孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

中国  地方行政から中央幹部まで横行する腐敗・不正 アモイ事件・四川大地震復興事業・陳光誠氏問題

2012-05-21 22:47:53 | 中国

(1989年5月19日の早朝、天安門広場でハンストを続ける学生に、涙を流しながら「学生諸君、我々はもっと早く来るべきだった。皆さんに申し訳ない」と拡声器を手にして話す趙紫陽。その隣で正面を向いているのが、当時中央弁公室主任の温家宝。改革派の胡耀邦に師事し、趙紫陽失脚後もしぶとく生き残った温家宝首相ですが、その首相任期最後にあたり政治改革に力を入れているとも・・・。ただ、壁は厚そうにですが。)

アモイ事件:中央幹部の関与は封印されるのか
中国建国以来最大の汚職事件とされる「アモイ事件」で、カナダから強制送還された主犯格の頼昌星被告(53)に無期懲役刑が言い渡されました。

アモイ事件(遠華密輸事件)については、11年7月24日ブログ「中国 「アモイ事件」主犯中国送還に見る国内権力闘争の一端」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20110724)でも取り上げたように、1996年から1999年にかけて、頼昌星を総裁とする遠華電子有限公司という貿易会社が、約800億元とも言われる関税を脱税したとされている事件です。

主犯の頼昌星氏は、地元政府、税関、公安当局高官、軍人らに高額の賄賂を贈りながら中央政府幹部まで買収し、人民解放軍の艦船に密輸船を保護・先導させて堂々と石油、たばこ、自動車など、巨額の物資を海外から密輸していたとされていますが、その実態は明らかではありません。

江沢民前国家主席側近の関与も噂されていますが、当時の江沢民政権は、政権中枢を揺るがしかねない事態を避けるため、政権中枢の関与は執行猶予付き死刑判決を受けた李紀周・元公安次官以外は公表されないまま封印されたとも言われています。

頼昌星氏が中国へ送還され裁判にかけられることになった背景には、権力中枢におけるで江沢民率いる上海閥の影響力低下があるとも、また、頼昌星氏を中国国内に置くことで、胡錦濤派が頼氏の供述をカードとして使い、党大会人事などで上海閥の動きを牽制することができる・・・といった、党中央における権力闘争絡みの観点が指摘されてもいます。

****収賄10人超に死刑、贈賄側は無期 中国最大の汚職事件****
中国建国以来最大の汚職とされる「アモイ事件」で、福建省アモイ市中級人民法院(地裁)は18日、主犯格の頼昌星被告(53)に無期懲役刑を言い渡した。収賄側の官僚ら10人以上に死刑判決が出ている。中国共産党の最高指導部の親族の関与が取りざたされる事件の全容はなお未解明だ。

頼被告は貿易会社「アモイ遠華集団」の元社長。密輸と贈賄の二つの罪で有罪となった。
国営新華社通信によると被告は、1991年からアモイや香港などにネットワークをつくり、95年から99年の間に自動車や石油製品、たばこなどを密輸入した。判決は密輸額273億元(約3400億円)、脱税額約140億元(約1750億円)と認定した。

頼被告には、地元だけでなく中央政府の幹部らの後ろ盾があったとされる。判決は、国の幹部ら64人に不動産、車などを含めて約3900万元(約5億円)相当の金品を贈ったとした。
収賄側の当時の公安省次官やアモイ市副市長、アモイ税関長ら少なくとも10人には死刑判決が出て一部は執行された。密輸にからむ量刑の見直しもあり、頼被告は無期懲役だった。

■党幹部側と親密関係
アモイ事件の処理のあり方は、中国最高指導部の権力闘争に影響を与える可能性があるとして注目されてきた。
なかでも、共産党の序列4位の賈慶林(チア・チンリン)全国政治協商会議主席の妻は、頼被告と密接な関係があったとされた。妻は当時、福建省の国有貿易企業の首脳で、頼被告自身が、香港誌「亜洲週刊」などに親密だったと明らかにしている。
賈氏は、江沢民前国家主席の引きで最高指導部に入った人物だ。頼被告は、賈氏本人との関係については「贈り物をしたことはある」としつつも、「協力を求めたことはない」としていた。

とはいえ、頼被告が密輸や脱税に手を染めていた時期に賈氏は福建省トップの党委書記を務めていた。習近平(シー・チンピン)国家副主席や賀国強(ホー・クオチアン)中央規律検査委書記も、同じような時期に福建で要職にあった。

頼被告は99年にカナダに渡り、拷問や死刑の危険があるとして保護を求めた。「逃亡生活」は12年に及んだ。
香港紙明報によると、江前国家主席は01年に頼被告の引き渡しを求めた際、死刑にしないとカナダ首相に語ったという。07年には中央規律委幹部も死刑にしないと明言。11年5月には武器などを除く一般物資の密輸での死刑が廃止され、直後に頼被告は中国に強制送還された。【5月19日 朝日】
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事件当時の福建省では、記事にある共産党の序列4位の賈慶林氏が93~96年に省党委書記の地位にありました。
また、次期国家主席の習近平氏も、95~02年に省党委副書記を務めています。
共産党の序列8位の賀国強氏も、96~99年にやはり省党委副書記を務めています。
これだけ大掛かりな事件に、当時の福建省指導部が全く関与していなかったというのは、どうでしょうか・・・。

権力闘争の“カード”に利用か
しかし、おそらく共産党支配体制を揺るがしかねない党中央幹部の関与が表に出ることはないのでしょう。
仮に、何らかの関与が取り調べ段階で判明したら、それは権力闘争における“カード”として利用されるのでしょう。コップの中で争いはしても、コップそのものを壊す共産党幹部はいない・・・とも言われています。

今秋の指導部交代を控え、最近、重慶市トップの薄熙来氏失脚を巡る騒動や、詐欺罪などで死刑判決が確定していた中国南東部の浙江省の女性実業家、呉英被告に対し、最高人民法院(最高裁)が刑執行直前に審理を高裁に差し戻すとの決定(事件当時の浙江省トップは習近平氏)など、党中央の権力闘争へ影響しそうな事案が続いています。

総じて、江沢民氏や習近平氏に対し、胡錦濤氏の勢力が有利な“カード”を手にする展開のようにも思えますが、部外者には窺い知れないものがあるのかも。

つい先日も、江沢民氏に近いとされ、薄熙来氏を擁護したとも言われる、共産党序列9位の周永康政治局常務委員(治安担当)の名前が今秋の共産党大会に出席する河北省の代表者名簿に載っていないということで、「落選」か・・・とも報じられましたが、結局“新疆ウイグル自治区の代表に満票で当選したことが分かった”とのことでした。北朝鮮ほどではないですが、中国の党内部の権力闘争はよくわかりません。

【「みんなで分けよう。しょせん国の金だから」】
そうした権力闘争に関する部分はよくわかりませんが、共産党支配体制にあって、地方末端から中央幹部に至るまで、腐敗が横行している状況はよくわかります。

四川、陝西、甘粛の3省で死者6万9千人、行方不明者1万8千人を出し、500万人が家を失った四川大地震(08年5月)からの復興においても、行政による不正、汚職、むだ遣いが指摘されています。

****スピード復興、不正の温床 中国・四川大地震から4年****
中国の四川大地震から4年。中国政府は被災地に巨額の支援を注ぎこみ、公共施設や住宅のスピード再建を成し遂げたと誇る。だが、復興資金を巡る行政のむだ遣いや汚職も徐々に表面化。偽りの災害指定を受け、地方政府が補助金をだまし取った疑惑も浮上している。

■補助金狙い 被害でっち上げ
四川省成都市から車で2時間半、山あいに田畑が連なる射洪県。甚大な被害を受けた地区の一つとして、2009年に「重大被災地区(重災区)」の指定を受けた。震源から約180キロ。地震の揺れは震度4程度だった。
「近所で倒れた建物はない。重災区なんてうそです」。同県明星鎮の農民、陳永高さん(54)たちはそう告発する。

重災区に指定されると、倒壊家屋1戸につき1万6千~2万3千元(約20万~29万円)が国から再建補助金として支給される。これを狙った虚偽の申請だったとの訴えだ。
陳さんたちの調べによると、県政府がまとめた補助金の申請一覧には、ゼロのはずの倒壊家屋が192戸と記されていた。補助金は計400万元(約5千万円)に上るが、住民の多くは受け取っていない。名前が勝手に使われて地震被害が申請されていた。

地元捜査当局が動き、不正は次々に明るみに出た。
「あなたには4千元をあげるから、残りの1万5千元をみんなで分けよう。しょせん国の金だから」。不正申告した補助金1万9千元(約24万円)の山分けを地元幹部から誘われたという住民の証言が、捜査当局の調書に残る。

全国から集まった義援金や、重災区の被災者全員に配られるはずの1日10元(約125円)の生活補助費もどこかに消えていた。申請書には地震前年に死亡した人の名前も使われていた。地元幹部2人が汚職容疑で逮捕された。
ところが、そこで捜査は突然中止された。他の地区で起きた同様の疑惑はうやむやのまま。捜査当局者は「上から命令があった」と住民に伝えたという。

虚偽申請の疑惑は、明星鎮にとどまらず、県ぐるみの疑いに拡大している。
同県の大于鎮。広大な田畑が地震の年、農民の反対をよそに工業団地用の更地になった。被害のない農民の住宅が倒壊家屋として申請されたのだ。
住民には国の補助金平均2万元(約25万円)が渡されたのみ。「開発業者と県政府は、地震を利用して我々を追い出した」と黄遠倫さん(53)は訴える。
同県内で倒壊や重大な被害を受けた住宅は1万7227戸とされ、支払われた補助金は2億4千万元(約30億円)に達する。

県政府の担当者は、各鎮の申請書類に基づいて倒壊家屋を認定したと主張。「すべて見たわけではないが、絶対に倒れている。補助金も確実に住民に渡った」と朝日新聞に話した。(中略)

震災地の地元政府幹部の汚職疑惑も相次いでいる。
四川省政府は昨年3月までに幹部559人を取り調べた。地震で多くの死者が出た綿陽市では昨年5月、廖明副市長が解任された。自宅から1億元(約12億5千万円)を超す現金や骨董(こっとう)品が見つかり、都市計画事業との関連が疑われている。同省広元市や楽山市でも災害復興にあたった副市長がすでに解任されている。【5月15日 朝日】
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この種の、中国における地方行政の腐敗は、常に、いろんな問題で指摘されるところです。
よくわからないのは、そうした地方の腐敗・横暴をどうして党中央がコントロールできないのか、あるいは、中央も何らかの形で関与しているのか・・・というあたりです。

地元当局などが年間約1千万元かけ、部外者の排除を託す
「盲目の人権活動家」陳光誠氏と妻、2人の子供はニューヨークに到着しました。
陳光誠氏の出国にあたり、早い幕引きを図りたい中国当局はアメリカとの関係にも配慮して、異例の対応を示していますが、陳氏の母親・親族への圧力は続いているとも報じられています。

****帰れ」取材車囲み蹴る 中国・陳氏軟禁の村ルポ****
中国の「盲目の人権活動家」陳光誠氏と妻、2人の子供がニューヨークに到着した20日、記者は陳氏が自宅軟禁されていた山東省東師古村へ向かった。
一人っ子政策のもとでの当局の中絶強要を告発した陳氏や妻は、2010年から多数の監視役の男たちに自宅や村を取り囲まれ、暴力もふるわれた。同村には今も陳氏の母親や親族が住んでおり、会って話を聞きたいと思った。

20日朝、記者が同村がある臨沂市の空港に到着すると、3人の男女に指さされ、「安全検査」と書かれた制服を着た職員に呼び止められた。飛行機の搭乗券で名前を確認された。その後、記者の車は黒い車にずっと後をつけられた。
空港から北西へ約70キロ。幹線道路から東師古村に入る細い道の入り口まで来ると、麦わら帽子や野球帽をかぶった男6人が立っているのが見えた。

細い道を入ろうとすると、車が男たちに取り囲まれ、「今すぐ帰れ」と怒鳴られた。用件や身分を尋ねられることもなく、外に出ようとすると、4人がかりで車の左右を蹴られた。
やっと車から外に出ると男たちは一斉に突進してきた。服を両手でつかまれ、「お前は招かざる客だ」。何者かと聞いても、「村人だ」と言うのみだ。胸を何度も突かれ、腕も引っ張られた。そして、頭から車の中に放り込まれ、ドアを閉められた。
車を発進させ、逃げようとする際、窓から体を乗り出し、夢中でシャッターを押した。

こうした監視役の男たちの存在は、陳氏や親族に対する村内での不当な対応が外部に漏れることを防ぐため、部外者が村内に入り込まないようにするものとみられるが、はっきりしたことは分からない。
これまでも多くの外国人記者や支援者が陳氏の自宅を訪ねようとして、監視役たちに阻まれ、時には暴行を受けてきた。陳氏が出国しても、状況は何も変わっていないようだ。

陳氏を山東省から救出した支援者の何培蓉氏によると、監視役は別の村から1日100元(約1250円)で雇われ、約120人がシフト制で勤務。地元当局などが年間約1千万元(約1億2500万円)かけ、部外者の排除を託すなどしているのだという。

米政府系のラジオ局ボイス・オブ・アメリカによると、陳氏の母親は今年78歳。心臓などに疾病があるという。陳氏は「母親は以前、具合の悪いときに病院に行くことも許されなかった」と語っていた。
また、陳氏のおい、陳克貴氏は故意殺人容疑で逮捕されたまま、動静は不明だ。克貴氏の母親も一時連行されたとの情報がある。
朝日新聞は20日、村にいる陳氏の複数の親族に電話をしたが、つながらなかった。【5月21日】
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法律に優先する権力の意向
日本的感覚からすれば“無法”としか思えない地元当局の対応は、どういう法的根拠があるのか?
おそらく、法律より権力の意向が優先する社会なのでしょう。(中国憲法では共産党が憲法の上位に位置ずけられているそうですから、そもそも法治主義が存在していないとも言えます)
こうした地方の事態を中央が知らない訳はありませんが、中央はどのように判断、あるいは関与しているのか?

