持率を誇るプーチン大統領ですが、ロシア国内に若者を中心に現状への不満がない訳ではなく、また、そうした不満を代弁してプーチン批判を展開するアレクセイ・ナバリヌイ氏のような者も存在します。
ただ、これまでも政敵をことごとく潰してきたプーチン政権が、そうしたプーチン批判を封じて、ナバリヌイ氏の大統領選挙への参加もできないようにしてしまいましたので、“面白くない”選挙になってしまいました。
****(プーチン帝国 2018ロシア大統領選)腐敗・貧困・・・・反プーチンのうねり 集会、立ち上がる若者****
3月18日のロシア大統領選は、現職のプーチン氏の当選が確実だ。それでも、汚職や抑圧姿勢、さらに6年延びる政権を批判し、投票ボイコットや自由な選挙を求める集会には大勢の若者が足を運ぶ。何が彼らを駆り立てるのか。
大統領選への立候補を拒否された反体制派アレクセイ・ナバリヌイ氏(41)が呼びかけた1月28日の反政権集会は、全国100カ所以上で開かれた。当局はナバリヌイ氏を拘束し、集会直後に解放。規模の拡大に強い警戒感を示した。
集会前、ロシアで人気のSNS「テレグラム」にある反体制派グループ「抗議するモスクワ」のチャットに書き込みが続いた。
「どこに集まろう」「警察の捜査が入った」
このチャットに登録し、やり取りを見る人たちは2500人を超す。
グループができたきっかけは、ナバリヌイ氏が呼びかけた昨年3月の反政権集会だった。プーチン氏が大統領に復帰した2012年以降では最大規模で、モスクワで1万人以上が参加し、地方にも広がった。ここで出会った若者たちが集まったグループだ。
中心のオリガ・チェザーレさん(22)は企業で市場調査を担う。大学生のときに英語と仏語を学び、インターネットで外国メディアのニュースを読むようになった。ロシアを巡る紛争や事件、汚職など「様々な記事でロシアメディアと伝える視点が違う」と驚いた。政府に反発する気持ちが心に芽生えた。(中略)
「ナバリヌイ氏が大統領になれば本当に国がよくなるのかは自信がない」という。それでも「政権交代が必要なのは間違いない」。
■暗殺事件に不信感
サンクトペテルブルクのエカテリーナ・クズネツォワさん(21)が初めて政府に不信感を覚えたのは、15年の野党指導者ネムツォフ元第1副首相の暗殺事件だ。
容疑者は逮捕されたが、政府が関与しているのではと疑念がわいた。16年にタックスヘイブン(租税回避地)の実態を暴露した「パナマ文書」には、プーチン氏の親友の名前もあり、さらに不信が募った。
警察が怖くて集会には及び腰だったが、大勢が参加した昨年3月の集会で一歩を踏み出せた。「やっと居場所を見つけた」
4年前、ロシア中部の町からサンクトペテルブルクの大学に進学。学費が当初の3倍近くの年25万ルーブル(約48万円)に上がり、支払いが苦しくて退学した。だが仕事は見つからない。友人はコールセンターに就職したが、時給はわずか150ルーブル(約290円)だ。
多くの人々はプーチン氏を支持し、変化を求めていない。「でも私は政府に不満だから集会に参加する」
政権への不満は地方にも広がる。ロシア北部セベロドビンスクのオレグ・サビンさん(33)は「ロシアにはインドのカーストのような階層がある」と憤る。
倉庫で働き、月給は1万3千ルーブル(約2万5千円)。自立できず、両親と暮らす。給料のいい仕事を探したが見つからなかった。生活苦から消費者金融3社から金も借りている。
一方で「役人は国民の金を盗んで外国に家を買い、その子供は留学して大企業に就職している」と嘆く。「ロシアの金持ちは大統領の友人、地方でも権力者の友人だけだ」。もっとも腐敗は庶民にも広がり、撲滅するのは簡単ではないという。「ロシアが変わるには2世代ぐらい必要だろう」
■ナバリヌイ氏、対話で支持拡大
選挙不正への抗議が大規模な反政権集会に発展したことは11~12年にもあったが、長続きしなかった。
今回は昨年3月以降も6月、10月と全国で大勢が集まった。民主運動をする市民団体「ベスナ」のボグダン・リトビンさん(23)は「ナバリヌイ氏が入念に準備を進めた」と指摘する。
