(イラン・テヘランで、マスクを着用して道路を渡る人々(2020年2月22日撮影)【2月23日 AFP】)
【「全国の投票率は42.57%、テヘランは約25%だった」】
21日に行われたイランの国会議員選挙は、選挙前から予想されていたように、保守強硬派が圧勝したようです。
穏健派のロウハニ政権が核合意を進めたものの、アメリカ・トランプ政権の合意離脱・制裁によって経済は回復せず、改善しない生活苦への市民の反発・失望が示された結果です。
そのほか、「護憲評議会」の事前審査で穏健派・改革派候補が大量失格とされたことから、穏健派・改革派支持層が選挙そのものへの期待をなくしていたことも大きく影響したと思われます。
そうした選挙への期待の喪失は、記録的な低投票率となっています。
****イラン国会選、強硬派が圧勝 投票率は1979年以降最低****
21日に投票が行われたイラン国会選挙は最高指導者ハメネイ師に近い強硬派が圧勝した。ただイラン内務省の23日の発表では、投票率は1979年のイスラム革命以降で最低を記録。ハメネイ師はイランの敵が新型コロナウイルスの脅威を誇張し、有権者の投票を抑制したと主張した。
核合意を巡る米国との対立や国民の不満が強まる中、今回の国会選の投票率は政権への支持を占う試金石とみられていた。
イランの内相は、テレビ放送された記者会見で「全国の投票率は42.57%、テヘランは約25%だった」と述べた。2016年の国会選の投票率は62%、12年は66%だった。
強硬派は首都テヘラン市で30議席を獲得。ガリバフ元テヘラン市長がトップ当選を果たした。革命防衛隊の元司令官でもあるガリバフ氏は、新国会で議長に就任するとの見方が強まっている。
投票日の21日に「宗教上の義務」だとして投票を呼び掛けていたハメネイ師は23日、イランの敵が新型コロナウイルスに関する「ネガティブな宣伝工作」を仕掛けたことが投票率の低さにつながったと非難した。
イランでは投票の2日前に初の新型ウイルス感染者が確認された。これまでにテヘランを含む4都市で43人の感染が確認されている。また8人が死亡しており、震源地の中国以外では死者数が最多となっている。
イラン国会は外交や核政策に大きな影響力を持たないが、強硬派が圧勝したことで同派が来年の大統領選に向け弾みをつける可能性があるほか、外交政策の強硬化につながる可能性もある。【2月24日 ロイター】
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期待・関心の低さについては、以下のようにも。
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(中略)ハメネイ師は21日の投票後、「投票は宗教的義務だ」と呼びかけており、保守強硬派の多くは投票所に足を運ぶとみられている。
だが、前回選挙でロハニ派勝利の原動力となった若者や改革派・保守穏健派は、しらけムードだ。前回選挙では、テヘラン中心部の投票所の外には長い列ができたが、21日午前には投票を待つ人の姿はまばらだった。
米国の制裁で低迷する経済や、ガソリンを予告なしに最大3倍に値上げしたロハニ政権に不満の矛先が向かっている。
昨年11月の反政府デモの中心地となったテヘラン近郊のイスラムシャー。デモは、ガソリンの値上げをきっかけとして始まり、銀行などが焼き打ちにあうなどした。
「候補者たちの名前や顔を知らない。投票に行く気はないし、あれだけ激しいデモをしても何も変わらなかったのだから、選挙ではなにも変化はない」。タクシー運転手のサジャッドさん(36)は、焼け焦げたままの銀行の前でそう吐き捨てた。
テヘランの公務員ニコーさん(45)も「経済も悪くなったし、4年前に期待したことは何も実現されなかった。だから、投票はしない」。改革派の集会で手伝いをしていたアミールさん(33)すらも「投票には行かない。どうせ保守強硬派が勝つ」と肩を落とした。(後略)【2月23日 朝日】
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穏健派・改革派への締め付けに関しては、以下のようにも。
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テヘラン市内に掲示された候補者のポスターなどはほとんどが保守強硬派。改革派・保守穏健派のポスターは探さなければなかなか見つからないという状況だった。
ただ、そもそも、米国の制裁の影響で、紙の価格が昨年の5倍以上に跳ね上がり、ポスターの総数自体も少なかった。