政治改革に言及することが多い温家宝首相のもとで、リベラルな知識人や官僚たちが、“共産党が憲法に従う”という一文を党規約・憲法に加えるべきかを検討している・・・とも報じられています。【5月23日号 Newsweek日本版】

日本では当たり前のようなことも、中国共産党の論理に照らすと全く違った判断ともなるのでしょう。
ただ、こうした地方行政の腐敗・横暴の横行が続き、中央もそれに関与しておりコントロールできないというのであれば、やがて共産党支配という“コップ”にも大きなひびが入るのではないでしょうか。
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タイ  個人的人気が続くインラック首相 「タクシン・反タクシン」と「深南部」での“国民和解”の課題

2012-05-20 21:07:47 | 東南アジア

(4月21日 メコン川流域5カ国首脳を東京に迎えて開かれた、日本・メコン地域諸国首脳会議でのインラック首相 晩餐会後、コイに餌をやっているところのようです。むさくるしいオジサン政治家の中ではその存在が際立ちます。隣の野田首相が好色なジジイに見えてしまいます。(失礼) “flickr”より By DTN News  http://www.flickr.com/photos/dtnnews/7098849281/ )

満足度69%
タクシン元首相支持派と反タクシン派の間で確執が続くタイでは、昨年7月の総選挙でタクシン元首相の妹であるインラック氏がその初々しさもあって「インラック旋風」を巻き起こし、タクシン派のタイ貢献党が勝利しました。そして、8月には、インラック氏がタイ初の女性首相となりました。

就任直後に襲ったタイ大洪水ではその指導力に疑問の声も出ていたインラック首相ですが、その個人的人気はまだ衰えていないようです。

タイ国立開発行政研究院(NIDA)が、4月18日に発表した世論調査結果(有効回答数1,245名)によると、今年1~3月のインラック首相の仕事に対する満足度は、68.5%と高率だったそうです。
地域別には、バンコク首都圏59.8%、中部69.2%、北部79.9%、東北部78.6%、南部54.8%となっており、さすがにタクシン派の“地盤”である東北部・北部では非常に高い数字になっています。

物価上昇・作物価格低迷で国民に不満も
しかし、タイ事情に詳しい方のサイトなどを見ると、最近の物価上昇で政権への批判が高まってもいるようです。
先日は、野党や一般消費者団体から、急激な物価上昇により一般庶民が苦しんでいるという陳情を受けたインラック首相が市場などを視察した後、「一部の食材以外では目立った価格高騰は見られなかった」との発言を行ったということで、「金持ち首相には庶民の感覚がわからない」との批判を招いていることが報じられているそうです。首相側は、真意を伝えていないと反論していますが。【「ウチャラポーンの日記」(http://plaza.rakuten.co.jp/veryberry23/diary/201205100000)より】

また、物価上昇と作物価格の低迷によって、その東北部農民の間にも現政権への不満が広がっているとの報告もあります。
****現政権に支持基盤である東北部赤シャツサポート層が不満****
商品作物市況の低迷の一方で、物価がじわじわ上がってきている。
東北部の農民を中心とする赤シャツ支持層のタイ貢献党離れが一部始まっているようだ。

タイ東北部サコン・ナコーン近郊の村では主要産品タピオカの価格が下落しているが、「前民主党政権の時は、保障価格キロ3バーツでどこでも売れたが、現政権では、保障価格キロ1.95バーツでは、一部の割当量しか売れない」と、耕作者は嘆いている。

また、「なぜ、プー(かに。インラックの愛称)首相は、助けに来てくれないのか」という声も聞かれるという。
政府は、いま黄シャツ隊グループとの和解努力に忙しいが、村民の生活を見るのが第一だろうと、不満を募らせている。

タピオカだけでなく、コメやゴムをはじめ、農作物で市況の低迷しているものが多い。政府の市況底上げ努力は成功していない。
一方で、燃料価格、子供の通学バスの価格、食品価格は、賃金アップもあり、上がってきている。【5月14日 チェンマイUpdate (http://uccih.exblog.jp/15863935/) 】
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【“政敵”訪問と赤シャツ隊の不満
“政府は、いま黄シャツ隊グループとの和解努力に忙しいが・・・”ともありますが、タクシン派と反タクシン派に分断された国民感情を統合していくこと自体は、インラック政権に課された最大の責務ではあります。
先月、インラック首相は、タクシン元首相を追い落とした「クーデターの黒幕」と言われる、反タクシン派の中心人物のプレム枢密院議長を訪問しています。

****タイ首相、兄の政敵を訪問 和解への地ならし****
タイのインラック首相は26日、プミポン国王の側近のプレム枢密院議長をバンコク市内の自宅に訪ねた。議長は、首相の兄で、亡命生活を送るタクシン元首相が「クーデターの黒幕」と名指しした政敵。タクシン氏が帰国の意欲を高める中で和解への地ならしではないかとの見方が出ている。

面会はタイ正月のあいさつとされ、副首相3人も同席した。途中からは2人きりで話をしたものの、内容は明らかになっていない。
タクシン氏の帰国に向けては、国王の恩赦や恩赦を可能にする法律の制定などが模索されており、その意向が強く働くプレム氏との和解が欠かせないとされている。【4月27日 朝日】
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“国民和解”というよりは、“タクシン復帰”が直接の狙いではあるようですが、結果として“和解”ともなるのでしょう。
ただ、タクシン支持派の「赤シャツ隊」にとっては不倶戴天の敵でもあるプレム枢密院議長との和解がすんなり受け入れられるでしょうか?
約90名の死者まで出したバンコク都心部占拠の終結から2年、タクシン派内部にも不満が鬱積しているようです。

****タイ:タクシン派3万人が首都で集会****
タイのタクシン元首相派「反独裁民主戦線」(UDD)によるバンコク都心部占拠の終結から2年を迎えた19日、UDDは都心部で3万人を超える大規模集会を開いた。
会場はUDDのトレードマークである赤シャツを着た支持者で埋まった。「同志の死を無駄にしない」と書かれた横断幕が掲げられ、治安部隊との衝突で死亡した犠牲者の追悼式が行われた。

タイは昨年7月の総選挙でタクシン派が与党に返り咲き、タクシン氏の妹のインラック首相が誕生した。
ただ、占拠デモを武力鎮圧した軍の責任追及は進まず、UDD内でもインラック政権への不満が高まりつつある。
バンコク近郊のノンタブリ県から集会に参加した男性(46)は「首相は野党側との和解を進めようとしているが、軍の責任追及が先だ」と話した。

10年のデモでは、治安部隊との衝突で日本人カメラマン、村本博之さん(当時43歳)を含む約90人が死亡した。【5月19日 毎日】
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“和解”に向けたインラック首相の舵取りは非常に難しいものがあります。

深南部で続く対立の構図
冒頭で取り上げたインラック首相の仕事ぶりへの評価については、問題別にみると、その満足度は「麻薬・犯罪対策」67.9%、「経済・雇用対策」48.8%、「汚職対策」29.1%、「政治和解策とデモ対策」28.6%、「深南部3県のテロ対策」20.9%となっています。

「政治和解策とデモ対策」も厳しい評価(タクシン派・反タクシン派、どちらサイドの不満を表すものか、その内容はよくわかりません)ですが、それ以上に低い評価がなされているのが「深南部3県のテロ対策」です。

これまでも何回か取り上げてきたように、タイが抱える大きな課題は、上述のタクシン派・反タクシン派の確執と、もうひとつは“深南部”と呼ばれるイスラム系住民が多い南部地域における宗教対立です。
最近の情勢については、4月2日ブログ「タイ深南部、止まぬテロ 繁華街で連続爆弾テロ」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20120402)でも取り上げました。

そのタイ深南部における、少し変わった側面からの記事がありました。

****サッカーが架け橋になるタイ南部、仏教系とイスラム系和解への道****
仏教国タイの中でイスラム系が多数派を占める南部では、イスラム系過激派による仏教徒系住民への攻撃が多発するなど不穏な情勢が続いている。
こうした中、サッカーに対する情熱を共有することで和平につなげようという草の根の努力が実を結びつつある。

サッカーのタイ2部リーグに属するパタニFCの練習用グラウンドでは、選手たちがパスと同じくらいの速さで冗談を交わしながら、ボールを蹴っている。世界のどこのサッカークラブでも普通に見られる光景だ。だが、ここパッターニは、これが普通ではない特殊な環境にある。
パタニFCの本拠地は、イスラム系反政府勢力の活動の激震地にあるのだ。ここでは仏教系、イスラム系を問わず住民を狙った爆弾攻撃や銃撃が日常化しており、2004年以降これまでに5000人以上が犠牲となっている。

ピッチ外では暴力が繰り広げられているが、パタニFCの選手たちにとって、最も大事なことはゴールを決めることだ。
イスラム系のサマエル・サマ選手は「イスラム教徒だとか、仏教徒だとか、クリスチャンだとかは関係ない。ぼくらは皆、友人同士だ」と語る。
 
解決不可能とも思われる南部でのイスラム系勢力との対立にタイ政府が手をこまねいている間、地元では和平への歩みが始まっていた。
サッカーはタイ人の間でムエタイに次ぐ人気を誇るスポーツだ。しかも南部でのサッカー人気は熱狂的で、普段は分裂しがちな仏教系とイスラム系の住民たちが混ざり合う、極めて貴重な機会を提供している。「パタニの人々は、どんなに遠くに住んでいようが、(反政府勢力による)爆弾攻撃があろうが、必ずサッカーの試合を見にやってくるんだ」と、タイ北部出身で仏教徒のPisanurak Uthakang選手は話す。

■対立の構図から抜け出すために
前年に就任したインラック・シナワット首相は選挙運動中、政情不安が続く南部のヤラ、パタニ、ナラティワート3県に自治権の拡大を約束していた。
だが1年近くを経ても約束は果たされず、3県では2005年以来、非常事態宣言が出されたままだ。証拠がなくとも容疑者を30日間拘束できる非常事態宣言に、地元の人々は深い不満を抱いている。

イスラム教徒が多数派の地域であるにもかかわらず、知事や軍幹部らは地域外から任命されて来た仏教徒が多いことにも、地元のイスラム系住民たちは怒りを募らせる。タイ政府はイスラム系武装勢力との和解を試みてきたが、対立から抜け出す道筋は見出せずにいる。

インラック首相は4月下旬、南部の宗教指導者たちおよび軍高官らと会い、地域の緊張緩和のために教育と小規模事業、そしてスポーツに資金を注入すると約束したが、平和運動家たちは信用していない。「平和のための南部女性連合」を率いるHuda Longdewaaさんは「最も大きな問題は戒厳令下で軍の兵士が大量にいることです」と訴える。

■モスク訪れる兵士たち
しかし政府が苦悩する一方で、地元による和平に向けた努力は軌道に乗りつつある。
パタニ県のバングマ村では、兵士たちが1か月前から毎週、モスクを訪れ、村のイスラム教指導者と共に宗教間の対立について話し合ったり、イスラム教の基本や方言のヤウィ語を習う試みが続けられている。今では地元経済の問題に関する認識も共有し、高齢者へ医薬品を配布する活動も行っている。

地元のイスラム教指導者は「イスラム教をよく知らなかった彼らが地域の伝統を学びに来て、イスラム教を理解しようとしてくれている」と述べ、試みを歓迎した。【5月18日 AFP】
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サッカー選手間の協調も、一部兵士の取り組みも、喜ばしいことではありますが、自治権の拡大の約束、非常事態宣言の取り扱い、知事や軍幹部の任命の問題・・・など、根幹的なところでは対策が進んでいないようです。

兄タクシン元首相の帰国・復帰という十字架を背負いつつ国政に取り組むインラック首相に、タクシン派・反タクシン派の間の“国民和解”という難題に加えて、深南部での仏教徒・イスラム教徒の“国民和解”を期待することはあまりにも酷ではありますが、立場上どうしても取り組んでもらわねばならない課題です。
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トルコ  シリア問題解決をリードしたい思惑はあるものの・・・ 増加する難民、頑ななアサド政権に苦慮

2012-05-19 21:26:12 | 中東情勢

(シリア国境のキリス郊外の難民キャンプ コンテナが並び“Container City”とも呼ばれています。
本文【5月18日 毎日】にある“仮設住宅”というのは、このコンテナ群のことでしょうか。
“粗末なテント村”という難民キャンプのイメージより、はるかに快適そうなのは間違いありません。
“flickr”より By FreedomHouse2 http://www.flickr.com/photos/syriafreedom2/6951694634/ )

医療・食事は無料 生活費も支給
近年とみに中東地域での存在感を強めており、「アラブの春」ではイスラム民主主義のモデル国とも見られているトルコですが、反体制派への武力弾圧を強めるシリアのアサド政権を強く批判し、ひいてはシリアと友好関係にあるイランとも対立を強めていることは周知のところです。

****イラン:トルコとの関係悪化 アサド政権への対応めぐり****
友好関係にあった中東の2大国イランとトルコが、反体制派への武力弾圧を強めるシリアのアサド政権への対応を巡って対立し、両国間の亀裂が広がっている。トルコは、核開発問題で対立するイランと米欧諸国の間で仲介役を務め、今月13日にトルコでの核協議開催が決まりかけていたが、アサド政権批判を強めるトルコに対してイランが反発。イランが会場変更を求める事態に発展している。

トルコのイスタンブールで1日に開かれたシリア反体制派の支援国会合には米欧やアラブ諸国が多数参加。アサド政権への圧力を確認する場となった。これにシリア政府を支援するイランが反発。ラリジャニ国会議長は3日、「(イランと敵対する)イスラエル支持者ばかりの会合だ」と、トルコを暗に批判。関係悪化を象徴した。【4月7日 毎日】
**********************

シリアの北に隣接するトルコは、2万5000人にも及ぶシリアからの難民を受け入れています。
“難民”キャンプというと、粗末なテントが立ち並ぶ悲惨な光景をイメージしますが、下記記事が伝えるトルコのシリア難民キャンプの様子は、それとは相当に違っており驚きました。

