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(7日未明、イスラエル軍はパレスチナ自治区ガザを空爆した=ロイター【4月7日 日経】)
【ネタニヤフ首相 「中断・延期」するも、あくまで法案を成立させる強気の構え】
自身が収賄や背任の罪で起訴され、公判が進行中のイスラエル・ネタニヤフ首相が進める三権分立を骨抜きにするとも批判される「司法改革」をめぐって、イスラエル国内で激しい反発が起きていることは、3月21日ブログ“イスラエル 大統領やバイデン氏の仲裁・要請も効果なし ネタニヤフ首相が進める「司法改革」”で取り上げました。
司法改革の内容、「建国史上最も右寄り」とされる政権の“思惑”については、以下のようにも。
****イスラエルでデモ拡大 司法改革が国論二分 軍務拒否や通貨下落も****
(中略)改革案は司法の権限を縮小して政府や国会の裁量を拡大する内容で、民主主義の根幹である三権分立を骨抜きにする狙いだとしてデモが頻発している。「建国史上最も右寄り」とされる政権の動きは海外でも懸念を招いている。(中略)
ネタニヤフ政権は1月前半に改革の草案を公表した。イスラエル有力紙ハーレツ(電子版)によると、司法が持つ違憲審査権の制限が盛り込まれており、国会で成立した法律について、最高裁がイスラエル基本法(憲法に相当)に違反すると判断しても、国会がそれを覆すことが可能になる。裁判官の任命をめぐっても、政権の影響力を強化する条項がある。
昨年12月末にネタニヤフ氏を首相として発足した連立政権は、同氏が党首を務める右派「リクード」や、ユダヤ教の戒律を厳格に守る超正統派、対パレスチナ強硬派の極右政党などで構成されている。ハーレツ紙によると、各党にはそれぞれ司法への影響力を強めたい事情がある。
ネタニヤフ氏は2019年に収賄や背任の罪で起訴され、公判が進行中だ。改革には自らに有利な判断を示す裁判官を任命する狙いがあると指摘される。
また、超正統派の政党は信徒の若者たちの徴兵免除を法制化して定着させる思惑がある。超正統派は宗教やユダヤ人の歴史を学ぶことを最優先しており、慣例として徴兵が免除されてきたが、世俗派のユダヤ人らが不平等だとして反発を強めている。
さらに、極右政党は、パレスチナ人が多く住むヨルダン川西岸でユダヤ人入植地を拡大する方針を公言してきた。司法の違憲判断を覆せるようになれば、入植推進に向けて大きな障害が消えることになる。イスラエル軍は年初以来、70人以上のパレスチナ人を殺害しており、双方の緊張は近年になく高まっている。(後略)【3月10日 産経】
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国内の激しい抗議運動、軍の予備役も任務を拒否する事態に対し、ネタニヤフ首相は3月27日、「国内の分裂は望んでいないし、内戦になることもあってはならない」とした上で、「対話の時間」が必要として国会審議を一時中断し、次期国会に延期すると発表しています。
****イスラエル首相、国会審議の延期表明 司法制度改革****
イスラエルのネタニヤフ政権が司法制度改革を推進して大規模な抗議デモに発展した問題で、ネタニヤフ首相は27日、法案の審議を約1カ月後に招集される次期国会に延期すると述べた。国内の反発の大きさをふまえて冷却期間を設けた形だが、着地点が見いだせるかには懐疑的な意見もある。
ネタニヤフ氏は27日夜にテレビ演説し、「国の分裂を回避して広範な総意を得る」ために、改革関連法案の審議を次期国会に持ち越すと表明した。ロイター通信によると、国会は4月2日に休会に入り、同30日に招集される見通し。
ネタニヤフ政権は1月4日、司法の違憲審査権の制限を柱とする改革を行うと表明した。実現すれば、国会で成立した法律について、最高裁がイスラエル基本法(憲法に相当)に違反すると判断しても、国会が覆すことが可能になる。
このため、三権分立における「チェック・アンド・バランス」が崩れるとして毎週末の大規模な抗議デモが2カ月以上続き、欧米からも懸念が相次いだ。
軍の予備役も任務を拒否する事態となり、ガラント国防相は25日、「国家の治安の危機」だとして審議の停止を要求。ネタニヤフ氏が26日夜にガラント氏を更迭すると、その直後に西部テルアビブやエルサレムで大規模デモが起きた。(中略)
改革実現を求める与党内の勢力と、反対するデモ隊や野党との間の溝は深く、政権運営はますます困難になりそうだ。【3月28日 産経】
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ネタニヤフ首相が「内戦」という言葉を使用してあたりに、事態の深刻さがうかがえます。
