孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

フィリピン・ドゥテルテ大統領  外交問題の陰に隠れた感もある「犯罪行為」

2016-10-21 23:18:43 | 東南アジア

(2016年8月3日、大統領の呼びかけによって犠牲となった男性の葬儀で嘆き悲しむ親類の女性 ©NOEL CELIS/AFP/Getty Images 【アムネスティ日本】)

【「軍事的にも経済的にも米国と決別する」のはフィリピンの選択
中国を訪問し、「軍事的にも経済的にも米国と決別する。米国は敗れた」といった相変わらずの反米発言を連発し、南シナ海問題を事実上棚上げした形で、中国の提供する支援に感謝するフィリピン・ドゥテルテ大統領の言動が話題となっています。

****混乱するフィリピン外交、ドゥテルテ大統領の「決別」発言で****
・・・・ドゥテルテ大統領は20日、中国人実業家ら数百人を前に演説し拍手を受けたが、その際、「私は米国との決別を表明する」と語り、「私は、あなたたちのイデオロギー的な流れに自分の身を置き直した。場合によってはロシアへも行き、ウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)大統領と話し合い、世界に立ち向かっているのはわれわれ三者──中国、フィリピン、ロシア──だと彼(プーチン氏)に伝えるだろう。これしか道はない」と述べた。(後略)【10月21日 AFP】
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一昔前のベネズエラのチャベス前大統領やイランのアフマデネジャド前大統領のような、コテコテの反米路線のようにも見えます。

ドゥテルテ大統領の反米感情の背景には、フィリピンがアメリカ植民地として搾取・弾圧されたという歴史認識があるようで、麻薬犯罪者の超法規的処刑に対するアメリカなどの“非人道的”との批判が、そういう認識に火をつけたようにも。

****訪中のドゥテルテ比大統領「中国には侵略の歴史はない****
2016年10月20日、国際在線によると、中国を訪問しているフィリピンのドゥテルテ大統領は19日夜、北京で北京在住のフィリピン人代表と面会し、「フィリピンと中国の人々は、スペイン人がフィリピンに到達する以前から交流を開始し、それを1000年以上も継続してきた歴史がある。中国には侵略の歴史はなく、フィリピンを侵略したことは一度もない」と述べた。

ドゥテルテ大統領は「中国はフィリピンの良き友人だ。中国には約30万人のフィリピン人が滞在している。中国はフィリピン人に対してとても友好的だ」とも述べた。【10月20日 Record china】
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9月にラオスの首都ビエンチャンで開催されたASEAN(東南アジア諸国連合)首脳会議で、オバマ大統領への「売春婦の息子」といった暴言で米比首脳会談がキャンセルされたときも、ドゥテルテ大統領は東アジアサミットの席上で“フィリピンが米国の植民地支配を受けていた約100年前に、米兵に殺害されたフィリピン人の写真も示し、「これは殺害されたわれわれの祖先だ。なぜ今、人権問題を話しているのか。人権はあらゆる観点を含めた上で話し合わなければならない」と強調した。”と、植民地支配を絡めた認識を明らかにしています。

一方の習近平主席は会談で中比両国の交流促進に触れ、15世紀にフィリピン南部のスールー王国の王が明の永楽帝に拝謁し来年で600周年を迎えることから記念行事の開催を提案したとか。

もっとも、“会談で周辺国の「朝貢」に触れたことから、さまざまな憶測も呼んでいる”【10月20日 産経】とも。
アメリカ同盟国日本への訪問の前に習近平主席に謁見し、蜜月を演出し、見返りに大盤振る舞いを受けるというのは現代版「朝貢」かも。

また。中国とフィリピン・ドゥテルテ大統領の急接近の背景には、以前から指摘しているように、両者の体質が似かよっていることもあるでしょう。麻薬犯罪者を超法規的に殺しまくるドゥテルテ大統領にすれば、天安門で政府批判者を戦車でひき殺すことも、チベット・新疆での弾圧も、別に問題視するようなことではないのでしょう。

中国にしても、犯罪が疑われる者の人権などおかまなしに処分するドゥテルテ大統領の“剛腕”は、ごく当たり前ののことでもあるのでしょう。

もちろん、ドゥテルテ大統領の反米感情と国民全体の意識には大きなかい離があることも指摘されています。

****フィリピン「信頼する」1位は米国、日本は3位 中国を信頼しないは55%…市民の親米反中は変らず****
フィリピンの民間調査会社ソーシャル・ウェザー・ステーションは18日、主な外国に対する国民の信頼度調査結果を発表した。1位は米国で、「信頼する」が76%、「信頼しない」が11%、差し引きの純信頼度(小数点以下四捨五入の概数)はプラス66だった。一方、中国は「信頼する」22%、「信頼しない」55%で、純信頼度はマイナス33となった。
 
ただ、今年6月の前回調査に比べ、米中ともに信頼度が低下した。同月末に就任したドゥテルテ大統領が反米的な発言を繰り返したことや、南シナ海の領有権問題をめぐる仲裁裁定で、主権主張を否定された中国が裁定を無視したことなどが影響したとみられる。
 
調査は9月下旬、比国内各地の成人約1200人を対象に実施。純信頼度の2位はオーストラリア(プラス47)で、3位は日本(プラス34)だった。【10月18日 産経】
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また、政権閣僚の間でも、大統領の過激なアメリカ離れに戸惑いも見られます。
ドゥテルテ大統領の「軍事的にも経済的にも米国と決別する。米国は敗れた」という演説から数時間後、フィリピンの経済閣僚らは「われわれは欧米諸国との関係を維持する。一方でアジア諸国の連携強化も望んでいる」との声明を出しています。【10月21日 Newsweekより】

国民の支持率が8割近くに達する現在の状況では、政権内の異論は、結局は大統領の意向の前で封じ込まれる形になるのでしょう。逆に、支持率が下がってくると、様々な不満が噴出することも。

なお、日本的感覚からすると異様に高いように思われるドゥテルテ大統領の支持率も、フィリピンにあっては、特段に突出したものでもないとの指摘もあります。

****ドゥテルテ人気の真実を疑え****
驚異的な高支持率が取り沙汰されているものの、政策への反応は微妙 賞味期限は意外に短い?
・・・・第1に、ドゥテルテは前任者と比べて圧倒的に支持されているわけではない。最新調査での76%という数字は数十年来の最高記録と喧伝されているが、実はベニグノーアキノ前大統領の就任数力月後の支持率71%と5ポイントしか違わない。

ドゥテルテが大統領に就任した直後の7月、パルスーアジアが実施した調査では支持率が91%に達した。同社の世論調査史上、最高の支持率だと強調する向きもあるが、これもアキノの大統領就任直後の87%という数字とあまり変わらない。・・・・【10月25日号 Newsweek日本版】
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フィリピンの中国接近、反米路線は、アメリカとともに東南アジア諸国を巻き込んで、中国の強引な進出に歯止めをかけようとする日本にとっては、梯子を外されるような不都合なものです。

“習近平国家主席は20日、ドゥテルテ大統領との会談を終えると、同じ人民大会堂の客間で、ベトナム共産党中央政治局委員で中央書記処常務書記(丁世兄)と会談した。ラオスもカンボジアもフィリピンも、そしてベトナムさえもとなれば、ASEAN諸国はすでに中国の傘下に降ったようなもので、南シナ海問題だけでなく、東アジア情勢に大きな地殻変動が起きる。”【10月21日 遠藤 誉氏 Newsweek】

ただ、不都合ではありますが、フィリピンがどういう外交路線を選択するかはフィリピンが決めることでもあります。歴史認識にても、中国との関係に期待することも、ひとつの見識ではあります。(賛成するかどうかは別にしても)

【“選択”では済まされない犯罪行為
一方、こうした暴言や外交姿勢の問題でかすんでしまっている感もありますが、ドゥテルテ大統領が国内で進める超法規的殺人は“選択”では済まされない犯罪行為であり、民主主義の破壊です。

ドゥテルテ大統領の「犯罪」については、9月15日ブログ“フィリピン大統領の「犯罪」 議会で責任が問われるのか、国民支持で不問に付されるのか”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160915でも取り上げました。

****比大統領、「麻薬撲滅戦争」手加減せず 死者3700人突破****
フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領は14日、犯罪者を殺すと脅すことに「非の打ち所はない」と述べて自身の方針を擁護し、既に死者が3700人を突破した「麻薬撲滅戦争」を手加減することなく続けていくと誓った。
 
国際刑事裁判所(ICC)のファトゥ・ベンソウダ主任検察官は13日、フィリピンの麻薬撲滅戦争について「深く憂慮している」と述べ、ICCがドゥテルテ氏を殺人の扇動で訴追する可能性を示唆した。
 
しかしドゥテルテ大統領は14日、いつもの調子で反論し、自身の発言と一か月に1000人以上が死亡している麻薬撲滅戦争を擁護。「犯罪者を殺すと脅すことにやましいことは何もない。『犯罪者どもよ。私はお前たちを殺す。ばかなまねをするな』という声明一つとってみても、非の打ち所はない」と述べた。
 
14日の当局の公式発表によると、ドゥテルテ大統領の就任以降、警察はこれまでに1578人を殺害し、2151人が詳細不明の状況で死亡した。死者の合計は前回発表より368人増えて3729人となった。【10月15日 AFP】
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正規の逮捕・裁判のルートに乗せず、“抵抗した”として警官が安易に射殺してしまうこと(誤った捜査も多いでしょうし、悪徳警官による関係者の“口封じ”もあるでしょう)も問題ですが、“詳細不明の状況で死亡”というのは問題外の殺人行為です。こうした正体不明の「処刑団」には警官も関与していると見られます。

****バイク2人乗りの暗殺者、覆面取ったら警察官 フィリピン****
ロドリゴ・ドゥテルテ大統領の掲げる「麻薬撲滅戦争」で超法規的な殺人が横行しているフィリピンで先週末、女性を射殺した2人乗りバイクの覆面の男たちが、いずれも現役の警察官だったという事件があった。フィリピン警察当局が13日、明らかにした。
 
容疑者の警官2人は9日、首都マニラから南方に170キロ離れたミンドロ島にある町グロリアで、自宅の外にいた地元女性を射殺したとされる。現場から逃走する途中で地元警察と銃撃戦となり、負傷した末に逮捕されたという。
 
容疑者の1人はグロリアの2つ隣の町ソコロの交番署長を務める警部補で、もう1人はミンドロ島内の別の警察組織に所属する警部だった。2人は平服で犯行に及び、逮捕された当時は弾丸が装填された複数の拳銃と覆面、かつらを所持していた。
 
警察当局は2人を殺人容疑で起訴する方針だ。
 
フィリピンでは今年6月30日にドゥテルテ大統領が就任して以来、警察が強権的な麻薬犯罪の撲滅作戦を遂行する中、既に3300人以上が死亡している。この中には麻薬密売人として警察に射殺された容疑者もいるが、多くはバイクに乗った2人組の暗殺者に撃たれて死亡している。【10月14日 AFP】
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こうしたドゥテルテ大統領の「麻薬撲滅戦争」はフィリピン国民の高い支持を得ているとも報じられていますが、その内容には注意も必要です。また、国民も超法規的処刑を認めている訳ではないようです。

****超法規的」処刑への懸念***
・・・一方、ドゥテルテが推進する麻薬撲滅をはじめとする犯罪対策は、政策としても高く支持されているように見える。だがここでも、慎重な見極めが必要だ。
 
SWSの最新調査によれば、違法薬物の密売業者などを徹底的に取り締まるドゥテルテ政権の方針に、「非常に満足している」人の割合は54%、「いくらか満足している」人は30%。メディアは両者を単純に足し合わせて、麻薬戦争の支持者が84‰に上ると報じている。
 
現実には、対象者の約3分の1は「いくらか満足」と言っているにすぎない。迷いを抱く彼らは、今回のような4択ではなく「賛成」か「反対」かの2択であれば、「反対」と回答した可能性がある。
 
賛否が相半ばする感情は、別の質問への反応に明らかだ。質問は「麻薬密売業者を殺害せずに逮捕すべきか」。言うまでもなく、密売容疑者が裁判を経ずに現場で「超法規的」に処刑されている現状への懸念を意識した問いだ。

質問に対して、容疑者を殺さないことが「非常に重要」と回答した人の割合は71%、「いくらか重要」と答えた人は23%だった。(メディアのやり方にならって)両者を足し合わせれば、実に94%が「重要」と考えていることになる。
麻薬戦争そのものには、84%が「満足」しているにもかかわらずだ。
 
言い換えればこういうことだ。麻薬撲滅作戦は全体として高く支持されているものの、その一環として超法規的処刑を行うことへの懸念は支持を上回る。【10月25日号 Newsweek日本版】
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麻薬犯罪にとどまらない暴力的対応
また、再三指摘するように、ドゥテルテ大統領の暴力的対応が麻薬犯罪者に限定される保証はありません。政権を批判するような“邪魔者”にも同様の「超法規的」処刑が行われることが十分に予想されます。
9月15日ブログで、議会上院において、フィリピン南部ダバオ市で暗躍したとされる「処刑団」の一員だった男性が証言し、当時市長だったドゥテルテ大統領の指示で過去1000人以上の犯罪者らが違法に殺害されたことや、処刑対象にはドゥテルテ氏に批判的な人物や、ドゥテルテ氏の妹の交際相手も含まれていたこと、国の捜査当局者が殺されたケースではドゥテルテ氏自身が直接殺害したことなどを明らかにした・・・という件を取り上げました。

この上院での公聴会を主導したレイラ・デリマ議員は殺害脅迫を受け、自宅へ帰れない状況が続いています。

****大統領糾弾に身命を賭す反骨の元閣僚****
不倫ビデオで対抗という政権側の手法は行き過ぎとの批判も

フィリピンの首都マニラのホテル内会議室で、レイラ・デリマ(57)は政界仲間と食事中だ。会議室の外には側近の青年2人が警護に立ち、ホテル名は明かさないでくれと告げる。「こんな悪夢のような生活にも慣れてきた」と、人権活動家で上院議員のデリマは本誌に語った
 
先月下旬、下院公聴会の証言の中でデリマの自宅住所と携帯電話番号が読み上げられてしまった。以来、彼女は友人や親類の家に身を寄せる。殺害の脅迫まで受けたため、怖くて1人暮らしの自宅で夜を過ごすことができない。
アキノ前政権で法相を務めた彼女だが、「愛犬たちの様子を見に時々帰るだけ」。
 
きっかけは上院の司法・人権委員長だった8月に、ロドリゴ・ドゥテルテ大統領の超法規的な麻薬犯罪容疑者取り締まりに対する批判の急先鋒となったことだ。「ドゥテルテは私を見せしめにして、誰も反対できないようにしたいのだ」と、デリマは憤まんやるかたない様子で話す。「彼は反対意見を受け付けず、周りの人の口を塞ぐ」(後略)【10月25日号 Newsweek日本版】
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フィリピンの麻薬犯罪の現状を考えると、ドゥテルテ大統領のような対応も正当化される、やむを得ない・・・といった考えもあるようですが、やはり民主国家においては「一線を越えた」対応と言わざるを得ません。

どうしても処刑したいなら、死刑制度を復活させて、司法の裁きに基づいて行うべきで、正体不明の「処刑団」が暗躍する状況を肯定することはできません。

憂慮すべき現在の風潮
こうした麻薬撲滅戦争を国民が支持するなら、外国フィリピンの話ですから、それも仕方ないところではありますが、個人的に一番嫌なのは、日本国内でもこうしたドゥテルテ大統領の姿勢を容認する向きが少なくないことです。

昨日TVでドゥテルテ大統領の中国接近を取り上げていました。視聴者のメールが画面の下に流れるのですが、そのなかに「ドゥテルテ大統領は好きだったのに、中国接近は残念」といった趣旨のものがありました。

ドゥテルテ大統領にしても、アメリカのトランプ候補にしても、あるいは欧州の排外的風潮・極右勢力の台頭にしても、従来は口にすることも憚られたようなことが、いまや公然と語られ、そうした従来の価値観(人権、民主主義、寛容さなど)を“きれいごと”の建前として否定し、むき出しの憎悪をぶつけることが正直・現実的で指導力があると、むしろ好意的に受け取られる・・・・そんな現在の風潮が怖いです。

ドゥテルテ大統領はダバオ市長時代に起きたオーストラリア人修道女の強姦殺害事件について「まず市長の俺にやらせるべきだった」と発言して国際的にひんしゅくを買ったこともありますが(国内的にはスルーされたようです)、冗談にせよこうしたことを言えるのは、大統領の資質以前の問題と思います。

権力の圧政・横暴から個人の権利を守ろうとして長年かけて築き上げてきたものが、音を立てて崩れていくようにも思えます。

まあ、そういう人たちにすれば、私のような言い様は反吐が出る・・・というところでしょうから、お互い様ではありますが。
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ソマリア沖海賊はいなくなったが、ジブチの拠点機能は拡充の方向

2016-10-20 22:49:29 | ソマリア


今も続くアルシャバーブのテロ活動
最近、あまり見かけなくなったアフリカ東部ソマリアにおけるイスラム過激派「アルシャバーブ」のテロ活動に関する報道ですが、なくなった訳でもないようです。

****ソマリア首都で自爆攻撃、13人死亡 アルシャバーブが犯行声明****
ソマリアの首都モガディシオで26日、国連(UN)とアフリカ連合(AU)の拠点近くで2回の爆発があり、少なくとも13人が死亡した。警察当局が発表した。国際テロ組織アルカイダ系イスラム過激派組織アルシャバーブが自爆攻撃と認める犯行声明を出した。
 
アルシャバーブは国際社会が支援するソマリア政府を打倒すべく戦闘を続けており、ソマリア国内や隣国のケニヤで残忍な攻撃を繰り返している。(中略)

現場近くのモガディシオの空港は普段から厳重な警備が敷かれており、ソマリア中央政府を支援している「アフリカ連合ソマリア・ミッション(AMISOM)」が首都内に置く主要基地に隣接する。AMISOMはアルシャバーブとの戦闘でソマリア政府を支援するため2007年に派遣され、兵士ら2万2000人で構成されている。【7月27日 AFP】
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****爆発で20人死亡=イスラム過激派が犯行声明―ソマリア****
ソマリアからの報道によると、中部ガルカイヨで21日、自動車を使った爆弾テロが発生し、ロイター通信が現地の医療関係者の話として伝えたところでは、20人以上が死亡した。死者はさらに増える恐れがある。
 
AFP通信によれば、イスラム過激派アルシャバーブは通信アプリ「テレグラム」を通じ、「軍人や背教者を少なくとも30人殺害した」と主張した。現場はアルシャバーブが近年活発化している半独立地域プントランドにある。(後略)【8月22日 時事】 
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その後も、ソマリアの首都モガディシオで8月25日夜、レストランが銃で武装した男らに襲われ、市民ら少なくとも7人が死亡、 8月30日には首都モガディシオの大統領公邸の前で爆発物を積んだ車が爆発し、市民や政府軍の兵士など10人が死亡、10月1日には首都モガディシオでレストランの前に止まっていた自動車が爆発し、少なくとも3人が死亡・・・・といった報道がなさています。

こうして並べると、ニュース的にあまり大きく扱われないだけで、結構頻繁にテロは起きているようです。

2014年以降、ほぼ終息したソマリア沖の海賊
一方で、報道だけでなく、実際にもなくなったのが“ソマリア海賊”の活動です。

****東南アジア、アフリカに代わり海賊事件の最多発地域に****
2016年9月19日、環球時報によると、米紙ニューヨーク・タイムズは18日、東南アジアがアフリカに代わり海賊事件の最多発地域になっていると伝えた。

国際海事局(IMB)によると、昨年、東南アジアでは178件の海賊事件が発生したが、かつて同種の事件が頻発していたアデン湾とソマリア付近の海域では、多国籍部隊の活動により1件も起きていない。