****シリア:難民「家、食料より国がほしい」トルコのキャンプ****
「ほしいのは、家でも食料でもない。国だ」。アサド政権の武力弾圧から逃れてきたシリア人男性が訴えた。隣国トルコ南部キリスの難民キャンプ。「停戦」中のはずの古里では戦闘が続き、犠牲者は後を絶たない。「政権が倒れるまで帰らない」。地雷原を抜け脱出した父親がつぶやく。故国への渇望と、暴力への恐怖のはざまで、難民たちは生きていた。

トルコ政府の許可を得て14日に訪れたキャンプには2000戸の仮設住宅が整然と並び、約1万500人のシリア人が暮らす。学校、病院やモスク(イスラム礼拝所)、品ぞろえ豊富なスーパーもある。難民のほとんどがシリア北部イドリブ県のイスラム教スンニ派だ。アサド大統領の出身母体で支配層の少数派アラウィ派はいないという。

昨年6月に出国した教員のマフムード・ムーサさん(41)は、家族4人で21平方メートルの仮設住宅で暮らす。2部屋でトイレやシャワーもある。電気、水道、医療費、3度の食事も無料だ。トルコ政府は各家族に月400ドル(約3万2000円)の生活費まで支給する。
住宅の屋根には各自が購入した衛星放送のアンテナも目立つ。ムーサさんは「ここでは一日中いつでもお湯が使える。停電や燃料不足のシリアでの生活よりいいぐらいだ」と笑顔を見せた。

キャンプの出入りは原則自由でシリア側との行き来も可能。だが、目と鼻の先の国境の向こうでは、当局の弾圧や政府軍と離反兵士らの衝突が続く。15日には国連停戦監視団までイドリブで戦闘に巻き込まれた。負傷者はなかったが移動車両が損傷し、反体制派に一時保護されたという。

反体制団体「シリア人権観測所」によると民間人の死者は16日だけで約40人。昨年3月の騒乱本格化以降では推計1万人超。簡単に帰れる場所ではない。

「家より、食べ物より、本当にほしいのは祖国なんです」。ムーサさんの声に、望郷の思いがにじんだ。
シリア北部アレッポ近郊の菓子店経営、マフムード・ハンザルさん(31)。家族7人で政府軍の検問所を迂回(うかい)し、国境の地雷原を歩いて13日にキリスについた。「アサド政権が倒れるまで帰らない」と疲れ切った様子だ。

トルコ外務省によると、国内7カ所のキャンプで約2万2500人のシリア人が生活する。難民はレバノン、ヨルダン、イラクにも流れており、国連機関によると全体で約7万人に達している。
アサド大統領は16日、友好国ロシアのテレビで「混とんの種をまいている」と外国の「介入」を批判。反体制派を「テロリスト」と切って捨てた。

シリアに対しては欧米やサウジアラビアなどの一部アラブ諸国が民主政権への移行を要求する一方、ロシアや中国、イランが「シリア人同士の話し合いによる事態解決」を主張してアサド政権を支援。中東の民主化運動「アラブの春」の影響で始まったシリア騒乱は、開始から14カ月を経ても出口が見えない。【5月18日 毎日】
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仮設住宅に学校・病院、医療・食事は無料、生活費まで支給・・・驚くほどの厚遇です。
「停電や燃料不足のシリアでの生活よりいいぐらいだ」というのは正直な感想でしょう。
もちろん、1日も早く故郷に戻りたいという難民の思いは強いのでしょうが。

自由シリア軍を庇護下に置くとともに、勝手な行動を取らぬよう監視
シリア難民だけでなく、アサド政権打倒を目指す離反兵らの武装組織「自由シリア軍」もトルコ領内に拠点を置いて活動しています。

****袋小路の打倒アサド武闘路線 自由シリア軍拠点ルポ****
シリアのアサド政権打倒を目指す離反兵らの武装組織「自由シリア軍」がトルコ南部に置く拠点に2日入った。取材に応じた幹部は国際社会の武器支援を訴え、不利に傾く戦況に焦りの色を濃くしていた。
ただ、反体制派の在外代表組織「シリア国民評議会(SNC)」と同様、同軍も国内反体制派との連携を欠く上、主導権争いが顕在化。武装闘争路線は袋小路に入り込んでいる。

政権側の攻撃を逃れた約1万7千人が避難しているトルコの南部アンタクヤ。その郊外に点在するシリア人キャンプの一つ、アパイデンには、自由シリア軍の指導部や、一部の戦闘員とその家族らが暮らすテントが立ち並んでいた。

作戦基地だというこのキャンプの門では、警備のトルコ兵が人の出入りに目を光らせる。アサド政権を強く批判しつつも国境付近での戦闘激化は避けたいトルコには、自由シリア軍を庇護(ひご)下に置くとともに、勝手な行動を取らぬよう監視する目的があるとみられる。

「いま必要なのは、対戦車砲や携行式の地対空ミサイルだ」。会議用のプレハブ小屋で会見した自由シリア軍ナンバー2のクルディ大佐は、こう力を込めた。
同軍は、3月に西部ホムスの拠点を政権側に制圧されて以降、各地で撤退を続け苦戦を強いられている。

もともと同軍は「少数部隊が各自で自由に活動する」(別の幹部)ネットワーク型組織の性格が強く、指揮系統は確立されていない。装備も脆弱(ぜいじゃく)なため、現在は戦車やヘリで攻勢を強める政権側によって各個撃破されているといい、大佐の言葉には焦りがにじむ。

カタールなど湾岸アラブ諸国が武器供与を主張してはいるが、イラクなど周辺国には、それらが国際テロ組織アルカーイダ系勢力に流出することへの懸念が強い。アナン前国連事務総長が暴力停止に向けた調停努力を続ける中、指導部が望む武器を質・量ともにそろえるのは難しいといえる。

組織運営の問題も多い。2月に、政権軍からの離反では最高位のムスタファ・シェイフ准将一派が独自の組織を結成。その後、自由シリア軍と統合で合意したものの、権限配分でクルディ大佐ら同軍指導部と対立している。さらに最近では欧州在住の退役軍人らが新組織「シリア国民軍」を設立し、一本化どころか分裂が加速しかねない状況だ。

キャンプでは、子供を肩車する父親の姿も見えた。国内に潜入することが多い戦闘員らにとっては、つかの間の休息の場でもある。激しい戦闘が続く北部イドリブ出身の戦闘員は「十分な武器があれば政権軍をたたきつぶす」と息巻いた。

しかし、今月1日、有志国の「シリアの友人」会合で「全シリア人の正統な代表」に承認されたSNCでも、主導権争いは収束していない。戦闘員らは士気の高さに胸を張ったが、反体制派につきまとう内紛体質は、米欧などに武器供与をためらわせ、求心力低下につながる可能性もある。【4月3日 産経】
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さすがに武装組織の拠点ですから、“仮設住宅が整然と・・・”ではなく、テントが立ち並ぶ状況のようです。

思惑に反して長期化する事態に苦慮しているのでは
「自由シリア軍」や「シリア国民評議会(SNC)」など、反政府組織側の内部対立の問題はさておき、印象深いのは、トルコが随分と反政府側に肩入れしていることです。
アサド大統領の辞任を要求するトルコは、11年11月30日、武力弾圧を続けるシリアのアサド政権に対する経済制裁措置を決定しています。

また、トルコのダウトオール外相は、11年11月29日、“仮にシリア政府の国民に対する弾圧が続けば、トルコとしては如何なるシナリオにも対応する用意がある。我々は軍事介入が必要とならないことを願う。”と、事態の進展次第では軍事介入する可能性もあることをも示唆しています。

外相は更に、弾圧による難民が急増すれば、彼らのために緩衝地帯を創設する可能性があることにも言及しています。
エルドアン首相も3月、緩衝地帯に言及していますが、いろんな状況を考慮せねばならず、選択の余地は大きいとも発言しています。

アサド政権の力が及ばない「緩衝地帯」をシリア北部に設けることについては、反政府組織側も緩衝地帯を軍事作戦の拠点とし、アサド政権打倒の足掛かりにしたいと期待しています。
しかし、緩衝地帯設置にはトルコ軍の軍事的介入の必要性が予想されます。
アサド政権との全面対決ともなるこうした措置の実現については、トルコ政府も慎重とならざるを得ないと思われます。
武器援助も、内戦を激化させるという容易ではありません。

トルコとしては、シリア問題で立ち位置を鮮明にして解決への道筋をリードすることで、この地域でのトルコの存在感を更に高めたい思惑があったと思われます。
しかし、1日に1000人にも及ぶほど難民が急増【3月15日 AFP】する一方で、一向に弾圧を停止しないアサド政権の頑なな姿勢から解決の道は見えず、長期化する事態への対応に苦慮している・・・というのが、今の状況ではないでしょうか。

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ミャンマー  テイン・セイン大統領の体調不良で懸念される今後の民主化動向

2012-05-18 21:04:38 | ミャンマー

(昨年8月19日 スー・チーさんと会談したテイン・セイン大統領 急速な民主化の進展を牽引してきた大統領の健康状態が懸念されています。 “flickr”より By freeyouth99 http://www.flickr.com/photos/68877352@N08/6257935168/)

心臓発作か、疲労か?】
ミャンマーでは、長年自宅軟禁が続いていた民主化運動指導者スー・チーさんの国政参加に代表される民主化の過程にありますが、保守派の抵抗もあるなかで、誰も予想しなかったこれほど急速な“民主化”の流れを牽引してきたのは政権トップのテイン・セイン大統領だと言えます。

そのテイン・セイン大統領が心臓の発作で倒れたというニュースが報じられています。
かねてより健康問題を抱えていると言われていただけに、その容態、もし政務が困難になった場合の“民主化”への影響が心配されます。

****ミャンマー大統領が心臓発作で入院 民主化と変革 停滞の恐れ****
ミャンマー政府筋によると、テイン・セイン大統領(67)が17日朝、心臓発作のため倒れ、首都ネピドーの病院に搬送された。ミャンマーの民主化と変革の行方は、テイン・セイン大統領の健康状態にもかかっており、容体が懸念されている。

詳しい容体は不明。政府筋はペースメーカーが十分に機能せず、一時、意識を失ったとしている。このため午前中の閣議を開催できなかった。容体次第ではシンガポールの病院に搬送される可能性もあるという。
大統領は昨年3月の就任以前から心臓を患い、ペースメーカーを使用している。就任に消極的だったとされるのも、健康状態が理由だった。検診と治療のため時折、シンガポールを訪れてもいる。

大統領顧問のココ・フライン氏は、テイン・セイン大統領は2015年の総選挙に出馬せず、1期(5年)で職を辞するとしている。大統領は連邦議会で選出されるが、次期大統領候補の筆頭にあげられるのが、国民代表院(下院)議長のトラ・シュエ・マン氏。ただ、テイン・セイン大統領の健康が悪化し、職務をまっとうできなくなった場合、後継をめぐり混乱する可能性がある。

保守・強硬派の代表格、ティハ・トゥラ・ティン・アウン・ミン・ウー副大統領はすでに辞表を提出しており、副大統領の後任を選ぶ臨時議会が、今月末にも招集されるとみられる。
副大統領の後任候補としても、トラ・シュエ・マン氏の名前が浮上するが、テイン・セイン大統領と距離を置いているとされ、民主化と変革にどこまで取り組むかは不透明だ。

同氏が副大統領職に就いた場合、大統領は下院議長の後任に、最大野党・国民民主連盟(NLD)のアウン・サン・スー・チー党首を起用する意向もあったとされる。

大統領の健康悪化に伴い、人事をめぐる対立が広がり、民主化と変革が停滞する恐れがある。【5月18日 産経】
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大統領周辺は「疲労がたまっただけ」と、事態の鎮静化を図っています。
政情の混乱に繋がりかねない政治家の健康問題が秘密にされたり、逆に誇張されたりというのは、ミャンマーに限らずどこの国でも同じですが、ミャンマー民主化の置かれている状況を考えると、軽い症状であって欲しいと願うばかりです。

****ミャンマー:テインセイン大統領「疲労で安静****
米政府系放送「ボイス・オブ・アメリカ」(VOA)は17日、ミャンマーのテインセイン大統領(67)が最大都市ヤンゴンの自宅でめまいを訴えて倒れた、と報じた。
一部で心臓発作で入院中との情報も流れたが、大統領顧問の一人は18日、毎日新聞の取材に「疲労がたまっただけで、現在は自宅で安静にしている」と否定した。
大統領は以前から心臓疾患を抱え、ペースメーカーを使用している。【5月18日 毎日】
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人事刷新の動き “スー・チー議長”案も
次期大統領を狙っているとされ、副大統領の後任としても名前があがっている国民代表院(下院)議長のトラ・シュエ・マン氏は、軍事政権時代は陸海空統合参謀長としてタンシュエ議長を支える立場にあり、序列的にはテイン・セイン大統領よりも上にいた人物です。

トラ・シュエ・マン下院議長は、大統領とは対立することも多かったとも言われていますが、民主化に対する姿勢・考え方がどのようなものなのかはわかりません。

昨年10月、ノルウェー外務副大臣との会談で、「政治犯釈放は近い時期に行う。スー・チー女史も現政府と協力できる機会もあると思われる。そのときは喜んで迎えたい」と語っています。【ミャンマーデイリーニュース 11年10月11日より】
また、昨年11月、補欠選挙で(スー・チーさんが率いる)NLDのメンバーが国家議員になったら政府の方針は変わるかとの問いに、次のように答えています。
「NLDのメンバーが国会議員になれば我々は歓迎します。しかし政府の方針は変わらない。NLDのメンバーが入ればよりよい仕事が出来ると思います」【ミャンマーデイリーニュース 11年11月29日より】

すでに辞表を提出している保守・強硬派の代表格、ミン・ウー副大統領に併せて、保守・強硬派の閣僚を入れ替えるテイン・セイン大統領の意向も報じられています。
健康問題次第では、そのあたりの人事にも影響してきます。

“トラ・シュエ・マン下院議長が副大統領職に就いた場合、大統領は下院議長の後任に、最大野党・国民民主連盟(NLD)のアウン・サン・スー・チー党首を起用する意向もあった”ということですが、スー・チーさんは、政権運営に入ることなく、一議員として政府の行動を監視したいとしているとのことです。
ただ、“スー・チー議長”というのも、興味をそそられる構想ですし、スー・チーさんが指導力を発揮するうえでも悪くないかも・・・という感もします。