ただ、抗議を続ける市民の一部を「国を引き裂く過激派」と非難し、あくまで法案を成立させる強気の構えは崩していません。事態が沈静化に向かうかは不透明です。
【バイデン米大統領、「撤回」を促す ネタニヤフ首相・イスラエルは反発】
今回の「司法改革」には、イスラエルの唯一と言ってもいい同盟国アメリカも反対しており、これまでもバイデン大統領はネタニヤフ首相に電話会談で「国民からの理解を得たうえで進めるよう」要請するなどしていましたが、3月28日には「撤回することを望む」と踏み込み、ネタニヤフ首相側は反発を強めています。
****イスラエル首相、司法改革の撤回促す米大統領に反発****
バイデン米大統領は28日、イスラエルで起きた大規模なデモの原因となった司法制度改革を撤回するようネタニヤフ首相に促す発言をしたが、ネタニヤフ氏は「外圧」で意思決定を行うことはないと受け入れなかった。
ネタニヤフ首相は27日、司法制度改革に関する手続きを来月まで延期すると発表。米政権は当初、ネタニヤフ氏に妥協点を見いだすよう促していた。
しかし、バイデン氏は28日、記者からの質問を受け「ネタニヤフ氏が司法改革を撤回することを望む」と踏み込んだ。
ネタニヤフ氏は即座に声明を出し、「イスラエルは主権国家であり、国民の意思によって決定を下し、最大の友好国からの圧力も含め、外圧による意思決定は行わない」と言明した。
同政権は「幅広いコンセンサス」を得て改革を遂行しようと尽力していると語った。バイデン氏のイスラエルに対する「長年のコミットメント」に謝意も示した。【3月29日 ロイター】
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****米・イスラエルに「すきま風」 司法改革巡り応酬 バイデン氏の批判にネタニヤフ氏が反発****
(中略)
「多くのデモ参加者と同じように私も懸念している」。バイデン氏は28日、ネタニヤフ氏の右派連立政権が目指す司法制度改革に言及し、こうも語った。「ネタニヤフ氏が(改革案を)撤回することを望む」
(中略)ネタニヤフ氏をホワイトハウスに招く考えはあるかとの記者団の問いには、「近い将来はない」とも言明した。
これに対しネタニヤフ氏は28日、「最も親しい友を含め、外国からの圧力で決定を下すことはない」との声明を出し、反感をあらわにした。昨年末、極右政党を含む右派勢力を糾合し1年半ぶりに首相に返り咲いたネタニヤフ氏は、今回の司法制度改革について三権のバランスを是正し司法判断に民意を反映させるのが目的だとしている。
(中略)バイデン氏が改革案の撤回要求に踏み込んだことで、ネタニヤフ政権との関係悪化は必至だ。
民主党のバイデン政権は、イスラエルと将来のパレスチナ国家による「2国家共存」案を支持する立場から、ネタニヤフ政権が推進するヨルダン川西岸でのユダヤ人入植地建設にも批判的。
バイデン氏が副大統領を務めたオバマ政権も同様にイスラエルとぎくしゃくした関係にあったが、共和党のトランプ前大統領はネタニヤフ氏ら右派勢力と蜜月関係を築いた。【3月30日 産経】
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イスラエルの閣僚や与党議員からは「(イスラエルは)米国内の一つの州ではない」などと反発する声があがっているとか。
「台湾有事」でもこれまで物議を醸したバイデン発言ですが、バイデン大統領が戦略的に熟慮して「撤回」発言したのか、軽い調子で発言したのか・・・そこらは知りません。
ただ、上記記事にもあるように、オバマ時代にも米・イスラエル関係は「史上最悪」と言われていましたので、バイデン・民主党政権と「2国家共存」案に反して入植活動を続けるネタニヤフ首相の関係が悪化しても驚く話でもありません。
抗議行動の方は「中断」発言後も続いています。
****司法改革撤回求め16万人デモ イスラエル、批判やまず****
イスラエル各地で1日、ネタニヤフ政権が進める司法制度改革への抗議デモがあり、多数の市民が国旗を掲げて「民主主義を守れ」と声を上げた。民放チャンネル12は、テルアビブで推定16万5千人が参加したと伝えた。エルサレムなどでは数千人が参加。ネタニヤフ首相は改革の手続き延期を発表したが、批判が収まらない。
改革案には国会が最高裁の判断を覆せる条項が含まれ、三権分立を脅かすとして抗議デモが繰り返されている。
この日、エルサレムのデモに参加した内科医は「改革を撤回したわけではない」と指摘。会社員も「政府が撤回を決断するよう、圧力をかけなければならない」と語った。【4月2日 共同】