ナバリヌイ氏は昨年3月の集会前、動画サイトにメドベージェフ首相の不正蓄財を告発する映像を公開。3カ月で視聴回数は2千万を突破した。その後もSNSを通して地方まで組織化。国政政治家が訪れない地方都市も訪れ、エリート層でない若者と対話して支持を広げた。
ロシアでは00年代、プーチン氏の国民的人気が高まるにつれ、野党も補完勢力となり、議会がオール与党体制になった。プーチン氏の政敵排除が進み、存在感のなくなったリベラル派から国民の支持は離れた。
ナバリヌイ氏は政治の公正さや選択肢の必要性に訴えを絞り、行き場のない反政権派の受け皿となった。
だが、リトビンさんは指摘する。「運動は新たな段階に発展したが、まだ何も獲得していない」【1月31日 朝日】
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記事見出しの“反プーチンのうねり”というのは、どうでしょうか?
メドベージェフ首相の不正蓄財を告発する映像で人気を集めたナバリヌイ氏の大統領選挙参加が認められていれば多少の“うねり”もあったかもしれませんが、立候補も認められない状況では、“うねり”も起きようがないようにも見えます。
ナバリヌイ氏は(直接的なプーチン批判は避けながらも)反政府デモを主催しては逮捕・拘留されるということを繰り返していますが、ある意味、そうした逮捕・拘留によって反政権指導者としての人気を高めてきたとも言えます。
しかし、過去の横領罪の有罪判決もあって、大統領選挙立候補は認められませんでした。
この選管決定を受けて、大統領選挙のボイコットを呼びかけています。それが上記記事にもある、約100都市で1月28日に行われた抗議デモでした。
この抗議デモでも、ナバリヌイ氏はモスクワで行進中、警官隊に拘束されています。(同日で釈放されたものの、今後の裁判所処分によって、最大で30日間の身柄拘束となる可能性があるとされています)
プーチン大統領は“安定した経済・社会での生活向上”がセールスポイントですが、経済の停滞のなかで、ソ連崩壊後の混乱を経験していない若者たちに対しては、そのがセールスポイントもあまり効力を持たないようです。
****“ソーセージ”効果は消えた、次は? 生活水準向上の代償に自由を制限****
「ソーセージを約束するから自由は我慢せよ」。
プーチン氏は前回大統領期の2000〜08年、こんな“暗黙の合意”を国民と結んだと評される。
生活水準の向上を約束する代わりに、民主主義の制限や汚職に目をつぶってほしいという趣旨だ。ソ連崩壊後の1990年代に大混乱と貧困を経験した国民多数派は、プーチン氏を支持した。
近年の政権が直面している最大の問題は、「ソーセージ」の不文律がもはや効力を失ったということに尽きる。
前回大統領期には、90年代の改革の成果と石油価格の高騰で年平均7%の経済成長があった。しかし、その後は地下資源に依存する国家主導型の経済が頭打ちになり、体制の腐敗など弊害が目立つ一方だ。
2014年3月のクリミア併合でプーチン氏の支持率は8割超に跳ね上がったが、その“カンフル剤”も効き目を失ってきた。都市部中間階層や若年層を中心に、政権長期化と経済停滞に伴う閉塞感が強まりつつある。
プーチン氏は「未来志向」の公約づくりをクレムリンに指示しているが、難航しているのが実情だ。
こうした状況では、次期政権も米欧を敵視して国民を団結させ、反政権派への締め付けを強める可能性が高い。
米国が大統領選干渉問題をめぐって追加の対露経済制裁を発動する恐れもあり、そうすれば経済にはいっそうの打撃となる。
プーチン政権は日本を「米国の同盟国」というプリズムを通して見る傾向を強めており、北方領土交渉にも明るい材料はない。【1月25日 産経】
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【サプチャク氏の“盛り上げ効果”もなく、政権側は愛国心鼓舞で有権者の過半数支持獲得を目指す】