アメリカ 経済制裁緩和
そのスー・チーさんは、欧米諸国による経済制裁解除については、早急な解除は政権側に誤ったシグナルを与えるとして慎重な姿勢を見せてきましたが、一時停止には賛成の意向を明らかにしています。

****ミャンマー制裁停止に賛成=ただし慎重対応を―スー・チー氏****
ミャンマーの最大野党・国民民主連盟(NLD)のアウン・サン・スー・チー氏は15日、ワシントン市内で開催されたイベントにヤンゴンからビデオ会議形式で参加し、対ミャンマー制裁の一時停止には賛成すると述べた。

AFP通信によると、スー・チーさんは制裁を全面解除ではなく、一時停止にすることで、民主化プロセス継続を促す強力なメッセージになると指摘。「米国の人々が正しい措置だと思うなら、制裁停止に反対しないが、慎重さを求めたい」と述べた。【5月16日 時事】
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アメリカ・オバマ大統領は17日、今月20日に制裁期限が切れるのを受け、ミャンマーの民主化や人権状況に依然懸念があるとして、制裁の1年延長を決めて議会に通告しました。
こうして制裁の枠組みは維持する一方で、ミャンマー外相と会談したクリントン国務長官は17日、経済制裁の一時停止など制裁緩和措置を発表しています。

****ミャンマー経済制裁を停止=新大使にミッチェル特別代表―米****
クリントン米国務長官は17日、ミャンマーの民主化努力を評価し、同国への投資禁止などの経済制裁を停止すると発表した。
米国を初めて公式訪問したミャンマーのワナ・マウン・ルウィン外相と会談後、国務省での共同記者会見で明らかにした。

また、オバマ大統領も声明を出し、米・ミャンマー関係における「新たな一章の始まり」と歓迎。1990年に外交関係を格下げして以降、空席になっていた駐ミャンマー大使にミッチェル・ミャンマー担当特別代表・政策調整官を指名したと述べた。

制裁が停止されるのは、米企業・個人による新規投資と金融サービスの提供で、武器禁輸は継続される。また、改革を妨害する勢力や、少数民族地域などでの人権侵害に関与する人物が制裁停止の恩恵を受けないよう、米政府は特定の団体・個人に標的を絞った制裁を科す方針だ。【5月18日 時事】 
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話は最初に戻りますが、こうした“民主化”“制裁解除”の流れが加速するなかで、テイン・セイン大統領の健康状態が気がかりです。
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ギリシャ  再選挙の結果次第ではユーロ離脱の可能性も 選択に迷うギリシャ国民

2012-05-17 23:00:42 | 欧州情勢

(13日発表された世論調査では、ユーロ圏残留支持が78%、連立政権協議について「各党が協力すべきだ」が72%、「再選挙すべきだ」が22%でしたが、結局は再選挙へ。結果次第ではユーロ圏残留も危うくなります。
“flickr”より By Global News Pointer http://www.flickr.com/photos/58594229@N07/7187196400/

威勢のいいスローガンになびく大衆政治(ポピュリズム)】
周知のように、EUなどからの支援を受ける条件としての財政緊縮策を行ってきた与党の二大政党が先の総選挙で大敗したギリシャでは、パプリアス大統領が15日、組閣に向けた最後の調停のため主要政党の党首らと会談しましたが物別れに終わり、総選挙後9日間続けられた政権樹立への試みがすべて失敗、再選挙が行われることになりました。

再選挙は6月17日に行われることで各党が合意、選挙管理内閣の暫定首相に、行政事件の最上級審となる国家評議会のトップであるピクラメノス氏がパプリアス大統領によって任命されています。

世論調査に基づく推計では、緊縮策に反対して先の総選挙で第2党に躍進した急進左派連合が再選挙では更に議席を増やして第1党となる勢いであるとも報じられています。

****ギリシャ再選挙 連立調停失敗、反緊縮派に勢い****
・・・・最近の世論調査による推計では、急進左派連合に独立ギリシャ人党、民主左派を加えると議席が過半数に達し、反緊縮派だけで政権樹立も可能となる計算だ。だが、反緊縮派が政権を取れば、欧州連合(EU)などによる金融支援の枠組み自体が崩壊し、ギリシャ財政が破綻する恐れもある。【5月16日 産経】
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5月11日ブログ「ギリシャ 「挙国一致多党連立政権」か、再選挙か ユーロ離脱も現実味を増すなかでの正念場」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20120511)では、“キャスティング・ボードを握っているのは急進左派連合(SYRIZA)のアレクシス・ツィプラス党首のように見えます”と書きましたが、最後の最後では混乱の引き金を引きかねない再選挙を避ける組閣に向けた妥協が成立するのでは・・・という思いがありました。しかし、総選挙勝利に興奮する急進左派連合の勢いを止めることはできなかったようです。

****ギリシャ:混乱の中、ポピュリズム政党が台頭****
総選挙後の混乱が続くギリシャ政界では、38年間続いた2大政党制が終わる興奮と、支持政党を失った有権者が威勢のいいスローガンになびく大衆政治(ポピュリズム)政党の台頭が同時進行で起きている。

「平和的な革命が起き、歴史の新しいページが開かれた。ギリシャから欧州に反緊縮策のうねりを広げる」
政局の台風の目となった急進左派連合(SYRIZA)のチプラス党首(37)は、選挙後の勝利演説やパプリアス大統領との会談などで、繰り返し「我々が勝利者だ」という大仰な熱弁を振るった。メディアでは「英雄気取りの思い上がった態度」と批判も出た。

元々は共産党から分裂した左派小集団が04年、選挙対策で寄り集まった。過去3回の総選挙は得票率3〜5%台。今回選挙戦では、単純化した公約と、男は全員ネクタイを外し、小会合で語りかける親しみやすいスタイルで、緊縮策推進の旧2大政党から離れた支持者をかき集めた。
第2党とはいえ、得票率はわずか17%弱。それでも「勝利者」と酔いしれるのは、40年近く合計70%超の得票率を続けてきた旧2大政党の一つを降し、もう一つに2ポイント差まで迫ったからだ。

ギリシャ政界の特殊事情が、外からは想像しにくい興奮を生み、「勢いを失う前に再選挙で一気に勝負をつけよう」という強気を後押ししている。同党は本気で組閣もせず、再選挙にらみのパフォーマンスに終始した。

寄せ集め左派政党の習いで、内輪もめは絶えない。党を指導するのは軍政時代に投獄経験もある旧世代の左派闘士たち。チプラス氏は4年前、世代交代の象徴として33歳で党首を禅譲された。同党が政権を取れば、首相になる可能性もあるが、行政・外交・経済の実務経験は皆無だ。しかし、この手腕未知数の政党に、大衆はますます傾斜しつつある。(中略)

再選挙では、SYRIZAの勝利と旧2大政党の埋没が予想されている。SYRIZAの緊縮策「廃止」は、「自分たちが債務を検査し直し、欧州連合(EU)と合意を結び直す」という内容。具体的な修正点は不明で、ND、PASOKの「改正・再交渉」との違いも分からず、EUが取り合うはずもないが、怒りと高揚と落胆が渦巻くギリシャで、そうした指摘に耳を貸す空気はない。【5月13日 毎日】
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現実味を増すギリシャの“ユーロ離脱”】
急進左派連合の主張するような“緊縮策「廃止」”を実行すれば、ドイツ国内に見られるようなギリシャの放漫財政批判などをなんとか抑えながらかろうじて実現していたギリシャ救済策は不可能になる公算が大きいように見えます。“EUと合意を結び直す”というのは非現実的です。
そうなると、ギリシャ財政破綻、デフォルト、ひいてはユーロ離脱という最悪のシナリオが現実のものとなってきます。

ギリシャを取り巻く空気にも、ギリシャのユーロ離脱を現実的選択肢としてとらえるような変化が見られます。

****ユーロ崩壊への終末シナリオ****
そのシナリオが現実になる可能性については、誰も触れようとしてこなかった。ちょっと口にしただけでも、ユーロ圏の崩壊と破滅を想像させるほど恐ろしい未来図だったからだ。

だがこの数日で、ギリシャがユーロ圏から離脱する危険性は、無視できないほど現実味を帯びるようになってきた。タブー視されてきたこの話題は今、ヨーロッパの財政閣僚たちの間で避けては通れない問題になっている。

「ギリシャがユーロを去った場合の代償は非常に大きなものになる」と、ドイツのウォルフガング・ショイブレ財務相は14日、ユーロ加盟国との会談に先立って語った。ギリシャの離脱を現実的な選択肢として公に語るようになった中央銀行の総裁も複数いる。

いつも慎重な姿勢を崩さないジョゼ・マヌエル・バローゾ欧州委員会委員長も、ギリシャについて厳しい警告を発した。「クラブのメンバーがクラブのルールを尊重しないなら、クラブに留まるべきではない」と、先週イタリアのテレビ局に語っている。

EU本部では、恐れるべきはギリシャ離脱だけではないと、ささやかれている。ギリシャが抜けることによってもたらされる混乱は、ポルトガルやアイルランド、スペインなどに急速に拡大し、共通通貨ユーロの崩壊とヨーロッパ経済の破綻につながり得るからだ。

これはもはやヨーロッパだけの懸念事項ではない。数々の問題を抱えているとはいえ、ユーロ圏は13兆6000億ドル規模を誇る世界第2位の経済圏だ。その崩壊は、リーマンショックとは比べものにならないほどの大災害を世界経済にもたらすだろう。(後略)【5月16日 Newsweek】
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EUのバローゾ委員長は、ギリシャに「ユーロ圏に残ってほしい」と訴えていますが、逆に言えば、状況次第では“離脱”が現実のものとなるということでしょう。

***ギリシャ:EU委員長声明「ユーロ圏に残って****
ギリシャが再選挙を決めたことについて、欧州連合(EU、加盟27カ国)のバローゾ委員長は16日、現在の救済策が最も困難が少なく、他の選択肢が大多数の市民により大きな痛みをもたらすと、ギリシャ国民に理解を求める声明を発表した。ギリシャに「ユーロ圏に残ってほしい」としたうえで「それはギリシャ国民次第だ」と再選挙での慎重な行動を求めた。

委員長は「ギリシャの民主的な決定を尊重する」と前置きしたうえで、救済策は「緊縮策だけでなく成長を促す方策も入っている」と述べた。ギリシャ国民が、他のユーロ圏諸国のことも考慮に入れ、「どんな結果を招くかを十分理解したうえで決定することが重要だ」と呼びかけた。【5月17日 毎日】
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フランスのオランド新大統領はベルリンを訪れてドイツのメルケル首相と初めて会談しましたが、再選挙が決まったギリシャに対し、両首脳も「ユーロ圏にとどまることを望む」と表明しています。

市場には“ギリシャは3月、いったん債務不履行(デフォルト)になり、金融機関がもつギリシャ国債は減っている。金融システム全体に与える影響は以前より小さくなっており、「離脱しても大混乱が起きるとは考えにくい」(野村証券の木内登英氏)”【5月11日 朝日】といった声も出てきています。

ユーロ離脱が引き起こす混乱
もしギリシャがユーロから離脱した場合、どうなるのか?
****ギリシャ通貨暴落 超インフレ *****
「反緊縮財政」の世論を受けてギリシャの再選挙が決まり、ギリシャのユーロ離脱が現実味を帯びてきた。もし離脱して旧通貨「ドラクマ」が復活したら、ギリシャ経済はどうなるのか。その影響は欧州諸国や世界経済にどう広がっていくのか。

金融市場が休みの週末、ギリシャ政府が突如として銀行預金を封鎖し、2001年末まで流通していた旧通貨「ドラクマ」復活を宣言する――。「ユーロ離脱の日」は、こうして始まる可能性が高い。事前に離脱日を公表すると、ユーロを引き出そうと預金者が銀行に殺到し、取り付け騒ぎが起きてしまうからだ。

信用を失ったギリシャ政府が発行するドラクマの価値は、為替市場で暴落することが避けられない。1ユーロあたりのドラクマの価値が下がれば、同じ1ユーロの借金を返すのにも多額のドラクマが必要になり、借金が実質的に増える。政府はお金を返せなくなり、「確実に債務不履行(デフォルト)に陥る」(日本政策投資銀行の田中賢治氏)。

通貨の暴落によって、国内では急激な物価上昇(インフレ)が進む。輸入品を中心に生活必需品の値段が上がる。仏金融大手BNPパリバは、離脱後の最初の1年のインフレ率は40~50%に達し、国内総生産(GDP)は20%下がると試算する。

通貨危機に陥った国は当初は混乱するものの、通貨安で輸出が有利になり、後に経済が回復することもある。ただ、「ギリシャにはそもそも輸出できる産業が乏しい」(丸紅経済研究所の美甘哲秀所長)。
混乱が長引けば、海外からの客足が遠のき、ギリシャの基幹産業である観光業は衰退。外国企業も投資を控える。経済はますます縮小し、八方ふさがりとなる可能性がある。【5月17日 朝日】
***********************
対応を誤ると、破滅的なハイパーインフレーションの危険もあります。

もちろん、混乱はギリシャだけにとどまりません。
****南欧諸国 ドミノの恐れ ****
ギリシャがユーロを離脱すれば、周辺国や世界経済への悪影響も避けられそうにない。ドラクマの暴落などにより、他国の政府や銀行がギリシャに貸しているお金が焦げ付き、損失が発生するからだ。
フランスの経営大学、IESEGの調査担当エリック・ドー氏の試算では、独仏両政府の損失は1560億ユーロ(15兆6千億円)、両国の金融機関の損失は240億ユーロ(2兆4千億円)に達するという。

さらに深刻なのは、似たような財政不安を抱える南欧諸国への波及だ。金融市場では、スペイン、イタリアなどもギリシャと同じ道をたどるのではないか、という連想が生まれる。緊縮策に耐えられずに続々と離脱していく「ユーロ崩壊」のシナリオだ。