東南アジアで起きる海賊事件の多くはフィリピンの過激派組織アブサヤフによるものだ。同組織は身代金目的の誘拐をしている。【9月20日 Record china】
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外務省のサイトで「ソマリア沖・アデン湾における海賊問題の現状と取組 」http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/pirate/africa.htmlを見ると、2009年~2011年には220~240件程度発生していた海賊事案は2014年は11件、2015年は0件、2016年は1軒と激減しています。

乗っ取られた船舶数も、2009年、2010年頃は年間50件弱あったのが、2014年以降は発生していません。
2010年には1000名を超えた拘束された乗員数も、2014年以降はゼロとなっています。

この海域に展開された多国籍部隊の活動の成果でもありましす、アルシャバーブがモガディシオなど都市部から地方やケニアなどに追われ、国内統治がやや安定してきたこと(実際のところ、どういう状態なのかは知りませんが)の結果でしょう。

ソマリア沖の多国籍部隊には日本も艦船・人員を派遣しており、派遣当時は国内でもいろいろ議論があったところです。(2009年には海賊対処法が成立し、海上保安官を同乗させた海上自衛隊の護衛艦が派遣されています。)

この海賊対策のために、アデン湾に面するジブチには拠点が設けられ、P-3C哨戒機も派遣されています。

2014年以降、海賊活動が殆どなくなった事態を受けて、派遣されている自衛隊がどうなるのか・・・8月15日に現地を訪れた稲田防衛相は、「今後も海賊対処を確実に実施することが必要不可欠だ」と述べ、自衛隊派遣を継続する考えを示しています。

****ジブチの自衛隊「今後も不可欠」 防衛相が部隊激励****
稲田朋美防衛相は十五日(日本時間同)、アフリカ東部ジブチを訪問し、同国を拠点にソマリア沖アデン湾で海賊対処活動を展開している自衛隊部隊を激励した。

訓示で「海上交通の安全は依然として予断を許さない。今後も海賊対処を確実に実施することが必要不可欠だ」と述べ、自衛隊派遣を継続する考えを示した。
 
訓示後、記者団に「(活動拠点は)非常に重要な役割を担っている。今後、一層の活用の在り方も検討したい」と述べ、機能強化を図りたいとの認識を示した。
 
稲田氏の外遊は防衛相就任後初めて。訓示で「皆さんの活動は各国から高く評価されている。強い信念と誇りを持ち、開かれ、安定した海洋を守る重要な課題に取り組んでほしい」と強調した。
 
この後、ジブチのゲレ大統領、バードン国防相とそれぞれ会談し、ジブチ軍の能力向上へ自衛隊が協力する考えを伝えた。海上自衛隊のP3C哨戒機に搭乗し、上空からの警戒監視や海自護衛艦の活動を視察。南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣された自衛隊部隊の幹部から現地情勢の報告も受けた。
 
アデン湾は欧州・中東と東アジアを結ぶシーレーン(海上交通路)の要所。【8月16日 東京】
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ただ、さすがに海賊のいなくなったソマリア沖に艦船を張り付けておく余裕はないとのことで、艦船は縮小するようです。

****ソマリア沖の海自艦艇を減らし 北朝鮮の警戒任務など強化へ****
動画を再生する防衛省は、アフリカ・ソマリア沖で海賊の事件が減っていることから民間船の護衛などのため現地に派遣している海上自衛隊の艦艇を2隻から1隻に減らし、その分、北朝鮮の警戒任務などの態勢を強化する方向で最終的な調整を進めていることがわかりました。(中略)

防衛省は、年内にも実施したいとしていて、その後は残る護衛艦1隻と哨戒機2機の態勢で海賊の事件が再び増加しないよう対応を続けることにしています。【10月14日 NHK】
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ジブチの拠点の機能を広げて影響力を拡大したい日本政府
しかし、ジブチに設けた拠点はむしろ拡充の方向のようです。

****ジブチの自衛隊拠点、来年度に拡張へ 中国を意識=政府関係者****
防衛省は来年度、アフリカ東部ジブチにある自衛隊唯一の海外拠点を拡張する。紅海の出入り口に位置するジブチは海上交通の要衝で、南シナ海からインド洋、アフリカへと活動を広げる中国軍も基地を建設中。海賊対処活動に自衛隊を駐留させる日本は、拠点の機能を広げて影響力を拡大したい考え。

複数の政府関係者によると、日本は中東やアフリカでテロや災害に巻き込まれた日本人を保護するための拠点として、ジブチを利用することを検討している。今年7月に南スーダンで治安が悪化した際は、現地日本人の退避に備えてジブチに輸送機C−130を待機させたが、日本から派遣した自衛隊機の到着までには3日かかった。

拡張後は自衛隊の輸送機を駐機させることを想定している。避難する日本人の警護にあたる陸上自衛隊の部隊や輸送防護車を駐留させることも検討している。既存拠点の隣接地の借地料は年間1億円程度と見積もっているが、現時点ではジブチ側の要求と開きがあるという。

自衛隊は2009年、ソマリア沖で多発していた海賊対処の国際活動に参加するため部隊を派遣した。11年からはジブチ国際空港の隣に12ヘクタールの土地を借り、自衛隊員180人と哨戒機2機を駐留させてきた。

海賊の活動はすでに沈静化しているものの、南シナ海に進出する中国がインド洋やアフリカへも影響力を強めていることから、日本は派遣部隊を縮小せずにジブチの拠点を拡張したい考え。

昨年も、ジブチ軍の災害救援能力を支援する訓練場所を確保する名目で土地の追加借用を検討したが、予算の制約で実現しなかった。

「中国はインフラ整備に資金を投じるなど、ジブチで存在感を高めている」と、政府関係者の1人は言う。今年2月からは海賊対処活動の参加部隊の補給施設として基地の建設に乗り出しており「日本も影響力を広げる必要がある」と、拠点拡張の狙いを説明する。

稲田朋美防衛相は8月にジブチの自衛隊部隊を視察した際、記者団に対し「(拠点の)今後一層の活用の在り方についても、しっかりと検討していきたいと思っている」と述べていた。

防衛省は、ロイターの取材に対し「既存拠点の東側隣接地を取得する方向で、ジブチ政府と交渉をしている」と回答。隣の土地を他者に確保されると、安全面で支障が出るためとしている。来年度は概算要求に土地の借地料のほか、壁の建設費を計上した。【10月13日 ロイター】
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日本が強く意識する中国の動向については、以下のようにも。

****中国がジブチに海軍基地 「中東に軍事プレゼンス狙う」?欧米安全保障への“挑戦”と警戒論も****
中国がアフリカ東部ジブチで建設を進める中国海軍の「補給施設」について、欧米諸国が人民解放軍初の海外基地として警戒を強めている。南シナ海で軍事拠点化を進める中国が、「ジブチを足がかりに中東周辺でも軍事プレゼンスの展開を狙っている」と一部の専門家は分析している。
 
米紙ウォールストリート・ジャーナルは22日、中国がジブチで「90エーカーの敷地に初の海外軍事基地を建設している」とし、「大国として台頭する中で歴史的な一歩だ」と指摘した。来年に完成予定の基地は「武器庫や艦艇・ヘリの整備施設、海軍陸戦隊(海兵隊)や特殊部隊の拠点」として使用されるとの専門家の見方を紹介。こうした動きは「大戦後の世界秩序を支えてきた欧米の安全保障体制への挑戦となるかもしれない」と警戒感を示した。
 
中国国防省は2月、ジブチの基地について「すでに基礎工事が始まった」と建設を認めた際に、「ソマリア沖アデン湾で海賊対策にあたる部隊や(アフリカの一部地域に派遣している)国連平和維持活動(PKO)部隊の休息や燃料補給」が目的だと説明した。
 
中国共産党機関紙、人民日報系の環球時報(英語版)も今月23日、「米国のように世界中に基地を置き、他国に向けて力を誇示するためではない」との専門家のコメントを掲載し、警戒感の解消に躍起だ。
 
ただ今回の基地建設は、欧州までの経済圏を構築する「一帯一路」構想の一環だと指摘する声もある。ある中国軍事研究者は中国側の目標について「一帯一路の要衝となる中東で軍事プレゼンスを展開し、中国の経済活動の保護と自国に有利なルールづくりを可能にすること」と分析する。
 
さらに今年1月に中東のサウジアラビアがイランと断交したことが、こうした動きを急がせたという。「軍事衝突が起きれば中東は米露のゲームで動くことになる。この地域における軍事力の必要性を中国に再認識させた」
 
ジブチは紅海の入り口にある戦略的要衝で、米国がテロリスト掃討を目的に基地を置いているほか、ジブチ防衛のための旧宗主国フランスの基地や、アデン湾で海賊対処活動を行う自衛隊の拠点もある。現地の外交筋は「ジブチに基地や拠点を置く各国の立場はそれぞれ違うが、中国が大規模な基地をつくる目的が明確でないため、懸念を共有している」と話した。【8月23日 産経】
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各国に基地・拠点を提供するジブチの方針も独特です。

中国に対抗して云々はどうでしょうか?中国に対抗して自衛隊基地を海外につくるような国民合意は得られていないと思います。

“中東やアフリカでテロや災害に巻き込まれた日本人を保護するため・・・・”というのは話としてはわかります。

特に、今後、南スーダンでのPKOに「駆け付け警護」も付与され、現地情勢も安定しないという状況にあっては、遠く離れた日本と現地をつなぐ拠点としてジブチも必要になろうかとは思います。

ただ、本来の筋論で言えば、ソマリア沖の海賊対策として設けられた拠点であり、その海賊が殆どいなくなったということであれば、少なくとも国会等にその旨を報告・総括し、今後のジブチ活用について議論すべきものでしょう。

いつのまにか国民もあまり意識しないうちに、自衛隊の海外基地が恒常化され、拡充される・・・というのは、政治の在り方としてはやはりよろしくなく、ジブチ拠点の今後の活用については“なし崩し”ではなく、しっかりと議論されるべき問題でしょう。(すでに国会できちんと議論されているということであれば結構ですが)
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ISのドローン使用の衝撃 「100億円のF-35が数万円のドローンに負ける日」なんて話も

2016-10-19 22:34:11 | 国際情勢

(米国防総省のDARPAが今年8月に公開した将来の対自爆ドローン戦闘図 【10月19日 部谷 直亮氏 JB Press】
ほとんどゲームの世界のようです。)


(こちらは、オランダ・オッセンドレグトで公開された訓練で、ドローンを捕獲するワシ オランダ警察が実際に採用した方法だとか【9月13日 AFP】)

ISの「空飛ぶIED(即席爆発装置)」】
イラク政府軍“等”によるモスル奪還作戦の開始については、“等”に様々な勢力・周辺国が含まれており、その思惑でモスル解放後も問題が尽きない・・・という話は、昨日ブログ“イラク モスル奪還作戦開始 ISの軍事的排除よりも難しい問題が山積 解放後は平和か混乱か”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20161018で取り上げました。

今日は、その戦場で使用されることも懸念されている「兵器」に関する話題。

ISが化学兵器を使用していることはかねてより指摘されているところで、今回のモスルの攻防にあっても、その使用が懸念されています。

*****イスラム国」、モスルでの反撃に化学兵器使用も=米当局者*****
過激派組織「イスラム国」(IS)が支配するイラク北部モスルの奪還作戦がイラク軍主導で開始されたことを受け、米当局者らは18日、ISが反撃に化学兵器を使用する可能性があるとの見方を示した。ただ、ISの化学兵器開発能力は非常に限定的とみている。

米軍は、ISが過去数カ月にマスタードガスを使用したとみて、砲弾の破片を定期的に収集し、化学物質の有無を調べている。当局者の1人が明らかにした。

米軍は10月5日、ISが使用した武器の破片からマスタード物質の存在を確認したと、別の当局者が匿名を条件に語った。ISは米軍や有志国連合の部隊ではなく、地元部隊を標的にしていたという。この当局者はロイターに「ISIL(イスラム国)の非難されるべき行動や国際規範を全く無視していることを踏まえれば、これは驚くべきことではない」と述べた。

米当局は、ISが致死性の高い化学兵器の開発にすでに成功したとはみておらず、通常兵器が依然としてイラク軍やクルド人部隊にとって最も危険な脅威と想定している。【10月19日 ロイター】
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今回のモスル奪還作戦の直前には、ISのドローンを使った自爆攻撃も話題になりました。

****ISのドローンが爆発、クルド人戦闘員と仏兵計4人死傷 イラク****
イラク北部モスル(Mosul)近郊で、爆発物が仕掛けられたイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」の小型無人機(ドローン)が爆発し、クルド人戦闘員2人が死亡、フランスの特殊部隊員2人が負傷していたことが12日、分かった。

米国防総省はかねてISが偵察や小型爆発物の運搬のために市販の簡易なドローンを使用していると指摘していたが、ISのドローンによる死者が確認されたのは初めて。
 
米国防当局者によると、このドローンは今月2日、イラク北部にあるクルド人自治区の都市アルビルで撃ち落とされたか墜落した。

発泡スチロール製だったというこのドローンを自治政府の治安部隊の戦闘員2人が拾ってキャンプに持ち帰り、調査や写真撮影をしていたところ、爆発したという。
 
同当局者は匿名を条件に「時限装置の一種に取り付けられた電池のようなものの内部に、爆薬が隠されていたようだ」と述べた。
 
フランスの関係筋は先に、爆弾が仕掛けられたドローンがイラクで使用されたことを確認しており、別の仏関係筋がこのほど仏兵士2人の負傷を確認した。うち1人は命に関わる重傷という。両兵士は治療のため空路フランスに帰還した。【10月13日 AFP】
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ドローンの軍事利用は各国が手を染めていることであり、実際にもシリア・イラクでもアメリカ等の有志連合国側が使用していますので、IS側がドローンを使用するというのも当然と言えば当然の流れです。

また、アメリカはアフガニスタンなどでさんざん過激派対策に無人機を使ってきましたので、相手側が使うことに文句を言える筋合いでもありません。(アメリカにとっては、衝撃だったようですが)

*****<IS>ドローン使用 イラクで空爆も****
米国を中心とする在バグダッド有志連合のドリアン報道官は12日の電話会見で、過激派組織「イスラム国」(IS)が民生用の無人機(ドローン)を改良した無人攻撃機を使い始めたことを明らかにした。

主に偵察に当たっているが爆弾も投下している。有志連合は「改良が続けられれば脅威になる」と見て、無人機用の防御設備を現地に持ち込むなど対応に追われている。
 
ドリアン氏によると、ISは「アマゾンでも購入できる」一般の人にも容易に入手可能な商用タイプを使用し、改良を続けている。
 
無人機は、イラク内にある有志連合の基地上空や戦闘地域などを偵察飛行したほか、爆弾などを投下した。使用場所など具体的な状況についてドリアン氏は説明を避けたが、AP通信は、イラク北部に展開するフランス軍部隊やクルド人部隊などが無人機の攻撃を受け、クルド人兵士2人が死亡したと伝えた。またフランス特殊部隊員2人も重傷を負ったという。
 
米国を中心とする有志連合は、シリアやイラクなどで無人機を使い偵察、空爆を実施している。シリアでは有志連合以外の武装勢力が偵察用に無人機を使用しているとの報道が相次いでいるが、ISの無人機使用が確認されたのはこれが初めて。【10月13日 毎日】
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100億円のF-35が数万円のドローンに負ける日
“当然と言えば当然”の話なので、このときはさして関心を引かれることもなく、“新たな攻撃のひとつ”ぐらいにしか感じなかったのですが、今日この話題を取り上げたのは、インパクトのあるタイトルの下記記事「100億円のF-35が数万円のドローンに負ける日」(部谷 直亮氏)を読んだからです。

“100億円のF-35が数万円のドローンに負ける日”と言っても、別にF-35とドローンが空中戦をやれば・・・という話ではありません。

もちろん、そういう有人戦闘機と無人機の空中戦という話は別途あって、このブログでも以前とりあげたことがあるような気もします。そのときの話では、以前あった実際の空中戦では有人戦闘機が上回っていた・・・という話だったような。

ただ、アメリカを始めとして各国は急速に無人機に傾斜しており、アメリカ空軍の主たる関心事はもはや戦闘機ではなく、無人機に移っています。

そうした「最も価値ある兵器」(米軍司令官)に関する話題は2010年5月3日ブログ“戦争を変える無人航空機の実像と問題”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20100503などで、その問題点も含めて取り上げてきました。

下記記事に話を戻すと、“100億円のF-35が数万円のドローンに負ける日”というのは、別に空中戦をやらなくても、広い飛行場に数万円のドローンを侵入させて滑走路にパチンコ玉をまき散らせば、100億円のF-35も飛べなくなる・・・という話のようです。

****ISの自爆ドローン戦術に自衛隊が学ぶべきこと 100億円のF-35が数万円のドローンに負ける日****
爆弾を積載した「自爆ドローン兵器」を使った戦術が、夏頃からIS(イスラム国)によって開始された。武装組織がついにドローン兵器を使い始め、有志連合軍に死傷者が出たことに米軍は大きな衝撃を受けている。

10月12日、米海兵隊向け軍事誌「Marine Corps Times」は「イスラム国の『空飛ぶIED』により米軍は新たな脅威に直面」と題する記事を掲載した。まずは、その内容を要約して紹介しよう。

ISも、アルカイダの一派も
(中略)
米空軍のスポークスマンは、米国率いる有志連合がイラクで敵のドローン戦に対処することに活発に取り組んでいることを強調し、「我々は、わが軍と同盟国およびパートナーの軍隊を脅かす能力を放置することはない」と豪語した。

その根拠としては、ドローン撃破のための「先進システム」(詳細は明らかではない)に加えて、ドローンを電波ジャックして撃墜するライフル「ドローンディフェンダー」の配備を挙げている。

この問題に関してIRIS独立研究所代表のレベッカ・グラント氏は、「米軍でのこれまでの議論、ウォーゲーム、演習から導かれた多数派の結論は、おそらくレーダー監視に基づくレーザー兵器による撃墜だろう」と述べている――。

米国が衝撃を受けた理由
以上が「Marine Corps Times」の報道である。イスラム国の自爆ドローンはワシントンポストやニューヨークタイムズ等の主要紙でも取り上げられており、米国社会が衝撃を持って受け止めている様子が伝わってくる。

この背景には、たかだか数万円で簡単に手に入る市販品のドローンで、先進国の兵士が一方的に殺害されかねない(それも西側発の技術による製品で)ことへの衝撃がある。

しかも、これまで米兵の多くを殺傷し、もしくは重度の障害者にさせた「IED(路肩仕掛け爆弾)」の記憶が生々しいことも衝撃を倍加させことは間違いない(上記の記事のタイトルは「空飛ぶIED」という表現であった)。

加えて、上記の空軍スポークスマンの豪語とは裏腹に、米軍の体制が整っていないことも大きい。国防総省の技術研究プロジェクト「NextTec」の責任者であり、ロボット兵器問題の権威であるピーター・シンガーは「我々は自爆ドローン攻撃への準備ができていなければならなかった。しかし、そうではなかった」と指摘している。

実際に、国防総省の対応はこれからという段階である。国防総省は、国防高等研究計画局(DARPA)による「革新的な対小型ドローン防御方法」についての公募を今年8月に開始したばかりである。また、ファニング陸軍長官がドローン防衛のための特別室を設置したのもつい最近だ。

日々進化しているテロ組織のドローン兵器
米軍が遅まきながら対応を強化している一方で、ISによるドローン活用は質量ともに強化されている。

例えば、先の死傷事件では、爆弾は外付けバッテリーに偽装されており、人間を殺傷するのに十分な量があったという。先週も、ISはイラクで検問を攻撃するために自爆ドローン攻撃を敢行し、検問所を破壊した。

また、ISは自爆攻撃以外にもドローンを有効活用している。プロパガンダ動画の素材集めのために自爆テロを撮影させたり、ロケットなどによる砲撃時の照準・観測にも活用しているのである。

今年3月のロケット攻撃に際しては、ドローンを利用して照準を定め、100人以上の米海兵隊部隊の前哨基地に命中させて海兵隊員を死亡させた。その砲撃は米軍から「ゴールデンショット」と称されるほど正確であったという。

