(欧米主導のWTOに抗議するパキスタン女性 2005年 “flickr”より By ~MVI~
http://www.flickr.com/photos/bigberto/1349722364/in/set-72157594493607084/)
【交渉決裂】
約7年にわたる交渉が続けられてきている世界貿易機関(WTO)の多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)については、先月21日からの閣僚会合で、30か国以上の閣僚が貿易自由化を進めるため年内妥結をめざして調整を行いましたが、結局大枠合意に至らず交渉決裂となったことは周知のとおりです。
(1)コメなど高関税品目を多く抱える日本やEUが農産品の関税引き下げに消極的(2)アメリカは農業の国内補助金削減に抵抗(3)開発途上国は鉱工業品の関税引き下げに反発-という「3すくみの状態」のなかでの交渉でしたが、妥協点を見出すことができませんでした。
交渉終盤で事務局長が裁定案を示したことで議論が一気に収束に向かうとの期待も一時ありましたが、緊急輸入制限の発動条件をめぐり、農産品輸入国でもあるインド、中国が条件緩和を主張し、輸出国のアメリカと激しく対立して、決裂を決定付けました。
新興・途上国の中でも中国、インドが自由に緊急輸入制限を発動できるよう強く要請する一方で、輸出国のウルグアイやパラグアイは「制限が相次げば農業国は経済成長ができなくなる」と利害が対立。
大枠合意推進派のEU内でも、妥結に持ち込みたいマンデルソン欧州委員に対し、フランスのサルコジ大統領が批判を強め、フランスなど9カ国は、より良い条件が認められるまで妥協しないことを求めました。
アメリカも11月に大統領選挙を控え、国内に不利な交渉カードは切りにくい状況にありました。
こうした諸々の利害対立・条件が交渉を困難にしていました。
途上国における最近の食糧価格高騰による困窮も、各国の国内農業保護のガードを固くしたものと思われます。
【新興国の存在感】
交渉全体を通じて感じられた印象は、世界のパワー・バランスが確実に変化しているということです。
今回の交渉の流れを決めたのはブラジル、中国、インドという新興国でした。
温暖化に関する交渉もそうですが、もはやこのような新興国の意向を重視しないと世界は動かなくなっている・・・そのような感じを受けました。
ブラジルは今回の交渉で新興国の非公式な広報官の役割を果たしているとも言われ、アモリン外相は“傑出した交渉力”でアメリカの農業補助金削減を迫りました。
“世界の工場”中国は交渉合意による自由な世界貿易の振興によって一番のメリットを受ける“最大の受益者”とも目され、交渉での対応が注目されました。
このような交渉における“責任ある対応”が、今後の国際政治全般にも影響するのではないかとも期待されました。
しかし、交渉終盤の緊急輸入制限の問題でアメリカから名指しで批判されたことから強硬姿勢に転じ、各国の妥結ムードを一変させて決裂への流れをつくりました。
「不本意な合意をするより、成長途上の産業を守る道を選んだ」とも見られています。
中国とともに欧米諸国の前に立ちはだかったのがインドでした。
インドのナート商工相は交渉途中でインド国内の内閣信任問題で一時帰国しましたが、「ナート不在では協議は進まない」と言われたほどの存在感でした。
「緊急輸入制限の問題では、我々は20億人のために討議している」
ナート商工相は、零細農家が多く、自由化が進めば米豪欧など食糧輸出国の食糧・穀物会社に席巻されかねない食糧輸入の途上国33カ国で構成するG33の代表としての立場を強調しました。
【日本 決裂して安堵】
日本は・・・と言えば、一番こだわったのが関税削減幅を抑えられる“重要品目8%”の問題。
6%の場合、対象になるのは約80品目。コメ類だけで17品目あり、これに麦や乳製品類を加えると96品目になり6%のラインを超えてしまいます。
重要品目以外は関税を7割削減しなければならず、例えば、現在1706%の高関税を課しているコンニャク芋が重要品目から外れれば、税率は一気に約510%に下げないといけなくなります。
そうなれば中国など低価格のコンニャクの輸入量が急増するのは必至で、国内約4200戸のコンニャク農家には死活問題となります。
