孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ギリシャ  「挙国一致多党連立政権」か、再選挙か ユーロ離脱も現実味を増すなかでの正念場

2012-05-11 22:41:20 | 欧州情勢

(反緊縮策を掲げ第2党へ躍進した急進左派連合(SYRIZA)のアレクシス・ツィプラス党首 再選挙になれば第1党も実現しそうな勢いですが・・・ “flickr”より By Maxflush http://www.flickr.com/photos/maxflush/7004240574/

緊縮策を推し進めた連立政権に対し、国民は厳しい審判
6日に行われたギリシャ議会選挙で、予想通り緊縮財政を行ってきた与党は、緊縮財政下で生活に苦しむ国民世論の反発を受けて惨敗しました。

****ギリシャ総選挙で連立与党が過半数割れ、反緊縮世論根強く****
2012年05月07日 15:51 発信地:アテネ/ギリシャ
6日行われたギリシャ総選挙は、財政緊縮策を推進してきた連立与党が過半数割れを喫した。融資の条件とされた緊縮策を推し進めた連立政権に対し国民が厳しい世論を突き付けた形で、ギリシャ政局とユーロ圏の経済安定化はますます先行きが不透明となった。

内務省の中間集計結果(開票率99%)によれば、全ギリシャ社会主義運動(PASOK)と新民主主義党(ND)を合わせた連立与党の得票率はわずか32.1%と、前回2009年総選挙での77.4%から大きく下落。欧州連合(EU)や国際通貨基金(IMF)、欧州中央銀行(ECB)による融資の条件として両党が合意した支出削減策の継続が極めて難しくなった。

議会第1党は新民主主義党が維持したが、同党の得票率としては過去最低を記録。また、かつて高い支持率を誇った全ギリシャ社会主義運動は急速に支持を失い、前回の半分以下の得票率で第3党へと転落した。
変わって議会第2党には、緊縮策に反対する急進左派連合(SYRIZA)が浮上。また、極右政党「黄金の夜明け」など2党が新たに議席を獲得し、議会を構成する政党数は7党と分裂が進む結果となった。【5月7日 AFP】
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第1党は6時間で組閣断念、第2党は再選挙を意識・・・組閣難航
選挙前から、与党の惨敗は予想されていましたが、過半数を維持できるかは微妙とされていました。
結果は、第1党に与えられる50議席を使ってもNDとPASOKの合計は149議席と過半数に届かず、その後の組閣作業が難航、再選挙の可能性が取り沙汰されていることは、報道のとおりです。

与党2党にどこか1党でも協力すれば、緊縮策を維持する形の組閣ができるのですが、これだけ不人気な緊縮策維持に手を貸す党はなかなか出てこないようです。

組閣は、第1党の新民主主義党(ND)が試み、それがうまくいかなければ、第2党の急進左派連合(SYRIZA)、次いで第3党の全ギリシャ社会主義運動(PASOK)が、それぞれ3日間の期間を与えられて試みます。
それが、すべて失敗したら再選挙ということになります。

余談になりますが、比例代表制によって過半数を制する党がなく組閣が混乱する事例(1年半組閣できなかったベルギーなど)は散見されますが、第1党に50議席を与えるとか、期限を切った組閣ルールなど、それなりの工夫はされているようです。まあ、今回はそれでも混乱していますが。

世界が注目するなか、最初に組閣を試みた新民主主義党(ND)は、僅か6時間で組閣を断念しました。
この背景としては、“政局運営の鍵を握るSYRIZAに責任を持たせる駆け引きの一環”【5月8日 毎日】とか、“連立協議の一巡後、大統領が各党党首を呼んで組閣の不成立を確認する際に、NDに主導権を取り戻すための瀬戸際作戦”【5月8日 毎日】とかの指摘もありますが、よくわかりません。
後述のように、再選挙になればNDなど与党勢力は、今回以上のダメージを受けると言われているなかでの淡白さは、何か腹積もりがあってのことか・・・という感はありますが。

第2党の急進左派連合(SYRIZA)が主張する反緊縮財政の左派連合は最初から成立の目処がたたないこともあって、SYRIZAの組閣工作は、再選挙を睨んだ動きに終始した感もあります。

“主張の近い左派小政党だけでは過半数に届かない。本格的な連立協議には中道右派・NDや中道左派・PASOKの協力取り付けが必要だが、両党との協議は組閣に許された3日間の最終日に回され、議会に議席のない左派小政党や市民団体との話し合いを優先。「組閣作業に名を借りて、再選挙を視野に左派勢力のさらなる大同団結をめざすパフォーマンスで、早くも事実上の選挙活動を始めている」(地元メディア)のが実情だ。”【5月8日 毎日】

“ギリシャの連立政権協議は、選挙後2日で行き詰まった。財政緊縮策反対を掲げて一躍第2党に台頭した急進左派連合(SYRIZA)が、話し合いどころか、再選挙になだれ込む野心を隠さず、対決姿勢をむき出しにしたためだ。”【5月9日 毎日】

急進左派連合(SYRIZA)が強気なのは、再選挙となれば、更に党勢を拡大できる状況があるためです。
***急進左派、支持率急伸=再選挙なら逆転首位も―ギリシャ世論調査****
ギリシャ・メディアが10日伝えた総選挙後の世論調査によると、政党別支持率で急進左派連合(SYRIZA)は27.7%と第1位となった。選挙で第1党となったNDは20.3%となり、再選挙になれば緊縮財政に反対するSYRIZAが逆転する可能性もある。

ただ、同党の議席数は128と過半数(151議席)には届かず、安定政権には他党との連携が必要となる見通し。次いでNDは57議席、全ギリシャ社会主義運動(PASOK)36議席となると予測されている。【5月11日 時事】
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ギリシャ支援見直しの動きも
ギリシャの組閣が難航し、再選選挙による政情混乱の可能性が高まるなかで、緊縮財政の継続を前提にギリシャ支援を行ってきたEUも、今後のギリシャ支援に慎重になる姿勢をすでに見せています。
欧州金融安定化基金(EFSF)は9日、ギリシャに対して10日に実施する予定だった融資52億ユーロ(約5400億円)を、42億ユーロにとどめると発表しています。残る10億ユーロ分の実行の可否は、14日のユーロ圏財務相会合で協議されることになっています。【5月11日 産経より】

【“緊縮策を段階的に撤回する”ことで「挙国一致多党連立政権」樹立の試み
こうした再選挙への動き、ギリシャ支援体制の見直しの機運の拡大のなかで、組閣の最後の試みとして第3党の全ギリシャ社会主義運動(PASOK)による組閣工作が行われています。
さすがに、これがラストチャンスということで、これまでよりは多少、事態打開に向けた動きもあるようです。

****ギリシャ連立交渉、歩み寄り…再選挙回避も****
ギリシャ総選挙後の連立交渉で、第3党の財政緊縮策支持派、全ギリシャ社会主義運動(PASOK)のベニゼロス党首は10日、緊縮策反対派の最穏健派「民主左派」のクベリス党首と会談した。
両党首は、緊縮策の段階的見直しを目指す超党派政権の樹立に向け、ともに歩み寄る姿勢を示した。緊縮策を当面維持しつつ、再選挙を回避する突破口になる可能性がある。

クベリス党首は会談で、〈1〉同国がユーロ圏に残る〈2〉ユーロ圏などと合意した緊縮策を段階的に撤回する――ことを目的に、3年間の期限で超党派政権を樹立する案を提案した。ベニゼロス党首は会談後、「双方(の立場)は非常に近い」と述べた。両党に緊縮策支持派の新民主主義党(ND)が加われば、3党の合計議席数は議会過半数(151)を超す168議席になる。【5月11日 読売】
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緊縮策反対派の最穏健派「民主左派」のクベリス氏は先に「ND・PASOK両党だけとの連立は組まない」と表明しており、今回の枠組みに急進左派連合(SYRIZA)を取り込んで「挙国一致多党連立政権」が可能かどうか・・・というところですが、どうでしょうか。

急進左派連合(SYRIZA)としては、これを蹴って再選挙に持ち込めば、先述のように第1党の座が転がり込んできそうな状況です。
ただ、そうなると、反緊縮策政権樹立という流れが現実のものとなり、EUによるギリシャ支援のストップ、ギリシャのユーロ離脱というシナリオも現実味を増し、ギリシャ経済は破綻する事態も想定されます。急進左派連合(SYRIZA)はその全責任を負う立場ともなります。そこまでの覚悟があるのか・・・?

市場でささやかれる「ギリシャのユーロ離脱」】
一方、市場では「ギリシャのユーロ離脱」が現実の問題として論議されています。

****ちらつくユーロ離脱 市場は織り込んだ動き****
欧州各国の国債を売買する市場では、財政不安のある南欧諸国の国債が売られ、そのお金が「安全地帯」とみられているドイツや日米の国債に逃げ込んでいる。スペインやイタリアの10年物国債の利回りは6%前後で高止まり。1.5%台と低いドイツ国債との差は開くばかりだ。

ギリシャが再選挙に突入すれば、政府の意思決定は当面できない。市場の関心は、ギリシャの混迷が周辺国にどう波及するかに移っている。「スペインやイタリアなど大国の財政再建に悪影響を与える」(大手銀行)という不安が市場を覆っている。

そんな中、ささやかれ始めたのが「ギリシャのユーロ離脱」だ。再選挙の結果次第では、離脱論が現実味を帯びる可能性がある。市場にとっても、ほかの国への危機の本格的な波及を避けるために、ギリシャをユーロから切り離した方がいいとの見方がある。

「ギリシャが今後1年半の間にユーロ圏を離脱する確率は50~75%」。米金融大手シティグループは10日、こんなリポートを公表した。選挙前は50%だったが、選挙後の混乱をみて確率をアップさせた。
ギリシャは3月、いったん債務不履行(デフォルト)になり、金融機関がもつギリシャ国債は減っている。金融システム全体に与える影響は以前より小さくなっており、「離脱しても大混乱が起きるとは考えにくい」(野村証券の木内登英氏)。

だが、実際に離脱できるかどうかは別問題だ。ユーロ圏には離脱の取り決めはなく、抜けるにはギリシャが欧州連合(EU)から脱退するしかない。EUから抜ければ、巨額の支援も止まることになり、ギリシャが失うものは大きい。

ただ、ユーロ圏に残ることは、ギリシャに厳しい現実を突きつける。今春、EUなどは総額1300億ユーロ(約13兆4千億円)の追加支援を決定。ドイツなどは支援停止もちらつかせながら、緊縮策の実行を迫るとみられ、経済のいっそうの悪化と「背中合わせ」だ。

各国は14日にユーロ圏財務相会合、23日にはEU27カ国の非公式首脳会議を開き、ギリシャ問題の対応を探る。欧州メディアによると、ドイツのショイブレ財務相はこう述べた。「ドイツはギリシャのユーロ圏残留を望むが、それはドイツが決めることではない」(ブリュッセル=野島淳、ロンドン=星野眞三雄)【5月11日 朝日】
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“緊縮策を段階的に撤回する”という、いささか玉虫色の合意で、とにもかくにも「挙国一致多党連立政権」を成立させ、時間稼ぎをしながら対応していくのか、それとも、再選挙に突入し、国家破綻の危機にも直面しかねない緊縮財政見直しの方向に舵を切るのか・・・決めるのはギリシャ国民です。
(現実問題としては、キャスティング・ボードを握っているのは急進左派連合(SYRIZA)のアレクシス・ツィプラス党首のように見えます)
まさに正念場です。

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シリア  あいまいな“停戦“ 月内に国連停戦監視団300人派遣 他に打開策なし

2012-05-10 22:17:32 | 中東情勢

(5月7日 戦車の上でシリア軍兵士と語る国連監視団メンバー “flickr”より By DTN News http://www.flickr.com/photos/dtnnews/7007424374/in/photostream

監視団の訪問時には戦火が収まり、立ち去ると再燃
****シリア:政府軍情報機関のビルで爆発、40人以上死亡****
シリアの首都ダマスカスにある政府軍の情報機関が入るビル近くで10日、爆弾が2発爆発した。シリア国営テレビは、40人以上が死亡し、170人以上が負傷したと伝えた。
AFP通信によると、爆発は10日朝の通勤通学時間帯に発生した。国営テレビは「テロリストによる攻撃」と伝えているが、トルコに拠点を置く反体制派組織「シリア国民評議会」は「政府が背後にいる」と主張している。【5月10日 毎日】
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シリアでは、アナン国連・アラブ連盟合同特使(前国連事務総長)の調停案に沿って、「現地時間4月12日午前6時」から“停戦”していることになっており、国連監視団も現地に入ってはいますが、「『テロ組織』による攻撃に対抗する権利は留保する」としているシリア・アサド政権は、その前段階としての「4月10日までの部隊撤収」を履行しておらず、戦車部隊などが配置されたままとなっており、戦火も停止していません。

****シリア:停戦順守は遠く 監視団といたちごっこ****
アナン国連・アラブ連盟合同特使(前国連事務総長)の調停によるシリアの停戦は、国連監視団の訪問時には戦火が収まり、立ち去ると再燃する「いたちごっこ」が続いている。
アサド政権が監視団と接触した市民を標的にしているとの情報がある一方、反体制派も当局者の「暗殺作戦」を進めているとされ、双方とも「停戦順守」の状況にはない。

「頼むから残ってくれ。あなたたちがいれば殺りくはやむ」。動画サイトに投稿された映像で、シリア中部ホムスの住民が現地入りした監視団に懇願した。反体制勢力の強いホムスは連日、激しい砲撃に見舞われていたが、監視団訪問で突如、沈静化したという。

中部ハマでは監視団の到着前に戦車が撤退し、住民は歓喜して反体制デモを繰り広げた。だが、監視団が去ると再び攻撃の火蓋(ひぶた)が切られ、反体制派によると、30人以上が死亡する事態に暗転した。
現在ホムス、ハマ両市には監視団員が2人ずつ常駐している。

アナン特使のファウジ報道官はスイスで記者団に「監視団と接触した市民が狙われているようだ」と語った。反体制派組織「シャム・ネットワーク」のムハンマド氏も毎日新聞の電話取材に「アサド政権は監視団をもてあそんでいる」と訴えた。