今後、製品の進化・改造により、テロ組織によるドローン兵器の攻撃が深刻さを増すことは間違いない。米陸軍士官学校のシンクタンク、対テロセンター(CTC)のドン・ラスラー氏も、「今後、使用されるであろうドローンの数と能力と洗練度は、脅威の範囲と深刻さを増していくだろう」と指摘している。

自爆ドローン兵器に対して無防備な自衛隊
自爆ドローン兵器の脅威は日本にも及びかねない。具体的には、もしも日中戦争が起きた場合、1機100億円のF-35戦闘機が、中国軍の特殊部隊が操る数万円のドローンで無力化されてしまうおそれがある。

航空自衛隊基地は広大な滑走路等の敷地を持つ一方で、警備用の機材も人員も極度に不足しており、無防備に等しい。対ドローン用装備も、ほとんど自衛隊に導入されていない。しかも基地の多くが住宅地の近隣にある。

こうした状況で、中国軍の特殊部隊が小型ドローンを滑走路に侵入させて積載したパチンコ玉をばら撒かせるなり、自爆させることは極めて容易である。

その場合、空自は滑走路が使用不可能になり、航空機を飛ばせなくなる。というのは、そのままの状態で戦闘機を発進させれば機体前方の空気吸入口からパチンコ玉なり破片が入り、エンジンが爆発・故障する恐れがあるからだ。もし発進直前、それも感知されずに突入すれば、滑走路上で戦闘機が炎上し、より悲惨なことになるだろう。

さらには、自爆ドローンを管制塔やパイロットの待機所、整備員、格納庫、レーダー施設に突入させても、空自の戦力を減少・無力化させることができる。

海自の基地(例えば横須賀や呉)も無防備である。自爆ドローンで、イージス艦等のフェイズドアレイレーダーやイルミネーターを破壊し、動く鉄屑にすることはきわめて容易だろう。

陸自も同様の危険が特にPKO活動で予想される。民生ドローンの軍事転用は今や武装勢力でブームになりつつあるが、治安悪化著しい南スーダンでもこうした戦術を現地勢力が採用し、自衛隊に攻撃を仕掛けてくる可能性はある。

空自はX-2「心神」のような実験航空機の開発を進めているが、防衛省・自衛隊内部ですら「無意味な玩具遊び」との批判がある。

仮に、いつか強力な戦闘機が誕生する日が来るとしても、今日や明日に小型ドローン兵器の攻撃を受けて、滑走路を無力化され、パイロットや整備員が死傷し、管制塔もレーダーも使えなくされるのでは何の意味もない。

それよりも、空・海自の基地警備の改善や「ドローンディフェンダー」のような対ドローン銃の大量配備が急務だろう。

一方で、自衛隊はISの戦法に学ぶべき点もある。安価な民生品の活用である。特に陸自のような近距離の偵察を前提とする組織にとっては、高額な何千万円もの―内部で役立たずという批判のある―陸自専用のドローンをほんの少し購入するよりも、民生品の10~100万円単位の安価なドローンを大量に購入する方がよほど効果的なはずだ。【10月19日 部谷 直亮氏 JB Press】
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パチンコ玉云々の話の意味合い・現実性は、軍事的知識が全くありませんので、評価できません。

ただ、軍事技術は日々進歩していますので、巨額の費用をかけた戦闘機が、無数の格安兵器で無力化されるというのは、ありそうな話です。

旧日本海軍が心血を注いでつくりあげた戦艦大和が、群がる攻撃機の餌食となったようなものでしょうか・・・・。
中国が躍起になっている航空母艦も、軍事的に見れば、すでに“過去の兵器”となっているという話も聞きました。

防御態勢は・・・まだ整っていない オランダ警察はワシによる捕獲も
自衛隊はもちろん、米軍も防御態勢が整っていないというドローン対策ですが、“レーダー監視に基づくレーザー兵器による撃墜”という最先端技術を駆使した方法以外にも、こんな話も。

****原始的でもこれが一番!?オランダ警察がワシを使ってドローン捕獲****
オランダ・オッセンドレグトで12日、ワシを使ってドローン(小型無人機)を捕獲するもようが公開された。

これは飛行禁止区域などを飛ぶドローンに対応するため、オランダの警察が取り入れた捕獲方法だ。飛行するドローンの数が増える中、現代の問題解決に何世紀も前からある技を採用した。【9月13日 AFP】
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F-35がドローンに負けて、ドローンはワシに捕まる・・・がなかなか笑える話です。

防御態勢構築を上回るドローンの技術進歩・・・・かも
それはともかく、“レーダー監視に基づくレーザー兵器による撃墜”といった防御システムを開発しても、敵もどんどん技術進歩します。

別に軍事利用の話ではありませんが、NTTドコモが携帯電話のLTEネットワークを使用したドローンの実験に乗り出しており、長距離への目視外運航が可能になることで将来的な活用が期待されています。

****ドコモが「ドローン」に参入。LTEで遠隔地に飛行、11月に実証実験****
NTTドコモがドローンを使ったソリューションに参入します。携帯電話のLTEネットワークを使ってドローンの長距離運航を可能とする「セルラードローン」を開発。防災や離島における買い物難民の解消など、さまざまな社会的課題の解消に活かせるとしています。

ドコモが開発したのは、携帯電話のLTEネットワークを使ってドローンを遠隔操作する「セルラードローン」技術です。

従来のドローンはラジコン電波を使う場合が多く、飛行距離に制限がありました。一方のセルラードローンでは、全国をカバーする携帯電話のLTEネットワークを使います。

このため、従来の一般的なドローンでは届かなかった距離でも、カメラ映像や機体データのリアルタイム送受信が可能。これにより、長距離への目視外運航が可能になるとしています。

なお空中で携帯電話のネットワークを利用するには、実用化試験局の許可が必要です。NTTドコモは神奈川県と千葉県、福岡県の一部で、この免許を取得。

2016年11月よりMIKATA21、エンルート社と提携し、セルラードローンを使った買い物代行サービスの実証実験を開始します。なおセルラードローンの商用化は2018年を目指すとしています。【10月19日 小口貴宏氏 Engadget Japanese 日本版】
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監視カメラを搭載したAI搭載のドローンが街の上空を飛び回り、顔認識で容疑者を識別して攻撃する・・・・以前は映画の中だけの話でしたが、そんな時代がすぐそこまで来ているようです。

軍事利用でも、その利用方法は今後格段に進化するでしょう。
現在、米軍や自衛隊が誇る最新兵器も「過去の兵器」となる日も来るのかも。
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イラク  モスル奪還作戦開始 ISの軍事的排除よりも難しい問題が山積 解放後は平和か混乱か

2016-10-18 22:55:47 | 中東情勢

(ISの車による自爆攻撃 【10月18日 ANN】)

突入作戦が始まれば、民間人の被害が一気に拡大する恐れも
周知のように、イラクのアバディ首相は17日、国営テレビで演説し、過激派組織「イスラム国」(IS)の最大拠点である北部モスルの奪還作戦を始めたと発表しました。

モスルはISにとって、石油収入や住民への徴税という財政面でISを支えてきた都市であり、戦闘員のリクルートの場でもありました。

イラク政府軍は、昨年12月には西部の拠点都市ラマディを、今年6月にはISの牙城だった中部ファルージャを奪還してしており、IS支配下の最大都市モスル攻防戦は、イラクでのIS掃討作戦の最大にして最後の山場となると見られています。

モスル市内には4000─8000人【10月18日 ロイター】のIS戦闘員がいるとされており、自爆攻撃による抵抗の様子もTVニュースで流れています。

一方、攻撃軍は“実際のモスル突入作戦の先陣を切るのは、米軍が訓練した1万人のイラクの対テロ治安部隊だ。これにカイヤラ空軍基地の旅団やイラン訓練のシーア派民兵軍団、スンニ派部族勢力も加わり、総勢約8万人に上る見通し。クルド人のペシュメルガは北部、東部からモスルに迫る計画だ。イラクに常駐する約6000人の米軍顧問団や特殊部隊も側面支援する。”【10月18日 WEDGE】と、かなりの戦力差があります。

ただ、“IS側は深い塹壕を掘ってそこに油を注入、イラク軍の進撃時には火を放つものと見られている。市全体には即席爆弾をみっしりと仕掛け、地下には長く広大なトンネル網を張り巡らしている。トンネルは防空壕として、また神出鬼没のゲリラ戦に活用するためのものだ。”【同上】と徹底抗戦の構えをとっており、更に自爆攻撃、ドローンによる爆弾攻撃も繰り出す構えです。

今後、圧倒的な攻撃軍を前にISがモスルを放棄する形で比較的簡単に撤退するのか、徹底抗戦の市街戦になるのかは定かではありませんが、市街戦になった場合の一番の問題は、市内には100~150万人の住民がいるとされる点で、IS側は住民を“人間の盾”として使うことが予想され、住民被害をできる限り抑えるためには慎重な戦闘が要求されます。

このため、奪還作戦の支援にあたるアメリカも17日、「困難な作戦であり、ある程度時間がかかる」(米国防総省のクック報道官)との認識を示しています。

住民には50万人ほどの子供が含まれているとのことで、“ユニセフ=国連児童基金は17日、「モスルに住む50万人以上の子どもが、今後数週間にわたって、家族とともに極めて重大な危険にさらされる」として、警鐘を鳴らす声明を発表しました。声明では、多くの子どもたちが強制的に移住させられたり、戦線の間で身動きがとれなくなったりして、激しい戦闘に巻き込まれる可能性があると指摘しています。”【10月18日 NHK】と懸念されています。

ISは住民がモスルから脱出することを阻止しているとも報じられています。

****砲火、狙撃手、仕掛け爆弾=150万人に危機迫る―モスル奪還作戦****
・・・ISは市民の移動を厳しく制限する措置を取り、監視の目を光らせている。脱出を図ったIS関係者を処刑したと伝える情報もある。

一方で、イラク部隊の突入による市街戦に備え、モスルの各地に爆発物を仕掛けたり、狙撃手を配置する準備を進めたりしているとされる。
 
こうした状況から、イラク部隊の突入前に脱出できる市民は一部に限られる見通し。突入作戦が始まれば、民間人の被害が一気に拡大する恐れもある。(後略)【10月18日 時事】
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こうした事情を受けて、イラク政府軍はモスル住民へISの戦闘員が集まる場所から離れるよう、また、ISへの協力を行わないよう呼びかけるなどのビラを散布しています。

****イラク軍 モスル住民にISへの協力中止促すビラ****
・・・・また、イラク政府は17日夜、モスルと周辺のISの支配地域の住民に、作戦への協力を呼びかけるビラ1700万部を上空から投下しました。

支配地域では、ISに脅されて強制的に戦闘員にされたり、協力を強いられたりしている住民が少なくないと見られ、ビラでは「ISに終わりのときがきた」として、協力をやめ、イラク軍が市街地に入った際にはISの戦闘員を捕まえて引き渡すよう求めています。

また、一般住民に向けたビラでは、空爆に巻き込まれるのを避けるため、ISの戦闘員が集まる場所から離れるよう呼びかけるなど、市街地への攻撃に向けた準備を進めています。

一方、IS系のメディアは、イラク軍の戦車を自爆攻撃で破壊したとする映像を公開したほか、18日には待ち伏せ攻撃でイラク軍兵士を殺害したと伝えるなど、徹底抗戦を強調していて、イラク軍などが一気にモスルを制圧するのは容易ではないと見られます。【10月18日 NHK】
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“空爆に巻き込まれるのを避けるため”とは言いつつも、現実問題としては空爆が激しくなると住民は逃げ場がありません。

【「IS後」も宗派対立の危険も
住民にとっては、奪還作戦における空爆等の戦闘行為による犠牲に加えて、宗派対立に根差した解放後の“報復”への不安もあります。

モスルを始めとして、IS支配地域住民はスンニ派ですが、これまでも奪還作戦にシーア派民兵が大きな役割をはたし、解放後、スンニ派住民をIS協力者として暴行・殺害するなどの問題が生じていました。

また、モスル奪還作戦には支配地域拡大を目論むクルド人勢力も参加します。

こうした点を踏まえて、アバディ首相は「モスルの市街地に入るのは国軍と(中央政府の)警察だけだ」と強調しています。

****モスル奪還へ政治・宗派対立はらむ進軍 イラク首相、反シーア派感情配慮****
イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)が拠点とするイラク北部モスルの奪還作戦をめぐり、同国のアバディ首相は17日の演説で、「モスルの市街地に入るのは国軍と(中央政府の)警察だけだ」と強調した。

この発言には、モスルに近い北部のクルド自治政府への牽制(けんせい)や、モスル住民に根深い反シーア派感情への配慮といった意味合いがあり、奪還作戦がイラク国内の政治・宗派対立をはらみながらのものであることを示している。
 
イラク北部に自治政府を持つ少数民族クルド人勢力は、2014年にISがモスルを制圧して以降、その周辺地域でペシュメルガ(クルド兵)部隊を展開してきた。
 
アバディ氏が、モスル市内での軍事作戦を国軍と警察に限定するとしたのは、クルド側の進入を許せば、治安維持などを名目にモスルの実効支配を進めるとの懸念があるためだ。
 
クルド側は、もともとクルド人が多く住むモスル一帯を「歴史的クルディスタン(クルドの国)」の一部だとみなしていることから、実際にアバディ政権がモスルからクルド側の“締め出し”を図った場合はもちろん、モスルへの進駐が実現した場合でも両者の対立が深まる可能性は高い。
 
一方、アバディ氏の発言には、イラク軍をモスルにとっての「解放者」と印象付けたい狙いもある。
 
イラクでの対IS作戦ではこれまで、国軍と連携するシーア派民兵が大きな役割を果たす半面、民兵によるスンニ派住民への略奪や暴行、殺害なども頻発してきた。

スンニ派にはシーア派主導の中央政府への不信感も強いことから、モスル奪還でシーア派民兵が前面に出る事態となれば、民心の離反を招く恐れもある。
 
ISは、スンニ派住民のそうした恐怖心をあおることで軍事作戦への抵抗を図るものとみられる。
 
また、ISがゲリラ戦を展開して市民の犠牲が増えれば、住民がISのみならず政府への反感を募らせることも考えられ、その後の治安維持が困難となる可能性もある。【10月17日 産経】
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【「IS後」を睨んで影響力拡大を目指す各勢力・周辺国
まずは、奪還作戦ができるだけ少ない住民犠牲者で完了することが肝要ですが、解放後のスンニ派住民とシーア派民兵の対立、クルド自治政府との支配地域に関する線引きなど、極めて厄介な解放後の問題が控えています。

****IS掃討後」にらむ モスル奪還作戦**** 
イラク政府が17日、過激派組織「イスラム国」(IS)掃討の仕上げとなる北部モスルの奪還作戦に着手した。

政府軍にイスラム教シーア派やスンニ派の民兵、少数民族クルド人部隊が加わり、「挙国一致」を演出するが、各勢力には、IS掃討後に中核都市であるモスル周辺での主導権を握りたいとの思惑がある。民間人の犠牲者や国内避難民の増大も懸念され、奪還作戦はリスクをはらんでいる。
 
「国家の一体性を回復し、国民を一致団結させるための戦いだ」。アバディ首相は17日の演説で、宗派・民族の垣根を越えた結束の重要性を訴えた。
 
だが、イラクではシーア派が約6割、スンニ派が約2割、クルド人が約2割を占めており、宗派・民族間での不信感は根強い。
 
モスルではスンニ派住民が多数派で、スンニ派民兵は自らの部隊を市内に進駐させるよう主張。だが、シーア派民兵も進駐に意欲を示している。

さらに、イランがシーア派民兵、トルコがスンニ派民兵を支援しており、周辺国もIS掃討後の影響力確保をにらんで、介入を強めている。
 
またクルド人部隊は今回、従来の自治区の境界を越えて派兵している。奪還作戦参加への対価として、今後、自治区の拡大などを要求する可能性もある。
 
アバディ首相は「モスル市内に入るのは政府軍と警察だけだ」と述べ、中央政府主導でIS掃討や戦後統治を進める考えだが、こうした姿勢は各勢力の不満を招く恐れがある。(後略)【10月17日 毎日】

上記記事にも出てくるように、スンニ派民兵を支援するトルコも参戦を要求しており、イラク政府の要請がなくとも独自に参戦する構えを示しています。

トルコ軍は以前からイラク領内に駐留し、これに反発するイラク政府と揉めていました。イラク側はトルコ軍部隊が駐留を続ければ「地域の戦争に発展する可能性がある」(アバディ首相)と警告しています。

****モスル奪還作戦へ参加表明=訓練兵3000人が戦闘―トルコ****
トルコのメディアによると、エルドアン大統領は17日、過激派組織「イスラム国」(IS)のイラクでの最大拠点、北部モスルの奪還作戦について、「われわれは作戦もその後の協議にも参加する。締め出されたままではいられない」と述べ、イラク政府に認められなくてもトルコ軍も作戦に参加する意向を示した。
 
大統領は「トルコは(イラクと)350キロの国境を接している」と作戦に参加する正当性を訴えた。トルコ政府とイラク政府は、モスル近郊のバシカ訓練基地におけるトルコ軍の駐留をめぐり対立が続いていた。
 
一方、トルコのクルトゥルムシュ副首相は今回の作戦に関し、トルコ軍がバシカ基地で訓練した地元兵士約3000人が参加していると明かした。【10月17日 時事】
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作戦が長引けば、シーア派民兵を支援するイラン革命防衛隊も、「イラク政府軍には任せられない」とばかりに、その存在を強めてくるかも。

そうなると、クルド人勢力、トルコ、イランと「IS後」を睨んだ主役を目指す役者の総出演ともなって、イラク政府のコントロールが効かない状態となる懸念もあります。イラク政府にとっては、ISよりも厄介な相手です。

かねてより、シーア派・スンニ派・クルド人の三者による「イラク分割統治」(現実的に統一国家の枠組みでは共存は無理で、混乱を避けるためには分割したほうがいい)の考え方がありますが、イラク中央政府が反対するのは当然として、アメリカも更なる混乱防止のため、イラクの国家枠組みは崩さない立場でしょう。
それですむかどうかの保証はありませんが。

なお、(イラクの泥沼から抜け出した)アメリカは、“米国は有志連合を主導し、IS拠点への空爆、イラク治安部隊やクルド人治安部隊「ペシュメルガ」への助言や情報提供、訓練などの後方支援を行ってきた。モスル奪還に向け、9月下旬には今年3度目となる約600人のイラク増派を発表し、駐留米兵は5200人規模に膨らんだ。”と関与を深めています。

100万人の難民予測に対し、提供できる支援は6万人分
今後の問題は多々ありますが、まずは今回の奪還作戦で生じる膨大な難民をどうするのか・・・という難民対策が喫緊の課題となっています。

国連のオブライエン事務次長(人道問題担当)は、激戦になれば「最悪の場合、100万人が避難を余儀なくされる可能性がある」と懸念しており、国連はモスルからの避難民向けのキャンプ設営を急いでいるとされていますが、とても追いつかないのでは・・・・。

****モスル奪回作戦で再び人道危機に****
ISIS最大の拠点への軍事攻勢は100万人以上の難民を生み出しかねない

・・・・奪還作戦の準備と対照的に、支援団体の対応は遅れが目立つ。
イラク北部の気温が大きく下がるまで、あと2ヵ月しかない。

「約100万人が脱出を迫られるだろう。そのうち70万人は人道援助が必要な人々だ」と、国際救済委員会(IRC)のイラク担当責任者アレクサンダー・ミルテイノビッチは話す。
IRCが現時点で提供できる支援は6万人分にすぎないという。
 
「冬が来れば、医療部門がパンクする。呼吸器系の病気を抱えた人々が医療施設に殺到するからだ。寒くなれば、子供たちを中心に呼吸器系疾患が流行する。医師と薬がもっと必要だ」
 
イラク政府軍は米軍の航空戦力とクルド人勢力などの民兵組織の支援を受けて進撃するとみられる。既にISISの拠点だった周辺の村や町を次々に奪回、着々とモスルに追っている。それに伴い、多数の人々が家を捨てた。