スペインやイタリアの借金も焦げ付き、その国債を大量に抱える金融機関は深刻な経営危機に陥りかねない。これらの国々の経済規模はギリシャとは桁違いに大きく、危機に備えて欧州連合(EU)や国際通貨基金(IMF)が用意しているお金では、支えきれなくなる。「世界経済は08年秋のリーマン・ショック以上の壊滅的な打撃を受ける」(外資系金融機関)

日本経済への影響も深刻だ。ユーロが売られてさらに円高が進むほか、中国など新興国経済も失速し、輸出が減る。大和総研によると、ギリシャ離脱が南欧諸国に波及すれば、日本のGDPを4.1%押し下げるという。【同上】
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怒りの投票ではなく、理性の投票を
こうした混乱に転落しかねない崖っぷちにいることについて、ギリシャ国民の認識が少し甘いのではないか・・・という感もします。
もっとも、ギリシャ国内銀行からの預金引き出し額が7億ユーロ(約710億円)に上るなど、国民にはユーロ離脱への不安ともとれる動きが出ていることも報じらています。

「総選挙では急進左派に投票した。一番勢いを感じたし、政治を変えてくれる、反緊縮策で立ち上がってくれると期待した。再選挙は仕方ない。今度は国民も頭を冷やして考える。怒りの投票ではなく、理性の投票となるからいいことだ。自分も次はどこに入れるか迷っている。何が一番いいのか分からなくなった」(アテネ 55歳 主婦)【5月16日 毎日】というのが、ギリシャ国民の気持ちでしょう。

“ユーロ離脱”を現実の問題としてとらえ、“怒りの投票ではなく、理性の投票”が再選挙でなされれば、再選挙の意義は大きかったということになるでしょう。
逆に、“ユーロ離脱”に突き進むような結果を選択するのであれば、その後の混乱は自業自得ということでしょう。もっとも、巻き込まれる欧州・世界各国はそれではすまない・・・ということもあるのですが。

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ラオス  メコン川ダム建設を延期 東南アジア国際関係の縮図

2012-05-16 10:14:21 | 東南アジア

(4月24日 ダム建設を請け負うタイの建設会社チョーカンチャンの株主総会に合わせて、ダム建設に抗議する集会を開いたタイの市民活動家グループとメコン流域住民 
タイは、本文にも書いたように、銀行・産業界は建設を後押しする立場にありますが、流域住民は建設に反対しています。
この地域の農民など貧困層を「赤シャツ隊」として政権支持基盤とするインラック政権としても、扱いが難しい面があります。
なお、デモの先頭に掲げられているのは、「メコンイルカ」とともに乱獲や環境破壊で絶滅の危機にある「メコン大ナマズ」のようです。 “flickr”より By International Rivers http://www.flickr.com/photos/internationalrivers/7111047765/ )

【「メコン川の(ダム)工事は行っていない」】
****ラオス、メコン川でのダム建設を延期 流域国に配慮****
ラオス政府は10日、同国北部で計画されていたメコン川での「サイニャブリ」ダム建設工事を延期すると発表した。

同ダムの建設をめぐっては、環境への影響を懸念するメコン川流域諸国から計画の中止を求める声がでていたが、エネルギー・鉱業省電力局のビラポン・ビラウォン局長は、AFPの電話取材に対し、「メコン川の(ダム)工事は行っていない」と語った。

サイニャブリダムについては、隣国タイの建設大手チョーカンチャンが4月、ラオスに建設した子会社サイニャブリ・パワーと24億ドル(約1900億円)規模の水力発電プロジェクトの契約を結んだと発表。
メコン川下流の国々からは影響を不安視する声があがっていたが、チョーカンチャンは、すでに3月15日に工事に着工したことを明らかにし、完成まで8年かかる見込みだと付け加えた。
一方、ビラポン局長は、工事はまだ準備段階だと語っている。

メコン川流域国のカンボジア、タイ、ラオス、ベトナムから成るメコン川委員会(MRC)は前年12月、ダム建設による影響の調査結果が判明するまで工事には着手しないことで合意していた。

これについて、ビラポン局長は、すでにダム建設で予想される影響を調査した報告書を近隣国に提出しており、現在は関係国からの了承を待っている状況だと説明。「報告書によって近隣国の理解が得られ、ダム建設を進められるものと確信している」と語った。
世界の貧困国の1つであるラオスは、水力発電に国の活路を見出そうとしている。「東南アジアの電力源」として、先進近隣諸国に電力を輸出していく計画だ。

だが、カンボジアとベトナムは出力126万キロワット(KW)規模のサイニャブリダムによる農業や漁業への影響を危惧している。
これに対し、タイはダム建設に積極的で、水力発電所の完成後には電力の大部分を買い取ることでラオスと合意している。

しかし、環境活動家らは、メコン川本流で水の流れがさえぎられれば富栄養化が進み藻の発生を招くほか、産卵のために上流に移動する魚たちが遡上できなくなると警告している。【5月15日 AFP】
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建設を計画するラオスに、「特別な関係」のベトナムが強硬に反対
東南アジアの大河メコン川は、流域の中国、ミャンマー、ラオス、タイ、カンボジア、ベトナムにとって、農業・漁業・工業用水・飲用水・観光など、その生活を支える基盤となっています。
それだけに、メコン川でのダム建設は、上流国と下流国の水資源を巡る深刻な争いの種ともなります。

メコン川の水力発電開発による電力輸出を国家経済の柱としたいラオスが進めるサヤブリ・ダムの計画に、これまでラオスとの友好関係を重視してきた下流国ベトナムが公然と反対を明らかにして、計画の成り行きが注目されていることは、11年10月18日ブログ「メコン川流域「ゴールデン・トライアングル」で中国輸送船襲撃  今後深刻化する水資源争奪戦」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20111018)でも取り上げました。
この問題は、ラオスへ進出する中国と、南シナ海で中国と対立するベトナムが、メコン川の水資源をめぐっても対立を深める・・・という側面もあります。

***越とラオス「特別な関係」亀裂 メコン川ダムで対立、中国の影****
「特別な関係」で結ばれていたはずのベトナムとラオスに亀裂が走った。ラオスが計画するメコン川へのダム建設にベトナムが公然と反対したのだ。抗仏・抗米戦争をともにした「戦闘的団結」のほころびは南進の勢いを強める中国を利しかねない。「水は血より濃い」のか。

問題のダムはラオス北西部のサヤブリ県にラオス政府が計画している。メコン川本流のダムは、下流部分ではこれが最初となる。出力126万キロワットの水力発電所を建設し、電力の大部分を隣国のタイに輸出する計画だ。
内陸の小国ラオスは山が多く、水力資源に恵まれている。電力開発と売電は遅れた経済を発展させるための国家戦略の柱だ。サヤブリ・ダムは「東南アジアの電力基地」に国を改造する重要な一歩と位置づけられている。

しかし、メコン本流へのダム建設は環境や生態系に大きな影響を与えると域内外の環境団体は強く反対している。漁業や農業に深刻な被害がおよび、下流域の住民6千万人の生活が脅かされると専門家は警告する。
反対の輪にはベトナムも加わった。ダム建設は、ベトナム最大の穀倉地帯であるメコン・デルタへの影響がとくに大きいとベトナムは懸念する。今年に入って国内メディアには「上流からの土砂の流入が妨げられ、海水の浸入でデルタが大打撃を受ける」などという専門家の指摘が相次いで紹介された。

それまでのラオスに関する報道では「友好」や「協力」などの美辞麗句が躍るのが常だっただけに、公然たるラオス批判は異例中の異例だ。メコン下流ではサヤブリに続いて10カ所ほどのダム建設計画がある。ベトナムとしては、きれいごとを言っている場合ではないという判断のようだ。

メコン川開発の調整機関であるメコン川委員会(タイ、ラオス、カンボジア、ベトナムで構成)は4月にサヤブリ・ダム建設の是非を協議したが、物別れに終わった。ベトナム代表は徹底した影響評価を行うため「最低10年間の延期」を求め、カンボジアとタイからも慎重論が出た。

強行突破は無理と見たラオスは先月、ベトナムとの首脳会談の場で計画凍結の方針を伝えた。影響を評価する調査をやり直すためとしており、計画を断念したわけではない。(後略)【11年6月23日 産経】
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メコン川におけるダム建設の問題として、水量減少によりカンボジアのトンレサップ湖やベトナムの穀倉メコン・デルタへ十分な水が行かない時期が出ること、メコン川の魚は流域住民の主要な蛋白源となっていいますが、ダム建設によって漁獲量の低下が懸念されること、魚の産卵のための遡上が妨げられなど生態系に影響を与えること・・・などが指摘されています。【11年12月10日 チェンマイUpdateより】
上記産経記事にあるように、メコン・デルタへの海水侵入も懸念されています。

メコン川委員会(MRC):「追加調査が必要」】
このメコン川ダム建設問題については、11年12月8日、メコン川周辺4カ国のラオス、タイ、カンボジア、ベトナムの閣僚級が参加したメコン川委員会(MRC)によって、建設計画が棚上げされています。

****メコン川のダム開発計画中止、「追加調査必要****
メコン川流域のダム建設や開発計画が一時的に中止されることが決まった。
メコン川周辺4カ国のラオス、タイ、カンボジア、ベトナムの閣僚級が参加した8日のメコン川委員会(MRC)は、「開発が周辺環境に及ぼす影響のさらなる調査が必要」と結論。

ラオス政府は今年4月から実施している当該プロジェクトが環境に与える影響に対する調査を完了したとしており、今回の会合ではこの調査に対する是非が下されると予想されていた。また、会合では開発パートナーとして参加した日本を含む各国に対し、追加調査の協力を要請している。

メコン川に建設が予定されていた12基のダムをめぐっては、下流地域における稲作へのダメージや周辺地域の生態系破壊などが危ぐされており、周辺諸国や下流域の住民、環境団体などから反対の声が強まっていた。一方で、水力発電による周辺諸国への売電などを模索していたメコン川上流のラオスや、周辺流域のインフラ整備へ多額の投資を予定していた中国などにとっては痛手となる。【11年12月12日 EMeye】
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ラオスが期待する建設承認は得られませんでしたが、環境保護団体やベトナムが望んでいる「10年間延期」までは明言せず、“追加調査が必要”という形での計画保留でした。
もっとも、メコン川委員会(MRC)には強制力はないので、最終的にはラオスの判断ともなります。

最貧国ラオスの苛立ちと困惑
サヤブリ・ダム建設を後押ししているのが、タイだとも言われています。
ダムによって発電された電力はその殆んどをタイが買い取る計画で、また、建設はタイの銀行の融資で、タイの建設会社が行うことになっています。

そうした建設を進めたいラオス・タイの思惑、阻止したいベトナム・カンボジアなどの思惑が交差して、冒頭記事のような建設が始まったのか、そうでないのか・・・どうもはっきりしない状況となっています。
ラオス政府が“延期する”と言っているのですから、そうなのでしょう。
中国の影響も含めて、このダム問題は東南アジアの国際関係の縮図ともなっています。

環境保護という立場からは、当然に「計画中止を」ということなのでしょうが・・・。
ラオスには9年前、数日間の観光旅行で行っただけですが、その時の印象は“何もない国”というものでした。
観光資源にも見るべきものは少なく、地下資源も未開発なアジア最貧国ラオスにとって、今利用できるのは豊かなメコンの流れだけです。
しかし、それも周辺国との関係でままならない・・・ラオスの苛立ちもわかる気がします。
恐らく、「特別な関係」で結ばれた「戦闘的団結」を強調する「友好国」ベトナムの圧力は、相当に強いものがあるではないでしょうか。中国やタイの甘い囁きも。
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パレスチナ 語り継ぐ大災厄(ナクバ) 和平交渉進展の兆し見えず

2012-05-15 20:42:28 | パレスチナ

(1948年のイスラエル建国により村を追われたパレスチナ難民と思われます。 “flickr”より By palestinalibre.org http://www.flickr.com/photos/palestinalibre/4604407505/in/photostream

【「歴史を学び、戻る手立てを考えたい」】
1948年5月14日、イスラエルの独立宣言がなされましたが、イスラエル建国によって、47年から49年にかけてパレスチナ(アラブ)人の70万人以上が、土地を追われて難民になったとされています。
そして、未だ故郷への帰還を果たしていません。
パレスチナ側は、イスラエル独立宣言の翌日、5月15日を“ナクバ(大災厄)”としています。

ナクバから60年余が過ぎ、父祖の地を知らないパレスチナ人も増えています。
イスラエル国内では、教育の場でも取り上げられることはありません。
今、パレスチナの若者たちの間で、この歴史の記憶を語り継いでいこうとする試みがなされているそうです。

****パレスチナの今:語り継ぐ大災厄/上 難民の歴史、若者が記録*****
 <語り継ぐ大災厄(ナクバ)>
「ナクバ」。1948年5月のイスラエル建国前後に古里から追われた苦難の歴史を、パレスチナ人はそう呼ぶ。アラビア語で「大災厄」の意味だ。5月15日が記念の日だが、イスラエル国内で難民となり軍の言論規制を受けた人々には、公然と語り難い話題だった。

しかし、中東の民主化運動「アラブの春」に刺激された若者の一部が「歴史を学び、戻る手立てを考えたい」と元住民からの聞き取りなどを始めた。負の記憶を語り継ぎ将来の可能性を探る若者たちの試みに親や祖父母たちは帰還への希望をつなぐ。

 ◇消えた村、帰還に望み
ヤフィアには、西3キロの旧マアルール村から祖父母4人全員が避難したソーシャルワーカー、ナタリー・ハイエクさん(26)が住む。ナクバの記憶伝承に取り組む一人だ。
「自らの歴史を知らなすぎた」。その思いに突き動かされる。08年に広島で見た原爆の惨禍を伝える活動が念頭にある。民衆蜂起で独裁政権が崩壊したアラブの春にも影響を受けた。「当局に異議申し立てをする力を得た」という。

イスラエル法はナクバの公的な記念行事を禁じ、学校教育でも無視する。大学4年のナガム・アリサレハさん(20)は「ユダヤ人仲間は、ナクバを頭から否定する」という。

マアルールはイスラム教徒とキリスト教徒のパレスチナ人が混在し、人口は約800人。48年には周辺の村も含め、ユダヤ人の軍事組織による住民殺害が相次いだ。住民はヤフィアなどへ逃れた。
一時避難のつもりが土地は接収され帰宅は禁じられた。軍基地が置かれて住宅はほぼ破壊され、政府系機関の植林で森林公園になった。村は消えた。数年前まで立ち入り許可は年1日だけだった。