国連は近く監視団員を30人に増やす方針だ。しかし、アサド政権は反体制派支援国からの派遣を拒否しており、さらなる増強は難航も予想される。国連の潘基文(バン・キムン)事務総長は27日、「(アサド政権の)抑圧は容認できない。我慢ならない段階に入った」と非難した。

一方、反体制派も、強硬な活動を継続しており、AP通信によるとダマスカスなどでは停戦後、反体制派が治安幹部を射殺する事件が相次いでいる。多くは当局者が朝、自宅を出たところを襲われている。

また、ロイター通信などによると、シリア北部で28日、地中海からボートで上陸しようとした「テロリスト」を当局が阻止。沖合では大量の弾薬などを積んだ船をレバノン軍が拿捕(だほ)した。武器はリビアから流出したもので、シリア反体制派向けとみられるという。
シリア国営紙は28日、潘事務総長のアサド政権批判に反論し、「テロ行為を助長する発言だ」と論評した。【4月29日 毎日】
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【「現場(の安定化)に大きなインパクトを与える」】
こうした状況で、国連監視団300人を今月末までに配備することになっています。

****アナン氏「シリア、内戦の恐れ」 月内に監視団配備へ****
国連とアラブ連盟の合同特使のアナン前国連事務総長は8日、国連監視団の配備が決まった後も暴力がやまないシリアの情勢について、「全面的な内戦に陥る可能性がある」と警告した。アサド政権に弾圧の完全停止を改めて求め、監視団300人を今月末までに配備させたいと述べた。

アナン氏は、国連安全保障理事会の会合にジュネーブからビデオ会議で参加して情勢を報告。記者会見では、政府軍の重装備兵士や戦車などの数は減ったものの、まだ街中に配備されており、反体制派との戦闘も断続的に続いていると説明した。

アナン氏は監視団について「現場(の安定化)に大きなインパクトを与える」とし、派遣を急ぐ考えを強調。情勢を落ち着かせたうえで、政権と反体制派の対話を促したい意向だ。
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国連の潘基文事務総長も9日の国連総会会合で、国連シリア停戦監視団の軍事要員を今月末までに定員の300人とする考えを示し、各国連加盟国に協力を求めています。
しかし、実質的な停戦合意が成立していないなかでの国連監視団による停戦監視の実効性を疑問視する向きが少なくないのが現状です。

****シリアPKO、尽きぬ不安 停戦合意ないまま月内に本隊****
国連は23日、シリアのアサド政権軍と反体制派の停戦監視のため、最大300人で構成される平和維持活動(PKO)の本隊派遣を決めた。だがPKOの前提となる紛争当事者間の停戦合意がないままでの「見切り発車」。派遣に必要な決議を採択した安全保障理事会の理事国からも、実効性に疑問の声が出ている。

「シリア人はPKOが政権の残虐行為を抑え、市民の人権保護につながると期待するが、政権は過去、我々をだまし続けた」
23日に開かれた安保理会合で、米国のライス国連大使が述べた。国連のパスコー政治局長がシリアの現状を「停戦は不完全」としながらも、停戦監視要員の派遣は「事態の沈静化につながる」と力説した後の発言だ。国連事務局の見立ては「楽観的過ぎる」と暗に批判する形になった。

従来のPKOは、紛争当事者の停戦合意成立後の展開を原則にしている。今回は当事者間に明確な停戦合意がないうえ、戦闘が断続的に続き、「混沌(こんとん)とした戦地で、あいまいな『停戦』を見張るようなもの」(国連幹部)だ。また、安保理関係者によると、シリア政府の強い意向で監視要員を「完全な丸腰」(非武装)にしたといい、安全面でも不安を残す。

さらに、国連決議は、監視要員の移動と行動の自由を保障するようシリア政府に求めているが、国連の飛行機やヘリコプターを使うことに同政府が難色を示している。そのため、「本来は独立した存在であるべき監視要員が、安全も移動手段もシリア政府に頼る恐れがある」と懸念する声が安保理関係者に出ている。

一方の反体制派も足並みはバラバラだ。安保理関係者や国連幹部の話を総合すると、15日に現地入りしたPKOの先遣隊が、政権と反体制派の双方と公平に協議しようとした。だが、反体制派をまとめるリーダーは見つからず、双方の理解を得た活動計画を立てることができないという。

反体制派のシリア国民評議会は「300人では少ない。政権側の動向を監視するためには少なくとも3千人の要員が必要だ」としている。【4月25日 朝日】
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ただ、“あいまいな『停戦』”にせよ、監視団を避けての“いたちごっこ”にせよ、何もしないよりはまし・・・とは言えるかと思いますので、もし300人で足りないなら更に増員するなどの対応をとれば、沈静化に向けたいくばくかの効果は期待できるのではないでしょうか。
とにかく、今は他に打つ手がありませんので。

【「戦時」と「平時」が混在する現況
シリア国内の現況については、“アサド政権の武力弾圧が続くシリアでは「戦時」と「平時」が混在する。連日死者が出る中部ホムスは一部が廃虚と化したが、首都ダマスカスでは一見平穏な日々を送る住民も多い”【5月9日 毎日】という状況です。

****不気味な静けさ続く首都=うごめく反体制感情―シリア****
反体制派弾圧が続くシリアの首都ダマスカスは、表面的に平穏な状態が続いている。
民衆蜂起「アラブの春」に触発された反体制運動は、アサド政権の強権支配に封じ込められつつあるとの見方もある。
だが、水面下では反体制感情が渦巻き、政権打倒を目指す武装組織も息を潜めて反転攻勢をうかがっていた。

人民議会選が行われた7日、市内の投票所では一部で行列が見られたが、多くは閑散としていた。人民議会や外務省がある中心部に隣接するクファルスーサ地区では先週、治安部隊に市民5人が殺害され、反体制感情が高まっていた。
同地区はイスラム教スンニ派住民が自動車修理や家具製造工場、農場を営み、のどかな風景が広がっている。ある住民は「地区住民は家族みたいなものだ。だからアサド政権の不正や市民虐殺に反対し、結束して反体制デモを行うことができる」と話した。

アサド政権の中枢を占めるイスラム教少数派アラウィ派と、反体制派の大部分を成すスンニ派の宗派間内戦の様相を呈する中、クファルスーサ地区以外でもスンニ派のミダンやカブーンなどの地区で反体制デモが頻繁に起き、「政権打倒を」といった落書きが目立つ。

住民によれば、大統領派の民兵組織「シャビーハ」や治安組織が数時間おきにこうした地区を巡回。記者もカラシニコフ自動小銃を携行した一般車両に乗った5人組に遭遇した。ある市民は「7割程度の市民が反体制だが、多くはデモに参加したくてもできない。命を失う可能性があるためだ」と打ち明けた。【5月8日 時事】 
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****震える住民「命狙われる」=無人都市に響く銃撃音―壊滅の反体制派地区・シリア中部****
アサド政権による反体制派弾圧が続くシリアの中部ホムスに8日、アナン国連・アラブ連盟特使の調停案履行を監視する国連停戦監視団に同行して入った。

シリア第3の都市は、反体制武装組織が拠点としたため、政府軍の総攻撃を受け、ゴーストタウンの様相を呈していた。残った市民は「最近も政権の狙撃手に何人も殺されている。いろいろしゃべりたいが、命を狙われる」と唇を恐怖で震わせた。

かつては約200万人が住んだホムスのバーバアムル地区。反体制デモが頻繁に起き、反体制武装組織「自由シリア軍」が市民を守るために支配下に入れたため、ヘリコプターやミサイルによる攻撃で壊滅状態に陥った。現在、市内の別の地区や国内外に人々は逃れ、住民の姿はほぼ見当たらない。

行政庁舎や銀行が入居するビルが立ち並ぶ市中心部も、大通りに人の姿はない。調停案に基づく停戦で戦闘は停止しているが、銃撃や砲撃の痕跡が生々しく残り、乾いた銃撃音が散発的に響く。

市中心部のウータ地区では、治安関係者が近くで目を光らせる中、バーバアムル地区の家を失った22歳の大学生が恐怖を押し殺し、声を絞り出して苦境を訴えた。反体制派地区出身というだけで検問所で拘束され、1時間以上も暴力を振るわれたという。政権はビルの屋上に狙撃手を配置しており、数日前にも、射殺された人の遺体を収容するのすら困難だった。

別の50代の男性が「バッシャール(アサド大統領)は人殺しだ」と怒りをあらわにしたところ、周りの少年たちも同調した。宗派間内戦の様相を呈する中、反体制デモを主導したイスラム教スンニ派地区は徹底的に破壊され、大統領と同じアラウィ派の地区や異なった宗派・宗教の市民が混在する地域の被害は目立たない。【5月9日 時事】
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選挙にも期待できない、軍事介入も考えにくい現状
フランスやギリシャで注目の選挙が行われた今月7日には、シリアでも複数政党制に移行した初の選挙が行われてはいますが、反体制組織は「弾圧下での選挙に何の正当性もない」としてボイコット、アサド政権側が政治改革の進展をアピールする色合いが強い選挙となっています。【5月7日 読売より】

アメリカ国務省のトナー副報道官は7日の記者会見で「このような状況下で議会選を実施するのは、ばかげている」「市民の基本的人権が否定され、政府が市民に日常的に攻撃を仕掛けている状況で、信頼できる選挙を実施することは全く不可能だ」と述べ、選挙の正当性を全面的に否定する見解を示しています。【5月8日 毎日より】

本来であれば、停戦後に向けた大きな節目となるべき選挙ですが、政権側のプロパガンダ的な意味合いしかなく、殆んど注目もされていません。

シリアの反政府運動は“アサド政権の中枢を占めるイスラム教少数派アラウィ派と、反体制派の大部分を成すスンニ派の宗派間内戦の様相を呈する“状態となっていますので、もし“公正”な選挙が行われれば、国民の7割を占めるスンニ派に支持される反政府勢力が勝利するものと思われます。
政権を失えば、アサド大統領と家族は国外へ亡命ということもできるでしょうが、反政府勢力弾圧に手を染めた多くの政権支持者には報復の嵐が待っています。彼らにはもはや引き返す道はないのが現状です。

ということは、政権を追われれば混乱の責任を追及されることが必至のアサド政権が、負ける“公正な選挙“を行うことは考えられません。

外国の軍事介入についても、国連安全保障理事会での武力行使容認決議にはロシアと中国が反対するとみられ採択できる状況ではないことや、中東情勢に占めるアサド政権の重要性などから、現実性は今のところありません。

選挙も軍事介入もあてに出来ない状況では、たとえ実行性の疑問視されている国連監視団であっても、先述のように“何もないよりはまし“ということではないでしょうか。
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中国  一連の政治的混乱から国内外のメディア・ネット統制を強める 南シナ海での緊張も高まる 

2012-05-09 22:39:07 | 中国


逆ギレしたのか、それとも計算づくの行動か?】
中国はこのところ、重慶市トップだった薄煕来氏失脚事件、及びそれに関連する党内の権力闘争に関する話題、また、盲目の人権活動家・弁護士、陳光誠氏のアメリカ出国の問題など、外国メディアの俎上にのぼることが多くなっています。

権力闘争とか人権問題は、中国指導部としては一番敏感な問題であり、こうした一連の事件、外国メディアの報道ぶりに苛立っていることは想像に難くないところです。
実際、外国メディアの“報道過熱”を中国政府や国営メディアは批判してもいます。
そうしたなかで、中東の衛星テレビ局アルジャジーラの記者が国外追放になるという事態も生じています。

****アルジャジーラを追放した中国コワモテの理由*****
重慶スキャンダルや軟禁下にあった人権活動家の脱出など体制を揺るがすスキャンダル続きの中国。逆ギレしたのか、それとも計算づくの行動か

中東の衛星テレビ局アルジャジーラは、英語部門の中国支局が閉鎖に追い込まれたと発表した。中国政府が同局の記者メリッサ・チャンのビザと記者証の更新を拒否したためだ。
チャンは07年から中国に駐在し、経済から政治、外交、人権問題まで幅広く取材を行ってきた。アメリカ国籍の彼女は5月7日の夜、北京からロサンゼルスに向けて出国した。

中国が正式な記者証を持つ外国人記者を国外に追放するのは、14年ぶりのこと。アルジャジーラは、中国政府の決定には失望しているとの声明を出した。

中国国内の新聞や放送局は、当局の厳しい管理下に置かれている。そうした国で起きた今回の出来事は、駐在外国人記者たちの強い反発を招いている。
中国外国特派員協会(FCCC)はツイッターに投稿した声明の中で、チャン追放という中国政府の決定には「愕然として」おり、中国で誰が記者として働くかを決める権利は中国政府ではなく、報道機関にあるとした。

FCCCによれば、アルジャジーラが昨年、中国国内の強制労働収容所の実態を描いたドキュメンタリー番組を放送したことに中国政府は不満を持っていた。ただし、チャンはこの番組の制作には一切関与していない。中国側はさらに、アルジャジーラ英語部門の報道内容全般にも不満を示し、チャンが規則や規制に「違反した」と非難したが、具体的な違反の内容には言及しなかったという。

別の記者のビザ発行も拒否
問題の収容所は反政府活動家などを罰する目的で使われることが多く、アルジャジーラはこうした中国政府による「再教育」の現場を英語放送のドキュメンタリーにまとめていた。この番組には無関係とされるチャンも、中国社会の闇を明らかにする話題を取材することが多かった。
アルジャジーラは中国支局の規模拡大のために別の記者たちへのビザ発行も申請したが、これも拒否されたという。

中国では最近、薄煕来(ボー・シーライ)前重慶市党委員会書記の不祥事による失脚や、自宅軟禁されていた盲目の人権活動家・弁護士、陳光誠(チェン・コアンチョン)の脱出劇など大きな事件が相次いだ。これについて報道が世界中で過熱していることを、中国政府や国営メディアは批判していた。