支援団体の推定によれば、サラハディンとティクリート、モスルをつなぐ回廊地帯では既に12万6000人が国内避難民と化している 

ISISがイラク北部で電撃的攻勢に出た14年6月には、100万人以上がクルド人自治区などの周辺地域に脱出した。モスル奪還作戦でも、同程度の人道危機が発生すると予想される。

イラク軍が中部の都市ファルージャを奪還した際には、水を求める難民同士が殺し合った。
 
支援団体は冬の到来を前に、男性より女性と子供を優先して救うことを余儀なくされるかもしれないと危惧している。そうなれば、家族が散り散りになりかねない。
 
「家族全員を助けたいが、緊急性が高いケースでは、女性と子供を優先するしかない」と、ミルティノビッチは言う。「人道支援に関わる者にとって、これ以上ないほどの悪夢だ」【10月18日号 Newsweek日本版】
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100万人の予測に対し、提供できる支援は6万人分というのでは・・・
軍事的な奪還作戦という避けて通れない道ではありますが、厳しい現実が待ち構えています。
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中国  激しさを増す習近平主席と反対勢力の“権力闘争”

2016-10-17 22:47:07 | 中国

(【9月12日 産経ニュース】)

粛清運動での政敵排除と権限集中を図る習主席への反発も強まる
相も変らぬ中国・中南海での“権力闘争”の話。
8月7日ブログ“中国 深刻化する習近平主席と李克強首相の対立 「北戴河会議」で人事の駆け引き進行中”で、中国指導部の“ツートップ”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160807の対立を取り上げましたが、その続きです。

日本のような政治体制であれば、与野党間や与党内の対立・議論は“ある程度”はオープンにおこなわれますが(もちろん“永田町”という言葉がしめすような、水面下でうごめくものが多々あるのは言うまでもありませんが)、中国の場合は殆ど秘密裡に事が運ぶため、その動きは“権力闘争”と呼ばれるような隠微なものとなり、表面に現れる多くの事柄が、実はそうした“権力闘争”を示す極めて政治的なものだと言われています。

例えば、習近平国家主席が主導する反腐敗の粛清も、習主席に対抗する江沢民元主席の勢力、あるいは胡錦濤前主席や李克強首相を輩出しているエリート集団「共産主義青年団」(共青団)の勢力を抑え、自己の政治基盤を強化するために行われている側面が強いといったことは常々指摘されるところです。

もちろん、秘密裡に進行する動きですから、実際のところはよくわからず、多くは“推測”の域をでません。

最近、そうした“権力闘争”と見られる事件が相次いでいます。

直轄市である天津市の黄興国党委書記代理(習主席の側近中の最重要人物で、習主席が自分の後継者と考えていた人物とされています)が9月10日に、過去の不正蓄財などを理由に突然失脚した事件は、粛清運動で攻撃されていた反習近平勢力の反攻と見られています。

その3日後に明るみに出た遼寧省(李首相がかつてトップを務めており、人脈的にも関係が深いとされています)での大量選挙違反事件(同省選出の45人の全国人民代表大会代表に選挙違反があったとして当選無効が決定、また省議員617人のうち、7割以上に当たる454人が資格停止処分)は、上記の“反攻”への習氏側の逆襲とも見られています。

こうした“事件”の直前の8月には、中国政治の流れを決めるとも言われている党長老を含めた「北戴河会議」が行われています。

習近平主席は、これまでの集団指導体制から自身に権限を集中させる体制に変更し、自身の総書記任期も規定上限の“二期”から三期に延長を目論んでいる・・・とも見られています。

****24日から中国共産党6中総会 規律厳格化の規制強化か さらなる綱紀粛正に反発も・・・・****
中国共産党の重要会議である第18期中央委員会第6回総会(6中総会)が今月24日から27日まで開かれる。党の規定を改正して規律を厳格化することなどが主な議題となる予定だ。

最高指導部が大幅に入れ替わる来秋の党大会を控え、習近平指導部は党内への締め付けを強化することで、権力集中をさらに進めたい考えだ。

しかし、習指導部が主導する反腐敗キャンペーンはすでに4年も続いており、摘発を恐れる幹部の間で「事なかれ主義」が広がり、経済減速を招いたとの指摘もある。さらなる綱紀粛正を推進しようとする習指導部に対し、党内では反発する意見も聞かれる。
 
今回の中央総会で審議されるのは「党内の監督条例」と「新しい情勢下の党内政治生活に関する若干の準則」の2つの規定改正だと中国メディアが報じている。共産党関係者によると、改正はいずれも党中央と習近平国家主席の指導力強化を狙ったもので、派閥活動の禁止のほか幹部が私的に党中央の政策を批判することを阻止するため、さまざまな監督システムを強化する内容だ。
 
特に1980年に制定された「党内政治生活に関する若干の準則」は36年ぶりに改正される。同準則が制定された背景には、文化大革命への反省があった。毛沢東へ過度な権力が集中したようなことを避けるために、「集団指導体制を堅持し、個人の専断に反対する」という項目があり、党の会議で「書記と委員は上下関係ではない」と明確に規定している。つまり、最高指導部会議で、習近平氏とほかの政治局常務委員が同じ一票の重さを持つことを意味する。
 
今回の改正で、習近平氏の指導力を強化するために、これらの内容を一部外すか、表現を曖昧にする可能性があるといわれている。

しかし、この動きに対し、李克強首相をはじめとする党内の反習近平勢力が猛反発しているとの情報がある。会議後に発表される新しい規約で、集団指導体制の部分はどのように改正されるかが注目される。
 
李首相が所属する派閥、共産主義青年団(共青団)派の関係者は「権力集中と政敵排除ばかりを進める習指導部のやり方に対する党内の反発は高まっている。反腐敗キャンペーンを早く一段落させ、経済や外交問題に集中すべきだといった意見が最近、増えている」と話した。
 
今回の中央総会で、来年の党大会にむけて人事調整などについても話し合われるとみられる。【10月2日 産経】
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こうした習近平主席の権限強化への反発が強まり、「北戴河会議」で反習近平勢力が反攻に出て、反習近平の“権力闘争”が仕掛けられているとも指摘されています。

ネット上の習氏批判、元軍人の大規模デモ、李克強首相の外交での活躍・・・・背後に“権力闘争”が
部外者にははっきりわからない形のものだけでなく、はっきりとした習近平批判も表面化しています。もちろん、中国にあっては異例のことで、習氏の側は抑え込もうとしていますが成功していません。異例の習近平批判の背後には相当大きな政治勢力が存在しているのでは・・・とも推測されています。何度も言うように、あくまでも“推測”ですが。

****検閲しても止まらないネット上の“習氏批判” 中国、不満分子が権力闘争か****
中国のインターネット上で、習近平国家主席への批判が止まらない。

かつては習氏に似ているとして、ネットで広がったアニメ画像にまで検閲を強化した習指導部だが、最近も「蛮族勇士」と名乗って経済運営を痛烈に批判する投稿が反響を呼んだ。絶大的な権力を誇る習氏も、ネット上での“言論戦”には苦戦を強いられているようだ。
 
蛮族勇士は昨年ごろから少なくとも7本を投稿。景気減速の深刻な実態を暴露し、中国が「不況の道」を歩んでいると主張する内容だ。
 
多様なデータを駆使しているため、体制内部の人物による投稿との憶測も広がる。関連ブログのプロフィルから、一部メディアは正体について、政府系シンクタンクの中国社会科学院の研究者ではないかと推測しているが、分かっていない。
 
当局側は蛮族勇士のネット上のアカウントを次々と停止するなど対抗措置を取っている。しかし、投稿された文章がネット上で拡散し続けている状況だ。
 
習指導部はこれまでも、習氏を批判するネット上での言論に厳しい目を光らせてきた。その対象はアニメのキャラクターにまで及んだ。(中略)

こうした状況の中で、蛮族勇士が支持を広げているのは、なぜなのか。評論家の宮崎正弘氏は「権力闘争的だ」と指摘する。習指導部が進める反腐敗キャンペーンが拡大したことで「不満分子が増え、ネット空間を使って情報で反撃する言論戦になっている」というのだ。
 
反腐敗を大義名分に権力集中を図り、ネットも厳しく監視する習指導部。ネット上でのしっぺ返しは、因果応報なのかもしれない。【10月17日 夕刊フジ】
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また、最近話題になった元軍人による異例の大規模デモの背後にも、反習近平勢力があるのではないかとも言われています。

****習体制に不穏な影 中国1000人規模の元軍人デモ、宮崎氏「暗殺か戦争の可能性も****
中国の習近平体制に対し、1000人規模の元軍人らが北京で大規模抗議デモを断行した。中国共産党の重要会議「第18期中央委員会第6回総会」(6中総会)が24日から開かれるのに合わせた示威行為といえそうだ。景気失速を背景にして、習国家主席の「排除」を画策する動きや、目先を変える対外暴発を懸念する声もある。(中略)
 
元軍人の数について「1000人どころではない」という情報もある。米政府系のラジオ・フリー・アジア(電子版)は、12の省や市から「数千人」が参加したと伝えた。
 
これだけ大がかりな動員をするには、組織の関与が不可欠だ。現に、習体制に対する軍の不満は大きくなっている。ただ事ではない事態が今、中国で起きているといえそうだ。(中略)

中国共産党は24日から、重要会議とされる6中総会を開く。総会を前に、習指導部の姿勢に不満を抱く勢力が、元軍人たちを動員したとの憶測も出ている。(後略)【10月14日 夕刊フジ】
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実際、中国軍機関紙も「敵対勢力」に言及しています。

****中国軍改革に水差す「敵対勢力」が存在=軍機関紙****
中国軍は14日、兵力削減を含む軍の改革について「敵対勢力」がネットでうわさを拡散しようとしており、一部のうわさは悪影響をもたらしていると述べた。

習近平国家主席は昨年9月、総数230万人の軍の約13%に当たる30万人の兵力削減を突然発表。今月11日には、退役軍人が国防省前で数千人規模のデモを行った。

中国人民解放軍の機関紙「解放軍報」は論説文で、改革に関するうわさがソーシャルメディア(SNS)にあふれ、自称専門家らが、退役軍人の手当削減など根拠のないあらゆる話を拡散していると述べた。

同紙は「多くの軍人は、真実を見極められず妄想や憶測に走っているオンライン利用者がいることを明確に認識しなければならない」とする一方、名指しを避けたうえで「改革に混沌の種をむなしくまく方法を模索している敵対勢力の存在にも事欠かない」と述べた。

6月に習主席が退役軍人には別の職業を見つけると言明するなど、政府は退役後の待遇に留意すると繰り返している。【10月14日 ロイター】
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反政権的な政治活動が事実上禁じられている中国にあって、政権側が力で抑え込むことが難しい動きとして反日運動がよく挙げられますが、今回の元軍人の抗議行動も、そうした政権側が力で抑えられない動きを利用して習近平政権を揺さぶる・・・といったものでしょうか。

9月に李克強首相が行った一連の外交も、それまで外交を「専権事項」として、その成果を権威上昇につなげてきた習近平主席への李首相・共青団側の反攻とも見られています。

****馬脚を現した習近平、反撃の李克強。激化し始めた中国最後の決戦****
9月以降、中国の李克強首相が急に外交の表舞台に立つようになり話題を呼んでいます。

無料メルマガ『石平(せきへい)のチャイナウォッチ』の著者で評論家の石平さんは、中国の政争の場とも言われる北戴河会議で習主席が各方面から批判され、共産主義青年団派の力が戻ってきたためではないか、との見方を示しています。

李首相の「外交復権」は「団派」の巻き返しだ 激化が予想される中国共産党の権力闘争
9月21日、中国の李克強首相は国連総会で演説を行い、その前日にはオバマ米大統領との会談をこなした。中国首相には普通の外交活動のように見えるが、李首相自身にとって、それは記念すべき出来事となったのではないか。

2013年3月に首相に就任して以来、彼が国連の会議に出席したのもアメリカの土を踏んだのも、それが初めてだからである。(中略)

実は習主席は就任以来、首脳外交を自分の「専権事項」にして、国際舞台で「大国の強い指導者」を演じてみせることで自らの権威上昇を図った。

権力闘争の中で共産主義青年団派(団派)の現役リーダーである李首相とは対立し、本来なら首相の活躍分野である経済と外交の両方において李氏の権限と活動をできるだけ抑え付けようとした。

その結果、今年の上半期、習主席自身は7カ国を訪問して核安全保障サミットや上海協力機構などの重要国際会議に出席したが、同じ時期、李首相は何と、一度も外国を訪問できなかった。

状況が大きく変わったのは、今年9月に入ってからである。同7日から、李首相はラオスを訪れ、中国・東南アジア諸国連合(ASEAN)(10+1)首脳会議、東アジアサミットなどの一連の国際会議に出席した。

その中で李首相は、合従連衡の外交術を駆使し、中国のアキレス腱である「南シナ海問題」が焦点として浮上するのを封じ込めるのに成功した。

その直後から、中国国内では、新華社通信と中国政府の公式サイトを中心にして、李首相の「外交成果」に対する絶賛の声が上がってきた。(中略)李首相の帰国を英雄の凱旋として迎えるかのような賛美一色の論調となった。

今まで、外交上の「成果」や「勝利」が賛美されるのは習主席だけの「特権」となっていたが、今夏までの数年間、首相としての外交活動すら自由にならなかった李氏がこのような待遇を受けるとはまさに隔世の感がある。

その間に一体何が起きたのか。1つの可能性として推測されるのは、今年8月に開かれた恒例の「北戴河会議」において、習主席の内政・外交政策が各方面からの批判にさらされ、習氏の勢いがかなり削がれたことではないか。

だからこそ、9月になると、習主席の腹心である天津市の黄興国党委員会書記代理が突如失脚させられ、同じ時期に李首相の外交的活躍がクローズアップされた。そして9月21日から人民日報は、李首相の後ろ盾である共産党元総書記、胡錦濤氏の「文選」の刊行を記念して、胡氏を褒めたたえる文章を連続3日間、1面で掲載した。

つまり、李首相の「外交復権」の背後には、今まで習主席との権力闘争においてやや劣勢に立たされた共産主義青年団派の勢力が、例の「北戴河会議」をへて再び勢いを巻き返してきたことがあったのではないか。

そうなると、来年開催予定の第19回党大会に向け、次期最高指導部の人事をめぐる権力闘争はますます激しさを増してくるだろう。この「最後の決戦」の行く末によって、中国の政治と外交の方向性は大きく変わっていくに違いない。【10月9日 MAG2NEWS】
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権限集中・総書記任期延長か、それともレームダック化か? 激しい攻防
特に、先述の習近平主席の側近で、後継者とも目されていた天津市の黄興国党委書記代理の失脚は、習氏にとっては大きな打撃となっていると見られています。

“習氏は二〇一二年に国家主席に就任してから「トラもハエもたたく」と標榜して「反腐敗キャンペーン」を展開、反習派を粛清して権力の掌握に邁進してきた。ところが、ここにきて、反習派の逆襲で、その利己的な追及がブーメランのように自らの陣営に跳ね返り、側近が失脚したのだ。”【10月号 選択“中国政争「乱戦」の行方”より】

今回の摘発を引き金として、芋づる式に習氏シンパが摘発されて事件が拡大する可能性すら指摘されており、そうなると、政治局メンバーの過半を制するという習氏の目論見が瓦解することにもなり、権力基盤が揺らぎます。

もちろん、習近平主席側も黙って見ている訳ではなく、最高指導部である政治局常務委員会のメンバー入りが有力視されている共青団出身の李源潮氏にターゲットを絞り、親族や元秘書らを徹底的に調べ上げているとも。

一方、共青団派は李源潮氏を守るために必死となっており、水面下で激しい攻防が展開されいる・・・そうです。【同上】

****レームダック化は早い可能性****
・・・・・それでも、習近平氏がこれまで強引に展開した反腐敗キャンペーンで、党内に数知れぬ敵をつくりだしてしまった事実は覆い隠せない。経済は低迷から抜け出せず、明るい展望は見えてこない。もしも政治局で過半数を取れなければ、第二期目の習体制は茨の道を歩まざるを得ないだろう。
 
党大会まであと一年。習氏にとって、黄氏の失脚は後継者の喪失という深刻な事態だ。後継者のいない国家指導者は早晩レームダックとなることは古今東西の歴史が教える。

多数決制の党政治局を掌握することも、そして全党を統治することも難しくなり「一期で引退する」「全人代常務委員長に移る」などの臆測も流れる有り様だ。

習氏が二期目に突入したところで、果たして実権をどこまで握ることができるのか。習氏の視界には、どこまでも深く厚い暗雲が垂れこめているに違いない。【同上】
*********************

中国の対日政策が「なぜ、この時期に、こんなことを・・・」と、ときにわかりづらいのは、党内にあっても習近平主席だけでなく、これに反対する勢力があり、また党外にも軍の不満勢力などもあって、必ずしも習氏のコントロールの効かないところで、それぞれの思惑で、ときには習氏の足を引っ張るために、いろんなことが行われているところに一因があります。
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ユネスコの「政治利用」

2016-10-16 22:03:58 | 国際情勢

(ユダヤ教では「神殿の丘」と呼ばれ、イスラム教では「ハラム・アッシャリーフ」などと呼ばれる聖地【10月15日 CNN】)

エルサレムの聖地に関する決議案で、イスラエルがユネスコとの協力関係を停止
国連など国際機関が外交戦の舞台となることは当然と言えば当然のことではありますが、行き過ぎた泥試合や報復合戦になると国際機関の機能マヒにも至ります。

****イスラエル、ユネスコとの協力関係を停止 聖地への言及で****
イスラエルは15日までに、国連教育科学文化機関(ユネスコ)がまとめたエルサレムの聖地に関する決議案がユダヤ教とのつながりを無視しているとして、ユネスコとの協力関係を停止した。

ユネスコ執行委員会の下部組織は13日、この決議案を仏パリで採択していた。

決議案では、キリスト教とユダヤ教、イスラム教の各一神教にとってのエルサレムの重要性を指摘しているものの、キリスト教徒やユダヤ教徒にとってなぜエルサレムが重要なのかに関しては言及がない。

ユダヤ教で「神殿の丘」として知られる最も重要な聖地については、「ハラム・アッシャリーフ」というイスラム名だけで呼んでいた。

この決議案はエジプトなどのアラブ諸国により提案されたもので、エルサレムやヨルダン川西岸、ガザ地区におけるイスラエルの行動に対しおおむね批判的な内容となっており、イスラエルと米国が激しく非難した。

イスラエルのネタニヤフ首相は、イスラエルと神殿の丘を結びつけない記述は中国と万里の長城を結びつけないようなものだと指摘。「今回のばかげた決議により、ユネスコにわずかに残されていた正統性は失われた」と強く批判した。

ベネット教育相は決議後、ユネスコとの間の全ての専門的な活動を停止すると発表した。
米国務省のトナー報道官も、政治的な動きだとして一連の決議を批判した。ユネスコは4月にも同様の決議を採択し、イスラエルなどから激しい批判を浴びていた。

一方、パレスチナ自治政府の外務当局は決議を称賛。声明で「パレスチナは引き続き、国連組織も含めた利用可能なすべての法的、外交的手段を通じてパレスチナ人の権利を擁護していく」とした。

ユネスコのイリナ・ボコバ事務局長はイスラエルの批判を受け、自身も決議案を快く思っていないとの声明を発表。「エルサレムの普遍的な価値とユネスコの世界遺産への登録理由は統合にある。それは対話への訴えであり、対立を意味しない」と述べた。

ベネット教育相はボコバ氏の声明を歓迎した上で、言葉だけでなく行動が必要だとの認識を示した。

決議案は18日に行われるユネスコ執行委員会で採決にかけられる。全会一致で可決した場合は採択され、そうでない場合は継続審議となる。【10月15日 CNN】
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パレスチナ自治政府の正式加盟でアメリカは分担金支払いを停止
そもそも2011年にユネスコへのパレスチナ自治政府の正式加盟が認められたこと自体が、パレスチナ側の“政治的”勝利であり、イスラエル側にとっては大きな痛手となっています。