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【聖地「神殿の丘」での衝突はハマスとの攻撃の応酬に発展】
とにもかくにも「審議中断・延期」で冷却期間を置こうとするネタニヤフ首相ですが、今度はパレスチナ問題の方が再び火が着きそうな状況になっています。
****神殿の丘で衝突、高まる緊張 ハマスとイスラエルの攻撃に発展****
エルサレムにあるユダヤ教とイスラム教の聖地「神殿の丘」で5日、イスラエル治安部隊とパレスチナ人が衝突し、パレスチナ人十数人が負傷した。その後、パレスチナ自治区ガザ地区を支配するイスラム組織ハマスがロケット弾を放ち、イスラエル軍が報復攻撃しており、双方の緊張が高まっている。
地元メディアによると、神殿の丘での礼拝が禁止されているユダヤ教過激派が宗教儀式を実施する姿勢を示したため、数百人のパレスチナ人が5日未明、神殿の丘にあるモスク(イスラム教礼拝所)に石などを持って立てこもった。
その後、イスラエル治安部隊がモスク内に突入。パレスチナ赤新月社によると、双方の衝突でパレスチナ人12人が負傷した。
こうした状況の中、「パレスチナの守護者」を自任するハマスが数発のロケット弾を発射し、イスラエル南部の工場が損壊。
イスラエル軍は報復として、ハマスの拠点数カ所を空爆した。
イスラエル当局は「(パレスチナ人が)公共の秩序を乱した」と主張するが、パレスチナ自治政府のアッバス議長の広報官は、イスラエルが「聖地で一線を越えた。大きな暴動につながる可能性がある」と警告。ヨルダンやエジプトなどのアラブ諸国も、イスラエルの行為を非難した。
3月下旬からイスラム教徒はラマダン(断食月)に入っており、今月5日夜からユダヤ教の祝日「過越祭」も始まる。双方の宗教心が高まっており、今後も衝突が起きる可能性がある。【4月5日 毎日】
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【レバノンにも拡大 ヒズボラ関与の観測もあり、2006年以来の紛争の危険性も】
翌日6日にはレバノンも巻き込んで事態は拡大・悪化しています。
****レバノンからロケット弾30発以上 ネタニヤフ首相が“報復”示唆、イスラエル軍がガザ地区・レバノン南部のハマス関連施設攻撃を発表****
中東イスラエルの軍は6日、隣国レバノンから30発以上のロケット弾が発射されたと発表しました。イスラム原理主義組織ハマスによるものだとしています。
イスラエル軍は6日、隣国のレバノンからイスラエルに向けて、34発のロケット弾が発射されたと発表しました。この攻撃で、これまでに死者は確認されていませんが、少なくとも1人がケガをしたということです。
5日、エルサレムにあるイスラム教の聖地とされるアルアクサ・モスクで、イスラエル警察とパレスチナ人との衝突が起きていて、イスラエル側は今回の攻撃を、敵対するパレスチナ自治区のイスラム原理主義組織ハマスによるものだとしています。
イスラエルのネタニヤフ首相は「敵は侵略行為の代償を払うことになるだろう」と報復攻撃を示唆しました。イスラエル軍はガザ地区とレバノン南部のハマス関連施設を攻撃したと発表しました。
イスラム教の断食月、ラマダンと、ユダヤ教の祝祭が重なる時期となっていて、宗教間の対立が強まることが懸念されています。【4月7日 日テレNEWS】
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レバノンには2006年に無敵のイスラエル軍相手に“負けなかった”ことでその力を世界に示したヒズボラが存在していますが、今回のレバノンからの攻撃にそのヒズボラが関与しているとの観測もあるようです。
ハマスだけでなく、ヒズボラも参戦しての応酬となると、2006年以来の紛争に発展する危険性もあります。
ネタニヤフ首相にとっては、ある程度の攻撃の応酬は、「司法改革」で荒れている国民の目をパレスチナ・ハマスに向けることで、内政の沈静化に好都合かも。
ただ一定限度を超えて2006年のような事態(イスラエル軍戦死者119人)となれば話は別です。「ネタニヤフ首相は難しい判断を迫られている」ということにも。
現段階は、ヒズボラはハマスや過激派組織「イスラム聖戦」の攻撃を知りつつ黙認というところでしょうか。
ヒズボラを支援するイランも、サウジアラビアと関係正常化を進めるなど、中東の構図は大きく変わろうとしています。そうした状況でイランがヒズボラに対しどのように対応するのか・・・という視点もあります。