中国政府が人権侵害を行っていると受け取られるような微妙な問題について中国在住の外国人ジャーナリストが報道して、国外追放になると脅されたり、ビザ発行を大幅に遅らされたりすることはしょっちゅうだったが、14年ぶりの国外追放は、党の世代交代へ向けて本気で邪魔者を排除するコワモテ戦術の始まりかもしれない。【5月9日 Newsweek アリソン・ジャクソン】
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左右のイデオロギー対立が党内分裂につながることを警戒
中国指導部の苛立ちは海外メディアだけでなく、国内のネット世論にも向けられています。
一連の事件による動揺が、ネット世論で増幅され党内の分裂に及ばないように、ネット管理を強めていることが報じられています。

****中国、左右サイトを次々閉鎖…党内分裂を警戒****
毛沢東時代を回顧する「紅歌(革命歌)」を奨励するなどの左派的手法を取り入れた薄煕来前重慶市党委書記の失脚で、中国の胡錦濤政権は、左右のイデオロギー対立が党内分裂につながることを警戒し、関連サイトの閉鎖に乗り出している。

盲目の人権活動家、陳光誠氏を支持する勢力は、ネットでの言論活動を活発化させており、言論統制は一層強化されている。

 ◆薄氏事件余波◆
ネットでは薄氏を批判する温家宝首相の辞任説も流布。党高級幹部子女グループ「太子党」の薄氏支持派が、胡・温コンビに反撃を仕掛けているとの見方が強く、胡氏は7日以降、各地の党幹部を北京に集め、安定団結に向けた話し合いを続けている模様だ。

中国では、改革・開放政策を批判し、計画経済を支持する保守思想は左派、市場主義による改革を主張し、西側の民主主義に近い立場は右派と大別される。

胡氏は3月、薄氏の市党委書記解任後、「党の団結」をアピールする宣伝工作を強化。薄氏を礼賛していた「烏有之郷」や「毛沢東旗幟ネット」など左派の代表的サイトを封鎖する一方、右派の「中国選挙・統治ネット」や「共識ネット」、自由主義的な論調で知られる「天則経済研究所」のサイトも閉鎖、または一時閉鎖した。

多数のフォロワー(読者)を持つ右派著名人の微博(中国版ツイッター)も相次ぎ封鎖され、中国メディア記者は「左派劣勢で右派が活気づき、逆に左右の亀裂を深めることを警戒したため」と分析する。陳氏の写真を掲載しただけで閉じられた人気微博もある。

当局が神経質になるのも、胡政権が貧富格差の拡大や腐敗を放置しているとの批判は根強く、「等しく貧しかった」毛沢東時代への回顧を求める左派が、既得権益からはじかれた低所得者層などから支持を受けているためだ。「薄氏1人の失脚で左派の思想が退潮するとは言えない」(党関係者)のも事実だ。【5月9日 読売】
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武力行使を排除しないとのメッセージ
中国の苛立ちの対象は、もうひとつ、スカボロー礁(中国名・黄岩島)周辺の主権をめぐり南シナ海の海上で約1カ月にわたり艦船がにらみ合いを続けるフィリピンにも向けられています。
中国からすれば、 “小国”フィリピンごときがアメリカの威を借りて・・・という感もあるのでしょう。

これまでは、主に中国国内ネット世論において、そうした対フィリピン強硬論が目立っていましたが、中国政府発言のトーンも上がってきているようです。

****中国、武力行使も排除せず=南シナ海、対比強硬論高まる****
南シナ海の領有権を争う中国とフィリピンの艦船が、同海スカボロー礁(中国名・黄岩島)付近でにらみ合いを続け、一触即発の状況となっている。中国の傅瑩外務次官は9日までに、沿岸警備隊艦艇を派遣し続けるフィリピン側に「事態拡大に対処する各種準備を行った」と警告。

9日付の国際問題紙・環球時報は「(傅氏の発言は)武力行使を排除しないとのメッセージと言えるものだ」としており、強硬論が強まっている。【5月9日 時事】
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上記の傅瑩外務次官の発言について、中国系香港紙・文匯報は9日の論評で、フィリピンに対する「最後通告」だとも指摘しています。
また、フィリピン側の挑発的な行動が中国当局と民間の「強い不満」を招いていると強調、「小規模な武力衝突の可能性も排除できない」とする中国の国際問題専門家の見解を伝えています。【5月9日 時事】 

国内に問題・動揺があるとき、対外的問題で強硬姿勢をとり、国内の注目をそちらに向ける・・・というのは古今東西の国家指導層の常套手段でもあります。

薄煕来氏や陳光誠氏の事件でゴタゴタしているときに、目障りなフィリピンを標的に限定的な武力行使を行う・・・というのもあり得ない話でないかもしれません。
当然、アメリカが出てこない程度・時間内での“限定的”なものになりますが。

ただ、軍事的に直接アメリカを巻き込むことがないにしても、アメリカとの対立は決定的にもなりますので、中国がそうした選択を行うことは、あまり“ありそうにないこと”のようには思えますが。

アメリカは、南シナ海で有事の際には米軍が関与するとの見方を示しています。

****比、権益維持へ米に接近 ****
4月22日、南シナ海に面するフィリピン・パラワン島で行われた米比合同軍事演習の記者会見。「南シナ海は米比相互防衛条約の範囲内なのか」との質問に対し、フィリピン国軍のサバン西部方面軍司令官は「条約に基づき両国は、どちらかが侵略されれば対応する」と述べ、南シナ海で有事の際には米軍が関与するとの見方を示した。横に並んだ米海兵隊のティーセン中将も「司令官の見解は正しい」とうなずいた。

30日にはワシントンで両国の外務、国防担当閣僚による初の「2+2」会談があった。パネッタ米国防長官は、南シナ海を監視する米国の偵察衛星の情報を24時間態勢でフィリピン側に提供すると約束した。

極東最大の米軍基地だったクラーク、スービック両基地を1991年に返還させたフィリピンは、昨年3月に南シナ海のリード礁で自国の資源探査船が中国軍艦に妨害された事件を機に、軍事面で米国に再び急接近している。
戦闘機も、ミサイル搭載の艦艇も持たないフィリピン軍は、中国軍に対しては丸腰同然だ。米軍機や艦船への補給場所の提供を広げることで、南シナ海の自国の権益を守ってもらうことを目指している。

一方、中国は、米比合同軍事演習と同じ頃、黄海でロシアとの合同軍事演習を実施。「フィリピンの一方的な動きは度を超しつつある」(外交筋)と、対米接近に対して警戒感を強めている。【5月9日 朝日】
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なお、5月4日、フィリピン・バナナ栽培輸出企業協会は、スカボロー礁(黄岩島)問題以後、中国がフィリピン産バナナの検疫が厳格化していると発表しています。
フィリピン産バナナの輸出では中国市場が過半数を占めており、フィリピン大統領府はスカボロー礁という主権問題が貿易などの問題に影響しないよう求めるコメントを発表しています。【5月6日 Record Chinaより】
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コソボのセルビア系住民に残された道は・・・

2012-05-08 23:29:43 | 欧州情勢

(4月28日 セルビアの選挙実施に伴って高まる、コソボ内のセルビア系住民居住地区の緊張に備えて増強されたNATO指揮下のKFOR(コソボ治安維持部隊) “flickr”より By DTN News http://www.flickr.com/photos/dtnnews/7121099363/

セルビア:再度のタディッチ・ニコリッチ対決
6日は、フランス大統領選挙とギリシャ議会選挙という、今後の欧州経済を左右する選挙が行われ、その結果、これまでの財政緊縮策重視路線の修正が迫られる状況、特に、ギリシャは組閣ができず再選挙になる事態も視野にいれた、新たな混乱の引き金にもなりかねない状況になっていることは、多くの報道によって周知のところです。

その6日、セルビアでも大統領選挙と議会選挙のダブル選挙が実施されています。
タディッチ大統領の任期はまだ残っていましたが、与党・民主党の議会選挙苦戦が伝えられる中、根強い大統領の個人人気で議会選をテコ入れする狙いから、4月4日、約10カ月の任期を残して辞任すると発表し、大統領選挙とのダブル選挙に持ち込んだものです。

結果、議会選挙では親欧米派与党・民主党は微増にとどまり、極右民族派政党から分派した野党、セルビア進歩党が首位に立っていますが、単独過半数には及ばず、今後の連立交渉が注目されます。

****セルビア議会選:進歩党が首位 連立交渉が焦点に****
セルビア議会選(定数250)は7日までの開票で、極右民族派政党から分派した野党、セルビア進歩党が首位に立った。だが単独過半数には及ばず、親欧米派与党、民主党が小差で続く。新政権の行方は3位に躍進したセルビア社会党との連立交渉次第となった。

AP通信によると、進歩党は73議席、民主党は67議席、社会党は44議席の見通し。民主党は微増にとどまった。24%の高失業率や汚職のまん延が、連立政権を主導する民主党に逆風となった。
連立与党の一角の社会党は、民主党のタディッチ前大統領と進歩党のニコリッチ党首による20日の大統領選決選投票の結果などで連立相手を選ぶ見通し。

ニコリッチ氏は、極右セルビア急進党の元党首代行。ロシアとの関係を重視し欧米と距離を置いてきたが、08年の進歩党設立で政策転換。今選挙で欧州連合加盟を訴えた。
社会党はかつて、旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷で起訴されたミロシェビッチ旧ユーゴ連邦大統領が率いていた。【5月8日 毎日】
*************************

一方、大統領選挙の方は出口調査によれば、4月に辞任したタディッチ前大統領と、民族派の野党・セルビア進歩党のニコリッチ党首が同程度の得票率で競り合う展開となっていますが、ともに単独過半数には届かず、両氏が20日の決選投票に進む見通しとなっています。

08年1月に行われた前回大統領選挙も、EU加盟を推進する親欧米派のタディッチ氏と民族主義政党である急進党のニコリッチ氏の争いでしたが、今回同様、第1回投票では決着がつかず(ニコリッチ氏が得票率39.9%、タディッチ氏が同35.4%)、2月に行われた決選投票でタディッチ氏が勝利しています。(タジッチ氏の得票率は50.5%、ニコリッチ氏は47.78%)
敗戦・コソボ独立は必至という状況で、セルビア国民は閉塞状態からの脱却の道をEU加盟に求めた選択だったと思われます。

状況は変わった
ただ、08年当時はまだコソボが独立を表明しておらず、民族主義政党である急進党のニコリッチ氏はコソボ独立に強硬に反対する立場で、コソボ独立を容認する姿勢の欧米ではなく、ロシアとの関係を重視する主張を行っていました。

前回選挙後の08年2月、コソボは一方的に分離独立を行いました。
一方、ニコリッチ氏は従来主張にこだわる急進党から分派して進歩党を設立、今回選挙ではEU加盟推進に政策転換しています。
こうした情勢の変化がどのように決選投票に影響するかが注目されます。

この決選投票結果次第で、議会における連立交渉も、親欧米派与党・民主党と民族派の野党・進歩党のどちらを軸とするかが決まってくると思われます。

コソボ:取り残されたセルビア系住民の苦悩
一方、セルビアから分離独立したコソボには、セルビア系住民が少数派として生活しています。

“2008年2月、セルビアから一方的に分離独立を宣言したコソボでは、人口約220万人の約9割を占めるアルバニア系住民が首都プリシュティナに政府を樹立。一方で、1割に満たないセルビア系住民は辺境に追いやられ、大半は職にも就けず、セルビア本国からの支援で細々と暮らす。若者の多くは移住を始めている。

セルビアはコソボ独立に反対してきたが、それも当てにはできなくなってきた。セルビアは欧州連合(EU)加盟を目指しており、EUの提案を受け入れてコソボとの関係改善に傾いたからだ。12月にはコソボとの国境の共同管理にも合意し、事実上、国境の存在を認めた”【11年12月27日 朝日】

こうした“取り残された”状況で、コソボのセルビア系住民はセルビア本国を見限り、ロシアの市民権を求めるといった動きもあることなどは、11年12月29日ブログ「ソ連崩壊から20年 経済崩壊モルドバで深刻化する孤児問題 コソボのセルビア系住民は・・・」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20111229)でも取り上げたところです。

セルビア系住民は2月には、コソボ政府を認めるかどうかを問う住民投票を行っています。
****コソボ承認めぐり住民投票=セルビア系が実施、新たな火種****
2008年2月にセルビアからの独立を宣言したコソボで14日、北部のセルビア系住民がコソボ政府を認めるかどうかを問う住民投票を行った。反コソボ派が圧倒的多数を占めるのは確実。
コソボ北部ではセルビア系住民と多数派のアルバニア系住民の間で緊張が続いており、新たな火種になる可能性もある。

投票はセルビア系住民約3万5000人を対象に実施。「いわゆるコソボ共和国の機構を受け入れるか」との質問に答える。投票は15日まで。【2月14日 時事】
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更に、今回のセルビア本国の選挙に併せて、独自地方選挙も行っています。
****コソボ:少数派のセルビア人 独自地方選強行の構え****
コソボ北部に暮らす少数派のセルビア人が6日、結びつきの強い隣国セルビアの選挙に合わせ、独自に地方選を強行する構えを見せ、緊張が高まっている。

アルバニア人主体のコソボ政府は投票阻止を警告。セルビア政府も中止を命じ、国際治安部隊も増派された。セルビアとコソボが欧州連合(EU)加盟を視野に接近する中、取り残された形のコソボのセルビア人はセルビア本国への失望感を深めている。

「ここはセルビアだ」−−。コソボ北部の主要都市ミトロビツァから北西へ車で約30分。地方選が行われるズビンポトクに向かう山道にはセルビア国旗が掲げられ、巨大な看板が立つ。北大西洋条約機構(NATO)が指揮する国際治安部隊の検問所を通り抜けると、丸太と鉄パイプのバリケードが現れた。

脇の小屋から屈強な男たちが目を光らせる。「STOP NATO」の横断幕が目を引く。昨年7月、コソボ警察部隊の進入に激怒したセルビア人はバリケードで道路を封鎖し、国際部隊と衝突。以来、両者のにらみ合いが続いている。【5月5日 毎日】
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幸い、大きな混乱にはならなかったようです。
“セルビアと緊張関係にある隣国コソボでは国際機関の監視下、少数派セルビア人による大統領選と議会選の「在外投票」が行われ、無事終了した。コソボ北部のセルビア人がセルビア、コソボ両政府の制止を無視して強行した地方選でも大きな混乱は無かった”【5月7日 毎日】