選挙運動の関係者からは「大型のポスターは作製できず、チラシも半分の数にせざるを得なかった」と恨み節も聞こえてきた。各集会の盛り上がりに差異はなかったものの、その開催頻度は圧倒的に保守強硬派が多かった。ロハニ師と路線対立する保守強硬派が優位で、改革派などに逆風が吹いているのを肌で感じた。
今回の選挙には約1万6千人が立候補登録した。だが、イスラム教に忠実かどうかなどの基準で審査する「護憲評議会」が立候補を認めたのは7148人。7千人以上が失格し、そのほとんどがロハニ師を支持する人たちだったとされる。
ロハニ師は「一つの政治勢力だけでなく、選挙では競争があるべきだ」と批判したが、最高指導者ハメネイ師の影響下にある護憲評議会は「政治的意図はない」と一蹴した。
イランでは、選挙区の定数と同数の候補者の名前を書いて投票できる。つまり、例えば定数30の首都テヘランでは、候補者から30人を選んで投票できる。テヘランの各選挙陣営は、同じ政治勢力の30人のリストを作って選挙運動をするのが通例だ。だが、テヘランだけでも1300人以上が立候補しており、有権者は名前や顔もわからずにリストを見ながら投票している。
16年の前回の国会議員選では前年にイランが米欧と結んだ核合意を追い風に、ロハニ師を支持する改革派・保守穏健派が躍進。テヘランで全30議席を独占した。国会全体でも最大勢力となった。
だが今回は、立候補登録したものの失格した現職国会議員は75人に上り、多くが改革派・保守穏健派だったとみられる。有力候補者が失格になるなか、「30人集めてリストをつくれただけでも幸運だった」(選対関係者)という声ももれた。(後略)【同上】
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体制を積極支持する保守強硬派は圧勝しましたが、投票率が50%を割り込み、1979年の革命以来最低を記録したことで、高投票率で革命体制への国民の信任を内外に示したかった指導部のもくろみは外れた形にも。
指導部は新型コロナウイルス感染拡大や敵国の情報戦が投票率を下げたと主張、打撃を最小限に抑えようとしています。
今後については、保守強硬派圧勝でアメリカとの対立が更に先鋭化するとの指摘が多くなされていますが、市民不満が高まる経済状況では、体制側・保守強硬派としても、いたずらにアメリカとの対立にのめり込むのではなく、経済重視のスタンスは必要になるとも考えられます。
【“国内で12人が死亡し、47人が感染” もっと感染者は多いのでは? 聖地コムの封鎖は?】
選挙結果は予想された範囲内のものでしたが、むしろ注目されるのは、体制側が低投票率の要因ともしている新型コロナウイルス肺炎のイラン国内での急拡大です。
新型肺炎は中東全域に拡散しつつありますが、その震源地的な様相を呈しているのがイラン。
中東各国はイランとの国境を封鎖するなどの対応に乗り出しています。
****新型ウイルス、中東に広がる警戒感 イランの死者増加で国境封鎖相次ぐ***
イラン当局は23日、新型コロナウイルス感染による国内の死者が8人になったと発表した。
中国国外の死者数としては最多で、周辺国は自国への感染拡大を阻止するため、対イラン国境を封鎖するなど緊急措置を相次いで講じた。
中東での新型ウイルス流行懸念が高まる中、イランと国境を接するトルコ、パキスタン、アフガニスタン、アルメニアの4か国は23日、陸路の国境を封鎖すると発表。空路でのイランからの入国に制限を課す動きも相次いだ。
イラクとクウェートは、既にイランとの行き来を禁じている。
イラン当局は「予防措置」として、国内14州で学校や大学などの教育機関を閉鎖。展覧会やコンサート、映画上映も今後1週間は中止された。
中東では、レバノンでもイランのコムから帰国したレバノン人女性が新型ウイルスに感染していることが確認された。レバノンでの感染確認は初めて。
また、イスラエルは23日、感染者の韓国人観光客と接触のあった生徒約200人に対し、自宅待機による隔離を指示した。 【2月24日 AFP】AFPBB News
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感染はすでにイラン周辺各国に広がっています。
****イラン周辺国で感染=クウェート、バーレーンなど―新型肺炎****
新型肺炎による死者が増加しているイランの周辺国でも24日、感染者が相次いだ。国営クウェート通信(KUNA)によると、クウェートで3人の感染が判明。
バーレーンの国営通信もバーレーン人1人の感染が確認されたと伝えた。いずれもイランを訪れていた。【2月24日 時事】
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****アフガニスタンで初の新型コロナ感染 イランとの国境****
