(オリンピック期間中、テロ対策の地対空ミサイルが配備されることになった地区の住民の抗議行動 “flickr”より By Tom Wills http://www.flickr.com/photos/tomwills/7473756164/)
【社会的不満のなかで五輪へのさめた目も】
先日、ロンドンオリンピックのチケットがまだ大量に余っている・・・との話題をTVニュースで取り上げていました。
****サッカー入場券、45万枚売れ残り=ロンドン五輪*****
ロンドン五輪組織委員会は17日、同五輪サッカー男女の入場券が45万枚売れ残っていることを明らかにした。そのうち約半分は緊急用に確保していた分で、今後販売用に回す。
サッカーは試合数、スタジアムの収容人数が多く、対戦カードが決まっていない試合もあるため購入者の出足が鈍い。組織委のコー会長は「サッカーの入場券販売は(どの五輪でも)常に課題。われわれの販売状況は悪くない」と話した。
また、サッカー以外の入場券も緊急用の分や各国オリンピック委員会からの返却分などを含む30万枚があり、組織委の広報担当者によると、人気の高い開閉会式の入場券も残っている。【7月17日 時事】
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サッカーについては、上記記事にあるように“スタジアムの収容人数が多く、対戦カードが決まっていない”というチケット販売が基本的に難しい面があるほかに、女子サッカーについては“サッカーは男子のスポーツ”という認識が開催国イギリスを含めて根強いこと、男子サッカーについても、ヨーロッパではクラブ中心のサッカー文化が根付いており、ナショナルチームという一時的選抜チームに対する関心があまり高くない・・・といった事情があるようです。【5月25日 日経より】
また、全体的に、日本などではオリンピックといった“国家レベルのお祭り”には国民・マスメディア一丸となってヒートアップするような社会的雰囲気がありますが、イギリス・ロンドンの場合、かなりさめた目で見ているような感も窺えます。
イギリスも財政悪化から厳しい緊縮策を強いられており、国民保健サービスは改悪され、若年貧困層対策予算はカットされる・・・といったなかで、政府から多額の救済資金を受ける金融機関では巨額のボーナスが支給されるといった社会の現状への不満が存在しています。
昨年8月、ロンドン、その他の都市で燃え上がった“「主張なき」若者たちによる暴動”も、こうした社会への不満・閉塞感が根底にあるとも指摘されています。
そうした市民生活に犠牲を強いる緊縮財政にあって、当初34億ポンドとされていたオリンピック予算は、07年には93億ポンドに修正されており、道路の閉鎖、テロ対策警備などで市民生活へのしわ寄せも発生しています。
一部国民の間でオリンピックに対する関心が高まらないのもやむを得ないとも思えます。
【地対空ミサイルと監視カメラ】
昨今の大規模行事ではテロ対策が問題となりますが、05年7月7日に地下鉄・バスで起きたロンドン同時爆破テロを経験しているロンドンでは、地対空ミサイルを住宅屋上に設置しての警備が取られています。
自宅にミサイルを配置された市民の方は、「テロの標的になるリスクが高まる」ということで訴訟を起こしていましたが、裁判所はこの申し立てを却下しています。
****五輪テロ対策で民家にミサイル配備*****
オリンピック期間中、民家の屋根に地対空ミサイルを配備しても問題なし──ロンドンの裁判所がゴーサインを出した。
ロンドン東部レイトンストーン地区に建つ17階建てのフレッド・ウィッグ・タワーに暮らす住民たちの訴えは10日に棄却された。英国防省からテロ対策の一環として屋上にミサイルを配備するとの通告を受けた住民は、中止を求めて訴訟を起こしていた。
住民が恐れるのは、ミサイルが設置されることでこのビルがテロリストの標的になること。だが国防省は、ミサイル設置は「合法であり適切だ」と主張していた。
ロンドン市内ではオリンピック会場の防衛目的で、このビルを含めて6カ所にミサイルが配備される予定だ。短距離防空ミサイル「レイピア」などが設置されるという。
「国家の最高レベルで」決定された
「平時のイギリスでは前例がないほどの軍事基地やミサイル施設が配備される。だがら裁判を起こすことになった」と、住民側の弁護士マーク・ウィラーズは公判で述べた。「ビルの屋上にミサイルを設置すれば、テロの標的になるリスクが高まると思うのは当然だ」
欧州人権条約では、自宅での私生活を尊重される権利が定められている。国防相はこうした条項に違反しているとウィラーズは訴えた。対する国防省側の弁護士デービッド・フォースディックは、ミサイルの設置場所は「厳密な調査の結果、国家の最高レベルで」決定されたものだと主張。首相と副首相、内相、国防相の承認を得た決定事項だと述べた。
裁判所は、住民にはこの決定に異議を申し立てる権利はないとの判決を下した。「この問題について、国防省による地域や住民とのやりとりには何の問題点も認められないと判断した」と裁判官は語った。さらに、国防省には住民に事前に説明する義務はなく、説明しなかったことが「明らかな不公正」には当たらないと付け加えた。【7月11日 Newsweek】
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東京は2020年開催に立候補していますが、同様の光景が見られるのでしょうか?