セルビア系住民とアルバニア系住民の間のこれまでの確執から、両者の共存を考えることは非常に困難なことではありますが、コソボが独立し、本国セルビアもEU加盟に将来を託す状況になっている今日、コソボのセルビア系住民にとっては“共存の道”を模索するしかない・・・と思われます。
厳しい現実ですが、これを受け入れるしかないのでは・・・・。
もちろんその際、コソボ国内において、セルビア系住民の権利が平等に保証されるべきであることは言うまでもないことです。
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ミャンマー  期待される民主化・社会安定へ向けた堅実な取り組み

2012-05-07 21:34:47 | ミャンマー

(ミャンマー・ネピドーの連邦議会下院で議員就任の宣誓をする野党・国民民主連盟(NLD)のアウン・サン・スー・チー党首と党員ら【5月2日 AFP】http://www.afpbb.com/article/politics/2875637/8882537

守旧派の中心人物が辞任?】
国際社会が予想した以上に民主化への動きが進むミャンマーで、守旧派の中心人物とされる副大統領の辞任が一部で報道されています。
事実なら、改革へ向けた流れが更に加速する可能性もあります。

****ミャンマー副大統領が辞表?改革派、勢力拡大か****
米政府の海外向け放送「ボイス・オブ・アメリカ(VOA)」のビルマ語放送は6日、ミャンマーのティン・アウン・ミン・ウー副大統領が健康問題を理由に辞表を提出したと伝えた。

副大統領は軍政時代の最高権力者だったタン・シュエ国家平和発展評議会(SPDC)元議長の側近。テイン・セイン大統領の政治・経済改革に反対する守旧派の中心人物とされる。
国営メディアは副大統領の辞任を伝えていないが、事実とすれば、政権内で改革派が一段と実権を強めた可能性がある。【5月7日 読売】
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【「民主化や国民和解に少数民族政党との連携は欠かせない」「国軍の支持も取り付けたい」】
もっと明確な民主化へ向けた動きとしては、憲法遵守宣誓問題の成り行きが心配されていたスー・チーさんと国民民主連盟(NLD)党員が、国民の期待を実現する形で宣誓に応じ、議員活動を開始したことがあります。

****スーチー議員が始動 初登院、軍との協力も模索****
ミャンマーの最大野党、国民民主連盟(NLD)のアウンサンスーチー党首(66)ら38人が2日、国会議員に就任し、国政への一歩を踏み出した。国軍と民主化勢力の対立が20年以上続いたミャンマーは、国会で与野党が国民和解や経済改革などを議論する新しい時代に入った。
スーチー氏らが参加する国会の実質的な審議は、次回会期の始まる7月からとなる見込み。

NLDが得た議席は、宣誓式に欠席した3人を含め、上下両院合わせて41。議会の最大野党勢力だが、全議席(定数664、うち4分の1は軍人枠)の6%にすぎず、他党との連携が大きな課題になる。
NLDはこの日の本会議終了後、少数民族政党の国会議員約20人を招いた昼食会を開催。スーチー氏は懇談で「民主化や国民和解に少数民族政党との連携は欠かせない」と発言。さらに「国軍の支持も取り付けたい」として政治・治安面で強い影響を持つ軍との協力を模索する考えを示した。

昨年3月の民政移管とともに発足した国会は、軍人枠に加え、選挙選出枠の8割を軍政の翼賛政党だった与党、連邦団結発展党(USDP)が占め、当初は政府の政策を追認するだけとの見方が強かった。
しかし政府提出法案の否決や予算案の組み替えなど、行政を監視する立法府の役割を積極的に果たそうとの努力が見られた。民主派議員から出された政治犯釈放決議に与党議員の一部が賛成に回るなど、党議拘束なしの運営も続いた。

NLDは国会の軍人枠撤廃など憲法改正を掲げ、今後、政権与党と対立する可能性もある。国軍は先月23日、大佐が最上位だった軍人枠議員59人を交代し、准将を筆頭とする上位階級の軍人と入れ替えた。スーチー氏との論争に備えた動きとの指摘も出ている。(ネピドー=藤谷健) 【5月3日 朝日】
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“宣誓式に欠席した3人”というのが少し気になりますが、スー・チーさんが現実的対応を選択したことには安堵しました。

与党議員も、国際社会が考えていとような没個性の翼賛組織ではなく、それなりに国会議員としての役割を果たしたいという思いを抱いているように見えます。
もちろん、一気に民主化への変革が議会内で進むとも思いませんが、一定に議論を行える余地はあるようですので、民主化へ向けた動きの一助とはなるのではないでしょうか。

ケシ栽培根絶:兵士の社会復帰や農業の生産力向上など息の長い取り組みが必要
ミャンマー政府の具体的施策のひとつとして、ケシ栽培根絶への取り組みが報じられています。

ミャンマーのケシ栽培・アヘン生産については、
“第2次大戦後、中国・国民党の残党組織がミャンマー東部シャン州に入り、ケシの栽培を進めたとされる。
シャン州とタイ、ラオスの国境地帯は「黄金の三角地帯」と呼ばれ、国民党兵士を父に持つ麻薬王クン・サー氏がここを拠点に麻薬ビジネスを取り仕切った。
同氏は1996年に軍事政権に投降。02年にはケシ栽培が禁止されたものの、武装勢力の資金源になっていた。
UNODCによると、ケシからつくったアヘンの生産は10年時点で580トンで、アフガニスタンに次いで世界の約12%を占めるとされる”とのことです。

****ミャンマー、消えるケシ畑 政府、根絶へ向け本腰****
麻薬の原料となるケシの生産が世界第2位のミャンマーで、同国政府がケシ畑の根絶へ向け、本腰を入れている。主産地だった少数民族地域で武装勢力との停戦が進み、取り締まりの手が入りやすくなったためだ。国連は、生活の糧を失った農家への食糧援助を通じて後押しする方針だ。

■国連、減収農家に支援策
「ケシはやめた。今はジャガイモとお茶を作っている」。東部シャン州の村に住むウカンナンティーさん(48)は、潘基文(パン・ギムン)国連事務総長とともに現地を訪れた外国人記者団にそう話し、草刈り機でケシを刈り取ったという自分の畑を指し示した。

国連薬物犯罪事務所(UNODC)によると、栽培面積の大半が集中する同州では、この1年で3分の1以上の畑が消えた。ミャンマー政府は、2011年半ばに全土で4万3千ヘクタールあったケシ畑のうち、半分以上の2万3600ヘクタールを根絶したと主張する。跡地は水田に転作していると説明するが、実際にはそのまま放棄された畑が多いとみられている。

ケシ栽培は、山間部や国境地帯に住む農家にとっては、魅力ある現金収入源だった。UNODCによると、ケシ栽培の収入は1日当たり5千チャット(約480円)。米作の1500チャット(約140円)の3倍以上だ。違法性の認識は低く、家族を養うためにやむを得ず栽培してきた農家が多い。

UNODC幹部は「畑をつぶすだけでは、解決策にならない」と指摘する。停戦や和平がさらに進めば、銃を置いた元兵士たちの就職問題が持ち上がるとみられ、農村の経済全体を立て直す必要がある。

こうした状況を踏まえ、ミャンマー政府は国連に支援を要請。世界食糧計画(WFP)は当面、来年の収穫期までの1年間、米などの食糧を配る方針だ。長期的には、灌漑(かんがい)施設の整備など公共事業を通じて元兵士の雇用を生みだし、開発を同時に進める計画だ。

ミャンマー政府は14年までに麻薬を根絶するという野心的な目標を掲げる。潘氏は「政府が公約として掲げることの意味は大きい」と評価するが、実際には達成は困難との見方が強い。
国連幹部は「国連はここで20年以上、麻薬対策に取り組んできたが、政府と少数民族の対立で政情が不安定で、失敗続きだった。停戦が進んだこの機会をとらえて、兵士の社会復帰や農業の生産力向上など息の長い取り組みが必要になる」と指摘した。5月4日 朝日】
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“主産地だった少数民族地域で武装勢力との停戦が進み、取り締まりの手が入りやすくなった”ことによるものですが、代替作物生産への助成・元兵士の社会復帰という根本的課題への対応を適切に進めれば、少数民族問題は更に進展し、社会の安定も可能となります。

国際的な注目を集めやすい制度的な民主化もさることながら、こうした社会全体の改善・安定化に資する地道な取り組みをミャンマー政府が継続することを期待します。
そうした対応がとられるのであれば、日本を含めた国際社会は強力な支援を惜しまないことでしょう。
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メキシコ  さすがの「麻薬戦争」もピークを越した? ブラジルにとって代わるメキシコ経済?

2012-05-06 21:57:31 | ラテンアメリカ

(今年2月、15トンの覚醒剤が押収された際の写真です。“flickr”より By DTN News http://www.flickr.com/photos/dtnnews/6888331737/
“メキシコ国防省は9日までに、薬物密造施設を摘発し、覚醒剤のメタンフェタミン約15トンを押収したと発表した。国連薬物犯罪事務所(UNODC)によると、2009年に世界中で押収されたメタンフェタミンの約半分に当たる異例の大量押収。
メキシコで台頭している麻薬密輸組織が、従来のコカインや大麻に加え覚醒剤も本格的に取り扱い始めたことを示す。AP通信によると、15トンのメタンフェタミンは主な密輸先である米国の末端価格で約40億ドル(約3000億円)に相当する”【2月10日 毎日】

終わらない抗争
凄惨な殺戮が続き、社会不安を引き起こしている、メキシコにおける麻薬組織と政府軍の争い(警察は、怖れと癒着で殆んど無力な状態)、また、麻薬組織間の抗争・・・いわゆる“麻薬戦争”については、これまでも再三取り上げてきました。

最近、目にした記事としては下記があります。凄惨さは相変わらずです。

****橋から吊るされた9人の遺体発見、メキシコ****
米国との国境に近いメキシコ北部ヌエボラレドで4日、女性4人と男性5人の遺体が橋から吊り下げられているのが見つかった。メキシコ軍関係者が明らかにした。
現場には、麻薬組織の抗争を示唆するメッセージが書かれた大きな垂れ幕が下がっていた。

軍当局者は、9人は犯罪組織のメンバーだとの見解を示し、遺体は両手を縛られているほか、拷問を受けた痕跡があると述べた。
ヌエボラレドは米テキサス州のラレドに近く、一帯は麻薬組織の拠点となっている。【5月5日 AFP】
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また、2月には刑務所内における組織間の抗争も報じられています。

****刑務所暴動で44人死亡 メキシコ、麻薬組織間の抗争か****
メキシコ北東部アポダカの刑務所で19日未明、受刑者らによる暴動が起き、少なくとも44人が死亡した。AP通信などによると、激化する麻薬組織間の抗争によるものとみられる。死亡した受刑者らは手製のナイフで刺されたり、石などで殴られたりしたという。

受刑者らが別の監房の受刑者らを襲撃したといい、地元当局者は、麻薬組織の「セタス」と「湾岸」の争いが原因だとみて調べている。当局は、看守らも暴動に関与したり巻き込まれたりしていないか調べている。【2月20日 朝日】
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政府軍による麻薬・武器押収の様子などは、パルモさんの有名ブログ「ザイーガ」で4月28日「終わらない抗争、鳴り止まぬ銃声。メキシコ麻薬戦争の裏側、押収された武器・麻薬」(http://www.zaeega.com/archives/53850985.html)として、取り上げられてもいます。

暴力急増のペースが鈍る?】
ただ、私のブログで前回取り上げたのが、約半年前の11年10月24日「メキシコ麻薬戦争  警官集団辞職、記者は出社拒否 個人のネット情報への報復も」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20111004)ということで、国際ニュースへの露出頻度はやや減っているようにも見えます。

“メキシコの「麻薬戦争」に関して言えば、かつての目もくらむような暴力急増のペースが鈍り、地域によっては減少している。その理由は定かでないが、連邦治安維持費が74%も増加すれば、どんな国でもいずれは効果を生むだろう。”【4月16日 JB PRESS】との指摘もあります。

大統領選挙 与党候補苦戦
しかし、カルデロン大統領が推し進めてきた麻薬戦争によってもたらされた社会不安に関しては、国民の不満も強く、7月1日投票のメキシコ大統領選挙では、与党・カルデロン大統領が推す候補の苦戦が伝えられています。

麻薬戦争が沈静化に向けて変化しつつあるのか・・・そのあたりは情報が少なく、何とも言えませんが、一つの政策が効果を表すまでには時間がかかり、効果が出始めた頃には、その政策のもたらす痛みへの不満から政権が苦境に陥っている・・・という展開は、メキシコに限らず一般的に見られる現象でもあります。

****メキシコ大統領選まで2カ月****
「麻薬戦争」・貧困が争点
メキシコ大統領選挙が2カ月後に迫りました(7月1日投票。任期6年)。死者5万人の「麻薬戦争」や貧困問題などが争点にあがっています。
________________________________________

世論調査によると、野党第1党・制度的革命党(PRI)のペニャ・ニエト候補が与党候補に大きな差をつけています。
同国では2000年の大統領選挙で71年間政権の座にあったPRIが敗れ、中道右派・国民行動党(PAN)が政権につきました。

PRIはメキシコ革命の中で民族主義的勢力が結成しました。民主化を促進した側面もありますが、次第に利権政治や腐敗、不正選挙が横行。新自由主義路線も取り入れました。
国民のうっせきした不満がPAN政権を誕生させ、06年の選挙でもPANが勝利しましたが、今回はPRIが12年ぶりに政権を奪還する勢いです。

与党のバスケス・モタ候補が苦戦を強いられているのは、カルデロン大統領が軍を投入し、米国が装備などで支援をしている麻薬対策で逆に治安が悪化しているからです。
市民も巻き込んだこの5年余の犠牲者は約5万人。「麻薬戦争」「内乱状態」といわれ、身の危険を理由に自治体首長が不在という事態も生じています。

