孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

キルギス  ロシア支配の象徴「キリル文字」を捨てきれない背景は? くすぶるタジキスタンとの紛争

2023-04-22 23:44:26 | 中央アジア

(【2022年12月13日 NHK】)

【ロシアとの絆を切るのは難しい? キリル文字からラテン文字への移行は「時期尚早」】
4月17日ブログでは、旧ソ連構成国アルメニアのロシア離れについて取り上げました。

アルメニアとアゼルバイジャンの紛争は、ロシアの対応が注目されることもあって、それなりにニュースなどでも取り上げられましたが、今日は更にマイナーな旧ソ連構成国でもある中央アジア・キルギスの話。

旧ソ連構成国からなる中央アジアは、カザフスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、トルクメニスタン、そしてキルギス。(以前はキルギスタンと表記されていましたが、国名変更で日本語表記もキルギスに。なお、「~スタン」とは、ペルシア語で「~が多い場所」を意味する言葉だとか)

一般に中央アジア諸国は「権威主義体制」でロシアの影響力が強い・・・とされていますが、そういう中央アジア諸国の中にあっては、キルギスは“比較的”民主化が進んだ国とも評価されてきました。

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英Economist Intelligence Unitの民主化指数(Democracy Index) 2016年版では総合順位98位(全167国中。前年度93位)。他の中央アジア諸国は「権威主義体制」とされる中,唯一「混合体制」に分類されている。【在キルギス共和国日本国大使館】
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また、ロシアとの関係は維持しつつも、ロシア一辺倒ではなく“バランス外交”的側面も。

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ロシアと密接な関係を保ちつつ、中国や欧米、日本などともバランス外交を展開している。ロシア主導のユーラシア経済連合と集団安全保障条約に加盟している。

上海協力機構の加盟国でもあり、中国はキルギスを「一帯一路」の対象国の一つに位置付けている[22]。一方で、経済の過度な対中依存や中国人の流入などへの不満から反中デモも起きている。【ウィキペディア】
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中央アジア地域で中国の影響力が強まっているという話は、また別機会に。
アメリカとの関係で言えば、以前はキルギス国内に米軍が駐留していたこともありました。

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マナス国際空港内には、2001年12月に国際連合の承認に基づきアフガニスタンにおける対テロ戦争支援の拠点としてマナス米空軍基地が設置され、約千人の米軍部隊が駐留している。

キルギスの議会は2009年2月に今後米軍によるマナス空軍基地の使用を認めないことを可決したが、2009年6月に継続使用に合意した。しかしその後2014年に使用が停止され、米軍は撤退した。【ウィキペディア】
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そうしたキルギスに関する(ほとんど目立たない)ニュースを昨日目にしました。

****キリル文字からラテン文字への移行は「時期尚早」 キルギス大統領****
キルギスのサディル・ジャパロフ大統領は20日、キルギス語表記の(ロシアが使用する)キリル文字からラテン文字への変更について、時期尚早との見解を示した。背景には、トルコがテュルク語圏諸国で共通の言語空間を創ることを推進していることがある。

キルギスは旧ソ連構成国で、ロシアの同盟国でもある。

キルギス語はテュルク諸語の一つだが、旧ソ連の独裁者ヨシフ・スターリンが強制したキリル文字を現在も使っている。

ラテン文字表記への変更はこれまでも繰り返し議論されてきたが、ロシアが昨年、ロシア語話者の保護を主張しウクライナに侵攻したことから、早急な議論が求められている。

ジャパロフ大統領は国語政策委員会の委員長に対して、「キルギス語のラテン文字への移行を議論するのは時期尚早」だとし、キリル文字の使用を継続すべきだと述べた。

ラテン文字を使用しているトルコは、テュルク語圏である中央アジアの旧ソ連構成国と共通の言語空間を創ろうとしている。

カザフスタンなど中央アジアの複数国は、すでにラテン文字表記への移行を進めている。ロシアによる支配の象徴と言える絆を断ち切ろうとしている国がある一方、移行に難航している国もある。 【4月21日 AFP】
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トルコは中央アジアのテュルク語圏諸国のリーダー的地位を目指していますが、「それだったら、中国・ウイグル族の問題に関して、中国に対してもっと毅然とした対応をとったら?」という話は、これも別機会に。

前述のようなキルギスの政治体制・バランス外交を考慮すれば、他の中央アジア諸国以上に“ロシア離れ”が進んでもよさそうに思えますが、「(ロシア離れを明確にする)ラテン文字への移行を議論するのは時期尚早」という大統領判断の背景に何があるのか?

