
(『ジェノサイドの丘』(フィリップ・ゴーレイヴィッチ著)では冷静・公平で理想的な人物のように描かれているルワンダ愛国戦線(RPF)指導者としてフツ族政権を打倒したカガメ大統領。 あまりにも出来すぎのようにも思えますが、細身の体からは確かに禁欲的な節制されたイメージが感じられます。“flickr”より By nando.quintana
http://www.flickr.com/photos/nandoquintana/298340737/sizes/o/)
14年前ルワンダで起こった多数派フツ族による少数派ツチ族の大量虐殺を中心とするジェノサイドについて、その後政権を獲得したツチ族を中心とするルワンダ現政権が、当時の虐殺にフランスが関与していたと非難する報告書を発表しました。
****ルワンダ政府報告書「大虐殺にフランスの政治家ら関与」****
80万人が犠牲になったとされる94年のルワンダ大虐殺に、当時部隊を派遣していたフランスの政治家らが積極的に関与したとする報告書が5日、ルワンダ政府によって発表された。AFP通信などによると、故ミッテラン元大統領やバラデュール元首相ら、当時の仏政府首脳らが名指しで非難されている。
大虐殺は、多数派のフツ族民兵などが、少数派のツチ族や穏健派のフツ族を襲撃して起きたとされる。仏政府は90年からのルワンダ内戦で、自国民保護による派兵やフツ族中心のルワンダ政府への武器供与などを行っていた。
120人の目撃証言に基づく報告書は、仏軍兵士が殺人やレイプに直接かかわったほか、民兵側の路上検問を黙認するなど、政治的・軍事的に支援したとしている。その責任者として、ミッテラン氏ら政治家と軍関係者計33人の名前が列挙されている。
94年4月の故ハビャリマナ・ルワンダ大統領(当時)の搭乗機撃墜事件をめぐり、仏捜査当局は04年、ルワンダのカガメ現大統領が首謀者だったとする報告書をまとめている。これに反発して、ルワンダ政府が06年、仏政府の大虐殺での役割を調べるための特別委員会を設けたいきさつがある。ルワンダは06年11月にフランスと断交。ルワンダ政府はすぐには起訴手続きを取らないとしているが、今回の報告書で両国関係がさらに悪化することは必至だ。
仏外務省は報告書を見ていないとして、コメントは出していない。【8月6日 朝日】
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なお、今朝の報道によれば、フランス政府は“この報告書を「公式のルート」では受け取っていない”としたうえで、同報告書を「受け入れがたい非難」と否定しました。
一方、ルワンダ政府との関係修復には今後も取り組んでゆく姿勢を示したそうです。
【昨日までの隣人が今日はナタで襲いかかる・・・】
ルワンダのジェノサイドについては、これまでも触れたことがあると思いますし、ネットでも多くの情報が得られますので、その詳細は割愛します。
IDカードを見ないとフツなのかツチなのか当事者でもよく分からないと言われるような僅かの差異(多分に歴史的、人為的に作られた部分もあるかと思われますが)を理由に、それまで隣人として生活した住民同士が、ナタや棍棒を手にした虐殺に駆り立てられるという、人間性そのものへの不信感を抱かせる出来事です。
当時、経済政策で行き詰っていた政権側が“うまくいかないのはあの連中(ツチ族)のせいだ”と民族感情を煽り、問題を覆い隠すような対応をとったことが虐殺の背景にあるとも言われます。
こうした“民族”を煽ることで問題を糊塗するやり方は、今もジンバブエなど、どこでも普通に見られる現象です。
【ジェノサイドを見捨てた国際社会】
また、ツチ族反政府勢力であるルワンダ愛国戦線(RPF)と当時のフツ族政権の間の内戦停止を監視するため、PKOである国連ルワンダ支援団(UNAMIR)2500名が派遣されていましたが、虐殺を目の前にしながら“PKOとしての役割・限界”を優先して、虐殺の進行を座視する結果となりました。
(このあたりの事情は、映画「ルワンダ・ホテル」や「ルワンダの涙」などにも描かれています。)
当時RPFを率い、現在ルワンダ大統領の席にあるカガメ大統領は、目の前で虐殺が行われているときじっと動かなかったUNAMIR司令官ダレール将軍のことを「人間的には尊敬しているが、かぶっているヘルメットには敬意を持たない。UNAMIRは武装してここにいた。装甲車や戦車やありとあらゆる武器があった。その目の前で、人が殺されていた。私だったら、絶対にそんなことは許さない。そうした状況下では、わたしはどちらの側につくかを決める。たとえ、国連の指揮下にあったとしてもだ。わたしは人を守る側につく。」と、語ったそうです。
もっとも、これはダレール将軍ひとりの問題ではありませんでした。
UNAMIR司令官ダレール将軍は、「十分な装備の兵士わずか5千人とフツ至上主義者と戦う許可さえ得られれば、直ちにジェノサイドを止められる」と主張しましたが、虐殺開始2週間後の4月21日、国連安保理事会はUNAMIRの要員を9割削減する決議を採択しました。
UNAMIRは270名を残して撤退することになり、残った兵士にも砂嚢のかげに隠れて事態を見守る以上のことは出来ないような命令を与えたそうです。