もちろん、パレスチナ側からすれば、イスラエルが和平交渉に応じる姿勢をみせないから、ユネスコ加盟などの外交戦を行っているのであり、おおもとの原因はイスラエル側にあるという話になります。

イスラエルの立場を支持してパレスチナ自治政府のユネスコ加盟に反対したアメリカは、ユネスコ分担金の支払いを停止しています。

もっとも、数で決まる国際機関の場においては、イスラエル・アメリカは多勢に無勢という形になりつつあります。(2011年11月1日ブログ“パレスチナ ユネスコに正式加盟 アメリカは反発するも外交的には孤立”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20111101

****パレスチナUNESCO加盟が持つ意味****
(2011年)九月、国連加盟申請を行って、国連総会会場のやんやの喝采(イスラエルと米国は除くが)を浴びたパレスチナ自治政府のアッバース議長だが、米国の拒否権など国連正式加盟には障害が大きいことを承知しつつ、着々と周りを固めている。

その皮切りが、UNESCOへの正式加盟決定だ。10月始めにUNESCO執行委員会がパレスチナ正式加盟を勧告、10月31日に賛成107、反対14、棄権52で採択された。
 
パレスチナ自治政府の狙いは、西岸にあるイエス・キリストの生誕地などをパレスチナの名のもとに世界遺産に登録して、土地と施設への主権を明らかにすることにある。

と同時に、国連本体への加盟が難しいとなれば、よりハードルの低い周辺機関への加盟を取り付けて国際社会での承認を既成事実化したいところ。

パレスチナがUNESCOへの正式加盟を最初に求めたのは1989年だったが、当時は勧告すらしてもらえなかった。これまで棄権してきたフランスが賛成に回り、反対が確実な米国を脇目に英国が棄権に留まるなど、今やパレスチナ容認派の形勢が従来より強いことは確かだ。
 
これに対して、米国はUNESCOへの供出金を停止し、圧力をかけている。資金難に悩む国際機関としては打撃だが、中国やBRICSはパレスチナ支持だ。

ただでさえ唯一の超大国としての米国の影響力の低下が指摘されるなかで、米国が支援を引いても新興国が国際機関を支えていける、ということになると、米国にとってはあまりよろしくないのではないか。

次に加盟承認するのはWHOあたりかとも囁かれているが、下部機関であっても次々にパレスチナ加盟を認めていけば、少なくとも対国連協調を打ち出してきたオバマ政権は、それらを全て敵にまわすわけにもいかない。また、国際刑事裁判所がパレスチナ加盟を承認すれば、そこでのイスラエル非難の動きは激しくなるだろう。
 
パレスチナが国際機関の周辺から堀を埋めようとしているのに対して、イスラエルや米政権は判で押したように「本来の中東和平交渉を損ねる」と批判している。

だが、そもそも和平交渉がまともに実行されていればこんなことにはならなかったはずだ。米、ロシア、EU、国連という、和平を主導すべきカルテットが、これまで何か実りあることを実現できただろうか? パレスチナ側にしてみれば、「交渉に戻れ」といわれても交渉に戻れないほどダメにしてきたのは誰だ、といいたいところだろう。
 
そんななかで、イスラエルのパレスチナへの「報復」はわかりやすい。世界遺産化で守ろうとしているパレスチナの地に、どんどん入植を進める。ガザを空爆してパレスチナ側の反撃を誘発、パレスチナの「暴力的」イメージを国際社会に呼び覚ます。

同時に、アッバース議長率いるファタハと対立するハマースに、囚人の交換釈放を持ちかける。国際社会のパレスチナ支持など意に介さず、まず第一に考えることは、イスラエル国内での人気確保だ。
 
イスラエルにせよ米国にせよ、国内の選挙第一、外交は二の次、という国しか主導権を発揮していない和平交渉のありかた自体が、問題なのである。【2011年11月05日 酒井啓子氏 Newsweek】
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なお、アメリカが分担金支払いを停止したのは、1990年代に制定された法律により、国際的に独立が承認されていない団体について正式加盟を認める国連機関への分担金拠出が禁じられているという法律上の背景があります。

【「南京大虐殺」文書の記憶遺産登録に抗議して日本政府は分担金支払いを留保
ユネスコに関しては、中国主導で「南京大虐殺」文書が記憶遺産に登録されたこと、韓国主導で中国、オランダなどの団体も共同で旧日本軍の従軍慰安婦問題の関連資料の記憶遺産登録が6月に申請されていることなど、日本側からすれば“政治利用”が問題視されています。

****日本政府はおとなしすぎた。このあたりで・・・」 ユネスコ分担金保留で「南京文書」記憶遺産に無言の圧力****
日本政府が国連教育科学文化機関(ユネスコ)に対する分担金拠出を留保しているのは、日中間に見解の相違がある「南京大虐殺」の文書を一方的に「世界の記憶(記憶遺産)」に登録したことへの無言の抗議といえる。また、日本政府が求める登録制度の是正に向けて圧力をかける狙いもある。
 
「私どもが全く知らない中で、さまざまなことが決められていった」
菅義偉官房長官は14日の記者会見で、ユネスコで昨年、「南京大虐殺」文書がずさんな審査を経て登録された経緯に言及し、強い不快感を示した。
  
記憶遺産をめぐっては、政府・与党内に「登録手続きの透明性や客観性、中立性が確保されていない」との批判が根強く、日本政府はユネスコに対して制度改善を求めている。13日の自民党部会でも、出席議員から「制度改善が進む兆しがなければ、分担金の支払いを停止すべきだ」など、より踏み込んだ措置を取るよう訴える声が上がった。
 
ユネスコには今年、日中韓などの民間団体が慰安婦問題の関連資料の登録を申請しており、年明けに審査が始まる。日本政府は審査過程で関係国に意見を聞くことなど制度改善を求めているが、受け入れられるかは不透明だ。政府関係者は「登録を回避するため、あらゆる手を尽くす」と強調する。
 
外務省によると、ユネスコ分担金の支払いは加盟国に義務付けられている。日本の分担比率は9・6%に上る。ただ、22%を占める1位の米国がパレスチナの加盟に反発し、分担金の拠出を凍結しており、日本が実質的なトップとなっている。

別の政府関係者は「今まで日本はおとなしすぎたが、このあたりで意気込みを見せることも大切だ。10月まで分担金を払っていないことで一定のメッセージを発している」と指摘する。
 
だが、日米両国が分担金拠出を凍結、留保し続ければ、中国がその分を肩代わりし、ユネスコでの発言権を強める可能性がある。

松浦晃一郎・前ユネスコ事務局長は「プレッシャーをかけるならメンバー国の中国や韓国だ。日本は分担金を払って、言いたいことがあれば堂々と主張すべきだ」と指摘する。菅氏や岸田文雄外相が、分担金を支払う時期について「総合的に判断する」と述べるにとどめているのには、そうした事情がありそうだ。
 
ただ、「南京大虐殺」文書の記憶遺産登録を許してしまった外務省幹部は、中国や韓国に日本人の尊厳もカネもむしり取られることに強い警戒感を示す。
 
「分担金を支払った上に慰安婦関連資料の登録も許すことだけは避けなければいけない」【10月14日 産経ニュース】
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例年5月ごろまでに支払っているユネスコの分担金38億円余りをまだ支払わず圧力をかけているということのようですが、そのくらいの金額なら中国が大喜びで肩代わりするのではないでしょうか。(制度的にそうしたことが許容されるのかどうかは知りませんが)

結果、カネも出さない日本の発言権はますます低下し、中国・韓国のペースで物事が進んでいく・・・といったことにならないよう願います。

また、もともと“数の力”が重視される国連などに批判的で、国連なしでも影響力を行使できるパワーを有するアメリカと、国連のような国際協調の場を外交の足場とする日本では、基本的戦略も異なります。

【「シベリア抑留資料」ではロシアが日本の“政治利用”を批判
記憶遺産に登録された「南京大虐殺」資料は、“旧日本軍が南京を占領した当時の様子を旧日本軍の兵士が撮影したという写真や、中国人女性がつづった日記のほか、戦後の、いわゆる東京裁判や蒋介石率いる国民党政府が旧日本軍関係者を裁いた南京軍事法廷に関する資料などが含まれています。この南京軍事法廷に関する資料は、犠牲者の数について30万人以上だと記しています。”【2015年10月22日 NHK】

「南京大虐殺」に関しては犠牲者数など多くの問題で日中間の見解の相違がありますが、そうした問題について、一方的に自国の主張に沿った資料を登録することで、自国主張の正当化を図ろうとする“政治利用”だという批判になります。

もっとも、「南京大虐殺」資料と同時に登録が認められた、日本が申請した「シベリア抑留資料」については、ロシアが「日本によるユネスコの政治利用」として強く反発しています。

また、2015年7月に世界遺産に登録された明治日本の産業革命遺産をめぐっては、韓国政府が「朝鮮半島出身者が強制的に徴用された場所が含まれている」として登録に反対し、両国の外交問題に発展したことも記憶に新しいところです。

****シベリア抑留資料「記憶遺産」登録は「ユネスコ政治利用」 ロシア高官が非難****
国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界記憶遺産に日本が申請したシベリア抑留関連の資料が登録されたことを受け、ロシア政府のユネスコ委員会のグレゴリー・オルジョニキゼ書記は「中国が『南京大虐殺文書』で行ったようなユネスコの政治利用だ」などと日本側の対応を非難した。2015年10月14日、ロシア国営のRIAノーボスチ通信が伝えた。

オルジョニキゼ氏は、「政治問題を国連機関に持ち込むことには反対する」として、日本側に登録の申請を行わないように働きかけていたという。こういった戦争関連の書類を申請することは「パンドラの箱を開けること」で、「日本はその箱を開けてしまった」と述べた。

記憶遺産への登録が決まった南京事件については「中国人にとって悲劇だったことは理解する」としながらも、
「同様の出来事は多くの国々で起きており、二国間で解決されるべき」だとして中国側の対応にも否定的だ。【2015年10月15日  J-CASTニュース】
*******************

いつも言うように、相手国には相手国の主張・立場があります。自国の“正義”を振りかざすだけでは問題は泥沼化します。

求められる制度改革と本来の趣旨の再確認
それはともかく、記憶遺産に関しては、“日本外務省によると、記憶遺産の現行の審査基準では、資料の保全や管理の必要性だけが検討対象で、歴史的に正しいかどうかは判断材料にはならない。”【2015年10月10日 日経】という“緩さ”があり、そのことが多くの“政治利用”にもつながるようです。

****政治問題化するユネスコ遺産****
出石 直 解説委員 / 名越 章浩 解説委員
(中略)
【審査制度にも問題】
(名越)記憶遺産の審査の仕組みにも問題があったと思います。
記憶遺産は、ユネスコが取り組んでいる「世界遺産」「無形文化遺産」とならぶ、「遺産事業」の1つです。
 
富士山や法隆寺など、建造物や自然などを対象に保護するのが世界遺産、和食や能楽など形のない文化を対象とするのが無形文化遺産。

これに対し、文書や、楽譜、絵画などの記録史料をデジタル化してアーカイブするのが「世界記憶遺産」です。
 
この3つは「3大遺産事業」とも呼ばれますが、記憶遺産の場合は、条約に基づいて締約国に保護の義務が課せられている世界遺産や無形文化遺産とは違って、ユネスコのひとつの事業に過ぎず、審査の手続きも厳格ではありません。

国際諮問委員会が申請書類を審査し、登録へのGOサインを出せば、ユネスコの事務局長が追認するだけです。
しかも諮問委員会のメンバーには記録保存の専門家はいても近現代史の専門家はいません。
公平な審査ができる体制になっていなかったわけです。(中略)  

【政治問題化するユネスコ遺産】
(名越) 審査が厳格でない記憶遺産が抱えてきた課題が、ここにきて一気に露呈した格好ですが、
出石さん、ユネスコの遺産事業をめぐっては、記憶遺産に限らず、このところ、政治問題化することが目立っていますね。
(中略)
こうした問題の背景には、ユネスコの世界遺産や記憶遺産などへの登録に向けた競争があります。

世界遺産の事業が始まった40年以上前は、いわば地味な存在でしたが、次第に注目が集まり、経済効果も大きくなって、登録競争が過熱していきました。

注目度が増せば増すほど、それを利用して、特定の国を批判したり、外交交渉を有利にしたりする道具にするケースも出てきました。

「政治間題になると、本来の文化的、学術的な議論は関係なくなり、相手が反対するからそれに対抗する。そのために、ユネスコ内でもロビー活動が不可欠となり、公平な審査を妨げるようになっている」と指摘する関係者もいます。

(出石) 制度改革に向けた動きはすでに始まっています。
ユネスコ代表部の佐藤大使は、現在、パリのユネスコ本部で行われている執行委員会で、審査のプロセスを加盟国に周知するなど透明性を確保するための制度改革が必要だと提言しました。

文化と政治、これはとても難しい問題です。
政治的対立を呼ぶ可能性があるものについては登録を控えるべきとの意見もあります。

ただこれでは、原爆ドームやアウシュビッツ収容所跡のような世界遺産は、今後は登録されなくなってしまいます。政治的な意味合いがあるかどうかではなく、政治的に悪用されないようにすることが重要だと思います。
 
具体的な例を2つ挙げます。
2013年に記憶遺産に登録された慶長遣欧使節関係資料は、日本とスペインとの共同申請でした。

江戸時代に日本と朝鮮との交流に貢献した朝鮮通信使を日本と韓国が共同で記憶遺産に申請しようという動きも進められています。
 
政治対立を煽るのではなく、相互理解や友好親善に資するのであれば、ユネスコ遺産の政治利用も許されるのではないでしょうか。

(名越)その通りだと思います。
そのためには、ユネスコ憲章の原点に立ち戻るべきではないでしょうか。
戦後、宣言されたユネスコ憲章の前文には、「戦争は人の心の中で生れるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」とあります。
 
政治的な対立をなくすためにも、心の中に平和のとりでを築く。そのためには、文化をはじめ、教育や科学が必要だという理念でユネスコは生まれたはずです。

その原点に立ち戻る必要があることを、来月3日からのユネスコ総会で、日本が先頭に立って、世界に呼びかけてほしいと思います。【2015年10月22日 NHK】
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現実問題としては難しいところです。

審査プロセスの透明性は必要ですが、ユネスコの国際諮問委員会等で対立する双方がやりあっても結論はでないでしょうから、登録に際しては、関係国から反対意見があったこと、ユネスコとして資料の正当性を認めた訳ではないことを明記することが最低限必要でしょう。
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コロンビア  政府が左翼ゲリラに大幅譲歩した理由  必要とされる感情論を超えた冷静さ

2016-10-15 21:42:13 | ラテンアメリカ

(10月12日、コロンビアの首都ボゴタ、政府とコロンビア革命軍(FARC)による和平合意が国民投票で否決されたことを受け、学生や農民、先住民のリーダーなど数千人による和平合意の復活を求めるデモ行進。【10月13日 ロイター】)

サントス大統領「和平プロセスの挫折は認められない。長引かせることもできない」】
左翼ゲリラ組織コロンビア革命軍(FARC)との和平合意が10月2日の国民投票で否決された南米・コロンビアですが、和平実現に向けた更なる努力を促すノーベル平和賞受賞も後押しする形で、サントス大統領は和平合意見直しに着手しています。

****和平合意見直しへ=政府と左翼ゲリラ=コロンビア****
コロンビア政府と同国最大の左翼ゲリラ組織コロンビア革命軍(FARC)は7日、先の国民投票で否決された和平合意を見直すための交渉に入ると明らかにした。サントス大統領のノーベル平和賞受賞が決まり、一度は頓挫した和平プロセスが、再び動きだすことになった。
 
政府とFARCは共同声明を出し、国連の監視下で停戦も継続し、交渉を本格的に進めると表明。内戦終結を恒久的で安定的なものにするため、和平合意の修正が必要な部分について協議をする方針を示した。
 
また、国民投票で和平に反対する声が過半数を占めたことを踏まえ、「社会の懸念を理解し、解決するため、迅速に幅広い立場の国民から意見を聞く」と述べた。サントス氏は「和平プロセスの挫折は認められない。長引かせることもできない」と語り、FARCとの対話を迅速に進めていく考えを強調した。
 
これとは別にFARCは声明で、サントス氏のノーベル平和賞受賞が「和平合意に命を吹き込み、コロンビア人に尊厳を与えるための力になることを期待している」と強調した。
 
サントス氏は2日の国民投票後、FARC側の和平交渉団が滞在する仲介国キューバに政府関係者を派遣し、今後の対応を協議していた。【10月8日 時事】 
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コロンビア革命軍(FARC)に次ぐ第2の左翼ゲリラ組織、民族解放軍(ELN)との交渉も動き出しています。

****第2のゲリラとも交渉本格化=和平実現に追い風―コロンビア****
コロンビア政府と同国第2の左翼ゲリラ組織、民族解放軍(ELN)は10日、共同声明を出し、停滞していた和平交渉を本格化させると発表した。政府は最大の左翼ゲリラ組織、コロンビア革命軍(FARC)との交渉も進めており、和平実現に追い風となる。
 
両者は共同声明で、27日に仲介国エクアドルの首都キトで市民を交えた対話を開始すると表明。ELNはこれに先立ち、拘束中の人質を解放すると約束した。
 
コロンビアのサントス大統領は「ELNとの対話が前進することで完全な和平が近づく」と強調した。
 
政府とELNは3月に和平交渉入りで正式合意したが、ELNがすべての人質解放に応じず、対話が停滞した。ELNは、政府とFARCが和平合意文書に署名した9月末以降、3人の人質を相次いで解放した。【10月11日 時事】 
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被害者家族「彼らは多くの家族を殺したのに、彼らに屈することになる」】
当然ながら、和平合意に批判的な人々からは、ノーベル平和賞受賞にも強い不満が示されています。

“一方でFARCとの妥協に反対する人々は、国民投票の結論を覆そうとする世界の干渉に不満が強い。
「政治的な茶番」「ノーベル賞の価値を下げる」。地元メディアのサイトには、コロンビア初の平和賞受賞者誕生を歓迎する声に混じり、批判が躍る。和平合意反対派の書き込みとみられる。”【10月8日 時事】

こうした合意反対の根幹には、現在の合意案がFARC側に譲歩しすぎている、FARCの犯した罪をきちんと償わせるべきだという被害者、その親族らの声があります。

****サントス大統領へのノーベル平和賞に世論二分、コロンビア****
・・・・FARCによって2004年に農地を接収された中部トリマ(Tolima)州の農場労働者ロドルフォ・オビエドさん(40)は「サントスは(ノーベル平和賞に)値しない」と述べた。
 
オビエドさんは首都ボゴタの大統領官邸前にあるボリバル広場で1か月以上、テントを張って泊まり込みで抗議している。
 
オビエドさんは和平協定を批判する多くの人と同様、大統領がマルクス主義ゲリラ組織のFARCに対して弱腰すぎると非難しており、遠いキューバでFARCの最高幹部と会談をするのではなく、FARCの犠牲者の元へ出向いて耳を傾けるべきだったと語った。

「完全に間違っている。彼はトップダウンで和平を始めた。下からじゃない。和平は農村部から、住んでいた場所から追い払われた人々と共に結ぶべきだ」。オビエドさんは内戦で故郷を追われた700万人近くの人々を政府が無視していると批判した。
 
1991年に中部メタ州で土地から出て行くことを拒否した祖父をFARCに殺害されたホセ・アルベルト・ソリアノさん(18)も、サントス大統領へのノーベル平和賞授与は納得できないという。

ソリアノさんもまた和平合意に反対する多くの人が挙げている、FARCが犯した大量殺人や拉致に対する免罪を非難した。「彼らは多くの家族を殺したのに、彼らに屈することになる」(後略)【10月8日 AFP】
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否決された合意案の具体的内容で見ると、FARCの犯罪に対する処罰が緩やかなことや、今後政治勢力としてのFARCに上下院それぞれ5議席が割り当てられることなどが批判されています。