【中央アジアで進む“ロシア離れ” ウクライナ侵攻で加速】
中央アジア諸国はこれまでも、“ロシア離れ”の独自性強調が進んでいましたが、特にロシアのウクライナ侵攻以降はその流れが加速していることは、2022年10月15日ブログ“旧ソ連諸国のロシア離れ プーチン大統領への苦言が相次いだロシアと中央アジア5カ国の首脳会議”でも取り上げました。

タジキスタンのラフモン大統領は昨年10月、カザフスタンの首都アスタナで開かれたロシアと中央アジア5カ国の首脳会議で、プーチン露大統領に対し、「旧ソ連時代のように中央アジア諸国を(属国のように)扱わないでほしい」と述べたと報じられています。

そうしたなかで、旧ソ連構成国ウクライナの状況は、中央アジア諸国の目には“明日は我が身”とも映ります。

****プーチン氏目算に狂い、中央アジア諸国冷ややか****
ウクライナ侵攻で対ロ関係見直し、米国などに接近

ロシアは今年初め、反政府デモが暴徒化していたカザフスタンに対して、2000人余りの部隊を派遣し鎮圧に当たらせた。その6週間後、ロシアがウクライナへの侵攻を開始すると、カザフには侵攻への支持を表明してロシアに恩返しする機会が訪れた。 だが、カザフはそうしなかった。

カザフをはじめ、ロシア南部と国境を接する中央アジア諸国は、侵攻に対して中立な立場を維持。旧ソ連圏諸国でロシアへの全面的な支持を表明しているのはベラルーシのみだ。

カザフは西側の対ロシア制裁を履行すると確約。ロシアを迂回(うかい)したルート経由で欧州への石油輸出を拡大するとし、国防費の増強にも動いた。これに加え、カザフを自国の勢力圏に引き込みたい米国からの訪問団を受け入れた。

カザフがロシアと距離を置き始めたことは、ウラジーミル・プーチン露大統領にとって想定外の展開だ。(中略)

だが、カザフと共通点も多い旧ソ連のウクライナをロシアが侵攻したことで、その関係は変わりつつある。カザフは外交政策におけるロシア重視の姿勢を見直すとともに、米国やトルコ、中国などに接近している。現・旧カザフ当局者や議員、アナリストらへの取材で分かった。

こうした動向が鮮明になったのが、プーチン氏がサンクトペテルブルクで6月に開催した年次経済フォーラムだ。カザフのカシムジョマルト・トカエフ大統領はプーチン氏と共に出席した壇上で、親ロ派武装勢力が一方的に独立を宣言したウクライナ東部ドンバス地方の2地域を国家として認識しなかった。(中略)

カザフはロシアの怒りを買いかねない反戦デモを禁止する一方で、ロシアで戦争への支持を表明するシンボルとなった「Z」のサインを掲げることは違法とした。

カザフのサヤサト・ヌルベク国会議員は、友人同士であるシマリスとクマに関する童話を引き合いに出して、自国の立場を説明した。童話は、クマは機嫌が良い時にシマリスの背中をやさしくなでたが、爪で擦り傷が残り、それがシマリスのしま模様となって残ったという内容だ。

ヌルベク氏は「クマを友人に持つ場合、たとえ親友であっても、クマが上機嫌であっても、常に背後に注意せよというのがこの童話の教訓だ」と話す。(中略)

カザフとロシアの溝が深まりつつある最初の兆候が顕在化したのが、ロシアに侵攻の即時停止を求める3月初旬の国連決議案の採決だ。カザフは反対こそしなかったが、棄権した。その数日後には、ボーイング767型機でウクライナに28トン余りの医療支援物資を輸送するなど、何度か支援物資をウクライナに届けている。

中央アジア諸国で唯一、ロシアと国境を接するカザフでは、侵攻後にこうした脅しへの警戒がにわかに高まった。キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンはすべてカザフの南に位置する。そのいずれも侵攻を支持しておらず、ウズベキスタンは公の場で、親ロ派勢力が独立を宣言したドンバス地方の共和国は認めないと表明した。(中略)

西側諸国では、ウクライナ侵攻でロシア軍が「張り子の虎」であることが露呈したとの指摘も聞かれる。しかし、中央アジアのある国の高官は、ロシアの野心に対する恐怖は深まる一方だと明かす。