ハイエクさんらは昨春以降、元住民7人に会い、当時の食、遊び、歌などの証言を録画した。
現地ツアーで150人を案内。古い地図を頼りに住宅の階段などを掘り起こした。
約7000人とされる元住民と子孫が戻れるよう、集合住宅や文化施設、記念施設を配置した「総合計画」も作成、電子版冊子にまとめた。課題は印刷資金作りだ。

旧村は約6平方キロ。建築家のライラ・サルハンさん(25)は「帰還は可能」と考える。アリサレハさんの父マフムードさん(54)は、若者の活動について「我々は再度の追放を恐れ、自由に意見を言えなかった。子供たちは、明確なビジョンを表現している」と期待を込めて語った。【5月15日 毎日】
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ナクバ(大災厄)でパレスチナ人住民が追われ「消された村」のひとつが、イスラエル北部マアルール
当時、村民はユダヤ人集落で農産品を売り、ユダヤ人も村内を自由に通過していました。

“だが、47年11月に空気が一変する。
ユダヤ人とアラブ人の国土を分割する案が国連で採択された。アラブ側に入るはずのマアルールを、ユダヤ人軍事組織が包囲。住民爆殺や周辺での虐殺事件もあり、一家は48年7月に脱出した。

狭い借家生活で、父は52年に、母は80年に、村を再訪せず死亡した。サリムさんの身を案じて「行くな」と言い続けた母亡き後、80年代に戻った村は、森に変わっていた。「自分が根こそぎ抜かれたような気持ちだった」

ナクバでは、パレスチナ人の町村が400カ所以上で破壊され、70万人以上がヨルダン川西岸やガザ、周辺のアラブ諸国へ逃げた。
15万人が新国家にとどまったが、約25%が住まいを追われた人々だった。
パレスチナ人は国籍を与えられたものの、「敵性国民」として66年まで軍に統制され、移動や政治活動が厳しく制限された” 【5月15日 毎日】

ユダヤ人側にも、歩み寄る人々がいない訳ではありません。
“ナクバの継承に取り組むパレスチナ支援の市民団体「ゾフロット」創始者、エイタン・ブロンスタインさん(52)は「ユダヤ人の多くはナクバを全く知らないか、『自衛戦争』で難民が出たと思っている。ユダヤ人とパレスチナ人が真の平和を得るには、ナクバの正しい理解が必要だ」と話す”【同上】

【「たとえ1人でも、もしものことがあれば、大変なことになる」】
その5月15日のナクバを前に、イスラエルの刑務所で続いていたパレスチナ人のハンガーストライキが、イスラエル側が譲歩を示し収拾されたようです。

****パレスチナ人の刑務所ハンスト終結 イスラエルと合意****
イスラエルの刑務所に収容されているパレスチナ人の代表とイスラエル当局は14日、約1カ月にわたり刑務所内で続いていたパレスチナ人約1600人による集団ハンガーストライキを終結させ、パレスチナ自治区ガザからの家族の訪問などを認めることで合意した。エジプトとパレスチナ自治政府が仲介した。

一部は70日以上もハンストを続けており、命の危険がある状況だった。パレスチナではハンストを支援するデモが続いており、自治政府のアッバス議長は13日、「たとえ1人でも、もしものことがあれば、大変なことになる」とイスラエルに警告していた。

パレスチナにとって15日は、1948年のイスラエル建国に伴う紛争で多数の難民が生まれた「ナクバ(大破局)」の日にあたり、毎年大規模なデモが催される。
イスラエル政府は、パレスチナ人の怒りを増幅させかねない状況を憂慮し、前日に幕引きをはかった模様だ。イスラエル放送によると、同政府は14日、イスラエル軍との衝突で死亡したパレスチナ人約100人の遺体をパレスチナ側に返還することも決めた。【5月15日 朝日】
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【「イスラエルは違法入植地の合法化という返答を選んだ」】
しかし、パレスチナ問題の大枠はいささかも進展していません。むしろ、解決の機運が遠のいている感もあります。

4月17日には、イスラエルのネタニヤフ首相とパレスチナ自治政府のファイヤド首相とエルサレムで会談する予定となっていました。
ネタニヤフ首相がパレスチナ高官と会うのは、イスラエルによる占領地でのユダヤ人入植地建設を巡り、10年9月に直接和平交渉が中断して以来で約1年7カ月ぶりのことです。

しかし、上記記事にあるイスラエル刑務所収監中のパレスチナ囚人が待遇の劣悪さを訴えてハンガーストライキに突入する事態となり、ファイヤド首相はこうした状況下でイスラエルとの交渉の表舞台に登場するのを嫌い、会談への出席をとりやめています。

イスラエルの進める入植地問題も相変わらずです。

****イスラエル、違法入植地を合法化=パレスチナが反発****
イスラエル政府は24日までに、占領地ヨルダン川西岸で政府の許可なく建設された三つの違法ユダヤ人入植地を合法化することを決めた。

パレスチナ側は17日、和平交渉再開の条件としてユダヤ人入植活動の凍結などを挙げたアッバス自治政府議長の書簡をイスラエルのネタニヤフ首相に渡したばかり。イスラエル側は2週間以内に返信する予定だが、パレスチナの和平交渉責任者アリカット氏は「イスラエルは違法入植地の合法化という返答を選んだ」と反発しており、事態打開は困難になった。【4月24日 時事】 
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イスラエルは、ヨルダン川西岸で政府の許可無く入植したユダヤ人居住地を「違法」とみなし、政府公認の入植地とは区別しています。
今回措置によって、違法とされてきた居住地が実質的な新入植地として政府から認知され、電気や水道などのインフラ整備が進められることになります。

イスラエルのネタニヤフ首相は今月8日、最大野党のカディマと大連立を組むことで合意したと発表しました。
“右派や宗教政党からなるネタニヤフ政権は、法律の制定や予算などを巡り政権内で不和を抱えており、首相は中道のカディマを引き込むことで、政権運営の安定化を図りたい狙いとみられる。”【5月8日 読売】

カディマは、首相率いるリクード党や他の連立相手に比べて比較的、和平交渉再開に積極的とみられていますが、これまでのところネタニヤフ政権の中東和平への取り組みについては変化は見られていません。

****イスラエル:入植停止応じず 首相が書簡****
イスラエルのネタニヤフ首相のモルホ特使が12日、パレスチナ自治区ラマラでアッバス自治政府議長と会談、首相からの書簡を手渡した。議長が先月、首相への書簡で要求した占領地でのユダヤ人入植活動停止については、イスラエル側が応じない姿勢を伝えたとみられ、交渉再開の見通しはなお立たない。

首相書簡の内容は公表されていないが、イスラエル紙ハーレツによると、ネタニヤフ首相はアッバス議長に「前提条件なし」での交渉再開を要求したという。(後略)【5月13日 毎日】
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冒頭の毎日記事で、パレスチナ難民のひとりは、「どんな抑圧も、永遠には続かない。いつの世代か分からないが、戻れると確信している」と語っています。
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インドネシア  増大する中間層に支えられた旺盛な消費と堅調な経済成長

2012-05-14 22:27:15 | 東南アジア

(ジャカルタ 11年7月2日 サムスン製タブレット端末“Galaxy Tap 10.1”発売開始日、列をつくる購入希望者 巨大ショッピングモールの店舗では、1200台が7時間で完売したそうです。“flickr”より By samsungtomorrow http://www.flickr.com/photos/samsungtomorrow/5899705208/ )

航空機を欲しがるインドネシア市場
先週、インドネシアでデモ飛行を行っていたロシア製旅客機が墜落して45名以上の犠牲者を出す事故がありました。
デモ飛行中の事故という特殊性と、またロシアの飛行機か・・・(ロシアの旧型旅客機はロシア国内外問わず、しばしば落ちます。海外旅行で古いロシア製旅客機に乗るときは、あまりいい気持ちはしません)ということはありましたが、よくある飛行機事故のひとつとして、個人的にはそれ以上気にかけることもありませんでした。

しかし、この事故が他ならぬインドネシアで起きたということには、それなりの背景があるとのことで、なるほど・・・というところです。

****墜落ロシア旅客機はなぜインドネシアに*****
悲劇の事故で浮き彫りになった「航空機メーカーのフロンティア」事情

先週、世界に衝撃を与えたロシア製旅客機「スホイ・スーパージェット(SSJ)100」の墜落事故。
9日午後2時頃、デモ飛行のためインドネシアの首都ジャカルタのハリム空港を離陸したが、数十分後に消息を絶った。その後の捜索により、ジャワ島西部のサラク山で遺体や墜落機の破片などが発見された。
乗っていたのはロシア大使館職員やインドネシアの航空会社関係者、メディア関係者など45人以上。生存者はいないとみられている。

それにしても、なぜこのSSJ100はデモ飛行の場所にインドネシアを選んだのか。
実は大手航空機メーカーにとって、インドネシアは世界でも指折りの成長市場。
SSJ100を開発したロシアのスホイ社も、新規顧客の開拓を狙ってデモ飛行を行ったとされる。
スホイ社はもともと戦闘機の製造で知られるメーカーだが、SSJ100は同社初の短・中距離用の旅客機だ。

国際空港の旅客数は急増
世界第4位の人口を抱えるインドネシアでは、中流層の成長が著しい。さらに、多くの島々から成る島国のため、国内の移動手段として最も効率的なのは航空機だ。中流層が航空券を買えるくらいの経済力を手にしたら、需要は一気に拡大するだろう。

既にその兆しはある。地元紙のジャカルタ・グローブによれば、ジャカルタ郊外にあるスカルノハッタ国際空港の旅客数は、01年の1200万人から昨年には5000万人に増えたという。これは、ASEAN(東南アジア諸国連合)内でもダントツの増加率だ。

今回の墜落事故で、スホイ社は急降下を強いられるだろう。それでも、航空機を欲しがるインドネシア市場の勢いは今後も止まらなさそうだ。【5月14日 Newsweek】
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家電需要:まるで昭和40年代の日本
2011年、東南アジア主要国で最高の6.5%の実質国内総生産(GDP)成長率を記録したインドネシアは、生産年齢人口(15~64歳)が増え続け、経済成長に有利とされる「人口ボーナス期」は30年まで続くとされています。
12年1~3月期も6.3%と高水準を維持しています。
新興国BRICsの後を追う国としても、インドネシアはしばしば取り上げられます。

成長する中流層が支える家電消費の増大について、下記の記事もありました。
****インドネシアの光と影〉家電人気 昭和の日本****
南洋に巨大な家電市場があった。
3等オートバイ、2等自動車、1等土地付きの家。オランダの大手家電メーカー・フィリップスは昨年、自社の電球を買えば、抽選で破格の賞品が当たるキャンペーンをインドネシア国内で張った。
世界4位の2億4千万人の人口が生む購買力。なりふり構わぬ販売戦略は、ブランド名のいち早い浸透をねらってのことだ。

調査会社GfKによると、2011年のインドネシアの家電販売額の伸び率は前年比27.6%増。中国やタイを抑えてアジア首位だ。消費の主役は年間可処分所得5千~3万5千ドル(約40万~284万円)の中間層。11年、全世帯の55%を占め、20年には78%になると予測される。

そんな成長市場で、日本メーカーが気を吐く。
「これまで洗濯に2~3時間はかかっていたの。重労働から解放されるわね」
首都ジャカルタから西へ20キロ。シャープの洗濯機を今年1月に150万ルピア(約1万5千円)で買ったスルヤナさん(48)は喜ぶ。経営する食堂の1日の売り上げが前年より1千円増え、家計に余裕ができた。
自宅には、洗いと脱水が別々の二槽式洗濯機、扉が一つで直冷式の冷蔵庫、ブラウン管テレビが並ぶ。まるで昭和40年代の日本だ。

インドネシアでは冷蔵庫の普及率は35%、洗濯機はわずか10%。潜在的な需要は大きい。両製品でシェア首位のシャープは、ジャワ島に新工場を造り、来秋から増産を始める。
シャープでは現地スタッフが一から商品企画し、家電にジャワ更紗(さらさ)の模様をあしらうなどの工夫をこらす。一世代前の日本製品と同じものを売るのではなく、この国のための特別仕様だ。エアコンで首位のパナソニックも不安定な電力状況に配慮し、冷やす能力を従来の半分にした製品を売る。
12年3月期の連結純損益で過去最悪の赤字を予想し、社長が交代する両社だが、この地での白物家電の存在感は抜群だ。(後略)【4月10日 朝日】
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インドネシアは他のアジアの国々と比較すると、総需要に占める個人消費の割合が高く、その額は韓国にも比肩できる水準にあります。この個人消費を支えるのが成長する膨大な中流層です。
個人消費中心の経済構造のため、リーマンショックなどの海外変動要因の影響が比較的小さいということも言えます。

燃料価格引き上げ失敗で、ユドヨノ政権苦境
ただ、インドネシアが抱える大きな問題のひとつに、補助金で低く抑えられた燃料価格の問題があります。
補助金の額が膨らみ財政を圧迫しているため、政府としては燃料価格を引き上げたいのですが、国民は激しく抵抗しています。
また、もし燃料価格を引き上げた場合、消費者物価を押し上げ、消費・景気に悪影響が出ることも懸念されています。

****インドネシア 過熱する抗議デモ 大統領苦境****
インドネシアが原油価格の高騰に揺れている。政府は4月から、石油燃料を約33%値上げする方針。
これに反対する学生らによるデモが各地で繰り広げられ、労働組合も大規模なデモを計画している。相次ぐ汚職事件と相まって、支持率が低下する一方のユドヨノ大統領は、苦境に立たされている。

政府はレギュラーガソリンと軽油を1リットル=4500ルピア(約41円)から、同6千ルピア(約54円)に引き上げる。昨年10月の時点で政府は、国内原油価格を1バレル=90ドルと想定していた。だが、実際には同115・91ドル(今年1月平均)と予想を上回り、「値上げは急速な原油高に対応し、補助金の負担の急増を回避するためだ」(ジェロ・エネルギー・鉱物相)としている。