しかしながら、プーチン大統領に代わる存在が大きくなることも阻止してきましたので、政治的には“安泰”が続いています。
その結果が、今回の“面白くない大統領選挙”となっていますが、“面白くない”のは私だけでなく、ロシア有権者にとっても同様です。
いくら“圧勝”しても、有権者の多くが投票に参加しなかったら、プーチン大統領としてもその正統性をアメリカ等に誇示することができなくなります。
プーチン大統領にとっては、勝つこと以上に、投票所に足を運んでもらうことが大きな課題となっています。
“70%の投票率で、得票率が70%”が目標とも。それがクリアされれば、有権者の半数以上がプーチン大統領を支持している・・・と誇示できます。
得票率はともかく、投票率7割というのは、かなり高いハードルかも。
そこで、選挙を“盛り上げる”ために、ナバリヌイ氏ほど政権批判にはつながらないものの、反プーチン的言動で世間の注目を集める候補者として、女性タレントとして知られるクセーニヤ・サプチャク氏(父親は民主派政治家で、かつてのプーチン氏の上司であり、プーチン氏の政界入りのきっかけを作った恩人とも言われています)の立候補をプーチン政権側が画策したとも見られています。
しかし、1月17日発表の世論調査では、プーチン氏の支持率73.2%に対し、サプチャク氏はわずか1.2%【1月30日 朝日より】ということで、政権側が期待した“盛り上げ効果”は出ていません。
サプチャク氏が“不発”に終わりましたので、あとは“愛国心”に訴える地道な手法で・・・ということになります。
その意味では、オリンピックにドーピング問題で国家としての参加が許されなかったという現状は、欧米の画策を批判し、ロシアの愛国心に訴える効果的な舞台ともなったかも。
****<露大統領>五輪参加選手に謝罪「守れず、許してほしい」****
ロシアのプーチン大統領は1月31日、平昌(ピョンチャン)冬季五輪に参加するロシア選手をモスクワ郊外の大統領公邸に迎え、激励した。
組織的なドーピング疑惑を受け、ロシア代表選手ではなく、「個人資格」による参加となったことについてプーチン氏は「皆さんを(国家として)守ることができなかった。許してほしい」と謝罪した。
プーチン氏が「謝罪」を口にするのは極めてまれ。露メディアは「大統領が謝罪した」と大きく伝えた。(中略)
プーチン氏は演説で「(IOCのような)国際的なスポーツ機関が、特定の国家の出先機関となるようなことがあってはならない。その国家がいかに大国であろうと」と述べた。「国ぐるみのドーピング」疑惑を一貫して否定してきたプーチン氏は、一連のドーピング疑惑の背景に「米国による反露キャンペーン」があるとの見方を改めて示した。【2月1日 毎日】
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更に、いささか“賞味期限切れ”の感もありますが、第2次大戦におけるロシアの苦難・戦勝の記憶を惹起する試みも。
****スターリングラードの戦い、戦勝75年の記念行事 プーチン氏も出席 愛国心を鼓舞****
ロシアは2日、第2次世界大戦のスターリングラードの戦い(1942〜1943)の勝利から75年を迎えた。現地で行われた記念行事には4期目の大統領の座を目指すウラジーミル・プーチン大統領も出席した。(中略)
ボルガ川が流れるスターリングラードで繰り広げられたこの戦いは史上最も凄惨(せいさん)な戦いの一つとされる。この戦いでソ連はナチス・ドイツに圧勝。ロシアではこの勝利がアドルフ・ヒトラーから欧州を救ったとたたえられている。
プーチン氏はボルゴグラード交響楽団による記念コンサートに集まった退役軍人らを前に「スターリングラードの守護者たちはわれわれにすばらしい遺産を残した。祖国への愛、祖国の国益と独立を守り、いかなる試練に対しても断固として立ち向かっていく覚悟だ」と語り、先人たちの例に倣うよう呼び掛けた。