メキシコ国立自治大学のナロ学長は、「現在の対策は機能していない」と指摘。国連中南米カリブ経済委員会のバルセナ事務局長は「社会的不平等が麻薬犯罪の温床だ」と強調します。
しかし、バスケス・モタ候補は、「犯罪の広がりと深刻化を阻止してきた」と現政権の取り組みを積極的に評価しています。

ペニャ・ニエト候補は、暴力とのたたかいのカギは経済成長と雇用促進にあると主張。治安対策の戦略を見直すといいます。
メキシコは米国発の経済、金融危機の影響を中南米のどの国よりも大きく受けました。北米自由貿易協定のもと、輸出の8割以上が米国向けという体質がすすんだ結果です。農業の衰退も顕著です。

国連によると、メキシコの貧困人口は09年の34・8%から10年には36・3%に増加。この問題も与党の苦戦につながっています。
中道左派・民主革命党(PRD)のロペス・オブラドール候補は、2度目の出馬。暴力拡大の大本には貧困と失業を増大させた新自由主義の問題があるとして、現行の経済モデルを国民本位に転換することを主張する唯一の候補です。

前回選挙では現大統領と大接戦を繰り広げましたが、選挙不正があったとして結果を認めず、道路封鎖などの抗議行動が一部市民の不評を買いました。
こうした経過に加え、今回の候補者選出の過程でPRDの内紛があらわになりました。PRDの影響力低下によって、政権批判がPRI候補支持に流れやすい状況が生まれているようです。【5月1日 赤旗】
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上記【赤旗】は、メキシコの抱える貧困問題を指摘しています。
【赤旗】ですから、北米自由貿易協定のもとでのアメリカ経済との関係強化によってもたらされた経済全体の問題点としています。
ただ、メキシコ経済はマクロ的に見ると、比較的良好な状態にあるというのが一般的認識です。
アメリカとの関係も、アメリカ経済が改善すれば、牽引力となります。

****メキシコ財務省:1-3月期の経済成長率は約4%****
4月30日(ブルームバーグ):メキシコ財務省は30日、1-3月期の同国の経済成長率が約4%だったと発表した。国内消費が引き続き速いペースで拡大したほか、メキシコの輸出の80%を占める米国の鉱工業生産の恩恵を受けた。 同省によると、国内消費と投資は雇用と融資の拡大で支えられた。【4月30日 Bloomberg.co.jp】
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メキシコの前途は多くの人が思っているよりずっと明るいのかもしれない
南米の新興国と言えばブラジルが代表格ですが、今後メキシコがブラジルにとって代わるのではないか・・・との推測もなされています。
メキシコの貧困の問題は、多くの国々が直面している、経済自由化によってもたらされる経済成長における格差拡大という側面も大きいのではないでしょうか。もちろん対策は必要ですが。

先に引用した【4月16日 JB PRESS】では、英フィナンシャル・タイムズ紙の記事を紹介しています。

****ブラジルの陰から抜け出すメキシコ****
(2012年4月13日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
筆者はかつてカルロス・スリム氏に、自国について、なぜメキシコ人がこれほど悲観的で、ブラジル人がこれほど楽観的なのか尋ねたことがある。世界一の富豪で、最大規模の投資を両国で行っているスリム氏は、こう答えた。「単純な話だ。彼らはブラジル人で、我々はメキシコ人だからだ」

これは洞察に富んだ発言だった。多くのメキシコ人は自国について悲観しており、世界も彼らの感情を共有してきた。一方、4月上旬のジルマ・ルセフ大統領のワシントン訪問でも見受けられたブラジルの好況に対する自信は、国民の想像力をかき立てた。(中略)

10年前はブラジルより優位だったメキシコ
当時は、中南米地域の真の経済大国はどこかという活発な議論があった。多くのメキシコ人にとって、その答えは明白だった。メキシコは民主主義への移行を完了したばかりで、同国経済はブラジル経済より大きかった。メキシコは健全な銀行システムさえ擁していた。

一方、ブラジルはやっと通貨危機から立ち直り始めたところで、投資家はブラジルが危険な左翼、ルイス・イナシオ・ルラ・ダ・シルバ氏を大統領に選ぼうとしていることに大きな不安を抱いていた。

両国の立場はあっという間に逆転した。ブラジルは盛んに喧伝される「BRICs」諸国の一員となり、この4カ国の中でも中国に次ぐ2番手につけた。メキシコは取り残され、今やその経済規模は、2兆6000億ドルに上る巨大なブラジル経済の半分となっている。一体何が起きたのか?

大部分において、その答えは中国だ。中国が世界貿易機関(WTO)に加盟したことで、メキシコの製造業者が力を失い、メキシコ企業はコストがはるかに安いライバル企業に仕事を奪われた。政治的なリーダーシップも弱かった。
メキシコの国内経済はいまだに、特に国営石油会社ペメックスなどの独占企業に圧迫されている。国民のムードは、6年間で5万人の死者を出した組織犯罪との戦いで一段と悪化した。

対照的に、ブラジルはどんどん力をつけていった。ブラジル経済は、最大の貿易相手国である中国からの飽くなきコモディティー(商品)需要の恩恵を受けた。ルラ・ダ・シルバ氏は、多くの人が恐れたような危険人物では全くなかった。

また、ブラジルはメキシコよりもうまく国内市場の寡占問題に対処した。国営石油大手ペトロブラスを自由にし、同社が株式を上場して、莫大な埋蔵石油を探査するために外国企業と組むことを認めた。

メキシコの最大の貿易相手国である米国がドットコム危機やサブプライム危機に喘ぐ一方で、ブラジルは長い好況を謳歌した。ブラジルは本当に「o melhor pais do mundo(世界最高の国)」に見えた。世界で最も幸運な国の1つだったのは間違いないだろう。

最大の貿易相手国である米国と中国の命運
今、その運が変わりつつあるのかもしれない。この10年間で初めて、中国、ひいてはブラジルについて、以前ほど強気になれない理由がある。一方、米国、ひいてはメキシコについて、以前より強気になるだけの理由もある。

中国は賃金と輸送費の上昇により競争力が低下した。北米企業のサプライチェーンは既に短くなっている。米国経済が回復すれば、メキシコの製造業者は利益を得るはずだ。

また、メキシコは世界的な自動車生産国にもなった。自動車業界は昨年、230億ドルの輸出を生み出し、石油産業や観光産業を上回った。また、これらは安っぽい「マキラドーラ」の工場でもない。フォルクスワーゲン(VW)や日産自動車が、メキシコの各種貿易協定を利用して自社の車を全世界に売っているのだ。

メキシコの「麻薬戦争」に関して言えば、かつての目もくらむような暴力急増のペースが鈍り、地域によっては減少している。その理由は定かでないが、連邦治安維持費が74%も増加すれば、どんな国でもいずれは効果を生むだろう。

だが、ブラジルはスピードバンプにぶつかった。同国はもはや、コモディティー価格の果てしない上昇を当てにできない。より重要なのは、ブラジルが深刻なコスト問題を生んでしまったことだ。欧米諸国での紙幣増刷による、いわゆる「通貨戦争」の影響を除く現地通貨建てで見ても、ブラジルの人件費は過去10年間で、実質ベースで4分の1も上昇した。

これが国内の製造業者を脅かし、メキシコとの間で見苦しい保護主義的な貿易論争を招き、その結果、地域の統合を後退させることになった。

スリム氏が言ったように、ブラジル人は生来、楽観的なのかもしれない。だが、一連の状況を受け、ブラジルは不安に怯え、メキシコは自信を抱いているように見えるようになった。

こうした相対的な運命の部分的な逆転は、ブラジルの輝きをいくらか鈍らせた。ブラジルを羨望していたメキシコ政府高官はもう、以前のようにBの字を聞いただけで顔をしかめることはなくなった。それでも、ブラジルは少なくとも1つの重要な教訓を与えてくれる。

ブラジルが与える重要な教訓
過去17年間にわたり、ブラジルは幸運にも、フェルナンド・エンリケ・カルドソ氏を皮切りに優れた大統領が続いてきた。対照的に、真のリーダーシップを発揮した最後のメキシコ大統領はカルロス・サリナス氏で、同氏の任期は論議を呼ぶ状況の中で1994年に終わった。

制度的革命党(PRI)のテレビ映りの良い45歳の大統領候補、エンリケ・ペニャ・ニエト氏が世論調査の通りに7月1日の大統領選で勝ったら、ブラジル流の戦略的ビジョンを打ち出してくれると考えるのは、過大な期待かもしれない。

確かに、ペニャ氏はペメックスに外国資本を受け入れさせ、経済をもっと競争にさらすと述べている。だが、PRIは12年間にわたり、野党として似たような構想を潰してきたため、実行に関しては当然の疑問が残る。

それでも、改革に向けた機運は高まっている。昨年、メキシコ経済はブラジル経済よりも速い成長を遂げた。そして、ブラジルが民主主義に移行してから20年以上経ったのに対し、メキシコの一党支配が終わってから12年しか経っていない。メキシコの政治はこの先、好転する可能性がある。結論を出すには、まだ早いのだ。

ブラジルの規模は、同国が中南米首位の座を再び明け渡す日が来る可能性が低いことを意味している。だが、長期的に見れば、メキシコの前途は多くの人が思っているよりずっと明るいのかもしれない。スリム氏の言うような気難しいメキシコ人にとっても。【4月16日 JB PRESS】
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「麻薬戦争」のイメージが強いメキシコですが、経済的見通しはそう悲観したものではないようです。
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国外治療が注目されるもうひとり ティモシェンコ前ウクライナ首相

2012-05-05 20:58:58 | 欧州情勢

(最近やつれた姿を見ることが多いので、敢えて09年3月頃のティモシェンコ前ウクライナ首相 “flickr”より By European People's Party - EPP  http://www.flickr.com/photos/eppofficial/5184390373/ )

先月20日から抗議のハンスト
昨日ブログでは、中国の「盲目の人権活動家」陳光誠氏の出国問題を取り上げましたが、国際的に出国が注目されている人物がもう一人います。ウクライナのティモシェンコ前首相です。

****美しすぎるウクライナ前首相が激痩せ…抗議のハンスト2週間****
ロシアとの天然ガス取引をめぐる職権乱用罪で実刑判決を受け収監中のティモシェンコ前ウクライナ首相の近況について、前首相の娘エブゲニヤさんらは3日、収監先の東部ハリコフで記者団に、前首相はこの2週間のハンストの影響で激しく痩せ、一日中、横になっていると述べた。インタファクス通信が報じた。

前首相は脊椎の痛みの治療をドイツで受けることを求めているが、当局が出国を認めないため、先月20日、抗議のハンストを開始。エブゲニヤさんは「前首相の体調は悪くなり、弱っている」と述べた。
前首相は国際社会に対し「ウクライナ政権に(前首相の出国や釈放に向けて)圧力をかけることをやめないで」と求めているという。前首相の弁護士は、前首相はハンスト中、水しか飲んでおらず、動けない状態だと説明した。【5月3日 産経】
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“美しすぎる”という形容は、かつてはそのとおりでしたが、さすがにハンスト中の様子をTVなどで見ると、別人のようにやつれています。ノーメイクで、トレードマークの三つ編みを巻いた金髪もセットされていないこともあります。
ティモシェンコ前首相は体調悪化だけでなく、看守による暴行も訴えており、TVで腹部にできたアザなどを公開しています。

ウクライナ政府への圧力を強める欧州諸国
ティモシェンコ前首相については、これまでも再三ブログで取り上げてきました。
最近では2月5日ブログ「中東欧を襲う大寒波 ウクライナ、ティモシェンコ前首相実刑判決でロシア寄りの姿勢を強める」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20120205)や、11年8月23日ブログ「ウクライナ 職権乱用罪で公判中のティモシェンコ前首相 闘い日々」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20110823)などでも取り上げています。

10年2月の大統領選挙でヤヌコビッチ現大統領に惜敗したティモシェンコ前ウクライナ首相は、選挙後、上記記事にもあるように、首相在任中の09年1月にロシアと天然ガス購入合意を結んだ際、内閣の承認を得ないで不利な条件を受け入れたとして職権乱用に問われ、有罪判決を受けて収監されています。

ティモシェンコ前首相は、この判決は政治的ライバルを葬るための不当な“リンチ裁判”だとして、一貫して無罪を主張しています。
ヤヌコビッチ現大統領が親ロシア派ということもあって、欧米諸国もヤヌコビッチ政権に対し厳しい目を向けています。

****ウクライナ前首相に暴力 EU非難****
ウクライナで職権乱用の罪で刑務所に収監中のティモシェンコ前首相が暴力を受けたと訴え、ヨーロッパ各国の首脳らがウクライナで開かれる行事をボイコットする事態になっています。

ウクライナのティモシェンコ前首相は、首相在任中に合意したロシアとの天然ガスの輸入契約で国に損害を与えたなどとして、去年10月、職権乱用の罪で禁錮7年の実刑判決を言い渡され、刑務所に収監されています。
前首相は、先月、腹部を殴られるなどの暴力を受けたと訴え、抗議のハンガーストライキを行っていますが、ウクライナの検察は暴力の事実は確認されなかったと発表しました。

こうした状況を受け、EU=ヨーロッパ連合のバローゾ委員長は「事態が改善しないかぎり、ウクライナで行われるいかなる行事にも参加しない」と表明したほか、ドイツやイタリア、チェコなどヨーロッパ各国の首脳も、来週ウクライナで開かれる国際会議への欠席を相次いで表明しました。

ティモシェンコ前首相は、2004年、「オレンジ革命」と呼ばれる政権交代を実現させて欧米の支持を受け、当時、ロシア寄りとみなされていた現在のヤヌコービッチ大統領と対立してきた経緯もあり、裁判に対しては欧米諸国が非難していました。【5月2日 NHK】
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欧州各国によるウクライナへの圧力は、サッカー欧州選手権にも及んでいます。

****前首相処遇めぐり包囲網=サッカー欧州選手権も危機―ウクライナ****
在任中の職権乱用罪で禁錮7年の判決を受け、収監されているウクライナのティモシェンコ前首相の健康問題などをめぐり、ヤヌコビッチ政権を批判する国際社会の包囲網が狭まっている。前首相は刑務所での「暴行」を訴えてハンガーストライキを継続中で、ウクライナが6、7月にポーランドと共催するサッカー欧州選手権をボイコットする動きも出てきた。

前首相は椎間板ヘルニアを患い、ドイツでの治療を希望。ウクライナ政府もドイツと協議し、一時前向きな姿勢を見せたものの認めなかった。政権にとって、前首相出国は10月の議会選前に野党勢力の勢いをそぐ「メリット」もあるが、他の罪状での公判が終了していないためだ。

これに対し、ドイツのメディアはメルケル首相がサッカー欧州選手権の「政治的ボイコット」を検討していると報道。今月11日からウクライナで開催される地域サミットもドイツなど5カ国が出席を見送る意向で、前首相の娘エウヘニアさんは欧州各国による圧力を歓迎した。【5月2日 時事】 
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プーチン首相:ロシアへの出国に言及
昨日朝のTVニュースで、ロシアのプーチン首相がメディア取材に対し、もしティモシェンコ前首相が希望し、ウクライナ政府が認めるならばロシアでの治療も可能であること、また、問題となっている天然ガス取引については、ロシア・ウクライナ双方の法律に照らして全く問題がなかったこと・・・を述べていました。

ティモシェンコ前首相は、かつてはやはり天然ガス取引をめぐってロシアから指名手配を受けたこともあり、親西欧・反ロシアの立場でしたが、首相時代の交渉でプーチン首相とは馬があったようで、両者は比較的良好な関係にありました。

ウクライナへの強い影響力を持つロシアへの出国というのは、上記のような関係を考えると、可能性のある選択のようにも思えます。

10月には議会選挙
「ガスの王女」「オレンジ革命のジャンヌ・ダルク」として波乱万丈の経歴を誇るティモシェンコ前首相ですが、今後の運命はどうでしょうか?