****和平の皮をかぶった恩赦****
・・・・和平合意の反対派が特に反発しているのは、FARCの犯罪に対する処罰についてだ。過去の犯罪を明らかにする仕組みが構築され、最悪の残虐行為は公表されて裁判も行われるだろう。
しかし297回の合意文書の中で、具体的な処罰はほとんど明記されていない。
 
「比較的軽度の犯罪」は恩赦の対象となり得るが、これには殺人が含まれるかもしれない。「麻薬犯罪」も、個人の利益ではなく戦費調達が目的のものは恩赦の対象になり得る。

このような抜け穴は、内戦犠牲者への賠償制度を弱体化させかねない。
 
もう1つ物議を醸しているのは、連邦議会で2期にわたり、上下院それぞれ5議席をFARCに割り当てることだ。コロンビアの現行法は、犯罪歴のある個人が公職に就くことを禁止している。FARCのメンバーと認定された人物に連邦議員や大統領への立候補を認めることは、現状では法律違反となる。
 
これらはFARCにはおいしい条件だ。最終合意前に聞かれた「最後の」会合では、FARCは全会一致で署名に賛成した。 

しかし、国民の60%は自分か近親者が戦争の被害を受けているのだ。彼らが政府の一連の譲歩に失望するのも無理はない。

アルバロ・ウリベ前大統領は、この合意は和平の皮をかぶった恩赦だと非難している。
 
ただし、決して全面的な恩赦ではない。例えば、犯罪を自供した場合は処罰の対象になる(懲役刑より社会奉仕が中心になるだろう)。自供せずに有罪と認定されれば罪が重くなる。【10月18日号 Newsweek日本版】
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FARC最高司令官「まもなく良い知らせがあるだろう」?】
いったん決めた合意条件の見直しは難しい交渉となるとも予想されていますが、FARC側からは今後について楽観的な見通しも出されているようです。

****コロンビア、和平復活求め数千人がデモ 左翼ゲリラ司令官は楽観****
コロンビアの首都ボゴタで12日、政府と同国最大の左翼ゲリラ組織、コロンビア革命軍(FARC)による和平合意が国民投票で否決されたことを受け、学生や農民、先住民のリーダーなど数千人が和平合意の復活を求めてデモ行進した。

白い服を着て花を手にしたデモ隊らは、国会議事堂前に集結。内戦で住む場所を追われたという参加者の女性は、「すべてのコロンビア人は、和平成立のために行動しなければならない」とした上で、「寛容は最良の方策だ」と訴えた。

これに先立ち、FARCのロンドニョ最高司令官は同日、行き詰まりの打開を目指し政府の交渉担当者とハバナで協議を重ねたと説明。和平合意の復活を確信しているとした上で、「まもなく良い知らせがあるだろう」と、地元のカラコル・ラジオで語った。【10月13日 ロイター】
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“良い知らせ”とは何でしょうか?
サントス大統領は停戦期限を延長してFARCとの交渉にあたるとしています。

****停戦期限、12月末に延長=早期の和平に期待―コロンビア****
コロンビアのサントス大統領は13日、同国最大の左翼ゲリラ組織コロンビア革命軍(FARC)との停戦期限について、12月末まで再延長すると発表した。
 
コロンビア和平の努力が評価され、ノーベル平和賞受賞が決まったサントス氏は、停戦期限に関して「最終的なものではない」と再延長の可能性を示唆。一方で早期に合意反対派との協議を終え、年内の和平実現に期待を示した。
 
和平合意をめぐっては、2日の国民投票で反対派が勝利。サントス氏は合意内容の修正に向け、反対派との協議を急いでいる。反対派は、重罪を犯したFARC戦闘員への処罰強化などを要求しているが、FARCがこれを受け入れるかは不透明で、協議の難航が予想されている。【10月14日 時事】
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どんなに理想的な正義も代償を伴う。今回の和平の代償は譲歩だ
合意への期待、批判は上記のとおりですが、あまり論じられていないのは、なぜサントス政権側がこのような“譲りすぎ”“弱腰”とも批判されるような内容で合意したのかという点です。

そのあたりの背景については、軍事面の現実、経済的な要因、国際的な環境などについて、以下のようにも指摘されています。

****勝者が譲歩する和平合意****
理想と正義だけでは平和をつかみ取れない 政府が左翼ゲリラFARCに大幅譲歩した本当の理由

・・・・多くの国民がFARCに厳罰を望んでいることは確かだし、彼らはもっと根本的な疑問を抱いている・・・軍事的な勝利がほぼ確実だったのなら、戦闘でけりをつけてFARCを壊滅させればよかったのではないのか。
 
それに対する答えはこうだ。軍事面の現実と、経済的な要因と、国際的な圧力が、政府から軍事的な完全勝利という選択肢を奪っていた。
 
軍事面では、FARCを完全に壊滅させられる確率は低かった。政府軍がかなり優勢だったことは間違いない。FARCの兵力は90年代の約1万8000人から昨年は8000人まで半減したが、コロンビア軍は21万人から48万人に増えている。
 
問題は、これ以上の勝利はあまり望めなかったことだ。今も8000人のFARC戦闘員が活動している以上、戦闘を続ければ、政府に十分な損害を与える脅威となる。
 
地理的な障害もある。コロンビアは国土の大半が人口もまばらな熱帯雨林で、ゲリラが隠れる場所はいくらでもある。ジャングルの奥深くに分け入り、最後の1人まで一掃するというのは非現実的だろう。

OECD加盟申請の意味
戦争の継続は、経済にも大きな影を落とす。このところコロンビア経済は順調で、国の戦争遂行を後押ししてきた。しかし一方で、麻薬取引がFARCを後押ししている。
 
コロンビアの経済発展は、常に大きな矛盾をはらんできた。
内戦が最も悪化した時期も経済は成長を続けた。このことは、戦争が経済を破壊するという一般論と相反する。
 
コロンビアの経済成長は中国ほど華々しくはないが、南米の隣国ほど不安定ではない。2000年代から始まった成長のおかげで、貧困の解消が大きく進んでいる。世界銀行によると、貧困ライン以下の人目は02年の49.7%から、15年は27.8%に減少した。
 
数十年間の好景気で中流階級が増えて貧困が減り、左派急進主義の支持率は大幅に落ち込んでいる。この変化が政府の追い風になってきた。昨年にはほとんどの世論調査で、FARCが国内で最も嫌われている政治勢力となった(彼らが残虐行為を繰り返していることも悪評の一因だ)。
 
ただし、FARCには麻薬取引という独自の経済資産がある。麻薬取引によって暴力行為の資金を稼ぐ彼らを、アメリカとコロンビア政府は「麻薬テロリスト」と呼んでいる。
 
この現実を、コロンビア政府もある段階で受け入れたはずだ。麻薬取引は無限に続く。つまり政府から譲歩を提示しなければ、戦争は永遠に続くだろう。

和平合意にこぎ着けたのは、アメリカと違って、麻薬経済の撲滅は不可能だと暗に認めたからでもある。
 
コロンビアの経済と平和の関係には別の一面もある。経済成長は社会を変えただけでなく、戦争にまつわる資源とコストの計算式を変えたということだ。
 
生活水準が上昇したコロンビアは、13年にOECD(経済協力開発機構)に加盟申請をした。OECDは世界で最も繁栄している民主主義国が集まる特権グループで、中南米の加盟国はチリとメキシコだけだ。
 
OECDは国の統治の質を重視しており、加盟審査ではインフラ整備や環境対策、資本取引の自由化、汚職の規制など、さまざまな取り組みが要求される。

FARCとの戦争が長引けば、それらの取り組みに投じる時間も資源も減る。だから政府は取引をしたのだ。 

政府の選択は今回、国民に否定された。処罰と復讐を求める国民の辛辣な正義感が上回った、とも言えるだろう。ただし、和平合意の反対派が忘れてはならないことがある。FARCに対する完全勝利は永遠に不可能なのだ。
 
どんなに理想的な正義も代償を伴う。今回の和平の代償は譲歩だ。そして復讐の代償は、さらなる戦争になるかもしれない。【10月18日号 Newsweek日本版】
****************

上記の分析がコロンビアの現状についてどれだけ正しいものなのかは、知りません。

ただ、一般論で言えば、上記のように“どんなに理想的な正義も代償を伴う。今回の和平の代償は譲歩だ”という冷静さは極めて重要だと考えます。

自分たちの“正義”を声高に主張し、相手を屈服させるまで納得しないというのでは、どんな交渉も成立しませんし、戦争においてすら“泥沼”に陥る愚を犯します。

相手には、相手の立場も、相手なりの“正義”“主張”もあります。
100%を求めるのではなく、どのような譲歩すれば総合的にみて一番有利な結果で収まるのかを判断する冷静さと、それを理解できる国民の良識が求められます。

対立を煽るだけの政治家やメディアは無責任で有害なだけです。
国民の不満・憎しみといったネガティブな感情に流されるだけなら、民主主義は衆愚政治と化します。
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タイ  次期国王は“奇行の人”ワチラロンコン皇太子 今後の国民との関係は?

2016-10-14 23:22:58 | 東南アジア

(左からタイの故プミポン国王、シリキット王妃、ワチラロンコン皇太子=2007年12月、バンコク、王室事務局提供 【10月13日 時事】)

国民から敬愛されたプミポン国王
かねてより体調がおもわしくなく入退院を繰り返していたタイのプミポン国王が亡くなり、多くのタイ国民が涙しながらその死を悲しんでいる様子がTVで報じられています。

****タイ国王の遺体王宮に 沿道には追悼の市民数万人****
13日、バンコクの病院で亡くなったプミポン国王の遺体を乗せた車の列は、現地時間の午後5時ごろ(日本時間の午後7時ごろ)、ワチラロンコン皇太子に伴われて病院からバンコク中心部にある王宮に到着しました。王宮に向かう道路や、王宮の付近には、炎天下のなか黒い服に身を包んだ数万人の市民が詰めかけ、手を合わせて車の列を見送りました。

王宮の前に来ていた49歳の公務員の男性は、「悲しくてたまりません。プミポン国王は仕事をする上でもいつもお手本でした」と泣きながら話していました。(後略)【10月14日 NHK】
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日本では天皇陛下の生前退位が議論されていますが、多くの国民が陛下のそうしたお考えに理解を示している一方で、天皇は公務をするしないにかかわらず、その存在自体が重要・特別であるという立場から、公務を十分に行えなくなったから生前退位するという考え方に否定的な声もあるようです。

そうした考えの方々にとっては、ここ数年公務から殆ど離れていたプミポン国王が、国民から圧倒的に慕われている様子は、ある種、王室と国民の理想の関係のように見えるかもしれません。

また、そうした考えの方々にとっては、天皇の存在は日本そのものとも位置付けられるのでしょうが、私個人としては、そうした考え方には距離を感じます。

日本であろうがなかろうが、社会の基本は国民主権に基づく民主主義、法の下の平等にあり、そこに天皇という存在をどのように位置づけるのか・・・若い頃には違和感みたいなものも感じました。昭和天皇の頃には“戦争責任”という問題もありましたので。

ただ、公務に専心される陛下のお姿をTV等で長年拝見していくうちに、そうした違和感も融解していったように感じています。

そうした個人的な思いからしても、国民と皇室をつなぐ絆としての公務は重要なものに思われます。
特に、価値観が多様化した現代において、国民と皇室をつなぐ絆を維持していくためには、教育等で徹底的に刷り込むか、今のように公務に専心される形で国民のこころに触れるか・・・の、どちらかではないでしょうが。

前者は、戦前のいびつな天皇制度、そこから生まれたもろもろの弊害にもつながるもので、同意しかねます。
そうなると、やはり公務をとおして国民と交わっていくというのが、今後とも重要であろうと考えています。

王室と国民の関係は国によって様々ですが、タイの場合は映画館で上映前に国王賛歌が流れ、全員が起立するというお国柄で、更に、街中でも毎朝8時と夕方6時に賛歌が流れ、何をしていても立ち止まって国王に敬意を表すという、日本とは全く異なる社会環境にあります。(もっとも、タイは5~6回旅行していますが、この毎朝8時と夕方6時の国王賛歌というのは、一度も気づきませんでした???)

街中では、あちことに国王を描いた大きな看板が見られます。
また、不敬罪が厳格に(特に、現在の軍事政権にあっては体制維持の政治手段としてこれまでになく厳しく)適用されており、国王に関する話題を口にすることや、ネットなどで表明することは厳しく制約されています。

プミポン国王に対する国民の敬愛は、ひとつにはそうした社会で醸し出されたものではありますが、それだけではなく、国王自身の資質や、精力的に地方視察を繰り返し「開かれた王室」を実践したきたこと、また、政治的危機を乗り切る調停役をはたしてきたことなど、長年国民とともに生きてこられた年月が培ってきたものでもあるでしょう。

従って、次の国王と国民の間で、プミポン国王と同様の深い敬愛が生まれるかどうかは・・・・やや疑問でもあります。

皇太子に即位を要請
次の国王には、国会にあたる国民立法議会は、憲法規定に沿ってワチラロンコン皇太子(64)に即位を要請することを決めていますが、皇太子は「今は国民と悲しみをともにしたい」と即位の法的手続きを「適切な時期」まで待つよう、プラユット暫定首相に伝えたと報じられています。

****<タイ国王死去>王位継承、固唾をのんで見守る****
タイは14日、プミポン国王(88)の死去を受け1年間の服喪期間に入った。長男のワチラロンコン皇太子(64)に王位が継承される方針が速やかに示され、国内に混乱は起きていない。

だが、皇太子が国王としてどのような治世を行うかは不透明で、人々は王位継承をめぐる動きを固唾(かたず)をのんで見守っている。
 
プラユット暫定首相は13日夜、テレビ演説で皇太子が即位すると明らかにした。2014年のクーデター後に制定された暫定憲法によると、内閣の通知を受けた暫定議会議長が議会を招集し、皇太子に即位を要請。その後、国民に公示する手順になっている。
 
現軍政は、皇太子への王位継承をにらんだとみられる動きを進めてきた。皇太子は昨年、国王とシリキット王妃(84)の誕生日を祝う2度のサイクリングのイベントを実施することで、国民に対し存在感をアピール、プラユット氏らも参加して協力した。
 
ただ、プラユット氏は皇太子に拝謁後、記者団に皇太子が「国民と共に哀悼する時間を持ちたい」と、即位を遅らせるよう求めたと述べた。チュラロンコン大のチャイワット・カムチュー教授は「悲しみに暮れる国民の感情に反することになるので、王位継承を急がず、時間を置くのはよい判断だ」と話す。
 
しかし、王位継承をめぐっては国民に人気の高い次女のシリントン王女(61)を推す声もあったとされる。軍、政府内部は一枚岩とは言えず、別の政治学者は「『シリントン派』を警戒する皇太子周辺にとって王位継承まで空白期間が生じるのは得策ではないはずで、意図が読めない」と言う。

憲法では、即位要請などがなされていない間は枢密院議長が暫定摂政を務めることになっているが、今のところこうした手続きは進んでいないようだ。
 
ワチラロンコン皇太子は1952年にバンコクで生まれた。英国の高校、豪州の陸軍大学を卒業し、75年に陸軍情報局の軍人として公職に就いた。90年11月に天皇陛下の即位の礼が行われた際に来日したこともある。

ただ、海外に滞在することが多く、王室関係の行事ではシリントン王女の方が存在感を示してきた。皇太子は3度離婚し、女性スキャンダルが伝えられたこともある。
 
タイ政治に詳しい浅見靖仁・法政大教授は「王位継承をめぐり水面下で何が行われているのかが見えづらく、皇太子が国王としてどう振る舞うかも未知数だ。王室をよりどころにした『国体』が揺らげば、現軍政が不安定化したり、経済に悪影響が及んだりする恐れもある」と指摘する。【10月14日 毎日】
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奇行の人
ワチラロンコン皇太子がとかく噂のある方で、公務に励まれる国民的人気が高いシリントン王女を推す声もあること(王位継承にあっては、人格的要件なども定められ、必ずしも順位1位の者が王位を継ぐとはかぎらない仕組みのようです)、また、ワチラロンコン皇太子が軍事政権が目の敵にするタクシン派と関係が深いと見られていたこと、そうは言っても現実問題としては順位1位のワチラロンコン皇太子を差し置いてシリントン王女を・・・というのも難しく、軍事政権と皇太子の間で何らかの合意がなされたのか、皇太子の王位継承に向けて着々と準備が進み始めていることなどは、2015年12月11日ブログ“タイ 王室権威に依った秩序維持に努める軍事政権 高齢国王のもとで現実問題となる王位継承”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20151211でも取り上げました。

ワチラロンコン皇太子に関しては、タイ国内でいろいろ言うと不敬罪で逮捕されますが、以下のようにも紹介されています。

****ペット犬の名は「空軍大将」、タイ次期国王の奇行の数々****
<タイのプミポン国王の死去に伴い、ワチラロンコン皇太子の国王即位の手続きが進んでいるが、多くのタイ国民は祝福する気になれない。皇太子の常軌を逸した行動の数々に、不安を感じている>

2001年、タイのワチラロンコン皇太子の皇太子妃(当時)スリラスミは、王族のメンバーを集めて30歳の誕生日を祝うヌードパーティーを開催した。スリラスミの隣に鎮座するのは、誕生ケーキと「空軍大将フーフー」という名の白いミニチュアプードル。なぜタイ空軍から大将の称号を得たかは謎だ。

この奇妙でハレンチなヌードパーティーは、2007年にビデオ動画が流出して暴露された。皇太子の将来の王位継承を阻もうとする抵抗勢力が動画をリークした。

ウィキリークスが公開した外交公電によると、駐タイのアメリカ大使ラルフ・ボイスは、パーティーのビデオが流出した数カ月後、大使公邸で開催したパーティーに皇太子夫妻を招待したが、その時も2人はフーフーを連れてきた。

「フーフーは、イブニング用のフォーマルウェアを着て、4本の足にソックスを履いてパーティーに参加した」と、ボイスは書いている。「バンドが2曲目を演奏している間、フーフーはテーブルの上座に飛び乗り、ゲストに出したグラスの水をペロペロとなめ始めた。私のグラスもなめた」

4人目の妻はタイ航空の元CA
フーフーは昨年2月に17歳で亡くなり、伝統的な仏教式の葬儀の後に火葬された。しかしこの時には、スリラスミは王室から消えていた。

皇太子は14年にスリラスミと離婚し、王室は彼女の所持品を持ち出し禁止にした。スリラスミの親族には汚職の容疑がかかっていた。そして皇太子は、既にタイ航空の客室乗務員を4人目の皇太子妃に迎えるつもりでいた。

いまとなってはフーフーの流出動画も3度の離婚も、皇太子の数々のスキャンダルの一握りでしかない。今週のプミポン国王の死去に伴い、皇太子の国王即位の手続きが進んでいるが、多くのタイ国民は祝福できずにいる。

18歳の即位から88歳で亡くなるまで国王の座にあったプミポンは、国民からの尊敬されていた。タイの映画館では、国王への敬礼と国歌斉唱がなければ映画は始まらない。

プミポンは1946年に兄王が銃殺されたことを受けて即位。以降は静かな芸術家肌の人柄と、社会改革を志向してタイ都市部の発展と中間層の形成を促した功績で知られている。また必要以上に政治に介入しない方針も貫いた。

タイ国民の多くは、皇太子の妹のシリントーン王女の即位を望んでいる。遊び人の皇太子と違って王女は未婚を通し、プミポン国王の様々な事業を支援しながら、王女もまた政治とは距離を置いた。

国民が恐れているのは、皇太子がプミポン国王の遺産、特に政治に介入しなかった方針を継承する気がなさそうなことだ。タイでは14年の軍事クーデター以降、軍政が続いている。皇太子が常軌を逸した行動で、軍政ともめ事を起こすのではないかと懸念されている。