インドネシアの燃料価格は、政府が補助金を補填(ほてん)することで、国際価格より安く設定されている。それだけ政府の財政負担は大きく、原油価格が高騰すれば補助金の支出も膨張する。

首都ジャカルタや、南スラウェシ州マカッサル、ランプン州バンダルランプン、西ジャワ州ボゴールなどでは抗議デモが行われ、逮捕者が出ている。インドネシア労働組合連合(KSPSI)なども今後、数万人規模のデモを予定し、警察は対応に追われている。

抗議デモが過熱している背景として、2つの要因を指摘できる。まず、石油燃料の値上げが他にも波及することだ。公共交通機関の運賃は30~35%(陸運局)、飲食品価格は5~10%(商工会議所)の上昇が見込まれ、中央銀行は「今年のインフレ率が2~3ポイント上昇する」と予測している。

もう一つは、ユドヨノ大統領の支持基盤である与党・民主党の副幹事長や、中央銀行の元上級副総裁が贈収賄罪に問われるなど、枚挙にいとまがない汚職事件に対する国民の強い不満である。
大統領の支持率は40%にまで低下し、民主党も13・7%と低迷している。汚職事件に石油燃料の値上げが加わり、火に油を注いだ格好だ。

インドネシアの政権にとり、値上げは“鬼門”だといえる。1998年の燃料価格引き上げは約30年間のスハルト政権が崩壊する引き金となった。ユドヨノ大統領は18日、民主党関係者に「あるグループが、憲法に違反する方法で政権を打倒しようとしている」と明かし、不穏な動きにも神経をとがらせている。【3月21日 産経】
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インドネシア政府は4月1日から30%あまりのガソリン価格引き上げなどを目指していましたが、反対する大規模なデモが3月27日、各地で行わ、市民団体や学生、野党関係者など計1万人以上(国家警察発表は約8千人)が参加とされています。ジャカルタでは大統領府前に数千人が集まり、学生らの投石に対し、警察機動隊が催涙弾を発射して負傷者が出る混乱ともなりました。

結局、相次ぐデモなど国民の反発を意識した連立与党の多くが値上げ反対に回り国会が紛糾、値上げは見送られることになりました。
“6党の連立政権を率いるユドヨノ大統領の求心力の低下があらわになった”【3月31日 朝日】とも指摘されています。
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アフガニスタン  タリバンとの和解交渉中心メンバーが殺害  次期大統領目指す女性政治家

2012-05-13 21:58:53 | アフガン・パキスタン

(「男の国」アフガニスタンで次期大統領を目指すフォージア・クーフィ氏(36) “flickr”より By LoveAfghanistan http://www.flickr.com/photos/loveafghanistan/5812989360/
なお、上記写真のコメントとして、彼女の兄弟が麻薬ビジネスを行っている第1副大統領のビジネスパートナーであり、彼女自身もその関連で麻薬の入ったバッグを持って軍用ヘリを使ったことが以前報じられた・・・とあります。

カルザイ大統領親族にも麻薬ビジネスの話はありますので、いかにもありそうな話ではあります。もちろん、真相はわかりません。彼女の存在を快く思わない者の中傷なのか・・・。
ただ、アフガニスタンのような社会で力を行使するためには、日本社会などとは若干異なる価値観も必要になるのかも・・・という感はあります。また、そうした人間でないと、厳しい社会を生き抜くことはできないのだろうとも)

進展しない和解交渉
****対タリバン交渉幹部、射殺される=和解路線に新たな打撃―アフガン****
アフガニスタンの首都カブールで13日、反政府勢力タリバンとの和解交渉を担当するアフガン政府の高等和平評議会幹部、アルサラ・ラフマニ氏が銃で撃たれ、死亡した。治安当局者が明らかにした。カルザイ大統領の和解路線への新たな打撃となるのは必至だ。
 ラフマニ氏はこの日朝、自宅から仕事に向かう途中、車に乗った人物から狙撃された。AFP通信によれば、タリバン報道官は関与を否定した。【5月13日 時事】 
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タリバンとの和平交渉の方針は、10年6月にカルザイ大統領が開催した「国民和平会議」(ピース・ジルガ)で打ち出され、10年10月には「高等和平評議会」(メンバー70人)がスタートしました。
ラフマニ氏は旧タリバン政権の幹部で、政権崩壊後はタリバンを離れていた人物ですが、カルザイ大統領から高等和平評議会メンバーに指名され、評議会中心メンバーとしてタリバンとの交渉を担当していました。

もとより、米軍主導のタリバン掃討作戦が継続中であることなどから、和平実現は困難を極めるとは見られていましたが、11年9月20日、カルザイ政権側の和平交渉責任者ラバニ元大統領がタリバンを名乗る人物の自爆テロにより自宅で殺害されたことで、カルザイ大統領は、タリバンと続けてきた和平交渉を打ち切る考えを示し、タリバンなどの背後にいるパキスタン政府との交渉に専念するとの方針を示していました。

一方、今年1月3日、タリバンのムジャヒド報道官が、アメリカとの和平に向けた交渉を行うための事務所をカタールの首都ドーハに開設することで「基本合意した」と明らかにしたことで、タリバンとアメリカの和平交渉がスタートしました。当面は双方の捕虜交換が議題になると見られていました。

2月21日、カルザイ大統領は、暗礁に乗り上げている旧支配勢力タリバンとの和平交渉について、タリバン指導部に対し、直接交渉に応じるよう求める声明を発表しています。
これには、アフガニスタン政府を蚊帳の外に置いた形でタリバンとアメリカの間で始まった和平プロセスの主導権をアフガニスタン政府が握りたい考えがあると見られています。

しかし、そのカタール・ドーハでのタリバン・アメリカの交渉についても、3月15日、タリバンはインターネット上に声明を出し、アメリカとの交渉を打ち切ると表明しています。
タリバン側はアメリカが和平交渉進展に必要な条件を満たさなかったと強く非難し、交渉の障害は「足元が定まらず、一貫性もなく、はっきりしないアメリカの態度だ」と強調しています。
ただ、クリントン米国務長官は3月21日、タリバンとの和解実現に向け仲介の努力を続ける方針を表明しています。

増大する戦闘犠牲者
タリバン内部には、和平交渉について意見の対立があるとも報じられていますが、上記のように、当初から極めて困難と見られていたタリバンとの和平交渉を、今回事件は更に難しくしたと言えそうです。

和平交渉が進展しないなか、米軍等の戦闘による犠牲者が増大しています。
****アフガン駐留の外国兵死者、3千人に 米民間団体調べ****
アフガニスタンに駐留する米軍など外国部隊兵士の戦闘などによる死者数が、2001年10月の戦争開始以降の累計で3千人を超えた。民間団体「アイカジュアルティーズ」が明らかにした。

同団体のウェブサイトによると、累計死者数は13日現在で3002人。10年に1年当たり最悪の711人を記録、昨年は566人だった。今年はこれまでに155人が死亡した。
国別では米軍が1968人と約65%を占めており、英軍の412人、カナダ軍の158人と続いている。【5月13日 朝日】
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米軍・アフガニスタン軍双方兵士の間の憎悪
更にまずいことには、タリバンに対して共同して戦闘にあたるべきアフガニスタン軍兵士による米兵殺害が増加しており、両者の間の不信感・憎悪の拡大を窺わせています。

****米兵殺害、過去最悪ペース アフガン兵、侮辱への報復****
アフガニスタン軍兵士による米兵らの殺害事件が11日、今年だけで20件に達し、過去最悪ペースとなっている。アフガンの反政府勢力タリバーンが、アフガン兵を利用して殺害するケースのほか、米兵への個人的な怒りを背景とする事件も多いという。

AP通信によると、20件目は、アフガン東部で11日に発生。アフガン兵が国際治安支援部隊(ISAF)に参加する米兵を射殺したという。米国防総省によると、こうした殺害事件は2007年以降に計57件発生。10年は11件、昨年は21件だった。

米軍はこれまで、タリバーンがアフガン兵を脅すなどして、米兵らを殺害させているとみていた。これに対し米国防総省のカービー副報道官は、過半数の事件は「個人的な怒りが原因」と説明。米兵に侮辱を受けたと感じたアフガン兵が、報復として殺害に及ぶケースが、6~7割にのぼるとした。【5月12日 朝日】
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戦闘での犠牲者は増大、和平交渉は進展せず、身内のアフガニスタン軍との関係も悪化・・・ということでは、アメリカにとってはいい話はありません。

ある女性政治家の挑戦 社会には男性優位への逆行も
ところで、アフガニスタンにおいては女性の権利が著しく制約されており、特にタリバンの女性に対する対応には極めて重大な問題があることは、これまでも再三取り上げてきました。
そのため、上記のタリバンとの和平交渉の試みについても、女性の権利に関わる団体などからは警戒する声も出ています。

そんなアフガニスタン・カブールに女性専用ネットカフェが出現したとか。

****女性用ネットカフェ初登場 アフガニスタン*****
アフガニスタンの首都カブールに女性専用のインターネットカフェが登場し、好評だ。アフガンでは、パソコンを持つ人が限られるうえ、女性への偏見が根強い。男性の視線を感じずにネットの世界を楽しめる。悩みを語り、解決方法を探る役割も担う。

カフェは、地元の女性人権団体が3月の「国際女性デー」にあわせて開いた。スタッフによると、1日20~30人が訪れ、利用者は徐々に増えているという。

タリバーン政権の崩壊から10年以上が経つ今も、アフガンでは保守的な考え方が残り、女性への性的嫌がらせや暴力が絶えない。男女共用のネットカフェの利用はためらいがち。利用客で学生のレグウィダ・ニアイッシュさん(17)は「男性の目を気にせず落ち着いて調べ物ができる。手軽で便利だ」と話した。【4月12日 朝日】
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もちろん、そもそも論で言えば、“女性専用”を用意しなければならない現状に大きな問題があることは言うまでもないことです。

そうしたアフガニスタン社会で、カルザイ大統領後の大統領を目指す女性政治家がいるとの報道に驚きました。
非常に心強くも思ったのですが、記事内容を見ると、女性の置かれた現状に暗澹たる思いも感じます。

****男の国」で次期大統領目指す女性政治家、アフガニスタン****
アフガニスタン女性の権利運動の先頭に立ち、作家で国会議員で、いずれは大統領にもと期待されるフォージア・クーフィ氏(36)が語ってくれたエピソードからは、女性として「男の国」に生きるとはどういうことかが垣間見える。

最近、首都カブールの大統領府から歩き出したところで、保守系のある男性議員が近づいて来て言った。「クーフィさん、大統領選にお出になるようですが・・・大統領府にお住まいになりたいのでしたら、大統領となる人物と結婚してはいかがですか?」

議会近くの借家でAFPのインタビューに応じたクーフィ氏の瞳は、数週間経った今でも怒りに燃えていた。「女性が大統領に立候補するのは本人が適格だからではなく、大統領府に住みたいからだと思うのが彼らの見方です」

この男性議員に対しクーフィ氏は、30年間に及ぶアフガニスタンの戦闘の中でうさんくさい過去を抱えた男たちとは違い、自分は大統領府の警備にかくまわれる必要などないと言い返した。「彼らが私に対抗してきたときに嬉しくなることもある。それは、彼らにとって私が無視できない存在で、彼らが私を強い人間だと見なしているからだと思うから。そこで私は、そういった人たちの望みどおりに一撃を加えてあげるの」

■女性にとって「最悪の国」で立ち上がる
米ニュースサイト「デーリー・ビースト」の「恐れを知らない女性150人」の1人に今年選ばれたクーフィ氏は、アフガニスタン議会の女性と人権委員会の委員長を務める。夫は亡くなっている。2人の娘に捧げた回顧録『Letters to my Daughters』(娘たちへの手紙)は、女性にとって世界で最悪の国と呼ばれることさえあるアフガニスタンで成長した少女が直面したとてつもない困難と克服の物語だ。

クーフィ氏は産まれた直後、悲観した母親によって太陽が照りつける場所に置き去りにされ、殺されそうになった。母は、23人の子どもがいる夫の7番目の妻だった。自分が産んだ新しい子どもを夫は認めてくれないと分かっていたのだ。

しかし、太陽に焼かれながらほぼ丸1日泣き叫び続けた産まれたばかりのクーフィ氏は後悔した母の元に戻され、愛されながら育つことになった。この時の日焼けの痕は10代になるまで残ったが、その傷も、ましてや心の傷も、イスラム女性の装いに身を包んだエレガントで自信に満ちたクーフィ氏からは感じられない。
 
部屋の壁には2人の男性の写真があった。1人は厳格な表情をしたクーフィ氏の父親だ。政治家だったが、クーフィ氏が3歳の時に殺された。直接話しかけられたことは1度しかない。しかも、向こうへ行っていろという一言だった。

■タリバンに歩み寄るカルザイ大統領、タリバン化逆行への懸念
もう1人の男性は、クーフィ氏と一緒に写っているハミド・カルザイ大統領だ。クーフィ氏は、カルザイ氏のファンではない。それどころか、旧支配勢力タリバンを含む保守派の支持を獲得するために、女性の権利を「差し出そうとしている」として大統領を糾弾している。

タリバン政権下では、女子は学校教育を禁じられ、全身をすっぽりと覆うブルカ以外のものを着た女性は往来でむち打たれ、姦通を疑われた女性は石打ちで死刑にされた。しかし厳しい状況にありながらどうにか良い教育を受けてきたクーフィ氏は、この10年間でアフガニスタンの女性たちには「絶好の機会」が与えられてきたと評価する。

そのクーフィ氏が最も心配するのは、ようやく女性たちが手にしてきたものが、和解のための対話にタリバンを引き込み、2014年の北大西洋条約機構(NATO)軍撤退後にタリバンと政権を共有するために犠牲にされるのではないかという点だ。「妥協はすでに起きている。タリバン化は進行中だ。政府内部の者がすでにタリバン的なイデオロギーや考え方を推進している」