なお、昨年10月段階の報道では、“ウクライナ最高会議は来秋までに選挙を行うが、ヤヌコビッチ氏が率いる与党・地域党と、野党・ティモシェンコ連合への支持が20%前後で拮抗している”【11年10月6日 毎日】ということで、まだ政治生命が終わった訳ではないようです。
ただ、海外出国となると政権批判の勢いがそがれる・・・ということは考えられます。


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急転する「盲目の人権活動家」陳光誠氏の問題 中国は出国容認 アメリカは困惑

2012-05-04 20:52:08 | 中国

(北京のアメリカ大使館で2日、松葉杖で歩く陳光誠氏の左腕を支えるアメリカのロック駐中国大使(中央)と、陳氏の左手を握りしめながら歩くキャンベル国務次官補。陳氏らはこのあと、病院に向かいました。これで一件落着かとも思われたのですが・・・ “flickr”より By U.S. Department of State http://www.flickr.com/photos/statephotos/6989720992/

中国側:“異例の柔軟な対応”】
中国の「盲目の人権活動家」陳光誠氏の問題については、本人希望で中国国内の病院へ移り、中国側が陳氏の大学での勉学も認めるという形で解決したかに見えましたが、その後、陳氏がアメリカへの出国を希望すると同時に、アメリカ側の対応に「米国に裏切られたと感じている」との不信感を示すなど、迷走している感があります。

この事態に、中国側は陳氏の出国を認める意向を明らかにしています。
中国政府は当初陳氏に対し、国内の七つの大学を示し、学費や生活費を政府がすべて負担すると提案。山東省の地元当局による陳氏や家族への弾圧についての調査も約束したとされており、“異例の柔軟な対応”と受け止められていました。【5月4日 朝日より】

今回、国内からの「弱腰外交」批判が懸念される中で、更に本人希望を尊重して出国を認めるというのは、“異例中の異例”とも思えます。
事をこれ以上荒立てたくないという、高度な政治的判断の結果でしょう。

****盲目の人権活動家、中国が出国容認の意向 新華社配信****
中国の「盲目の人権活動家」陳光誠氏(40)が米国への出国を求めている問題で、中国外務省の劉為民報道官は4日、「陳氏が海外留学を望むなら中国の一市民として、正規のルートで関連の手続きをすることができる」との談話を発表した。
国営新華社通信が配信した。米国への出国を希望している陳氏の意向を容認するとの中国政府の姿勢を示したものとみられる。【5月4日 朝日】
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【「しばらくの間は手を出さないだろうが、報復し始めたら本当に怖いぞ」】
陳氏が、「中国にとどまれば生きていられない。家族全員の出国に向け、手段を尽くしてほしいとオバマ米大統領に伝えたい」と、アメリカへの出国に翻意した経緯については、今後の中国政府の対応に関する支援者らの忠告があったと報じられています。

****「報復怖いぞ」忠告受け不安に ****
実際のところ、陳氏は米大使館の中で深く悩んでいたようだ。
安全の確保を条件に国内に残るという案について、陳氏は外部の専門家と相談することを要求。中国の国内法に詳しいジェローム・コーエン・外交問題評議会研究員(米国在住)に「信頼できるのはあなただけだ」と国際電話で助言を求めた。

コーエン氏によると、4月30日に電話で話したときは、陳氏は恐怖心を抱いているようだったという。翌5月1日、過去の亡命の事例も含めて様々な検討をした結果、オバマ大統領が陳氏の処遇について声明を発表するのであれば、提案を受け入れることで一致したという。

しかし、陳氏は2日、米国大使館を離れ北京市内の病院に入ってから、急速におびえを募らせた。
「私たちはみな恐ろしいリンチを受けてきた。(当局は)しばらくの間は手を出さないだろうが、報復し始めたら本当に怖いぞ」
2日夜、陳氏と電話で話した法律家の滕彪氏は、陳氏に亡命を強く勧めたやりとりを公表した。

滕氏らの忠告を聞いた陳氏は「米大使館の職員は私たちに付き添うと言ったのに帰ってしまった。大使館に電話してもつながらない」などと訴え、不安を募らせた。
同じようにおびえる妻、袁偉静氏の意向もあって出国に気持ちが傾き、支援者やメディアにその思いを訴え始めたようだ。陳氏は3日、中国に居続ければ、家族が迫害を受けたり、友人との接触が制限されたりする恐れがある、とロイター通信に語った。

こうした陳氏の心の揺れ動きに、中国の民主・人権活動家の多くは「無理もない」と理解を示す。
山東省の地元当局による堕胎の強要に抗議した陳氏は2006年に懲役4年3カ月の実刑判決を受けた。10年に出所してからも自宅に軟禁され、5年以上、外の世界と隔絶されてきた。
人権派の作家は「当局が弾圧を強めた近年の現状について情報が少なく、考え方に甘さがある。支援者らの忠告で気持ちが変わるのは極めて正常だ」と話す。

中国外務省は3日も、「中国は法治国家であり、あらゆる市民は憲法と法律の保護を受ける」と強調した。が、陳氏の支援者でその言葉を額面通りに受けとめる人はいない。
中国の人権派弁護士は米政府の対応を強く批判する。「米大使館を出た以上、陳氏の命運を中国政府が握ることは自明の理。米政府が合意はそのまま守られると信じていたなら、あまりに幼稚だ」【5月4日 朝日】
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【「米国は私を守ってくれないと感じている」】
アメリカ側は、陳氏の意向を十分に尊重してきたとして、当惑を隠せずにいます。
ところで、中国系アメリカ人としてアメリカ史上初めて州知事(ワシントン州)、中国大使となったロック大使ですが、中国語は話せるのでしょうか?

****米中、決着急いだツケ 達成感一変、戸惑う米政府****
・・・・米政府高官は「陳氏は亡命を希望したことはなかった」と説明する。
ただ、米国のロック駐中国大使によると、「(亡命もせず大使館も離れなければ)大使館に何年もとどまることになるかもしれないと(陳氏は)自覚していた」という。

陳氏は1日、米中両政府で話をまとめた、この解決案をいったんは拒否。温家宝(ウェン・チアパオ)首相と直接話すことを求めたが、認められなかった。
状況が変わったのは2日、家族を北京に連れてくるという要求を中国政府が受け入れ、電話で妻と話した後だった。
ロック大使らは最終的にどうするかを改めて聞いた。陳氏は数分間考えた後、突然立ち上がり、「(病院に)行こう」と言ったという。【同上】
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しかし、陳氏は「大使館では友人に電話もかけられず、事態がどうなっているか十分な情報を持ち合わせていなかった」と、アメリカ側の対応に不信感を示しています。

****中国・陳氏、「身の危険」訴え海外脱出希望 米大使館から退去圧力か****
・・・・陳氏によると、当初は海外への亡命を望んでいなかったが、2日に米大使館を出た後、自分と家族の安全を考えて気持ちが変わったと話し、「米国は私を守ってくれないと感じている」とも述べた。

■米国側が退去圧力?「家族に脅迫」の情報も
これに先立って陳氏は、現地時間3日午前3時(日本時間同4時)ごろ米CNNテレビの取材にも応じ、バラク・オバマ米大統領に向けて「私の家族が脱出できるよう、全力を尽くしてほしい」と懇願している。

病院のベッドで妻に伴われた陳氏は、米大使館から退去するよう圧力を受けたと主張。「大使館は病院への人員派遣を約束し、何度も退去を促してきた。だが今日の午後に私が入院したら、皆すぐにいなくなってしまった」と述べ、大使館側の対応を非難した。
米人権団体チャイナ・エイドの声明によれば、陳氏は「中国側の提案を拒否すれば『家族に危険が及ぶという中国政府による深刻な脅迫』」を受け「仕方なく米大使館を後にした」という。
 
一方の米当局は、米中戦略・経済対話のためヒラリー・クリントン米国務長官が中国に到着した後の声明で、陳氏が大使館を離れたのは、中国側が陳氏とその家族への「人道的」扱いと安全な場所への移動を約束したためと説明している。

ビクトリア・ヌーランド米国務省報道官は、脅迫があったという情報を否定。ただし、仮に陳氏が大使館にとどまれば、陳氏の家族は山東省の自宅へ送還されると中国高官が言明したことは認めた。
山東省の陳氏の自宅では度重なる虐待が行われていたとされ、陳氏はCNNに対し、同氏の脱走後、妻が警察によって2日間にわたって自宅の椅子に縛り付けられ、棒で殴り殺すと脅されていたと話している。【5月3日 AFP】
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陳氏とアメリカ側の間の意思疎通がうまく行っていなかったことが窺えますが、米中戦略・経済対話の前に事態を解決したい思いから、陳氏本人の意向確認及び長期的な安全への配慮が十分でなかったと思われます。

アメリカ議会公聴会に直接電話
なお、陳氏は3日、アメリカ議会公聴会に直接電話をかけ、アメリカへの出国に向けた協力を訴えています。
****中国の人権活動家・陳光誠氏、米公聴会に直接電話****
軟禁されていた中国山東省の自宅から脱出し、北京の米国大使館に保護されていた盲目の人権活動家、陳光誠氏(40)が3日、北京市内の病院から米議会の公聴会に直接電話をかけ、米国への渡航に力を貸してほしいと述べた。
陳氏は自宅軟禁から脱出した後、6日間にわたって北京の米国大使館で保護されていたが、2日に大使館を出て病院に移っていた。

陳氏の迫害に関する公聴会に出席していた在米の人権擁護団体「対華援助協会(CHINAaid)」の傅希秋代表が陳氏の声をマイクで部屋全体に流し、その言葉を通訳した。
傅氏によると陳氏は、「しばらく静養のため米国へ行きたい」ので、「渡航の自由を保証してほしい」と述べ、「家族の命が本当に心配だ。中でも今最も気にかかっているのは母と兄の安全だ。彼らがどうなっているか、非常に知りたい」と訴えた。

さらに傅氏は、陳氏は亡命を求めておらず、静養をしたり、あるいは治療を受けるために米国に来ることを望んでいる、と述べた。

■クリントン長官との面会も求める
異例の事態に驚いた傍聴者や報道陣が見守る中、陳氏は同公聴会の議長を務めたクリス・スミス下院議員に「クリントン長官に会い、さらなる支援を要請したい」とも述べ、現在北京を訪問中のヒラリー・クリントン国務長官に直接面会することを求めた。(中略)

陳氏に関する質問を矢のように浴びたジェイ・カーニー米大統領報道官は、バラク・オバマ大統領は中国との「広範な」関係性の中で引き続き人権を優先事項とするだろうとだけ述べ、この問題への詳しい言及を避けた。【5月4日 AFP】
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【「自由にとって暗黒の日であり、オバマ政権にとっても恥だ」】
中国としては、この手の案件に関しては、海外へ亡命させることで沈静化を図る(実質的国外追放 出国すれば、時間とともに国内への影響力は薄れる)という方針が通常ですから、結果的にアメリカ出国という形になったのは、この線に沿うものでしょう。

ただ、先述のように、一旦は国内残留を認めたうえで、更に、アメリカ出国も容認するという“異例中の異例”の対応と思われます。上記報道のように、アメリカ議会公聴会への電話を認めるというのも驚きです。
“異例の判断は改革派が勢いを増しているとも言われる指導部レベルで下された可能性もある”【5月2日 毎日】との指摘もあります。
また、陳氏が米大使館にいるとき、改革の必要性を主張している温家宝首相と話をしたいと求めていたことも興味深いところです。

重慶トップの解任などで“権力闘争”も取り沙汰されている中国指導部に、今回事件がどのように影響を与えるのか注目されます。
本来は、陳氏のような政府批判者を拘束すること、また、山東省治安当局の陳氏とその妻への暴行など、人権問題への対応・変革が求められるところですが、なかなかそこまでは・・・。重慶市の問題など、緩み始めたタガの引き締めという線もあるでしょう。

アメリカ・オバマ政権にとっては、厄介な展開です。
陳氏の意向を十分に把握せずに、大使館退去へ圧力をかけて中国との問題解決を急いだ・・・となると、大統領選挙のさなか、格好の批判材料ともなります。