例えば2001年、皇太子は当時のタクシン首相から豪華なスポーツカーを贈られた。今年7月には、ドイツ・ミュンヘンの空港に、ヘソ出しシャツにタイトジーンズを穿いて、上半身にはタトゥー風のペインティングを施して飛行機から降り立った。カメラマンがシャッターを切る間、人々に挨拶していたが、その余りに異様な姿で周囲を唖然とさせた。

それが今や次期国王だ。皇太子は、喪に服すためにしばらく即位を延期するよう求めている。皇太子の国王即位に反対する人々にとっては、国王が不在の今の方がまだましなのかもしれない。【10月14日 Newsweek】
********************

なお、7月ミュンヘンの“ヘソ出しタトゥー”写真は、ドイツ大衆紙ビルトに掲載された、元ロイター通信記者でタイ王室に批判的な著作で知られる英国人アンドルー・マクレガー・マーシャル氏によるものですが、タイ警察は、写真が「改ざんされていた」と主張、首都バンコクの実家にいたタイ人妻を連行しました。その後、妻は無関係と判断し数時間後に釈放されています。【7月22日 時事より】

強烈な写真ですが、どこがどう「改ざん」されたのかは知りません。

何度も言うように、タイ国内ではこうした王室に関する話を公言すると不敬罪で逮捕されます。
したがって、軍事政権が「次はワチラロンコン皇太子が」と決めたなら、そうなるのでしょう。
ただ、プミポン国王時代のような王室と国民の関係が維持されるのかどうかは、不透明です。

なお、これもタイ国内では公言できない話ですが、プミポン国王が即位することになった、1946年の兄・ラーマ8世の死については、“深い謎”があるとされています。関心のある方はウィキペディアなどでご覧ください。

32年前に初めてタイを観光した際に、現地ガイド男性が「あまり大きな声では言えないけれど・・・」と話してくれたことが印象に残っています。
過去を振り返ると、タイ王室の継承は必ずしも順調ではなかったようです。
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北朝鮮エリート層の脱北 韓国で不評な朴大統領の“脱北推奨”発言 “狂気の国”の合理性

2016-10-13 21:55:44 | 東アジア

(朝鮮中央通信(KCNA)提供(2016年 ロイターKCNA/File Photo via REUTERS.)【10月4日 ロイター】)

北朝鮮エリート層の脱北 不安定要因が拡大?】
7月には北朝鮮の駐英公使が韓国に亡命、今月5日には北京駐在の北朝鮮保健省出身幹部が韓国への亡命を求めていると報じられるなど、既得権益を有し厚遇されているはずの北朝鮮エリート層の脱北が続いており、「金正恩体制の不安定要因が拡大しているのではないかという観測も出ている」(聯合ニュース)とも。

12日には、住民を監視し、反体制分子を摘発する国家安全保衛幹部の韓国亡命(亡命時期は昨年)も明らかにされています。

****秘密警察幹部が韓国亡命 「金正恩氏への市民感情が悪化」と証言****
聯合ニュースは12日、消息筋の話として、北朝鮮の秘密警察、国家安全保衛部の局長級の幹部が昨年、韓国に亡命したと伝えた。
 
幹部は平壌で民心動向の把握を担当していたが、韓国当局の聴取に、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長に対する平壌市民らの感情が悪化している、と証言したという。金委員長への忠誠心が強いとされる人々が暮らす平壌でも、民心が離れていることをうかがわせる。(後略)【10月12日 産経】
******************

今日・13日にも、通訳として中朝高官の間で交わされた秘密情報を持っている可能性もある在中国北朝鮮大使館の女性職員が脱北したことが報じられており、エリート層亡命・脱北報道が続いています。

【「空腹や経済難」を理由とする脱北者は、ここ十数年で7割弱から1割以下に減少
韓国に入国する脱北者は全体としても増加傾向で、来月には韓国在住の脱北者が3万人を突破すると韓国当局は発表しています。

****<韓国>脱北者、国内在住は3万人突破へ****
韓国統一省報道官は12日、来月には韓国在住の脱北者が3万人を突破することを明らかにした上で「脱北者政策をより社会に統合していく方向に転換する」と述べ、脱北者の増加に合わせた新政策を打ち出す方針を示した。
 
韓国に今年入国した脱北者は昨年より2割増のペースで、朴槿恵(パク・クネ)大統領が「定着支援制度を再点検する」よう指示。

韓国メディアによると、今年9月までに韓国に入国した脱北者は1036人、国内に居住する脱北者は累計で2万9830人に。昨年よりもペースが速いことから、統一省は来月中にも3万人を突破すると見ている。
 
また今年はエリート層の脱北のニュースが相次ぎ、集団での脱北も目立った。

文化日報が報じた統一省調査によると、脱北の動機も変化しており、2001年以前は7割弱が「空腹や経済難」と答えていたが、14〜16年では同じ回答が1割強へと減少。01年以前は1割に満たなかった「自由への憧れ」は3割強に増加した。新政策はこうした状況を反映するとみられる。【10月12日 毎日】
****************

「空腹や経済難」を理由とする脱北者が、ここ十数年で7割弱から1割以下に減少したというのは、非常に興味深いところです。

北朝鮮と言えば、狂気とも思えるような指導者のもとで住民無視の圧政が続いており、巨額の費用を要する核・ミサイル開発の一方で住民は飢えに苦しんでいる・・・・というイメージがありますが、北朝鮮の国内事情も相当に変わってきているのでしょうか?何分情報が少ない国なので、よくわかりません。

北朝鮮体制の崩壊に躊躇する韓国世論
核開発を進める北朝鮮との対決姿勢を強める韓国・朴槿恵(パク・クネ)大統領は、今月1日の「国軍の日」記念式典での演説で、「いつでも韓国の自由の地に来ることを望んでいる」と、脱北を促す異例の呼び掛けを行っていますが、北朝鮮が猛反発したの当然として、韓国国内でも評判がよくないようです。

****朴大統領、“脱北推奨”発言で韓国メディアから批判続々 自ら呼んだ内憂外患****
韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領が北朝鮮の住民に対し、脱北を呼びかけた発言が波紋を広げている。

ミサイル発射と核実験を繰り返す北を揺さぶるとともに、国内の求心力を高める一石二鳥をねらったが、韓国メディアが疑念の声を上げるなど予想外の展開に。空回りする朴氏の行動に政権のレームダック化をかえって印象づける結果になっている。(中略)

北の反発は当然として、韓国メディアからも朴氏の発言に疑問の声が相次いでいる。
左派系の「ハンギョレ」(電子版)は、「事実上『北朝鮮体制の崩壊論』を念頭に置いたものであり、代案もなく南北関係の安定した管理という責任を放棄しているという批判が出ている」とする記事を掲載した。(中略)

保守系の「東亜日報」(同)も社説で、「大統領の発言が北朝鮮の崩壊が差し迫ったと速断されるのではないか憂慮される点がなくはない」と論評。大量の脱北者が出た場合に備え、「韓国が精神的・物質的に耐えられる準備ができているのかも点検しなければならない」とした。(後略)【10月13日 夕刊フジ】
*******************

南北統一とは言うものの、現実問題として北朝鮮の国家体制が崩壊して、多数の住民が韓国に流入するような事態になったら韓国としても非常に困る・・・・そういう事態は望んでいない韓国側の本音が透けて見える国内反応です。

【「こちらが能力を上げても、すぐに向こうも上げてくる」】
日本の立場からすると、北朝鮮の核・ミサイルの脅威がいよいよ大きくなり、対応に苦慮しています。

****想定上回る北朝鮮のミサイル開発、日本は現状「迎撃困難**** 
北朝鮮の弾道ミサイル開発が、日本の予想を上回るペースで進んでいる。自衛隊は迎撃ミサイルの能力向上を計画しているが、着手するのは今のところ来年度から。自衛隊の防御能力を超える撃ち方をされた場合、現状は「迎撃困難」だと、日本の安全保障政策に携わる複数の関係者は口をそろえる。

<望みは米国の抑止力>
北朝鮮は今年に入り、計21発の弾道ミサイルを発射。関係者の話を総合すると、日本政府は特に6月22日の「ムスダン」、9月5日の「ノドン」とみられるミサイルの発射手法に懸念を強めている。

中距離弾ムスダンは米領グアムを射程に収めるが、北朝鮮はこのとき意図的に角度をつけて高く撃つ「ロフテッド軌道」で発射。1000キロを超す高さまで上昇した後、鋭角な放物線を描いて日本海に落下した。「高度1000キロはまさに宇宙空間。現状では撃ち落とすのは難しい」と、日本の政府関係者は言う。

日本は自国領域に落下が予想される弾道ミサイルに対し、上層と下層で迎撃する二段構えの対応を整備してきた。まず、イージス艦から「SM3」ミサイルを発射し、大気圏外で迎撃。撃ちもらした場合、地上に展開した「PAC3」ミサイルで対処する。

しかし、現行のSM3は1000キロの高さまで上昇するのは不可能だという。今回のような手法でムスダンを発射された場合、弾道ミサイルの飛行速度が最も落ちる放物線の頂点で迎撃することはできない。「あとは地上に落ちてくるところをPAC3で撃ち落とすしかない」と、自衛隊幹部は話す。

だが、今のPAC3の性能では、秒速3─7キロで大気圏に再突入してくる中距離弾道ミサイルの速度には対応できない恐れがあるという。

日本政府は以前から、北朝鮮が2010年代のどこかの時点で、ロフテッド軌道でミサイルを撃てるようになると予想。米国と高度1000キロ以上に到達するSM3改良型の共同開発に取り組み、17年度から量産に入る計画を立てていた。「北朝鮮のミサイル開発は予想していたよりも少しペースが速い」と、別の自衛隊幹部は言う。

防衛省は来年度からSM3改良型を調達、PAC3の改修にも乗り出す。いずれも高度、距離、速度の向上を見込んでいる。しかし、「現時点では米国の抑止力に期待するしかないかもしれない」と、自民党国防部会のメンバーは語る。北朝鮮にミサイル発射をとどまらせるよう、米国の打撃力に依存するしか手はないとの考えだ。

<点検中のイージス艦>
迎撃態勢への懸念は数的な面でも指摘されている。9月5日のノドンとみられる弾道ミサイルは、同時に発射された3発が日本海上のほぼ同地点に落下した。日本側の対処能力を超える大量の弾道ミサイルを発射する「飽和攻撃」を思わせる撃ち方だった。「3発なら撃ち落とせるが、それ以上連発されると不可能」と、別の自民党関係者は指摘する。(中略)

防衛省はSM3とPAC3の能力向上に加え、新たな迎撃ミサイルシステムの導入も検討している。PAC3より射程の長い「THAAD(サード)」を取得すれば、上層、中層、下層の三段構えの防衛体制を構築できる。陸上からSM3を発射する地上配備型イージスを選択すれば、大気圏外での迎撃を強化できる。しかし、直ちに決定しても配備されるのは数年後だ。

稲田朋美防衛相は日本の迎撃能力について記者から問われ、「ミサイル防衛の重要性は増してきている。北朝鮮の(開発)スピードなども見ながら、不断に検証していく必要がある」と説明。現在の能力で対応可能かどうかは明言を避けた。【10月4日 ロイター】
*****************

ただ、「こちらが能力を上げても、すぐに向こうも上げてくる」(自衛隊幹部)という状況では、軍備強化競争に歯止めがかからず、行き着く先は核武装論であり、日本社会の変質でしょう。

めちゃくちゃな思いつきでなく、合理的な判断で国家運営
やはり、何らかの形で北朝鮮を交渉・協議の場に引っ張り込み(そのためには制裁などのムチだけでなく、北朝鮮にとって動機付けとなるアメも必要でしょう)、事態を安定化させる必要があります。

核開発でも、拉致問題でも、これまでもそうした協議に持ち込もうとして餌だけ食い逃げされた・・・との批判もあろうかと思いますが、餌を食い逃げされるのは、釣る人間のウデが悪いからだと言ったら言い過ぎでしょうか。

そうした交渉云々というとき、北朝鮮は“狂気の国”であり、まともな話し合いなどできない・・・という批判もあります。

確かに“狂気の国”のようにも見えますが、面白おかしく報じられる“狂気”だけでは国家の統治はできません。そこには北朝鮮の立場からした“合理性”も存在することに留意する必要があるでしょう。

****気づかぬは安倍総理のみ。元公安が明かす金正恩「正気」の素顔***
どんなに国際的な非難を受けようとも、核・ミサイル開発を続ける北朝鮮。政治圧力や経済制裁も効果がなく、彼らにこの「愚行」を諦めさせることはもはや不可能にすら感じられます。

ところがメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』では、「それは実に簡単なこと」とし、日本の公安などがすでに掴んでいる金正恩の「正気の素顔」を紹介するとともに、北朝鮮に核・ミサイル開発を止めさせる具体的方法について論じています。

北朝鮮に核開発を止めさせるには「平和協定」が早道─「断固たる対応」を叫んでも何も進まない!
安倍晋三首相は9月26日の所信表明で、北朝鮮の核実験強行やミサイル発射の繰り返しについて「断じて容認できない」「断固として対応していく」と述べた。(中略)しかし、聞こえてくるのは「断固」とか「決意」とかの空しい言葉ばかりで、その断固たる対応の中身については何ら意味のある提案はなかった。(中略)

北にとって痛くも痒くもない圧力や制裁、300発は保有するというノドンを乱射されたらそのうちの何発かは撃ち落とせるかもしれないという程度のミサイル防衛強化などをいつまでも続けるよりも、交渉による問題の抜本的解決に向けて勇気をもって踏み出す時ではないか。

金正恩は狂気の独裁者か?
日米韓が北に対して手詰まりに陥る1つの原因は、その3国の好戦派に根強く巣くう「金正恩は狂気の独裁者であって、交渉の相手となり得ない」「圧力をかけ続ければいずれ体制崩壊する」という何の根拠もない思い込みにある。

日本政府内で30年以上も朝鮮半島情勢の分析に当たってきた元公安調査庁調査第2部長=坂井隆は、朝日新聞今年4月26日付が1ページを費やして掲載したインタビューで、こう語る。

正恩氏は、めちゃくちゃな思いつきでなく、合理的な判断で国家運営をしています。
国内的には科学教育の充実や植林の督励などもやっており、内政を無視した冒険主義と見るのは誤りです。
ただ明らかに権力継承までが短かったので、強引に、速いテンポでやらざるをえない。

(軍事挑発に韓国は怒っているという問いに)でも、これまで哨戒艦が沈没させられても、大砲を撃ち込まれても戦争にならなかった。南北は歴史的に、軍事境界線付近では多少のいざこざがあっても戦争までは決してしないという一種の認識を共有しています。
「何をするかわからない」と怖がるのでしょうが、北朝鮮は一定の合理性を備えています。

北朝鮮は、自由民主主義という視点からは最悪の社会かもしれないが、識字率や公衆衛生、インフラ建設などは他の貧困国よりは優れています。北朝鮮を多角的、冷静に見極めることが重要です……。(中略)

でも、核開発に狂奔しているではないか?
そうは言っても、金正恩は国際社会の非難を無視してますます核・ミサイル開発に猛進しているではないか。坂井は答える。

日本の報道では北朝鮮だけが行動をエスカレートさせているかのようですが、北朝鮮の視点から見れば、「米国の脅威を受けている」ということが大前提になっています。そのなかで、米韓が大規模軍事演習を始めたり、正恩氏を狙う「斬首作戦」がささやかれたりすることに北朝鮮は対応しているつもりであり、お互い様という面があります。

正恩氏は核とミサイル開発を進めるだけで国防はもういいと考えていると思います。彼らは他国からの攻撃を抑止するために核を持とうとしています。安心を手に入れた上で経済政策に力を注ぐつもりでしょう。そのような考え方を3年前、……党中央委員会総会で核開発と経済建設を同時に進めるという「並進路線」として打ち出しました……。(中略)

「先軍政治」は捨てた?
さらに、坂井が金正恩は「核とミサイルだけで国防はもういい」と考えているだろうと言っているのは、面白い1つのポイントである。「ニューズウィーク」日本語版コラムニストで釜山大学准教授のロバート・ケリーは5月24日号に「『先軍政治』を捨てた金正恩の賭け」を寄稿して、こう述べている。

94年に金日成が死去し、正日が権力の座を継いだ頃、東欧の共産圏が崩壊し、次は北朝鮮の番だとささやかれていた。そこで正日は、国家の崩壊や軍のクーデターを防ぐために共産主義を放棄し、軍最優先の「先軍政治」を国の指針にし、軍を統治に参加させた。

軍部は次第に金食い虫になり、金正日時代には人民軍がGDPの30〜40%を食い尽くしていたとの試算もある。……金一族も軍をコントロールできなくなってきた。

そして5年前、金正恩が権力を継承した当時の北朝鮮は、もっと悲惨で、貧困、国際的な孤立、政治の腐敗、経済の停滞、誤った国家運営、飢餓、外国特に中国への依存。……「先軍政治」の代償はあまりに大きく、持続不能なのは明らかだった。……北朝鮮が破綻国家にならず、中国の属国にもならないためには、軍を経済や政治の領域から追い出す必要があった。だから正恩は国家の資源を軍から取り戻し、国家経済に投入して十分な成長を確保しようとした。

核と経済の両立こそが「並進政策」だ。(その意味は)核・ミサイルを防衛の要に位置付け、大規模な通常戦力の必要性が低めることによって、国家の安全保障を犠牲にすることなく軍から資源を剥ぎ取ることが出来る。高級将校を次々と粛正してきたのも、軍を支配下に置くためだったのだろう。

36年ぶりの党大会の内容は「経済成長のために軍の影響力を弱める」という解釈を裏付けるものだった……。
つまり、100万の陸軍を維持して、いざとなれば38度線を津波のように乗り越えて韓国に殺到するという60年前からの時代遅れの有事シナリオを捨てて、核とミサイルにのみ抑止力を集中するという、これは「合理的な判断」に基づく軍縮──と言うと言い過ぎだが、軍事資源の集中化なのである。

しかし、対話など成り立つのか?
そうは言っても、あの何を考えているか分からない金正恩との対話など成立するはずがないというのが米国でも日本でも常識だが、必ずしもそうではない。米ジョンズ・ホプキンス大学の米朝関係研究所の上級特別研究員=ジョエル・S・ウィットは9月14日付ニューヨーク・タイムズへの寄稿「いかにして北朝鮮を止めるか」で、こう述べている。
米国では、北朝鮮と交渉するなど時間の無駄だと考える人が多いが、平壌が対話に関心を持っていることを示す兆候がある。7月6日に北政府は、米国との非核化交渉を求める声明を発表し、それには特別に、金正恩がこのイニシアティブを支持していることが付言されていた……。(中略)

もちろん、彼らのこうした(7・6などの)声明を額面通りに受け取るほどナイーブな者はいない。しかし政府間で対話する以外に真意を知る方法はない……。

どちらが先に踏み出すのか?
結局、北が核を放棄するのが先か、米国が北を核脅迫するのを止めるのが先かという、四半世紀も続いてきた原理的な対立が今なお障害となって交渉の枠組みは再構築できず、結果的に北の核開発の進展に時間を与える結果となってしまった。(中略)

こういう「どちらが先か」を巡っての曖昧な言葉の鞘当てみたいなことをいつまで続けていても相互不信が増すばかりなので、ボストン大学名誉教授のウォルター・C・クレメンスは9月23日付ジャパン・タイムズで、一種の「凍結」策を提案している。

まず北朝鮮の核・ミサイル開発を条件付きで凍結させる。「3つのノー」、すなわち「これ以上の核弾頭を作らない」「これ以上に核爆弾の性能を上げるための核実験をしない」「核技術・核物質を輸出しない」の3点を北朝鮮が約束し、その代わりに米国は、北の安全保障上の基本的な不安に真剣に向き合う。具体的には、経済制裁を解除し、休戦協定を平和協定に置き換え、米朝間に外交・経済関係を樹立する。

