(ゴラン高原の「叫びの丘」 シリアとイスラエルを隔てる地雷とフェンスに阻まれて会えない親子・兄弟が拡声器・双眼鏡を手に、谷の両側で叫び互いの安否を尋ねます。写真手前がイスラエルが占領するゴラン高原、奥がシリアでしょうか “flickr”より By dpfurrymag http://www.flickr.com/photos/39674936@N07/4907268739/ )
【「現状は内戦か」との質問に「そう言えると思う」】
シリア情勢について出口が見いだせない国際社会としては、アナン国連・アラブ連盟特使による停戦調停が行われているという“虚構”にしがみついていた感もありますが、ホウラやクベイルでの虐殺、更には、シリア政府の武装ヘリコプターを投入してトルコに近いアル・ヘファや同国中部のラスタンで反体制派の拠点を機銃掃射するといった事態に、シリアが内戦状態にあるとの認めざるを得ない段階に至っています。
なお、シリア人権監視団は、反体制行動が始まった2011年3月以降の死者は1万4100人以上になったと発表しています。
****シリア:国連事務次長「内戦」と認識 米英仏は決議準備****
国連平和維持活動(PKO)担当のラドゥス国連事務次長は12日、アサド政権と反体制派の戦闘が激化しているシリアが内戦状態にあるとの認識を記者団に示した。ロイター通信によると、国連高官が内戦と認定したのは初めて。国連筋は毎日新聞の取材に米英仏が対シリア安保理決議案の準備を進めていると明らかにした。経済制裁などを念頭に置いているとみられる。
事務次長は「現状は内戦か」との質問に「そう言えると思う」と発言。アサド政権が反体制派に奪われた複数の都市を取り返すために戦車や迫撃砲だけでなく、ヘリコプターによる攻撃を加えていることを挙げ、「(戦闘は)非常に大規模になっている」と語った。事務次長の「内戦」認定はシリア情勢の悪化を受けて危機感を表明し、安保理に具体的行動を促す狙いがあるとみられる。
赤十字国際委員会(ICRC)がシリアを「内戦」とみなすと、国際人道法の適用対象となり、アサド政権には市民の保護などの義務が生じる。
米英仏が準備を進める決議案の詳細は不明だが、単なるシリア非難決議でなく、国連憲章7章41条(非軍事的措置)に基づく制裁決議案とみられる。
国連シリア停戦監視団は12日、北西部ハッファに入ろうとした監視団の車両が住民らに取り囲まれ、投石、銃撃を受けたと明らかにした。監視団は機能不全状態にある。【6月13日 毎日】
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オーストラリアを訪問中の北大西洋条約機構(NATO)のラスムセン事務総長は13日、シリアへの軍事介入は「正しい道ではない」と述べ、否定的な考えを示しています。
欧米側には軍事介入を行う意思も余裕もありませんので、「次の一手」としては国際的な制裁を強めながら、イエメン型の権限移譲をアサド大統領に迫る・・・といったところでしょうか。
もっとも、シリア制裁決議を行うためには、シリア・アサド政権を支援しているロシア・中国の取り込みが必要であり、大きな壁があることは以前から指摘されているとおりです。
アメリカは、ロシアがシリアに攻撃ヘリコプターの供与を進めていると非難しつつ、制裁強化に向けてのロシア牽制を行っているようです。
****シリア:米国務長官がロシア批判 政権に攻撃ヘリ供与と****
クリントン米国務長官は12日、ワシントン市内での講演で、ロシアがシリアのアサド政権に新たな攻撃ヘリコプターの供与を進めているとの情報があると明らかにした。
シリアでは11日、アサド政権軍の攻撃ヘリが反体制派の拠点となっている中部の都市ラスタンなどで機銃掃射を実施したとの情報があり、攻撃ヘリの追加供与による暴力の激化に懸念が高まっている。
クリントン長官は「ロシアは『シリアに輸出されている武器はアサド政権の行為とは関係ない』と主張しているが、これは明らかなうそだ」と述べ、ロシアによる武器輸出がアサド政権による弾圧を激化させていると批判した。その上で、新たな攻撃ヘリの供与は「紛争を劇的に悪化させる」と述べ、輸出の撤回をロシア側に求めた。
また、クリントン長官はアナン国連・アラブ連盟合同特使(前国連事務総長)による調停の成否を見極める期限について「国連安保理が停戦監視団の任務を延長するか否かを決定する7月中旬だ」との見解を示した。安保理が監視団のシリア派遣延長を却下した段階でアナン特使の調停に見切りを付ける考えをちらつかせ、制裁強化を渋るロシアをけん制した。【6月13日 毎日】