****オバマ政権の恥」=陳氏めぐる対応批判―ロムニー氏****
米共和党の大統領候補となるロムニー前マサチューセッツ州知事は3日、中国の人権活動家、陳光誠氏の処遇をめぐる対応は「オバマ政権の恥だ」と厳しく批判した。

ロムニー氏は、米政府が陳氏に圧力をかけて米大使館からの退去を急がせ、同氏と家族の安全確保を怠ったと報じられているとし、こうした報道が事実とすれば「自由にとって暗黒の日であり、オバマ政権にとっても恥だ」と糾弾。「自由のために立ち上がるべきだ」と述べ、陳氏と家族の保護を求めた。【5月4日 時事】 
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大統領選の結果を左右するとみられる南部フロリダ、中西部オハイオ両州など「スイング・ステート(揺れる州)」実施した世論調査で、オバマ大統領のロムニー氏へのリードが縮まったことが報じられている状況【5月4日 時事】ですから、オバマ政権としては頭が痛いところでしょう。
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アフガニスタン  拡大するハッカニ・ネットワーク、タリバンのテロ攻勢

2012-05-03 23:02:46 | アフガン・パキスタン

(昨年9月の米大使館とNATO軍司令部へのハッカニ・ネットワークによるテロ攻撃を受けて、ハッカニ・ネットワークの背後にいるとされるパキスタン批判を強めるアメリカに対し、11年10月23日、カルザイ・アフガニスタン大統領は、もしアメリカとパキスタンが戦うことになるなら、アフガニスタンは兄弟国パキスタンにつくと、パキスタンを擁護する姿勢を示しました。

ただ、この3国の関係はなかなか微妙です。アメリカはカルザイ政権に愛想をつかしていますし、カルザイ大統領は国内反米感情に乗っています。一方、パキスタンはインドに近いカルザイ政権を牽制して、タリバンやハッカニ・ネットワークと繋がっています。当然、カルザイ大統領の内心は、表向きのパキスタン擁護発言とは別物でしょう。また、アメリカはパキスタン批判を強めていますが、パキスタンの協力を必要としています。まさに、三者三様の思惑です。“flickr”より By DTN News  http://www.flickr.com/photos/dtnnews/6273746715/

【「ハッカニ・ネットワーク」の背後にパキスタン アメリカは態度を硬化
アフガニスタンにおけるテロ活動に関して、「ハッカニ・ネットワーク」の関与をよく耳にします。
「ハッカニ・ネットワーク」とは、“1980年代、ソ連軍のアフガン侵攻に抵抗するムジャヒディン(イスラム聖戦士)として頭角を現したジャラルディン・ハッカニ司令官を首領とする武装集団。推定構成員数は1万~2万人。タリバンの中でも強硬派とされ、アフガン側の米軍などに越境攻撃を繰り返しているとみられる。最高指導者オマル師率いる指導部からは一定程度独立し、自由裁量でテロ活動を展開しているとも指摘される”【4月17日 読売】という組織で、パキスタン北西部に拠点を置いて活動しています。

****アフガン襲う「ハッカニ派」=背後にパキスタン情報機関か****
2014年末までに米軍主導の駐留国際部隊から地元当局へ治安権限が完全移譲される予定のアフガニスタンで、武装勢力によるテロが激しさを増している。中でもパキスタン北西部に拠点を置くアフガン出身の武装勢力ハッカニ・ネットワークが勢力を急拡大。軍・警察の育成に手間取るカルザイ政権をあざ笑うかのように大規模テロを繰り返している。

ハッカニ派は1980年代のソ連のアフガン侵攻に抵抗したムジャヒディン(イスラム戦士)組織の司令官ジャラルディン・ハッカニ氏が創設した武装組織。現在は病気のため息子のシラジュディン氏が統率し、アフガンの反政府勢力タリバンと密接な関係にある。

ムジャヒディンは米中央情報局(CIA)やパキスタン情報機関の3軍統合情報局(ISI)の支援を受けた歴史があり、ハッカニ派とISIとの関係は今も続いているとされる。パキスタンのジャーナリスト、ユスフザイ氏は「ハッカニ派がパキスタンで安全に暮らせるのは軍やISIと良好な関係にあるからだ」と話す。

アフガンの首都カブールの米大使館などへの襲撃事件が発生した昨年9月、米軍制服組トップのマレン統合参謀本部議長(当時)は「ハッカニ派はISIの紛れもない部隊だ」と議会で異例の証言を行った。
パキスタンはこれを否定するが、隣国インドとアフガンでの影響力を競うパキスタンがハッカニ派を保護し、インドと関係を深めるカルザイ政権を同派のテロを通じて脅しているとの見方は多くの米、アフガン当局者が共有する。【5月3日 時事】
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今年4月15日に首都カブールと周辺3州の軍事・外交施設への同時テロがおき、アフガニスタン治安当局の能力に疑問が呈されましたが、アメリカは、この同時テロも「ハッカニ・ネットワーク」によるものとの判断を行っており、背後にいるパキスタンとの関係改善が遅れているとの報道もあります。

****NATO誤爆、米が謝罪拒否=パキスタンに不信感****
米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は27日、アフガニスタン駐留の北大西洋条約機構(NATO)軍が昨年11月、パキスタン北西部の検問所を誤爆した事件で、パキスタン政府の謝罪要求を米オバマ政権が拒否していると報じた。最近アフガンで起きたパキスタン武装勢力による大規模テロで、米側が態度を硬化させた。

同紙によれば、オバマ政権は謝罪を真剣に検討してきたが、カブールなどで大規模襲撃事件が発生した「今月15日、事態が一変」(米高官)した。米政府はパキスタン北西部が拠点の武装勢力「ハッカニ・ネットワーク」の犯行と断定。米軍高官は昨年、ハッカニ派とパキスタン情報機関との関係を公言している。【4月28日 時事】
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アメリカが検問所誤爆事件に関してパキスタンへの謝罪を行わないことで、パキスタン側の報復措置として、パキスタンを通過するISAF向けの物資補給路も遮断された状態が続いています。

****ビンラーディン殺害1年 思惑三様 パキスタン 対米関係は悪化の一途****
ビンラーディン容疑者が潜伏していたパキスタンと米国との関係は、同容疑者殺害を契機に悪化し続けている。米軍の誤爆でパキスタン兵が死亡した事件について米側は4月下旬、謝罪を保留し、新たに武装勢力を狙った空爆も行った。

一方のパキスタンは、アフガニスタンに駐留する国際治安支援部隊(ISAF)への物資補給路の遮断を続けており、両国の関係改善の見通しは厳しい。

ビンラーディン容疑者殺害をめぐっては、米軍が急襲作戦を事前に知らせなかったとしてパキスタン政府が「深い懸念」を表明。軍部も「主権侵害」と非難した。以来、両国関係は悪化の一途をたどっている。
米軍が昨年11月にパキスタン北西部を誤爆し、パキスタン兵多数が死亡した事件は両国間の緊張をさらに高め、パキスタンは報復措置として、国内を通過するISAF向けの物資補給路を遮断した。

だが、米紙ニューヨーク・タイムズによると、グロスマン米特別代表(アフガン・パキスタン担当)は4月26日にパキスタンを訪れ、同国政府高官と会談した際、誤爆事件への謝罪を保留した。
4月中旬にアフガンのカブールで起きた大使館地区へのテロ事件で、パキスタン北西部の部族地域を拠点とするイスラム過激派のハッカニ・ネットワークが実行犯である可能性が高まり、オバマ米政権が態度を硬化させていることが背景にあるという。
米軍は同月29日には、部族地域の廃校となった女子校の校舎に無人機で爆撃を行い、武装勢力の4人が死亡した。

ISAF向け物資補給路をめぐっては、パキスタンの議会で最近、再開へ向けた手続きが進んでいたが、パキスタン政府が求める無人機爆撃の中止に米国側が応じる気配はなく、再開のめどは立っていない。
パキスタンの政治評論家、ハッサン・アスカリ・リズビ氏は「両国とも歩み寄りが必要だが、ともに選挙を控え、内政に足をとられている面もある」と指摘した。【5月1日 産経】
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“選挙を控え、内政に足をとられている”ことで歩み寄りができず解決が遅れる・・・というのは、この問題に限らず、多くの問題で見られることです。
とかく“強硬論”が一般受けし、政府の“弱腰批判”が幅をきかす“選挙”とか“民意”“国民世論”というのは一体何なのか?という、ポピュリズムに陥りがちな民主主義への疑問も感じます。

タリバンと「ハッカニ・ネットワーク」の間に対抗意識
話を「ハッカニ・ネットワーク」にもどすと、4月15日の同時テロは「ハッカニ・ネットワーク」ではなく、タリバンによるものだとの報道もあります。
この報道は、タリバンと「ハッカニ・ネットワーク」の関係について、最近対抗意識が激しくなっており、連携がとれていないことを報じています。

****襲撃事件が示すタリバンの新戦略****
アフガニスタン:カブールなどで発生した同時多発攻撃は14年末の米軍撤退後に治安維持を担う      政府軍の力不足をあらためて浮き彫りにした

「この攻撃は連携した共同作戦だ。計画どおりにいった」と、カリ・タルハはアフガニスタンの首都カブールで自慢げに語る。
タルハは反政府武装勢カタリバンの有力司令官の1人。タリバンは4月15目、カブールと周辺3州の軍事・外交施設を一斉に襲撃した。
この事件は「まだ序の口だ」と、タルハは言う。「今年から来年にかけて、アメリカとデフガニスタン大統領の」 ハミド・カルザイにわれわれの力を見せつけてやる」

タルハによると、作戦の首謀者はハッジ・ララ。輸送と通信の専門家として知られるタリバンの東部方面司令官兼「影のカブール総督」だ。自爆テロと銃撃を主体とする今回の攻撃は、数カ月前から準備を進めてきたものだという。
作戦の中身は昨年9月、米大使館とNATO(北大西洋条約機構)軍司令部がロケット砲と小火器の襲撃を受けた事件と驚くほどよく似ている。今回もタリバンはカブールで進む都市開発をうまく利用した。
前回は1カ所だったが、今度は数カ所の高層ビル建設現場を占拠して攻撃の拠点にした。標的はイギリス、ドイツの両大使館、さらにはアフガニスタン議会、米軍をはじめとする国際治安支援部隊(ISAF)が利用するキャンプ・エガーズ基地。カブール東部では別の基地と刑務所の近辺が襲撃に遭った。

タルハを含むタリバン側の関係者によると、前回との大きな違いは東部戦線で協力関係にある民兵組織ハッカニ・ネットワークの影が薄かったことだ。今回の攻撃に参加した戦闘員はすべてララの指揮下にあったと、タルハは言う。

ハッカニ・ネットワークの悪名高い指導者ジャラルディン・ハッカニと息子のシラジュディンは、かつてタリバンの最高指導者ムハマド・オマル師に忠誠を誓っていた。だが現在、2つの勢力は互いに強烈な対抗意識を持つようになった。

「われわれもカブールで攻撃を実行できることを他の勢力に見せ付けたい」と、タリバンのある司令官は匿名を条件に語る。
それでもタルハは、いずれはハッカニ・ネットワークと戦闘員を共同運用できるようになればいいと話す。「2つの勢力が連携できれば、アフガニスタン全土で攻撃の回数と規模を2倍に増やせる」【5月2日号 Newsweek日本版】
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「2つの勢力(タリバンとハッカニ・ネットワーク)が連携できれば、アフガニスタン全土で攻撃の回数と規模を2倍に増やせる」・・・・今でも対応しきれないアフガニスタン治安当局にとっては、そうなるといよいよ大変です。

【「好きなときに好きな場所に潜入できる」】
アフガニスタン治安当局の問題については、人的資質・訓練不足・定着の悪さ・タリバン支持者の混入など、かねてより指摘されていますが、上記報道は治安組織内の民族対立を指摘しています。

****政府軍内部の民族対立****
今回の襲撃事件で最も意外で気掛かりなのは、タリバンが戦闘員や自爆テロ要員、爆発物、ロケット砲、自動小銃を首都と周辺3州の主要都市にやすやすと送り込めたことかもしれない。

アフガニスタン政府の治安部隊は今や兵力30万人以上。行く先々で政府軍の制服を目にする。
だが政府軍や警察、情報機関が肥大化すればするほど、組織の効率は悪くなると、タルハは言う。「カブールの情報機関と警察はかつてなく弱体化している。だからこそ、われわれは敵を驚かせる作戦を実行できる」

タルハと同様の見方はアフガニスタンの政府内部にもある。「心配だ。タリバンが連携を向上させているのに、情報機関や治安部隊は逆に連携が悪くなっている」と、東部パクティア州の中央政府高官は匿名を条件に打ち明ける。

厄介なのが情報機関と警察、軍の間に民族同士の対立感情があり、(多数派の)パシュトゥン人と少数派のタジク人、ウズベク人が互いに不信感を抱いていることだと、この高官は指摘する。「彼らはお互いに協力しない。タリバンにとっては絶好のチャンスだ。好きなときに好きな場所に潜入できる」

治安部隊は数で勝るが
(中略)
一連の攻撃は、今年の春と夏に向けたタリバンの新戦略に対応したものだと、タルハは言う。「今後はよく訓練された少人数の戦闘員に政府やアメリカ、NATOの重要施設を攻撃させたいと考えている。兵力不足の心配はない。複雑な攻撃作戦を連携して実行する能力も十分だ」

その根底には、軍や政府の施設を標的にすることでメディアの注目を集めようとする狙いがある。タルハによれば、今回の襲撃参加者はパキスタン北西部のペシャワルと南西部のクエッタにいるタリバン最高指導部とも連絡を取り合っていたという。

それでも、圧倒的に数で勝るアフガニスタン政府の治安部隊とISAFの反撃に耐えることはできなかった。タリバン側の抵抗は16日までにほぼ鎮圧され、襲撃を受けた地区は平静を取り戻した。
アフガニスタン政府とアメリカ、NATO軍の当局者は、今回のタリバンによる襲撃を失敗と呼ぶはずだ。だが大半のアフガニスタン国民にとって、この主張はほとんど何の慰めにもならない。

米軍は14年末までにアフガニスタンからの撤退を完了する計画だ。完全撤退の日が刻一刻と近づくなか、人々の間には既に不安が広がっている。今回の襲撃事件は、アフガニスタン政府軍の治安維持能力に対する国民の疑念をさらに強めることになりそうだ。【5月2日号 Newsweek日本版】
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揺らぐ“アフガン派兵の成果”】
オバマ米大統領は1日夜、アフガニスタンを予告なしで訪問し、駐留米軍が14年末の戦闘任務終了後も駐留を継続することなどを柱とするアフガン政府との戦略協力協定に調印しました。
大統領は調印後、米国民向けに「(国際テロ組織)アルカイダ打倒という目標は手の届く範囲にある」とテレビ演説し、01年の同時多発テロ後にアルカイダ掃討を目的に開始したアフガン派兵の成果を強調しています。【5月2日 毎日より】

しかし、オバマ大統領が出国して数時間後には、カブールで再び自爆テロが起きており、“アフガン派兵の成果”が揺らいでいます。

****アフガン:首都でテロ6人死亡 オバマ大統領の出国後****
アフガニスタンの首都カブール東部のホテル前で2日午前6時15分(日本時間同10時45分)ごろ、車による自爆攻撃があり、AFP通信によると、護衛と通行人の計6人が死亡した。
標的のホテルは外国人がしばしば利用しており、ロイター通信によると、旧支配勢力タリバンが「欧米諸国を標的にした」との犯行声明を出した。

爆発は電撃訪問したオバマ米大統領が出発して数時間後だった。タリバンが訪問に反発し、攻撃した可能性がある。カブールでは先月15日、タリバンが大規模な攻撃を仕掛け、日本大使館など外国大使館が集まる地区で治安部隊との激しい交戦があったばかり。【5月2日 毎日】
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厳しい欧州雇用情勢 ドイツモデルの有効性は?