そういう事情で“重要品目8%”死守の線で各国に働きかけましたが、結局各国の同意が得られず、議長案の「4%」プラス「2%」(低関税の輸入枠を増やすことで上乗せ)の「最大6%」の線でやむなしという状況でした。
“交渉が決裂して日本代表はむしろホッとしているのでは・・・”と冗談半分で思ったのですが、実際まさにそんなところだったようです。
「日本が交渉を壊したわけではないし、本当によかった。」(自民党政調幹部)
わかりやすいと言えばわかりやすい発想ですが、“じゃ、なんのためのWTOなのか?”“そんな目先のことで喜んでいていいのか?”と不安にもなります。
交渉をまとめないと「世界の自由貿易体制にも影響が出かねない」との危機感をもって各国が交渉に臨んでいたのではないのか・・・。
【WTO交渉の重要性】
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加盟152カ国・地域には、交渉開始で結束した原点の思いに立ち返り、英断を下してもらいたい。
このところ米国経済が落ち込んでいるが、世界全体はまだ大丈夫だ。中国やインドなどの新興国が、成長のエンジンになって引っ張っているためだ。これはまさに、過去の貿易自由化や経済のグローバル化のお陰である。WTO交渉は、こうした成長のエンジンを世界中でもっと増やし、貧困国の発展を促すものだ。
成功の恩恵は極めて大きいが、6年半に及ぶ交渉は難航を重ねた。取り扱う分野が農産物から鉱工業品、サービス、知的財産権まで多岐にわたる上、先進国から最貧国まで多数の国が参加しているため利害が複雑に対立する。「全会一致」を原則とすることから何度も暗礁に乗り上げた。
しかし、今度こそ待ったなしだ。米国の新政権発足など主要国の政治日程や交渉長期化による疲弊もあり、年内合意がなければ、数年、停滞する恐れがある。最悪の場合、交渉自体が崩壊しかねない。その年内の最終合意には、今会合での大枠合意が不可欠なのだ。
実は今、そうした結束がかつてないほど重要になっている。原油や食料の国際価格が暴騰し、世界各地でインフレと景気悪化の懸念が高まっている。皆が内向き、自己優先に陥りかねない環境ができつつある。ここで自由化のアクセルを強く踏まないと保護主義、反グローバル主義の台頭に押されてしまう。交渉決裂の損失は甚大だ。
WTOが失敗しても、2国間や地域ごとの自由化交渉があるではないか、との意見もあろう。だが、限られた国の自由化は、除外された国を差別することに他ならない。特に、低開発国はそうした会員限定型自由化から漏れて、発展から取り残されてしまう。多数の国が多岐にわたる分野で一括合意するWTOの自由化は、一時的な資金援助をはるかにしのぐものとなる。
ジュネーブで交渉にあたる閣僚と、彼らの本国で最終決断する首脳らの責任は重い。目の前の狭い利益にとらわれず、地球規模の意義を最優先してほしい。 【7月21日 毎日】
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【望まれる理念再確認】インド・中国という新興国はまさにWTOのもたらす貿易自由化、グローバル経済の恩恵を受けて急成長している国です。
日本なども国際的な交易が立国の基本にあることは言うまでもないところです。
その点で、今回激しく対立した欧米と新興国は利害を同じくする立場にあり、冷静に考えると何らかの妥協も可能ではないかと想像されます。
恐らく問題は、そのようなグローバル経済が途上国・貧困国にもたらす影響ではないでしょうか?
グローバル経済は途上国・貧困国の住民にとって本当にメリットになるのか?
メリットを阻害しているのは何なのか?
メリットを生かすためにどういう措置が必要なのか?
そうした協議が必要なのでは。
経済問題は立場によって大きく意見がわれやすい問題ですが、極力政治的な立場から離れて、なるべく客観的に世界貿易の振興の各国経済にとっての重要性を論じ、措置すべき課題があるとすればそのコストを誰がどのように負担すべきか・・・そうした世界経済のあり方についての認識を一致させる協議の場が必要であるように思えます。
“タフ・ネゴシエター”と評価されるような政治家が腕まくりしていたずらに相手をねじ伏せようとしても、あまりよい結果は得られないのでは。
コンニャク農家をどうするかという問題は、世界経済のあり方に関する大枠の理念を明確にしたうえで、国内的に対応すべき問題でしょう。