3月、同国のイスラム教の最高権威であるウラマー(イスラム法学者)評議会が出した「男性が基本であり、女性は副次的である」という宗教令にカルザイ大統領は支持を表明している。この宗教令は男女が同じ場所で働くことや、女性だけで旅行することを禁じ、場合によっては妻を殴打することを正当化するなど、タリバン時代に後戻りするような内容だった。

クーフィ氏は憤る。「(カルザイ氏は)これがアフガニスタン国民が求めているものだと言って、公然とこれを認めたのです。でも、これが人々の求めているものだとは、私は思わない。私たちはイスラム教徒ですが、イスラムについての私たちの理解の仕方と、タリバンの理解の仕方は違う」

クーフィ氏はたとえ自分の命を危険にさらすことがあっても、力の限り尽くす決意だ。「アフガニスタンでは、女性が政界にいること、女性が自分の信念のために立ち上がることには常に危険が伴う。私はこれまでに何度も暗殺の標的や誘拐の標的になってきた。けれど、誰かがリスクを負わなければならないと思う」

カルザイ大統領が1期5年を2期までという任期制限に達する2014年の大統領選に、クーフィ氏は立候補する決意を固めている。男性優位社会のこの国では惨敗間違いなしという予測に対しクーフィ氏は、若者や女性、教育を受けたエリート、そして農村部でも、変化を望む強い要望があると反論する。

クーフィ氏の地元は北東部のへき地バダフシャン州だ。「ここの人たちは10年前は女性に強烈に厳しく当たってきた。それが今では私に投票してくれている。そう、変化は可能なのです。世界の友人たちの政治的、精神的支援次第なのです」

インタビューが終わる頃、クーフィ氏はインタビュー最後の写真を撮るため、テニスをしていた12歳と13歳の2人の娘を呼び寄せた。テニスは、わずか10年前にはアフガニスタンの女性が禁じられていた多くのささやかな楽しみの1つだ。【5月8日 AFP】
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クーフィ氏の健闘を祈りますが、今後の戦いは非常に厳しいものがあるでしょう。
せめて、暗殺されるようなことにはならないでほしい・・・という感すらあります。

また、「男性が基本であり、女性は副次的である」といった考えがまかり通る社会の変革が実現することを願いますが、仮に将来タリバンとの和解が成立したとき、女性専用ネットカフェなどは閉鎖に追い込まれるのでは・・・との危惧もあります。
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自らが解き放ったテロリズムに苦悩するオサマ・ビンラディン

2012-05-12 21:51:53 | 国際情勢

(“flickr”より By Ahmed1131 http://www.flickr.com/photos/ahmedwubail/6229191967/

死後1年 妻子は国外追放
国際テロ組織アルカイダの指導者オサマ・ビンラディン容疑者が米軍の作戦で昨年5月に殺害されて1年以上が経過します。

****ビンラディン容疑者の家族を国外追放 パキスタン****
パキスタン政府は27日、米軍の作戦で昨年5月に殺害された国際テロ組織アルカイダの指導者オサマ・ビンラディン容疑者の妻3人と子どもら計14人を、サウジアラビアに国外追放した。妻らは同日、同国に入った。地元メディアなどが報じた。

妻らは、不法滞在などの罪でパキスタンの裁判所から今月2日、禁錮刑と国外追放命令を言い渡されていた。既に刑期は終えている。妻のうち2人はサウジアラビア出身で、もう1人はイエメン出身。
妻と子どもらは、ビンラディン容疑者殺害の際に潜伏先にいたところをパキスタン当局に拘束され、監視下に置かれていた。【4月27日 朝日】
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妻の一人がビンラディン容疑者を裏切ったのではないか・・・と見る向きもあるようですが、実際のところはわかりません。

各地でテロを続けるアルカイダ関連組織
アルカイダ本体の活動は最近は低下しているように見えますが、世界各地でアルカイダとの連携を表明しているイスラム過激派によるテロ行為は後を絶ちません。

シリアの首都ダマスカス南部で10日朝、強力な爆弾2発が相次いで爆発し、内務省によると、通学中の子供を含む55人が死亡、372人が負傷しました。
このテロにアルカイダが関連しているとの指摘があります。また、反体制組織側は、アサド政権とアルカイダのつながりも指摘していますが、真相はわかりません。

****シリア、緊張拡大 情報機関ビル破壊****
・・・・ダマスカスでは、昨年12月23日に2カ所の治安機関前の爆発で計44人が死亡、今年1月、3月にも同様の事件でそれぞれ20人以上の死者が出ている。
自動車などを使った自爆テロの手法から米政府関係者らは、周辺アラブ諸国などから潜入したアルカイダ系のイスラム過激派が関与した可能性を指摘している。

シリア国民評議会など反体制派は一連の事件について「(治安の悪化を演出するための)政府による自作自演」との見方を示す一方、イスラム過激派の潜入については政府、反体制派とも認めている。イラクでは、2003年のフセイン政権崩壊後、スンニ、シーアの宗派対立にアルカイダが加わる形で内戦状態に陥った。シリアがイラクの「二の舞い」になる可能性も否定できない。【5月11日 朝日】
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ビンラディン容疑者が潜伏していたパキスタンでは、反政府武装勢力「パキスタン・タリバン運動(TTP)」によるテロが続いています。

****警察狙いテロ、20人死亡=10代少年の犯行か―パキスタン****
パキスタン北西部・部族地域バジョール地区で4日、警察の詰め所を狙った自爆テロがあり、地元メディアによれば警察幹部を含む少なくとも20人が死亡、42人が負傷した。周辺地域で活動する反政府武装勢力『パキスタン・タリバン運動(TTP)』が犯行声明を出した。

犯人は10代の少年とみられ、警察関係者が集まっていたところに走って近づき自爆した。バジョール地区では3日にも爆弾テロが2件発生し、TTPに反対する部族指導者ら5人が死亡。その後、警備体制が強化されていたという。【5月4日 時事】
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イラクでは、シーア派主導のマリキ政権の不安定化を狙った、アルカイダ関連のスンニ派武装組織によるシーア派住民を狙った同時多発テロが頻発しています。

****イラク:爆発テロ相次ぐ 少なくとも37人が死亡****
ロイター通信などによると、イラクのバグダッドや北部キルクークなど計5都市で19日、車に仕掛けた爆弾や自爆によるテロが相次ぎ、少なくとも37人が死亡、150人以上が負傷した。バグダッドではイスラム教シーア派が多く住む地域が狙われており、同時多発攻撃の可能性がある。【4月19日 毎日】
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アラビア半島のイエメンでは、政情混乱のなかでアルカイダ系組織が勢力を拡大していることが指摘されています。

*****イエメン南部で激しい戦闘、死者多数****
イエメン南部アビヤン州で9日未明、国際テロ組織アルカイダ系の武装勢力が軍の兵舎を襲撃して激しい戦闘になり、少なくとも60人が死亡した。(中略)

イエメンの南部と東部では武装勢力が存在感を強めている。国防省とある部族長によれば、政府側は前週末にイエメン南部と東部のアルカイダ系武装勢力の拠点を空爆し、戦闘員24人を殺害している。【4月10日 AFP】
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実質的無政府状態が続くソマリアで大きな力を持つイスラム過激派組織アルシャバブもアルカイダ関連組織とされています。

****ソマリア国立劇場で女性による自爆攻撃、五輪委トップら4人死亡****
ソマリアの首都モガディシオの国立劇場で4日、爆発物を体に縛り付けた若い女性による自爆テロが起き、ソマリア五輪委員会の会長とソマリア・サッカー連盟の会長を含む4人が死亡した。(中略)

国際テロ組織アルカイダと関連のあるイスラム過激派組織アルシャバブが犯行声明を出した。2011年8月にモガディシオ市内の拠点を放棄したアルシャバブはゲリラ戦術に立ち戻り、モガディシオで自爆テロや手りゅう弾による攻撃を繰り返している。【4月5日 AFP】
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ナイジェリアでは、イスラム武装勢力「ボコ・ハラム」による教会や警察の施設を狙うテロが相次いでいます。
「ボコ・ハラム」については、“ニジェール、チャド、ナイジェリア等のサヘル諸国の政府は最近アルカイダとボコハラムが関係を緊密化させていると見ている”【1月27日 中東の窓 野口哲也氏 http://blog.livedoor.jp/abu_mustafa/archives/4088623.html】との指摘があります。

****ナイジェリアで爆弾テロ、38人死亡 ミサ中の教会****
ナイジェリア北部の都市カドゥナの教会近くで8日、車に積んだ爆弾が爆発し、少なくとも38人が死亡し、多数のけが人が出た。2台の車に仕掛けられていたとみられる。AP通信などが伝えた。

爆発当時、教会は復活祭のミサ中だった。死亡した多くは待機していたバイクタクシーの運転手らだという。爆風で近くのホテルの窓が割れたり、民家の屋根が吹き飛んだりした。

ナイジェリアでは、イスラム武装勢力「ボコ・ハラム」による教会や警察の施設を狙うテロが相次いでおり、2009年以降に1千人以上が犠牲になっている。昨年12月には、首都アブジャ近くで、クリスマスミサ中の教会が狙われ、44人が死亡した。【4月9日 朝日】
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民間人標的は「無知で神をも恐れぬ犯罪行為」】
ところで、こうしたアルカイダ関連イスラム過激派のテロ行為を批判する内容の、過激派関係者による文書があります。

パキスタン・タリバン運動(TTP)の手法と行動はイスラム法に反していと強く批判
イラクのアルカイダによるシーア派の民間人を標的とする爆破テロは「無知で神をも恐れぬ犯罪行為」と批判
ソマリアのアルシャバブには、極端な刑罰は回避するよう勧告、また、内戦が極端な貧困をもたらしていることを指摘し、経済開発に努めるよう促す
イエメンのアルカイダ関連組織に対し、「停戦」の可能性を探るよう促す

非常に穏当で、分別がある内容にも思えます。
この文書を書いたのは、あのアルカイダ指導者ウサマ・ビンラディンだというのですから、驚きです。

****ビンラディンの大いなる誤算*****
アルカイダ「アボタバード文書」が物語るテロリズムの狂気にはまった男の苦悩
国際テロ組織アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディンが、パキスタン北部アボタバードの隠れ家で殺害されたのは昨年5月2日のこと。このとき米軍によって押収された文書が先週、公開された。

それによるとビンラディンは、「正しいこと」にこだわっていたようだ。人を殺すよりは人心をつかみたいと考え、人を殺すのは人心をつかむ手段と考えていた。テロリズムの道徳的・政治的失敗にも気付き始めていた。

例えばて昨年に害かれた44枚の書簡で、ビンラディンは一部のグループがイスラムの教理を曲解し、一般のイスラム教徒の殺害を正当化していることを厳しく叱責。こうした無差別殺戮のせいで、ジハード(イスラム聖戦)運動は一般市民から背を向けられたと非難している。

ビンラディンが特に問題視したのは、パキスタン・タリバン運動(TTP)だ。彼の意向を受けた側近がTTPの指導者に対し、「(TTPの)手法と行動」はイスラム法に反しており、「ジハード運動の崩壊」を招く恐れがあると警告している。

アボタバード文書は、イラクのアルカイダ関連組織がイスラム教シーア派の民間人を標的とする爆破テロを起こしたことも、「無知で神をも恐れぬ犯罪行為」と厳しく非難している(アルカイダは基本的にスンニ派)。

ビンラディンと側近は、狂信的な残虐行為にも懸念を示した。
イスラム法を厳格解釈するソマリアの反政府組織アルシャバブに対して、フンャリーア(イスラム法)を適用するときは、『疑わしきは罰せず』の原則を当てはめ、極端な刑罰は回避するよう勧告している。

ある側近は、「(アルカイダが)自分たちと考えの違うものには何でも反対する偏ったグループ、と見られるのを避けなければならない」と、現場の指揮官たちに呼び掛けている。「われわれはイスラムの教えに従うイスラム教徒であり……偏見を避けなくてはいけない」

分別を重視する発言もある。
ビンラディンはイエメンのアルカイダ関連組織に対し、「停戦」の可能性を探るよう促した。そうすれば国内が「安定化」するか、少なくとも「(アルカイダは)イスラム教徒の安全を図るために慎重に行動している」ことを示せるというのだ。

ソマリアについては、終わりなき内戦が極端な貧困をもたらしていることを指摘し、経済開発に努めるようアルシヤバブに促している。
また世界中の支持者に対し、イスラム系の政党と「対立する」のではなく、彼らにアルカイダの理念を教え、説得するよう呼び掛けている。

あれほど大勢の人間を殺した男がこんなことを書いていたとは。こんなことを書く男が、あれほど多くの殺人を指揮したとは、一体どういうことなのか。

唱える理念自体に欠陥が
アボタバード文書から分かるのは、ビンラディンが自分の解き放ったものを理解していなかったことだ。晩年になってようやく彼は、テロリズムがイスラムと、正義と、アルカイダに何をもたらすかを理解し始めた。
ビンラディンが始めた運動は、自らをむしばんでいたのだ。

それはテロリズムの不可避的な末路だ。信仰に関係なくほとんどの人は、子供や丸腰の人間を殺すのは重大な過ちだと思う。派閥抗争や戦争は嫌だし、抑圧的な政府の下で暮らしたいとは思わない。市場を爆破し、取るに足らない罪を犯した人の手を切り落とすグループを嫌う。

ビンラディンはこうした過ちを支持者のせいにした。自分か唱える理念を彼らが誤って解釈したのだと考えた。自分が唱えた理念自体に欠陥があるとは、決して思い至らなかった。

だが、ひとたびテロリズムを推し進め、聖典を都合よく解釈して正当化すれば、邪魔な人間を手当たり次第に殺すのを正当化するのは簡単だ。異教徒に対する戦争を宣言して、異教徒の定義を非イスラム教徒からシーア派に拡大するのもたやすい。

ビンラディンはこの狂気に深くはまり込み、はい出ることができなかった。だが彼が残した文書は、アルカイダとビンラディンの支持者全員に対する警告になる。神の名の下に民間人を殺せば、神と自分の価値観、そして人民を裏切ることになる。自分を破滅させることになる。
後戻りするなら、今だ。ウィリアム・サレタン(ジャーナリスト)【5月16日号 Newsweek日本版】
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