(http://homepage.mac.com/hasse_54/archives/rwanda/rwanda.html)
当時、ソマリアでの失敗に懲りたアメリカを含め各国は介入に消極的であり、アフリカ諸国も同様の民族・部族対立問題を自国自身が抱えていることもあって、総じて国際社会はルワンダで起こりつつあるジェノサイドを放置することになりました。
PKOのあり方を含め、国際社会はルワンダでの何十万人にも及ぶジェノサイドを見捨てたのではないか・・・との悔恨が残る事件でもありました。
なお、国連の動きが鈍かった一因には、ルワンダが安保理非常任理事国の地位にあっったこともあるかと思います。
それにしても、犠牲が大き過ぎました。
【フランスの旧フツ族政権のつながり】
ツチ族虐殺はハビャリマナ・ルワンダ大統領(当時)の搭乗機が撃墜された事件を契機に、“ツチ族の仕業だ”という扇動によって開始されました。
この事件へのRPFの関与をカガメ大統領は否定しており、フツ至上主義者の犯行ではないかとも言われています。
当時、ハビャリマナ大統領はRPFの攻勢・国際世論を受けてツチ族RPFとの間でアルーシャ協定を締結しますが、フツ過激派がこれを拒否。
協定は凍結され、かわりRPFを含む暫定政府がつくられます。
フツ過激派にとっては、もはやハビャリマナ大統領自身が“邪魔”になりつつあったことが想像されます。
なお、虐殺開始とともに首相など反大統領派閣僚と護衛のベルギー兵10名がフツ族暴動で殺害されます。
(ベルギーはこのあと1週間で撤退を決定)
フランスは当時のルワンダ政府の見解を踏襲して“事件はRPF側の犯行”とする立場で、撃墜機のパイロットがフラン人だったこともあって、カガメ現大統領の側近9人を国際手配しました。
当然、ルワンダ側はこれに反発し、06年11月にルワンダはフランスとの国交を断絶しました。
今回のルワンダ側の報告書は、このようなフランスとの対立を踏まえ、フランスの虐殺への関与を非難するものとなっています。
虐殺にかかわった人物として、当時首相だったフランスのエドゥアール・バラデュール氏、当時外相だったアラン・ジュペ氏、当時ジュペ外相の側近を務めのちに首相となったドミニク・ドビルパン氏、当時大統領だったフランソワ・ミッテラン氏(1996年に死去)ら13人の政治家、20人の軍幹部の氏名を挙げています。
なかなかの大物ぞろいです。
同趣旨のフランス批判は06年11月のイギリス・インデペンデント紙にも掲載されています。
フランスは当時のフツ族政権を武器や人員派遣などの軍事援助で支える存在であり、フランスから購入された武器が虐殺に使用されたと言われます。
フランスは一貫してフツ至上主義政権とその配下の民兵を反政府軍RPFの攻撃下にある正統な政府組織と認め、同時にRPFをハッキリ敵だと見なしていました。
【ターコイズ作戦】
虐殺発生後も、アメリカなどが動かないなか、「軍事的・人道的介入」と称してターコイズ作戦を提案し、2ヶ月間の期間限定ながら国連の承認を得て、武器使用が許可された軍を展開します。
フランス軍のスポークスマンは「二重のジェノサイド」を喧伝してRPFをクメール・ノワール(黒いクメール)と呼び、虐殺を行ったフツ至上主義者ではなく、進撃するRPFと交戦してその進撃を止めています。
難民保護を目的とするフランス軍のターコイズ作戦は結局のところ、ツチ族の虐殺をさらに一ヶ月続けさせ、ジェノサイドの命令者たちが多くの武器を持ったままザイールへ逃亡する安全な通路を確保したにすぎないとの評価があります。
カガメ大統領は「ターコイズ作戦でフランス人は犠牲者を保護するのではなく、殺人者を救助しようとした」と発言していますが、フランス政府はこれを「事実に反する」と批判しています。
もっとも、フランス元大統領ジスカール・デスタンも「大虐殺をした者を保護している」と非難しています。
七月初め、RPFがブタレとキガリに進入すると、百万人以上のフツ族住民がリーダーの後を追って西へと逃げ難民キャンプが作られます。
あれだけの虐殺を行った訳ですから、当然激しい報復が自分達に及ぶとフツ族住民は考えました。
しかし、難民キャンプはルワンダで虐殺を行った武装したフツ至上主義者が支配するところとなって、ここを拠点とした攻撃が続き、住民の帰還も実力で阻止され、長くルワンダ安定の足かせとなります。
こうした事情でフランスとフツ族指導者は虐殺前も、虐殺後も深い絆があって、ハビャリマナ大統領殺害でカガメ現大統領の側近9人を国際手配するとか、また、それに反発するルワンダ現政権がフランスの虐殺関与を批判するといった流れになっています。
なお、フランスの介入を前向きに評価する立場からは、下記問答の回答者DieMeuteさんのような意見もあります。http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3421762.html
ただ、フツ至上主義者による虐殺行為が明らかになりつつあった時点で、少なくとも結果的には彼等を利するような形で介入したフランスの意図については、既得権益の保全などの目的があったのではないかとかんぐってしまいます。