このような取引は、リスクと不安定をもたらすかもしれないが、北東アジアで制約のない軍拡競争が広がるよりはマシである……。

この「3つのノー」は、北の「我が国は核保有国になった」という主張を事実上認めることになるので、米国としては受け入れがたいのかもしれない。しかし、「核開発を止めるのが先だ」とだけ言って交渉をしないでいるうちに北が本当に核弾頭とその運搬手段を持ってしまって、そうなると一方的に核を放棄させるのは今までよりも100倍も難しくなった。

そういう現実を招いたのは、少なくとも半分は米日韓の責任である。その無残な外交的失敗の結末に真摯に向き合って、どうしたら平和協定交渉の入り口に辿り着けるかに知恵を尽くすべき時である。

内外の第一級の北朝鮮専門家はみなそこに焦点を絞って議論を交わしつつある。安倍のように「断固」とか「決意」とか叫んでいても何の役にも立たない。【10月6日 MAG2NEWS】
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南スーダン 内戦の再燃も懸念される危うい情勢 狙われる外国人 それでも住民保護に必要なPKO

2016-10-12 23:13:13 | アフリカ

(PKOでの活動を想定したとされる、モンゴルで行われた多国間共同訓練。【10月11日 HARBOR BUSINESS Online 】)

【「(治安が)落ち着いている」とは言い難い南スーダン情勢
南スーダンの国連平和維持活動(PKO)をめぐり、日本政府は安全保障関連法で可能になった、自衛隊の派遣部隊長の判断で武装勢力に襲われたNGO職員や他国軍の兵士らを武器を持って助けに向かう「駆けつけ警護」と、他国軍と連携して宿営地を守る「共同防護」を陸上自衛隊の派遣部隊に付与するための環境づくりを進めています。

就任後初めて南スーダンを視察した稲田朋美防衛相は8日、同行した代表取材の記者団に「(治安が)落ち着いていることを見ることができ、関係者からもそういう風に聞くことができた。持ち帰って政府全体で議論したい」とも説明しています。

しかし、現地の治安は不安定さを増しており、政府は戦闘に巻き込まれるリスクを最小限に抑えるため、活動範囲をジュバ周辺に限定する方針と報じられています。【10月10日 朝日より】
 
稲田防衛相の「落ち着いている」との発言(日本のPKO参加を可能にするためには、そう言うしかありませんが)に反して、現地は厳しい情勢にあります。

南スーダンでは7月、キール大統領の支持派とマシャル氏の支持派がジュバで武力衝突し、数百人が死亡。中国のPKO隊員も2人犠牲になっています。

マシャル氏は周辺国に逃れ、「キール氏の独裁政権に武力で抵抗する」との声明を出しており、内戦の再燃が懸念されています。

****銃構える兵士・破壊の店放置 7月に大規模戦闘 ジュバ****
稲田防衛相が視察する直前の4~6日、ジュバに朝日新聞記者が入った。主要道を四輪駆動車で走ると、数分ごとに、兵士を満載した南スーダン政府軍の軍用トラックとすれ違った。兵士はいつでも発砲できるよう、自動小銃の銃口を外側に向けて構えていた。
 
7月の大規模な戦闘で数百人が死亡した中心部では、政府庁舎の外壁に数千の弾痕があった。戦闘を目撃した保健省職員フィリップ・マジェークさん(35)は「最初は兵士同士の口論だったが、やがて銃撃戦になり、最後にはロケット砲弾が飛び交った」。
 
国連施設から約2キロの場所にあるジェベル市場にも戦闘は飛び火。壊され、略奪された数千の店舗が今も放置されていた。
 
市民からは、PKO部隊を嫌悪する声も出はじめている。7月の戦闘の際、隊員が国連施設に逃げ込もうとした住民を追い返したり、近くで女性がレイプされても見て見ぬふりをしたりした疑いが発覚。ホテル従業員は「戦闘が起きても何もしない。国連は出ていってほしい」と憤った。
 
現地英字紙ジュバ・モニターのアルフレッド・タバン編集長(59)によると、南スーダン北部では今も散発的に戦闘が続いている。「和平合意はほぼ崩壊したと見ていい。今後何が起きるかは誰も予想できない」と話す。
 
南スーダンは2011年に独立したが、石油利権などをめぐってキール大統領とマシャル副大統領が対立。13年にマシャル氏が解任されて内戦状態に陥った。昨年8月の和平合意を受けてマシャル氏は復職したが、7月の戦闘後、再び解任された。
 
周辺国に逃れたマシャル氏は、「キール氏の独裁政権に武力で抵抗する」との声明を出した。【10月10日 朝日】
******************

稲田防衛相が南スーダンを訪れた8日にも、民間人を乗せたトラック4台が待ち伏せ攻撃を受け、市民21人が死亡する事件が起きています。
 
ロイターによると、地元当局者は、マシャル前副大統領を支持するグループによる攻撃だと主張。一方、マシャル氏側の広報担当者は、攻撃対象は軍事施設だけで、「市民を襲ったり殺害したりするつもりはない」と否定しているとのことです。【10月11日 朝日より】
 
民間人保護での失態相次ぐ国連PKO
南スーダンに展開するPKOについて、国連は市民の保護や空港などの警備などにあたり、より積極的な武力行使に踏み切る権限を認める部隊を増派して現地情勢の安定化を図ろうとしていること、しかし、その一方で、現地PKO部隊が住民保護の機能をはたしていないことなどは、8月19日ブログ“南スーダン 存在意義が問われる国連PKO部隊 救助要請でも出動せず”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160819でも取り上げました。

****住民に催涙弾、敵前逃亡、レイプ傍観──国連の失態相次ぐ南スーダン****
・・・7月には、ジェベルのPoC(文民保護区)のすぐ外で南スーダン政府軍の兵士らが数十人の住民をレイプする事件も発生。現場付近くにいたPKO隊員は少なくとも1人の女性が性的暴行に合う現場を目撃していたとされるが、制止しなかった。

また居住用のテレイン居住区では7月11日、地元や外国の援助団体の職員が南スーダン兵の集団に襲撃される事件が発生。国連は救助要請を受けたにも関わらずPKO部隊は出動せず、1人が死亡、数人の職員が集団レイプされた。同キャンプはジェベルの国連基地から1.6キロ圏内にある。

ジュバで起きたような国連の失態は、今に始まったことではない。4万7500人以上が避難生活を送るマラカルの国連基地内で2月に民間人が武装集団に襲撃されたときは、PKO部隊が持ち場を放棄して40人以上が死傷した。

この事件を受けて国連本部調査委員会は、「行動せず、持ち場を放棄し、事態への対応を拒んだ結果」としてPKO部隊を激しく非難。PKO部隊が「国連を頼ってきた民間人を命の危険にさらした」と結論づけた。

マラカルの襲撃後、フランスのエルベ・ラドスース国連PKO担当事務次長は南スーダンにおけるPKO任務の失敗を認めたうえで、現場にいた一部の隊員を本国に送還すると発言。二度と同じ事態を繰り返さないために「訓練の強化」を誓ったばかりだった。

だが7月に起きた一連の事件へのUNMISSの対応を見る限り、マラカルの教訓は未だ生かされていない。詳細な事実関係については議論の余地があるとはいえ、PKO部隊がまたもや民間人を守る任務を怠ったのは事実だ。

7月8日にジュバで戦闘が勃発したとき、2万7000人以上の民間人がジェベルの国連基地内にある2箇所の保護区「第1PoC1」と「第3PoC3」に避難していた。

サルバ・キール大統領派の軍隊と、同大統領の第1副大統領で反体制派の元指導者であるリヤク・マシャール派の軍隊との戦闘が激しくなると、2つの保護区もも集中砲火を浴びるようになった。

戦闘が最も激しかった7月10日と11日の2日間で民間人10数人が死亡、さらに多くが負傷した。PKOに参加する中国人隊員2名も、乗っていた車両が爆破物の攻撃を受けて死亡した。

保護区という名前とは裏腹に、PoCは外で繰り広げられる戦闘から文民を守るようにはできていない。PoCを囲むのは有刺鉄線のフェンスや土のバリケードで、銃弾や砲弾に対しては防御力をほとんど発揮しない。テントは主にビニールシートや固めた泥でできており、8月上旬に筆者がPoCを訪れたとき、人々はテントに無数に開いた銃弾の穴を見せてくれた。(中略)

7月10日の戦闘のさなか、国連キャンプ内の難民たちが恐怖に震えながら目にしたのは、第1PoC内のPKO部隊の隊員たちが、歩哨としての任務を放棄する様子だった。

第3PoC内のエチオピア平和維持部隊は、戦闘が終わるまで持ち場に残ったが、基地居住者たちによると、第1PoC内にいた中国とネパールの部隊は、国連基地の主要区域へと撤退したという。「自分たちを守ってくれると信頼していた人々が真っ先に逃げた」と、ある年配の男性は語った。

UNMISSのエリザベス・チェスター報道官は、PKO部隊に対して持ち場を離れるよう命令が下したことはないとしながらも、一部の部隊が集中砲火を受けて「避難した」可能性があると認めた。

基地居住者によると、PKO隊員が持ち場を放棄した結果、十字砲火のなかで無防備な状態で残された多数の難民が、国連基地の中核施設に保護を求めたという。そこでは国連職員たちが、はるかに頑丈な建物のなかに避難していた。

有刺鉄線を乗り越えて
女性と子どもたちはパニックになりながらも、有刺鉄線バリアをよじ登って乗り越え、中核施設に辿り着いた(多くの住民が、そのときに負った擦り傷や切り傷を見せてくれた)。第1PoCの居住者によると、バリアのひとつに穴が開いたため、何千人もの人々が何とか中核施設のエリアに入れたという。

しかし、そこで彼らを待っていたのは、警棒を振りかざす国連の警官だった。屋内に避難するのを阻止されたと避難民は語る。「青い制服を着て警棒を持った大柄の男たちに止められた」と、若い女性は言う。「結局、一晩中外で過ごした」

翌11日は基地のまわりでまだ戦闘が続いていたため、避難民は国連基地の中核施設の周りに滞在することを許可された。だが、国連職員が頑丈な壁の向こうに避難する一方で、彼らは屋外で無防備な状態に置かれたままだった。そして、7月12日の朝に銃撃が静まると、第1PoCに戻るように言われた。

避難民がためらうと、国連警察は群衆に向かって催涙ガス弾を撃ち込んだと、目撃者は言う。(中略)
赤ん坊が煙のために呼吸困難になり、意識を失ったと言う女性たちもいる。キャンプの医療管理者もスタッフも、その日、催涙ガスを吸い込んだ患者数人の手当てをしたと言う。

ジェベル基地での催涙ガス使用についてチェスターに聞くと、民間人向けに使用したことはないと否定した。彼女によれば、その時に起こったのは「催涙ガスの爆発事故」だという。

今月、UNMIDDは独立の特別調査官に7月の事件についての調査を託した。調査官はテレイン居住区やPoCで起こったことに加え、催涙ガス事件についても事実関係を明らかにすべきだ。法執行機関が暴動鎮圧のために催涙ガスを使う国は多いが、ジュバでの使い方は民間人を保護するという国連の使命を裏切るものだ。

南スーダンやその他の国における過去数年に及ぶ平和維持活動の失敗の数々を見ると、国連には民間人保護という使命を果たす能力があるのかどうか疑わしくなる。徹底した反省と改革が必要だろう。【8月30日 Newsweek】
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なお、中国のPKO部隊が数千人の市民が避難していた国連の保護施設の持ち場を放棄して逃走したと非難されている件については、中国は事実関係を否定しており、「事実と符号せず、悪意ある中傷だ」(楊報道官)とも。

犠牲があったとしても“犬死”ではない南スーダンPKO
このような厳しい状況にある南スーダンですが、私個人としては、日本のPKO参加を積極的に進めるべきだと考えています。(この点で、珍しく安倍首相と意見が一致しています。)

日本の平和主義には全く依存ありませんが、日本というタコツボの中にこもって、その中の平和維持だけを考えるのではなく、世界各地に国際社会の支援を必要としている地域があれば(現実には山ほどあり、その多くはとても手が出せない状況にありますが)、可能な限り、その支援に努めるべきだと考えています。

その過程で「殺し、殺される」ような局面があったとしても、やむを得ないと考えています。そのことによって現地住民が保護されるのであれば。(PKO協力法及び憲法上の疑義はありますが・・・・)

尖閣諸島での有事のような場合ならともかく、日本国内の関心が非常に低い南スーダンに自衛隊を派遣して、犠牲者が出れば“犬死”だ・・・との批判もあります。あくまでも私個人の考えですが、命の保証のない任務として尖閣か南スーダンのどちらかを選べと言われれば、迷いなく南スーダンを選びます。岩だけの無人島の取り合いよりは、住民保護を選びます。

扇動される排外主義 狙われる外国人
そうしたPKO参加を支持する立場からすると、“不都合な真実”ではありますが、現在の南スーダンは単に政府軍と反政府勢力の間で銃弾が飛び交うだけでなく、国連職員や外交官、援助職員ら外国人が標的として襲撃される状況にあります。

****南スーダンで狙われる国連や援助職員****
7月7日、南スーダンのユネスコ(国連教育科学文化機関)職員トップだったサラフ・ハレドは、首都ジュバの繁華街で開かれた自分の送別会に参加していた。すると突如、街の反対側から爆発音と銃声が響いた。政府軍と反政府勢力との間で散発的に行われていた戦闘が首都全体に広がるのではないかと考え、ハレドらは出口へと急いだ。

エジプト人のハレドは、国連のマークが入った白のトヨタ・ランドクルーザーに乗り込むと、滞在先のエジプト大使館へ急いだ。時刻は午後8時15分を過ぎたところ。(中略)

大使館の入り口まで約25メートルの地点まで来たとき、通りの向かいのパノラマ・ホテルに設けられた軍検問所から、私服をの男が突進してきた。車の助手席側から銃弾が浴びせられ、ドアや窓を貫通する。銃弾4発の欠片がハレドの左脚や腕、手に突き刺さった。

敵も味方もわからない
アクセルを踏み込み、なんとか大使館の入り口ゲートをくぐり抜けた。車内には割れたガラスが散乱していたが、これでひとまず安全だ。

しかしその後2時間、検問所の南スーダン治安部隊はハレドの救護に駆け付けた国連の救急車に銃を向けて追い返したり、PKO部隊がジュバ中心部にある国連施設内の診療所にハレドを運ぼうとするのを妨害した。南スーダンの大統領警護隊が介入し、治安部隊を説得してハレドを診療所に運ばせてくれたのは、夜も10時を過ぎてからだ。

ハレドが生き延びたのは「奇跡だった」と、ある国連職員は言う。

この事件は地元メディアで報じられたが、駐米南スーダン大使は知らないと回答。ユネスコは事件の容疑者についての推測を差し控え、調査中だと米フォーリン・ポリシー誌に語った。だが、ある米国務省当局者と国連当局者は、南スーダン政府軍がハレドを銃撃したのは間違いないと述べている。

7月7日のハレド襲撃は、南スーダン政府軍による一連の外国人襲撃事件の端緒を開いた。1時間後には、南スーダン大統領サルバ・キールの警護隊が、外での食事から戻るところだった米外交官7人と南スーダン人の運転手に向けて発砲。ハレド救護のために検問所の治安部隊と交渉したのと同じ大統領警備隊が、である。

さらに4日後、80〜100人の南スーダン政府軍がジェバのテレイン・ホテルを急襲し、同国のジャーナリスト1人を処刑、5人の援助団体職員を集団レイプした事件があった。アメリカ人が選び出されたという。

国連安保理の専門家委員会が先月まとめた報告書は、「(テレインでの)襲撃を境に、南スーダン兵士による国際援助団体職員攻撃の残忍さが増した」と結論付けている。「犯人らはよく組織されており、偶発的な暴力・強盗とは考えられない」

国連にとって厳しい現実を象徴する事件だ。2011年7月にスーダンから分離独立した、世界で最も若い国家である南スーダンが内戦に陥ったのは3年前。以来、国連と南スーダンの関係は日増しに緊迫したものとなってきている。国際援助団体の職員や外交官らが今、まさに南スーダン政府軍の主要な攻撃対象となっているのだ。

政府軍と反政府勢力との戦闘が再燃し、事態が緊迫化した今夏以降、アメリカなど各国が和平を実現しようとしてきた。しかし紛争当事者である南スーダン政府が外国勢力に敵意を向け、最近ではPKO部隊や外交官を攻撃対象としたことで、戦闘終結は一層困難になっている。

PKO部隊を4000人増派しようというアメリカの計画に基づき、サマンサ・パワー米国連大使らが9月にジュバを訪問、増派受け入れをキールに認めさせた。

大統領より強い部族長老会議
ところがこの約束は、キールの出身部族であるディンカ族で構成する「ジエング長老評議会」の圧力で、あっという間に反故にされた。同評議会は長年、外国勢力によるいかなる介入にも反対してきた。7月18日にはキールの腹心であるアンブローズ・リーニ・ティークが、PKO部隊の配備は事実上の「宣戦布告であり国家侵略」に等しいと警告した。

さらに翌19〜20日には、ケニア、ウガンダ、エチオピアから新たに部隊を派遣するという国連の計画に反対するため、長老評議会が抗議集会を組織。ジュバから北方200キロに位置する都市ボルでは、国連南スーダン派遣団(UNMISS)施設付近で、4名の国連職員が抗議に参加した数人の若者から刃物で襲撃された。

安保理の専門家パネルは、キール陣営が故意に市民の間に排外感情をかき立てた結果、一連の武力衝突に発展したと指摘した。

「危険の及ぶ範囲が国連や国際機関で人道支援を行う職員まで広がり、被害件数も増加。暴力の度合いも増している。サルバ・キールを含む南スーダン政府の高官は、国連や国際社会に対して民衆の敵愾心を煽るレトリックを強めている」

ここ数カ月、国連職員は政府軍の検問所で殴られ、拳銃で撃つと脅されるなど、日常的に虐待行為に遭っている。戦闘が再燃した7月には、政府軍の兵士が国連世界食糧計画(WFP)の物流拠点で22万人の1カ月分に相当する食料を略奪し、被害額は3000万ドルに上った。

8月2日には出産間近の妊婦を搬送していた国連の救急車が、15カ所の政府軍の検問所で次々に足止めされ、医療施設への到着が当初予定より2時間も遅れた。国連の機密報告書によると、「赤ん坊は生まれた時すでに死亡していた」。AP通信が最初に伝えた。

その3日後には、自動小銃を持った南スーダン政府軍兵士が国連施設の外で車両を止め、2人の外国人職員に「言いがかりをつけて激しく暴行」、殺すと脅した。8月16日にも南スーダン兵が国連の事務所近くに設置された検問所で、国連車両に乗っていた運転手を電気コードで打ちすえたうえ、解放のために賄賂をよこせと脅迫した。

「7月にジュバで戦闘が起きて以来、国連職員を標的にした襲撃は、残虐さも、暴力が及ぶ範囲もエスカレートしている」と、国連の専門家パネルは報告書で指摘した。(中略)

米政府も国連も、アメリカ人やPKO隊員が襲撃されたことについてはあまり南スーダンを責めたがらない。数万人の国内難民を保護し国づくりを支援するため、PKOを増員させて欲しいと頼む立場だからだ。ある国務省高官は、7月の襲撃は訓練の行き届かない兵士が戦闘に乗じて暴走したもの、と言う。

南スーダンは、外国人に対する襲撃や嫌がらせがあったことを否定している。駐米南スーダン大使のガラン・ディン・アクオンはフォーリン・ポリシーに対しこうコメントした。「我が政府が国連の活動を妨害しているとか、人道援助を邪魔しているというのはウソだ」【10月12日 Newsweek】
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政府軍との衝突も想定される状況で、南スーダンPKOに参加する自衛隊は相当の覚悟と準備が必要です。

PKOについては、国連から支給される資金目当てとも思える途上国からの派遣が増えており、その“質”にも問題がありそうですが、長くなるので、その件はまた別機会に。
そうした問題もあるだけに、参加自衛隊には“日本らしい”働きを期待します。
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