ロシアの政治アナリスト、コンスタンティン・カラチェフ氏は、近年ロシア政府は愛国心をかき立てるため第2次世界大戦でのソ連の勝利と犠牲をことさら強調する傾向を強め、愛国心が国家のイデオロギーのようになっていると指摘し、欧米との関係が冷戦後で最も冷え込んでいるなかロシア政府は肯定的なシンボルを必要としており、戦勝記念日は「自国は結果を出す能力があり、どんな敵でも倒せるというイメージの宣伝」に使われていると述べた。【2月3日 AFP】
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こうした状況に、アメリカメディアからは、“プーチン派は過去の栄光だのみ”との揶揄も。
****露大統領選、プーチン派は過去の栄光だのみ****
警察学校の若い幹部候補生たちはロシア南西部のボルゴグラード(旧スターリングラード)にある壮大な第2次世界大戦記念碑の前で、ウラジーミル・プーチン大統領への忠誠を誓う歌を大声で歌っていた。
「最高司令官が我々を最終決戦に召集するのなら、ボーバおじさん(訳注=ボーバはウラジーミルの愛称で、プーチン氏を指す)よ、我々はあなたとともにある!」
この動画は、プーチン氏を慕う一人の議員が中心となって製作した。これは長年にわたり指導者の座に就いてきたプーチン氏が3月の大統領選で勝利し、さらに6年の任期を得られることを目指す愛国的な運動の一環だ。
しかし、この動画は、国営テレビなどによって行き過ぎだともたしなめられている。経済が近年停滞し、生活水準が低下しているにもかかわらず、プーチン支持をもり立てようとしているクレムリンの取り組みをめぐって緊張が高まっていることの表れだ。(中略)
この(スターリングラードでの)戦いで父親を亡くしたという年金生活者のライザ・ブリキナさん(85)は、コンサートでプーチン氏を見ることができて満足していると語った。
その後、ボルゴグラードでの生活について聞かれると、次々と不満を並べた。歩道にくぼみが多いために友人が転倒した、年金では必要な医薬品が手に入らない、食品価格がますます高くなっているなどだ。
「スターリン時代は物の値段が下がったが、今は上がり続けている」。そう話すブリキナさんの赤いセーターには、ソ連時代の数々の勲章が付けられていた。(中略)
プーチン氏は、第2次大戦勝利を記念することを自らの統治の柱とし、攻撃にさらされても毅然と立ち続ける存在としてロシアを描こうとしている。(中略)
プーチン氏率いる政党「統一ロシア」は3日、ロシア各地で「我が心のロシア」と銘打ったコンサートを開いた。目的は、スターリングラードの戦いでの勝利を祝うことと、今週開幕の平昌冬季五輪に出場するロシア選手を応援することにあった。(中略)
(動画を作成し、やりすぎとの批判も浴びている)当のクビチコ議員は国営テレビで、「私やボルゴグラードの大半の市民にとって、ロシアと強い指導者の概念は切っても切れないものだ。我々はそれから目を背けるべきでない」と述べた。【2月7日 WSJ】
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“ロシアと強い指導者の概念は切っても切れないものだ”という点については、“皇帝、ソ連共産党書記長、ロシア大統領と職位の名前は変われど、基本的にロシアは「専制の国」であり続けたという現実である。・・・・この間、純粋な民主的選挙によって政権交代が起きたことは1度もない。・・・・あらゆる改革が「上から」のイニシアティブで行われてきたことも、ロシア・旧ソ連の歴史を貫いている。改革が機を逸した結果がロシア革命であり、ソ連崩壊の激震だった。・・・「プーチン時代」はすでにブレジネフ政権期と同じ約18年間続いており、やはり体制の硬直化が指摘されている。”【1月25日 産経】とも。
圧勝は確約されているプーチン大統領ですが、閉塞感も強まるなか、愛国心鼓舞で投票率も引き上げ、有権者の過半数の支持を得ることができるか・・・そのあたりが唯一の見どころのロシア大統領選挙です。