団塊の世代のつぶやき

誇れる日本を取り戻そう

ねずさんの小倉百人一首

2014年02月02日 | 誇れる日本

  何時も目からうろこで楽しませても らっている「ねずさん」が小倉百人一首の解説を始めてくれています。
  古典も苦手だったし、和歌も聞いたことはあっても只の一首も暗唱することも出ない私ですが、正月のかる た名人のニュースでキングやクイーンを何期続けているなんて話題を見ると、凄い人達がああやって日本の伝統 を守ってくれているんだなぁと感心します。
  せめて、小倉百人一首でかるた取りができるくらいの教養は持ちたかったと反省はしますが、今から努力す る気力はありません。

 ねずさんが始めて下さったので、せめ て少しは知識としたいと期待して読み始めましたが、これが、余りにも凄い内容だったので驚きました。
  今まで、こんな素晴らしい解釈はなかったのじゃないでしょうか。何時も、涙なくしては読めない歴史を書 いてくれているねずさんだからこそできる解釈でしょう。

 こんな解釈を読まされたら、これを子 供達に是非読んでもらいたいと思わずにはいられません。日本が誇らしくてたまらない気持になってくれるはずで す。もちろん、私もそうです。

 ここでは1番歌 天智天皇のものだけ を引用させてもらいましたが、それだけでもかなり長いので是非リンク元で読んで下さい。毎回、3,4首ずつくら いアップしてくれるようです。

 これは凄い。解釈にはいろいろと説は ありそうですが、日本人に生まれた喜びを実感させてくれるのは他に無いのじゃないでしょうか。

  ね ずさんの ひとりごとより  1月26日

  百 人一首(1)

・・・略

 1番歌 天智天皇

 秋の田の

 かりほの庵(いお)の

 苫(とま)をあらみ

 わが衣手(ころもで)は

 露(つゆ)にぬれつつ

 

百人一首の第一番を飾る歌は天皇の御製 です。

しかもその御製が、天智天皇の作品で す。

そこにどのような意味があるのでしょう か。

 

天智天皇は、天皇に即位する前はご皇族 の中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)です。

皇子は中臣鎌足(なかとみのかまたり) らとともに、皇極天皇の御前で蘇我入鹿(大金持ちの渡来人だったとも言われています)を斬り(乙巳の変)、翌日 に皇極天皇にご即位いただき、自分はその皇太子として、様々な改革を行う中心人物となられました。

この大改革が「大化の改新」です。

 

つまり天智天皇は、皇子、皇太子時代 に、大化の改新における律令制の基礎を築かれ、その上で、後年天皇に即位されています。

ちなみにここがすごく大事なところです が、天皇は政治を行う者に認証を与える権威というお立場ですから、天皇ご自身は、政治権力の行使ができません。

ですから、やるべきことをやり、打つべ き手を打って、その上で、天皇に即位あそばされているわけです。

 

その天智天皇が、百人一首の1番です。

つまり、わたしたちの国のカタチの基礎 を築かれた偉大な天皇が、百人一首の第1番歌です。

 

その「わが国の基礎を築かれた最高の天 皇」の御製として、藤原定家(ふじわらのさだいえ)が選んだ御製が、

「秋の田のかりほの庵(いお)の苫(と ま)をあらみ、わが衣手(ころもで)は露(つゆ)に濡れつつ」です。

 

この歌の通解を読むと、多くの本が「秋 の田んぼの脇にある仮小屋の屋根を葺いた苫の目が粗いので、私の衣の袖は露に濡れてしまったよ」と書いていま す。

秋の田んぼのわきに、目の荒い、藁(わ ら)でできた茣蓙(ござ)を屋根にした、ほったて小屋があって、”ござ”の目が粗いから雨漏りして、ワシの着て いる服が濡れちまったよ、というわけです。

 

これではまるで、そんなところに案内を した部下の不手際を、天智天皇がとがめて文句を言っているみたいです。

「まさか」とびっくりしてしまうけれ ど、最近の解説書は、たいていどの本を読にも、そういう歌だと書いてあります。

 

おそらく、天皇を支那の皇帝のような威 張り散らした絶対権力者のような存在に仕立てたいのでしょう。

上の通解では、そういう意味になってし まいます。

果たして、天智天皇を、そのようなムシ ロの屋根の下にお連れした係の者は、天皇の着衣を濡らしてしまったことで、首でも刎ねられたのではないかと、心 配にさえなってしまいます。

 

ちょっと待ってよと言いたいのです。

もしこの歌がそんな歌なら、この歌のど こがどう「名歌」なのでしょうか。

いくらなんでもこれでは歌の詠み方が貧 弱すぎるのではないでしょうか。

 