アフガニスタンの保健省は24日、イランと国境を接する西部ヘラート州のアフガニスタン人男性(35)から新型コロナウイルスを検出したと発表した。アフガニスタンで感染が確認されたのは初めて。
保健省は23日、男性を含めたヘラート在住の3人に感染の疑いがあると発表し、ウイルス検査を進めていた。男性以外の2人からは、ウイルスが検出されなかったという。
また、アフガニスタン政府は23日からイランとの人の往来を当面禁止。イランのほか東隣のパキスタンからも卵や鶏などの輸入を止めるなど、地域経済に影響が及んでいる。【2月24日 朝日】
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イラン国内では死者数は更に増えて12人へ。
****新型ウイルス感染、イランで新たに4人死亡 死者12人に****
イランで、新型コロナウイルスの感染によって新たに4人が死亡した。同国の議会関係者が24日、明らかにした。同国内でのウイルス感染による死者数はこれで12人となった。
半国営イラン学生通信が伝えたところによると、国会で行われた非公開審議の後、保健相が国内で12人が死亡し、47人が感染したと発表したという。 【2月24日 AFP】
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発症者・死亡者数で見ると、宗教的な聖地で、体制を支える保守強硬派の牙城でもありコムでの犠牲者が多くなっています。
****イラン、新型ウイルスの死者5人に(23日時点) 学校や文化施設の閉鎖指示****
イランで22日、新型コロナウイルス感染による死者が東アジア以外で最多の5人となった。これを受けて当局は、学校や文化施設の閉鎖を指示した。
イラン初の感染者は19日に確認され、当局は首都テヘラン南部にあるイスラム教シーア派の聖地コムで高齢者2人が死亡したと発表した。中東で新型コロナウイルス感染による死者が確認されたのはこれが初めて。
保健省報道官は22日、新たに10人の感染が確認され、うち1人が死亡したと国営テレビに発表した。8人はコム、2人はテヘランの病院に入院したが、死者がどちらの病院で出たかは明らかにしなかった。
これで、イランで確認された感染者数は計28人となった。
国営テレビは、「予防措置」として、当局がテヘランやコムなど全国14州・都市の学校や大学などの教育施設を23日から閉鎖するよう指示したと報じた。
政府はまた、感染拡大を防ぐため「全国のホールでのアートや映画関連のイベントの開催が、週末まで中止となった」と発表した。
イランの人々は感染を避けようとマスクの購入を急いでいる。イランのインターネット通販大手ディジカラは21日、36時間以内でマスク7万5000枚が売れたと明かした。需要が闇市場での価格高騰を招くことへの懸念から、同社のマスク販売における手数料は請求していないという。 【2月23日 AFP】
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素人的発想ですが、疑問に思われるのは、“国内で12人が死亡し、47人が感染”という死亡者比率の高さです。
イランの医療水準がそんなに低いとは思われませんので、死亡者が12人でたということは、感染者数は47人ではなく、桁が一つ、あるいは二つ違うのでは・・・・という疑問が。
周辺国への拡散状況からも、イラン国内での感染が発表数字より相当に悪いのでは・・・とも推測されます。
当局が数字を隠蔽しているのか、あるいは、感染者の把握ができていないのか。
もし感染の震源が聖地コムだとすると、何事につけ優遇されている聖地、宗教関係者が集中する宗教的中心都市、保守強硬派の牙城ですから、武漢のような当該都市に多大な犠牲を強いる封じ込め対策がとれるのか? 聖地コムで宗教施設閉鎖ができるのか? という問題も出てくるかも。
閉鎖すべきは大学よりモスクでしょう。
モスクでの集団礼拝をやめないと、感染は一気に拡大するでしょう。(すでに、そういう状況が発生しているのでは・・・とも思えます)
でも保守強硬派牙城・聖地コムでモスクを閉鎖できるのか? ロウハニ大統領では難しいでしょう。 宗教権威ハメネイ師の指導力次第でしょう。
また、周辺国の国境封鎖などは、苦境にあえぐイラン経済への更なる負担にもなります。
体制にとっては、選挙圧勝を喜んでいる場合ではありません。
低投票率に示される民意をくみ取ると同時に、新型肺炎という異質の脅威に緊急に対応する必要があります。
対策が遅れて感染がさらに深刻化すれば、もともと経済的困窮でくすぶっている不満が一気に表面化する危険もあります。