「ロシアが多くの国に対処し、東欧諸国やウクライナをいじめているうちは別だ」とした上で、その人物はこう語った。「虐待の相手としてウクライナが消えたらどうなるか想像してほしい。次はわれわれの番だろうか?」【2022年7月26日 WSJ】
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【繰り返すキルギス・タジキスタンの国境紛争 明らかになったロシアの影響力の限界】
こうした“ロシア離れ”の加速のなかで、キルギスにとってロシアとの関係が特に注目されたのは、アルメニア・アゼルバイジャンの紛争があった同時期、中央アジアでもキルギスとタジキスタンという旧ソ連構成国同士の紛争があったことによります。

****なぜ中国もロシアも手を出せない? 世界が知らぬうちに激化した中央アジア「戦争」の戦況****
<知られざるキルギスとタジキスタンの衝突。ソ連崩壊後の中央アジアで最大規模となった軍事衝突を止める方法は?>

中央アジアのキルギスとタジキスタンの国境地帯で9月半ば、両国の治安当局による武力衝突が起きた。一旦は停戦合意らしきものが結ばれたが、すぐに戦闘は再開した。

タジキスタン軍はキルギス南部のオシ州まで入り込み、橋や住宅地を爆撃したとされる。さらに隣のバトケン州にも踏み込み、地元の小学校を占拠し、タジキスタンの国旗を掲揚したとされる。バトケン州はキルギスの西端に位置し、北・西・南の三方をタジキスタンに囲まれている。

この衝突は、1991年のソ連崩壊で中央アジア諸国が独立を果たして以来、この地域で起きた最も大規模な国家間の武力衝突となった。キルギスでは市民を含む62人以上が死亡し、198人が負傷し、約13万6000人が避難する事態となった。タジキスタン側も、市民を含む41人の死亡が確認されたという。

キルギス側は、これはタジキスタンによる計画的な戦争行為だと非難し、タジキスタン側はキルギスによる侵略と人権侵害を主張している。

この衝突が起きたとき、バトケンから320キロ北西に位置するウズベキスタンの古都サマルカンドでは、中国とロシア主導の地域協力組織である上海協力機構(SCO)の首脳会議が開かれていた。

つまり、中国の習近平(シー・チンピン)国家主席とロシアのウラジーミル・プーチン大統領はもちろん、タジキスタンのエモマリ・ラフモン大統領と、キルギスのサディル・ジャパロフ大統領も同じ会議に出席していたのだ。

だがそこで両国の国境紛争が話題になることはなかった(ラフモンとジャパロフは別席で話し合いをしたとされる)。

SCOにもCSTOにも紛争解決の能力なし
なぜか。それはSCOの目的が、中央アジアにおける中国の安全保障上の利益(と一帯一路構想)を促進することであって、この地域諸国の対立を解決することではないからだ。

キルギスとタジキスタンは、ロシア主導の集団安全保障条約機構(CSTO)にも参加しているが、CSTOも基本的には、加盟国間の紛争には介入しない。唯一、今年1月に燃料費高騰をきっかけとするデモ鎮圧を支援するため、カザフスタンにCSTOの平和維持部隊が派遣された。

今回のキルギスとタジキスタンの衝突を受け、CSTOは外交的仲介を申し出た。ロシアとしては、中央アジア諸国がロシアの庇護抜きで結束するのも困るが、お互いのいがみ合いが行きすぎて不安定の源泉になるのも困る。

タジキスタンのラフモンはロシア政府と親しい関係にあるから、CSTOはラフモンのキルギス侵攻に待ったをかけられない、との見方がキルギスでは強い。実際、プーチンはウクライナ侵攻後初の外遊先としてタジキスタンを選び、ラフモンと会談した。(中略)

キルギスでは、ロシアのウクライナ侵攻を明確に支持せず、中立の立場を維持してきたために、プーチンは助けてくれないのではないかと悲観する声もある。

キルギスとタジキスタンの国境地帯での緊張拡大は今に始まったことではない。小競り合いは日常的で、昨年4月には民間人40人余りが死亡、200人以上が負傷した。

こうした状況には多くの要因が働いている。ソ連時代、フェルガナ盆地(ウズベキスタン東部を中心にキルギスとタジキスタンにまたがる)の国境が未画定だった結果、地理が複雑に。タジキスタンとキルギスは約970キロにわたって国境を接しているが、画定しているのはその半分のみ。タジキスタンの飛び地2つがキルギスにあって両国間の緊張要因となっている。