2012-05-02 23:29:04 | 欧州情勢

(失業率の推移 一番上の青線がユーロ圏(17カ国)、ほぼ同じ動きの黄色線がEU(27カ国)、リーマンショックで急上昇し、最近やや改善しているのがアメリカ、一番低いところで推移している水色線が日本
“flickr”より By ganache11 http://www.flickr.com/photos/69778310@N02/7039198213/)

改善しない欧州雇用情勢、ドイツは好調
欧州では多くの国が、リセッション(景気後退)入りかその瀬戸際に立たされており、財政緊縮策が実体経済を圧迫、雇用情勢は悪化しています。

****3月のユーロ圏失業率は10・9% 財政緊縮策で****
欧州連合(EU)の統計機関ユーロスタットは2日、ユーロ圏(17カ国)の3月の失業率(季節調整済み)は2月から0・1ポイント悪化し、10・9%になったと発表した。EU全体(27カ国)では前月とかわらず10・2%だった。

EUが債務危機対策として進めてきた財政緊縮策が実体経済を圧迫、雇用情勢は改善せず、失業率は1999年のユーロ導入以来の最悪水準から抜け出せずにいる。

3月の失業率は、債務危機の本格波及が懸念されるスペインが24・1%、財政危機のポルトガルが15・3%と高止まり。フランスは10・0%、イタリアは9・8%で、ドイツが5・6%。ギリシャは最新データが今年1月時点で21・7%。
3月のユーロ圏の失業者数は前月比16万9千人増の1736万5千人。EU全体では19万3千人増の2477万2千人。【5月2日 産経】
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労働規制緩和によるドイツモデル
厳しい数字の欧州各国のなかで、ドイツだけは好調を維持しています。
(なお、日本の12年3月の失業率は4.5%です。)
そのドイツは、05年には失業者数は500万人に達し、失業率も11%を超え、戦後最悪になりました。この状態から抜け出せたのは、シュレーダー前政権時代に進めた労働市場の改革によると言われています。

失業手当を切り下げて就労を促し、派遣労働などの非正規雇用の道も広げました。
その結果、輸出競争力は高まり、現在の低い失業率が可能となりましたが、一方で、国内の格差は広がったとも言われています。
ドイツモデルが経済危機に喘ぐ他の欧州各国にも適用できるかについては、問題を指摘する向きもあります。

****ドイツ、労働規制緩め一人勝ち 輸出絶好調、格差は拡大****
・・・・欧州の景気は、債務危機の底に沈む。そのなかでドイツだけが絶好調だ。2011年の経済成長率は2年連続で3%を超え、失業率も5.7%(欧州統計局調べ)と東西ドイツ統一後、最低水準に達した。
危機の震源地となったギリシャの成長率がマイナス約7%に落ち込んだのとは対照的だ。

成長を支えているのは好調な輸出だ。昨年の輸出額は前年比11%増の1兆600億ユーロと過去最高。伸び盛りの新興国への輸出が顕著だ。(中略)
ユーロ安が輸出を加速させている。ユーロ安の原因はドイツ以外の国があえぐ債務危機だ。陰では「ドイツは欧州危機でもうけている」とささやかれている。

ギリシャ、イタリア、スペインといった危機に陥った国が取り組み始めたのが、ドイツがシュレーダー政権時代に進めた労働市場の改革だ。失業手当を切り下げて就労を促し、派遣労働などの非正規雇用の道も広げた。その結果、輸出競争力は高まったが、国内の格差は広がった。

サルコジ仏大統領は大統領選を前に「ドイツシステムに近づけていくことが私の仕事だ」とまで言った。
欧州を主導してきたフランスのプライドは見る影もない。東西ドイツ統一の負担に苦しみ、「欧州の病人」と揶揄(やゆ)されてきたドイツが今や欧州の覇権を握ろうとしている。

■福祉国家路線を転換
危機に苦しむ欧州各国を尻目に、ドイツ経済は絶好調だ。その要因はシュレーダー前首相が取り組んだ一連の改革と言われる。失業率が下がり、産業競争力は高まったが、社会の格差は広がった。欧州各国が学ぼうとする「ドイツ・モデル」は、有効なのか。

「現在の発展の起源は、1990年代の東西ドイツの統一過程だった」。ライプチヒ大学のシュナーブル教授はそう解説する。
90年の東西ドイツ統一で失業者は増え、旧東の再建にかかる費用で財政も悪化。99年のユーロ導入が追い打ちをかけた。同じ通貨を使うようになった低賃金の周辺国に工場が逃げ、雇用が減った。
シュレーダー政権下の05年、失業者数は500万人に達し、失業率も11%を超え、戦後最悪になった。

ドイツの復活には産業競争力の回復が必要だった。そこで、企業側の規制や負担を減らす代わりに、雇用を増やしてもらう。さらに、失業給付を削る荒療治を同時に実行した。
手厚い福祉国家だったドイツでは改革前、失業者は手取り給与の6割ほどの失業給付を受け取れたが、就業を促すために支給期間を限った。終了後は生活保護にあたる基礎保障の支給に変えた。一方、非正規労働の規制をゆるめた。

社会民主党のシュレーダー氏による改革には支持母体の労働組合が反発し、05年に政権を失う一因にもなった。だが、その後、輸出産業を中心に改革の効果が表れ始める。

08年秋のリーマン・ショックを乗り切れたのも、政府の関与があったからだ。
自動車のフィルターを作るマン・ウント・フンメルは当時、受注が減り、操業短縮に踏み切った。賃金をカットしたが、技術者や職工を解雇しなかった。政府は給与減の一部を補填(ほてん)する政策で後押しした。同社のウォルフ自動車産業部門長は「従業員を解雇しなかったので、急回復に全速力で対応できた」と話す。
ダイムラーやポルシェなど多くの企業が同様の対応をとった。「経営が組合、政府と協力して熟練工の雇用を維持した点が今の成功につながっている」。ドイツ自動車産業連盟のウィスマン会長もそう振り返る。

昨年は失業者数が統一後の92年以降、初めて300万人を割った。好景気で税収が増え、借金に苦しむ他の欧州諸国をよそに財政均衡まで達成しようとしている。

■非正規労働が急増
「今の仕組みのせいで、希望を失っている人はたくさんいる。きちんとした仕事に就くことは無理だし、生活保障をもらっていると怠慢だと思われる」

ベルリンで長男(9)を一人で育てているスザンヌ・ザローラさん(51)は9年前から定職についていない。家賃込みで毎月980ユーロ(約10万4千円)の生活保障をもらっている。家賃480ユーロ、長男の教育費、電気代などを支払えば、残りはわずかだ。
だが、高学歴の彼女に紹介される仕事はウエートレスやコールセンター勤務など月給400ユーロ以下の「ミニジョブ(僅少〈きんしょう〉労働)」ばかりだ。

シュレーダー改革以降、外食や小売り、介護といった産業ではミニジョブなどの非正規労働が飛躍的に増えた。今では490万人がミニジョブを唯一の生業とする。最高でも400ユーロの月給では生活が成り立たず、多くの人は生活保障も受けているが、統計上は職業がある人として数えられる。
ドイツの賃金水準が低下し、競争力が向上した裏にはこうした現実がある。

「ギリシャは国家機構を現代化し、構造改革を実行しなければならない」。2月末、ギリシャへの追加支援を審議する連邦議会で、メルケル首相は強調した。
ドイツは危機に陥った国の支援に反発する国民をなだめるため、見返りに自国が実行したような競争力を回復するための改革を実践するよう求めてきた。

だが、ベルリン自由大学のジャクソン教授は「シュレーダー改革は多くの低賃金労働者を生み、格差を広げた。他の国のお手本にはならない」と批判する。
企業が高品質な製品を作る技術や技能を持たない国が、生産性を向上させたところで、ドイツになるのは難しい。改革を進めることで経済が縮小し、税収が減って財政がさらに悪化する恐れさえあるのが現状だ。

「私が改革を始めた時と比べて今ははるかに厳しい経済状況だ。どの国も10年早く取り組んでほしかった」。シュレーダー前首相はそう語る。【5月2日 朝日】
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【「35時間制はフランス人の勤労意欲をむしばんだ」】
サルコジ大統領が「ドイツシステムに近づけていくことが私の仕事だ」とまで言うフランスでは、週35時間労働制の見直しが争点となっています。
サルコジ大統領は「35時間制はフランス人の勤労意欲をむしばんだ」と指摘、もっと働き、企業の競争力を高め、雇用を創出することを提起しています。

一方、社会党オランド候補は、時短政策によるワークシェアリングにより多くの雇用が生まれており、週35時間労働制の見直しは失業率増加につながるとしています。

****もっと?そこそこ? フランス大統領選、働き方も争点に*****
フランス大統領選の決選投票を控えたメーデーの1日、現職サルコジ氏が「働くフランス」を訴えた。経済危機のもと、「そこそこ働いて、しっかり休む」欧州流の生き方を問う。
セーヌ川越しにエッフェル塔をのぞむトロカデロ広場でサルコジ氏は、数千人規模の集会を開いた。「働くことで危機を脱せる。借金も返し、成長できる」

高級住宅街のパリ16区。若手の企業経営者や、汗水を流して右肩上がりの時代をつくった退職者らの「真に働く者の祭典」という。
メーデーにぶつけ、先行するオランド候補の社会党や労組をやり玉にあげる。失業者らも手当という既得権にしがみつくと映る。

これに対しオランド氏は、サルコジ氏を「真に失業を招いた候補」と酷評し、2日前のパリでの大集会であげつらった。「失業率を5%にすると言ったのに現状はどうか。全体で10%、若者は23%だ」

完全失業者は288万人。失業保険の会計は3年連続の赤字で累計約138億ユーロ(約1.5兆円)に膨らんだ。危機脱却に向けてサルコジ氏は、「そこそこ働く」欧州流にメスを入れる。社会党のジョスパン首相時代からの週35時間労働制の見直しがその象徴だ。

1日8時間働けば、学校が休みの水曜日を加えて週休3日。残業手当などを有給休暇に振り替えてバカンスはたっぷり1カ月――。「35時間制はフランス人の勤労意欲をむしばんだ」と指摘する。
もっと働き、企業の競争力を高め、雇用を生むという。時短政策の見直しのほか、付加価値税の増税で企業の社会保障負担を減らすことなども掲げる。

サルコジ氏を支持する大学生、ラファエル・ゼノンさん(20)は「手当に頼る社会を変えないと、財政はますます苦しくなり、ギリシャ化する」と話す。
中小企業経営者団体「クロワサンス・プリュス」のエマニュエル・アモン氏(41)は「35時間制は企業の競争力を著しく弱める」として、法定労働時間を「39時間」に増やし、超過勤務の有給休暇への振り替えをやめる代わりに、給与を10%引き上げるよう求めた。

絶好調のドイツがサルコジ氏の改革のモデルだが、非正規雇用の拡大で「ワーキングプア」が増え、格差も広がる。だれもが納得しているわけではない。
ドーバー海峡に面した港町カレー。失業率16%の街だ。地元バス会社は「32時間労働」を定着させた。モクタル・エラリさん(56)は「一人ひとりの時短で、15人の雇用を生んだ」と強調する。自らも「家庭菜園ができる余裕を手に入れた」。

「問われるべきは雇用」というオランド氏の陣営は「35時間制」を守る。少なくとも35万人の雇用を生んだとの統計もあり、時短の見直しは失業率に跳ね返るとみるからだ。富裕層などへの課税強化で、税収を教職員の増員や若者の職業訓練にあてると提案する。フランス伝統の「連帯」だ。

雇用対策を担うアラン・ビダリー下院議員は「家事の分担や子育て、余暇など暮らしの隅々まで入り込んだ制度を変えれば、経済は大混乱に陥る」と話す。「サルコジ氏の『35時間つぶし』は、公務員を嫌う企業経営者らに配慮した選挙の方便にすぎない」 (後略)【5月2日 朝日】
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日本でも非正規雇用の拡大による「ワーキングプア」の増加が指摘されていましたが、最近はあまりその種の声は聞かなくなりました。事態が改善したというより、社会がその現実を受け入れ、ごく普通の状態と認識されるようになった・・・ということかもしれません。
結果、ドイツのように労働コストが抑制され、非正規雇用という形での就労拡大によって失業率は低く抑えられています。
功罪両面ありますが、メリットの方で得られた社会全体の利益を、「ワーキングプア」に苦しむ人々のセーフティネットに振り向けていくシステムが必要でしょう。

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