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【「親しみやすくて進歩的で魅惑的な夫婦」】
シリアに関して、興味深い記事が2件ありました。
ひとつは、アサド大統領夫妻がアメリカの有名PR企業を使って「親しみやすくて進歩的で魅惑的な夫婦」というイメージを定着させようとしていたとのことです。
****アサド夫妻に騙され続けた欧米メディア****
Al-Assad And His Wife Hired Western PR Firms To Bolster Their Image
独裁者カップルのPR作戦に乗せられてアサド政権に好意的な態度を取ったメディアや政治家がシリア情勢をさらに悪化させた
アサド政権と反政府勢力の武力衝突が激化し、民間人の虐殺が激化の一途をたどっているシリア。父子2代で40年以上に渡ってこの国を支配してきたバシャル・アサド大統領とその妻アスマが、イギリスとアメリカのPR企業と契約して国際社会におけるイメージアップ戦略に励んでいたことが明らかになった。
ニューヨーク・タイムズ紙によれば、目的は「親しみやすくて進歩的で魅惑的」な夫婦というイメージを植え付けること。夫妻はワシントンの有名PR企業「ブラウン・ロイド・ジェームズ」と月5000ドルの契約を結んでいたという。
その仲介を受けて、昨年3月には米高級誌ヴォーグがアスマ夫人を好意的に取り上げたプロフィール記事を掲載。ちょうどアサド政権が反体制派の弾圧に乗り出した時期で、シリアではその後、少なくとも数千人の死者が出ている。(後略)【6月12日 Newsweek】
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アメリカPR企業を使ったイメージ戦略としては、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争当時のボスニア政府による「セルビア人勢力による民族浄化」というイメージ定着が有名ですが、イメージ戦略重視の昨今ですから、アサド夫妻のイメージ戦略も彼らからすれば当然のことでしょう。
一方で、6月9日ブログでも取り上げたように、現在の「シリア・アサド政権=悪」という定着したイメージも、反政府側の提供した偏った情報によってつくられたものだ・・・という見方もあります。
【「戦うよりも、沈黙すること」】
もひとつの興味深い記事は、イスラエルが占領しているゴラン高原住民のアサド政権への対応をリポートしたものです。
“〈ゴラン高原〉シリア南西部からイスラエル北部のガリラヤ湖の東側に広がる。シリア領だが、1967年の第3次中東戦争でイスラエルが大部分を占領。住民はダマスカスなどへ逃れたが、今もなお約2万人のシリア人が残る。イスラエルは81年、一方的に併合を宣言した。日本の自衛隊を含む国連兵力引き離し監視軍(UNDOF)が活動している”【6月13日 朝日】
****シリア弾圧、口閉ざす村 イスラエル占領のゴラン高原****
シリアのアサド政権による住民弾圧に、声を上げられない同胞たちがいる。イスラエルの占領が続くゴラン高原の住民たちだ。家族や親戚の安否を気遣いながら、もどかしさを募らせている。
ゴラン高原の村マジダルシャムスは、斜面に張り付くように家々が並ぶ。谷を挟んですぐ向こう側はシリア領、首都ダマスカスまでは、直線距離で約50キロ。約9千人の住民のほとんどが輪廻(りんね)転生など独特の教義を持つイスラム教少数派のドルーズ派だ。
イスラエルは1981年のゴラン高原の併合宣言後、この地域に残る約2万人のシリア住民にはイスラエル国籍の取得を勧告したが、村の住民たちは拒否、「シリア人」であることを強くアピールしてきた。
イスラエルとシリアは対立関係にあり、国交はない。一部の例外を除き、人の往来は厳しく制限されているが、ドルーズ派は同じ宗派同士で結婚するしきたりがあるため、シリア側へ嫁ぐことが認められている。
ヤヒヤ・サファディさん(60)が娘(28)をシリア南西部の親戚に嫁がせたのは、4年前のことだ。「娘は幸せに暮らしている。私はテレビを見ているだけだから、現地で何が起きているかは知らない」。電話やインターネットを使って毎日のように連絡を取り合うが、シリア情勢についてはあえて聞かない。「娘を不安にさせたくない」からだという。
ゴラン高原のドルーズ派には、成績の優劣にかかわらず、シリアの大学に入学できる優遇措置がある。学費が免除されるだけではなく、生活費として月30米ドル相当が支給され、住居も用意される。サファディさんの息子も、奨学金を受けてダマスカス大学で歯学を学んだ。政府には恩義を感じている。