石原都知事なら喜んでそうするでしょうが。
まあ、近年の北朝鮮ミサイルへの対応で、都心や沖縄へのパトリオット配備などが大きな抵抗なく進んでいますので、東京都心に配備された地対空ミサイルというのも大した問題にはならないのかも。
地対空ミサイル以外にも、監視カメラによる警備も万全の体制のようです。
もともとロンドンの監視カメラの多さは有名で、イギリスは最も防犯カメラ の整備が進んでいる国と言われています。
****カメラ2万台で監視…五輪警備の「特別司令室」****
ロンドン警視庁は19日、ロンドン五輪期間中のテロ防止や警備活動で頭脳の役割を担う「特別指令室」を報道陣に公開した。
ロンドン中心部ランベスのビル内に置かれ、最大約300人の警察官らがロンドン市内各所に設置した2万台以上の街頭監視カメラ(CCTV)からの映像を約300台のモニターに映し出し、警戒にあたる。同警視庁は五輪期間中、街頭には1日あたり9500~1万2500人の警察官を配置する。【7月20日 読売】
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【五輪だろうが何だろうが、主張すべきは主張】
しかし、警戒すべき対象はテロだけでなく、社会的不満を強める国民の中からも発生しそうです。
労働組合の力が未だ強いイギリス社会では、日本では過去のものとなったストライキも行われますが、オリンピックを人質にとったようなストも計画されています。
このあたりは、日本だったら激しい社会的バッシングを浴び、到底ありえないことで、非常に“イギリスらしい”とも言えます。
****五輪開幕前日、英入国管理局職員が24時間スト****
英国の入国管理局職員組合は19日、ロンドン五輪開幕前日の26日に24時間ストライキを実施することを決めた。
ロンドンの空の玄関ヒースロー空港などで入国手続きが混乱するのは必至だ。
内務省は他省庁の職員などを入管業務にあたらせるなどして混乱を最小限に食い止める方針。26日は多数の観戦客の到着が予想されているだけに、メイ内務相は「許し難い」と労組側の動きを批判した。
ストは、人員削減の見直しや賃上げを求めたもの。同組合はさらに27日~8月20日までは残業を拒否することなども決めた。
また、英中部の鉄道運転士ら約400人も、年金の改善を求めて、五輪期間中の8月6日から3日間のストの実施を決めた。五輪のサッカーの試合は、ロンドン以外でも行われるため、実際に行われれば、混乱が拡大する可能性がある。【7月20日 読売】
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また、警備体制についても、綻びが報じられています。
警備員不足が発覚した警備会社のCEOがマネジメント料の5700万ポンド(約70億円)をきちんと請求する考えというのも、国家・国民あげて祝うべき行事に水差す行為など許されない日本では多分あり得ない話です。
****五輪まで1週間、ロンドン困惑 警備員不足、軍が代行 入管、スト計画****
27日の開幕まで1週間となったロンドン五輪で大幅な警備員不足が発覚、英政府は急遽(きゅうきょ)、アフガニスタン帰還兵を含む3500人の兵士を投入することを決めた。英入国管理局職員らも賃上げを求めてストライキ突入をちらつかせており、次々と噴出する問題に当局は対応に追われている。
世界最大の英民間警備会社「G4S」は、総額2億8400万ポンド(約350億円)で五輪警備を請け負い、1万400人の警備員を確保する計画だった。
だが、採用や訓練の混乱で、これまでに配置できたのは4200人。しかも問題に気づいたのは、開幕が約3週間後に迫った7月3日で、英当局への報告は11日というずさんさだった。
同社のニック・バックルズ最高経営責任者(51)は17日、英下院の公聴会で謝罪し、開幕までに7千人を配置すると約束した。しかし達成が疑問視されることから英軍は3500人を配置、不足する場合は2千人追加する用意を表明した。
バックルズ氏がマネジメント料の5700万ポンド(約70億円)をきちんと請求する考えを表明したことも世論の反感を買っている。同氏は一定の安全は確保されていると開き直っている。(後略)【7月20日 産経】
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社会・国家の思惑とは別に、個人として主張すべきは主張するというイギリス・欧米社会の有り様は、ときに一体性を強要されるような雰囲気もある日本とはかなり異なります。
もちろん、それぞれに善し悪しがあり、イギリス的な自己主張の強さに辟易するところも多々あるでしょう。
大方の日本人にとって日本社会が馴染みやすい・暮らしやすいのは言うまでもないことです。
ただ、自分たちの社会が世界的にみて必ずしもスタンダードではないことをしばし立ち止まって眺めるのは、社会が過度に流れて“悪しき”面が大きくなることを抑制するうえで有意義なことかと思います。