国境問題を人気取りに利用する両国政府
だが真の問題は近代政治に起因する。キルギスでもタジキスタンでも政権が国境問題を内政に利用しているのだ。

タジキスタンは独裁政権、キルギスはポピュリスト政権と政治体制は大きく異なるが、どちらも国境問題に対しては交渉による平和共存を模索するのではなく、ポピュリスト的アプローチを取ってきた。

キルギスのジャパロフは昨年の大統領選に先立って支持を固めるために国境問題の解決を約束。一方タジキスタンのラフモンは政権を中心に国を結束させるために拡張主義のレトリックを用いている。(中略)

ラフモンは90年代の内戦以降30年近くタジキスタンを統治してきた。投獄や国外追放、殺害という形で反対勢力を一掃。近い将来、息子に権力を移譲する意向とも伝えられている。国境とタジク人を守るという名目でキルギスとの紛争をエスカレートさせれば、世襲に備えて軍と官僚に対する支配を強化するのに役立つ。
地域の不安定化は中ロとも望まない
一方、キルギスの政権は確立されたばかりでタジキスタンに比べ独裁色は薄い。ジャパロフ陣営はポピュリスト的政策を掲げて昨年の選挙で勝利。領土主権と国境警備を優先課題とし、トルコの軍用ドローンとロシアの装甲兵員輸送車を購入して軍事力のてこ入れを図った。

当事国が小国であっても、中央アジア情勢が不安定さを増すことはロシアも中国も望んでいない。だが強い経済的影響力を持つ両国でも中央アジアでの紛争は阻止できない。それどころか、キルギスとタジキスタンの衝突はSCOもCSTOも加盟国間の緊張を阻止できないことを露呈した。(中略)。【2022年10月12日Newsweek】
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【ロシアの力への期待も捨てきれない?】
キルギスもロシアに対する警戒はありますが、この地域の安定装置としてのロシアの力への期待もあります。
ロシアは、キルギスに空軍基地を、タジキスタンには数千人規模の部隊を置いています。

****キルギス、ロシアに支援要請 タジクとの国境紛争で****
中央アジア・キルギスのサディル・ジャパロフ大統領が、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領に対し、隣国タジキスタンとの国境紛争解決に向け支援を要請した。キルギスの国営ラジオが17日、伝えた。

国家安全保障会議のマラット・イマンクロフ副議長は、キルギス、タジキスタン両国間での問題解決は難しいと説明。「大統領はプーチン氏に支援を訴えた」と語った。

両国ともに旧ソ連構成国で、970キロにわたって国境を接している。ソ連崩壊以降、その一部をめぐり係争が続いており、軍事衝突も頻発している。

先月にも国境沿いのキルギス南部バトケン州で衝突があり、両国の治安当局によると100人近くが死亡した。

イマンクロフ氏は、旧ソ連崩壊時に国境が画定されなかったことが原因だと指摘。「ソ連の継承国はロシアであり、当時の文書や地図はモスクワで保管されている」と述べた。

タジキスタンとキルギスは共に、ロシアが主導する集団安全保障条約機構に加盟している。プーチン氏は13日に行われたCSTO会合の際、両国首脳と会談。ロシアは「仲介の役割を果たすふりはしない」とした上で、文書や地図を見て解決策を探りたいと語っていた。 【2022年10月18日 AFP】
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衝突はその後は小康状態にありますが、特別事情が好転した訳でもなく“(キルギス)バトケン州内のタジキスタンの飛び地付近では、2022年4月、6月、9月と同州北部地域を中心に両国において激しい銃撃戦が発生しました。現在は小康状態を保っていますが、いつ再発するか予想がつきません。”【外務省 海外安全情報】といった状況。

最初に取り上げた、キルギス大統領の「キリル文字からラテン文字への移行は時期尚早」という認識は、ロシアに“介入”の口実を与えると同時に、タジキスタンとの不安定な状況にあって、ロシアの支援はあまり期待はできないものの、それでも今“ロシア離れ”を明確にするのは得策ではない・・・との考えではないかと思った次第です。

いずれにしても、ロシアがかつて「勢力圏」としていた地域において、地域紛争をコントロールできない現実、そのことが“ロシア離れ”を加速させていることは、アルメニアもキルギスも同様でしょう。

ただ、ロシアのこの地域における安全保障・軍事面での圧倒的な影響力、貿易・出稼ぎ労働者という経済面でのロシア依存を考えると、中央アジア諸国にとって“ロシア離れ”というのは単純・容易な話でもありません。
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