「反体制派が行っている『革命』はただの破壊だ。支持しない」。アサド政権を支持するか尋ねると、一瞬間を置いて、「もちろん」と答えた。
アサド政権は、被占領地の住民にさまざまな優遇策をおこなっており、住民の多くは政権支持派だという。
だが、ここにきて、住民の間に変化が生じるようになった。
「シリアの情報機関が、村の中に浸透している」
地元ジャーナリストの男性(40)は最近、アサド政権が住民を遠隔操作していると感じるようになった。
半年ほど前、テレビやインターネットで連日流されるアサド政権による住民弾圧の映像に若者たちが憤り、デモを行った。穏やかなデモだったが、政権支持派の住民がデモ隊を襲撃した。骨折するまで殴られた人もいたという。
イスラエル占領下にあることで、村が直接、アサド政権の弾圧を受けることはない。しかし、その後も、デモ参加者が何者かの車にひかれるなど、反体制派に対する様々な嫌がらせが続き、デモの動きは止まったという。
住民の多くは、シリア側に家族や親戚がいる。ドルーズ派のコミュニティーは、政権による弾圧の激しい南部ダルアからそれほど遠くない地域にある。ゴラン高原の住民が反体制的な動きをしているとシリア側に伝われば、弾圧の矛先がシリア側のドルーズ派に向きかねない。「戦うよりも、沈黙すること。今安全ならば、そのままのほうがいいというのがほとんどの人の考えだ」と男性はいう。
だが、別の男性(60)は声をひそめて言った。「シリア政府は我々を独裁体制を保つのに利用しただけで、イスラエルから解放しようとはしなかった。血にまみれた独裁政権が、いつまでも続くとは誰も思っていない」と。【6月13日 朝日】
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【叫びの丘】
シリア・イスラエルによるゴラン高原の返還交渉は断続的に行われており、最近では2008年頃にトルコ仲介で行われていましたが、その後は頓挫しています。
イスラエルのペレス大統領は2010年5月11日、モスクワ国際関係大学での講演で、シリアとの和平交渉に前向きな姿勢をみせる一方、領有権を争うゴラン高原の譲渡には現状で応じられない考えを示しています。
2011年には、「アラブの春」に触発される形で、ゴラン高原でもイスラエル支配に対する抗議行動が激化しました。
***ゴラン高原でイスラエル軍発砲、シリアデモ隊23人死亡****
イスラエルが占領するゴラン高原で5日、シリア側から境界を越えようとしたシリアのデモ隊にイスラエル軍が発砲し、シリア国営メディアによると子どもや女性を含む23人が死亡、350人が負傷した。
発砲が起きたのは、シリアとの境界にあるゴラン高原のマジャルシャムス。デモ隊の数百人が境界に押し寄せ、シリアとゴラン高原を隔てる有刺鉄線を切断したりフェンスを越えて、ゴラン高原側に越境しようとしたところ、イスラレル軍が発砲した。境界付近には地雷も埋められている。
イスラエル軍報道官は、AFPに対し、「何度も口頭や警砲で、事前に警告していた。それでもシリア人たちは境界に前進し続けたので、デモ隊の足元に向けて発砲するしかなかった」と説明した。
5日は、イスラエルがシリアからゴラン高原を占領した1967年の第3次中東戦争(6日間戦争)開戦から44周年にあたり、ヨルダン川西岸やガザ地区の両パレスチナ自治区でも、イスラエルへの抗議行動があった。この戦争で、イスラエルはヨルダンやエジプトからヨルダン川西岸やガザ地区も占領している。
ゴラン高原とシリアとの境界付近では、前月からパレスチナ人やシリア人らによる数千人規模の抗議行動が行われていた。【2011年6月6日 AFP】
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上記発砲事件が起きたマジャルシャムスは、前出【6月13日 朝日】の現地でもあります。
アサド政権が、被占領地の住民にさまざまな優遇策をおこなっているということは初めて知りました。
住民のアサド政権への支持・不支持は、部外者には何ともわからない問題です。
なお、“ドルーズ派は同じ宗派同士で結婚するしきたりがあるため、シリア側へ嫁ぐことが認められている”ものの、結婚してシリア領内に入るとゴラン高原に残る親兄弟とは会えなくなります。
イスラエル映画「シリアの花嫁」で、嫁いだら親兄弟と会えなくなるという微妙な思いが描かれています。
会うことがかなわない親子・兄弟は、地雷が埋まった谷越しに「叫びの丘」と呼ばれる丘から拡声器・双眼鏡を手にして叫び、互いの安否や近況を伝えあいます。映画でもそうした「叫びの丘」のシーンがとても印象的でした。
現実に、映画のような家族と会えなくなる結婚が年に3、4回はあるとのことです。