仮にも百人一首は、古今の「名歌」を集 めた歌集です。

しかもその「イの一番」に出てくる、わ が国の基礎を築かれた陛下の御製です。

それが、まるで暴君がプンプンと怒って 横暴な言動をしているかのような歌が、わが国の古今の名歌の筆頭歌になるのでしょうか。

そこで歌をすこし詳しくみてみます。

 

歌い出しは「秋の田」です。

秋は稲の収穫のときです。

そして「かり穂(=刈り穂)」と続くの ですから、田んぼの稲が刈られたあとの時期です。

その刈り取られた田んぼの脇に、庵(い おり)があるわけです。

「庵」というくらいですから、小さな 「草庵」のようなものが連想されます。

 

問題は「苫(とま)をあらみ」です。

「苫(とま)」というのは、ワラなどで できたゴザのことをいいます。

「あらみ」は、「あらい(荒い)」と 「あみ(編み)をかけています。

ですから、目の粗いゴザを編んでいる、 という意味です。

 

稲は、実がお米になりますが、茎や葉も 利用されます。

稲刈りの後に田んぼで天日干して乾燥さ せ、乾燥した茎や葉でゴザや縄、ワラジや、冬のためのカンジキ、雑囊袋などに編んで用いて生活に役立てるわけで す。

稲は、実だけでなく、茎も葉も、そのす べてが私たちの生活に役立つ植物です。

 

その茎や葉は、稲刈りあと、田で天日干 しして乾燥させます。

そして乾燥させたものが藁(わら)で、 せっかく乾燥したのに雨に濡れたら意味がないので、これを屋根のついた作業場に持ち込みます。これが「庵(い お)」です。

 

そしてその庵の中で、人々は、ゴザや縄 など、生活に必要な物資を手作業で作るのです。

ここまでが上の句です。

 

そして天智天皇は、下の句で「わが衣手 (ころもで)は露に濡れつつ」と詠まれています。

「我が」衣手が「露に濡れた」とおっ しゃられているわけです。

 

なぜ、濡れたのでしょう。

作業場に立たれただけなら、袖も手も濡 れません。

天智天皇ご自身が、作業をする人々と一 緒になって苫(ゴザ)を「あらみ」、つまりご自身でゴザを編まれ、一緒になって作業されたから、濡れたのです。

 

濡らしたのは「露」です。

露は、夜になってからの夜露と、早朝 の、夜明け前の朝露があります。

歌には、夜露か朝露か書いてありませ ん。

ただ「露」とあるだけです。

つまり、大改革を成し遂げた偉大な天皇 が、ご自身で、お忙しいご公務の間をぬって、夜露に濡れる夜遅くまで、あるいは朝露に濡れる夜明け前の早朝か ら、民と一体にあって、ご自身の手でワラを編まれていると、この歌は、そう書いているのです。

つ まり「秋の田のかりほの庵の苫をあらみわが衣手は露にぬれつつ」は、秋の田んぼの刈入れのあと、ワラを乾かし、そのワラでゴザを編むお仕事を、大化の改新 を挙行され、わが国最高位となられた天智天皇ご自身が、一般庶民とまったく同様にむしろ率先して朝早くから夜遅 くまで働いている、そういうお姿が描かれて いるのです。

ワラでゴザを編むくらいです。

ということは、おそらく天智天皇は、田 植えから、稲の刈り取り、ワラの天日干し、庵への運搬、そして運び込んだワラでゴザや縄やワラジを編むお仕事ま で、民とともに御作業をされていたのでしょう。

しかも「あらみ」です。

天智天皇は、ご自身でご自身やご家族が 使われる「ござ」を編んでおいでなのですが、そのゴザは「目が荒い」のです。

ゴザは、目の細かなものが、それだけ編 む手間がかかりますから良質とされます。

けれど天智天皇は、ご自身やご自身の大 切なご家族がお使いになるゴザに、粗末な目の荒いゴザを編んでおいでなのです。

世界の王や皇帝は、絶対権力者として君 臨し、国民を絞り上げて、ありとあらゆる贅沢の限りを尽くす存在です。

け れど日本の基礎を築かれた天智天皇は、政権そのものを後任に譲られ、ご自身は国の最高権威というお立場にお就きになれながら、ご自身で田植えをし、稲刈り をし、ワラを天日干しし、庵にはいって朝露に濡れる早朝から、夜露に濡れる深夜まで、衣手を濡らしながら、ご家 族のために粗末な目の荒いござを編まれてい るというのです。

大化の改新によって起きたことをひとつ だけ申しあげます。

それはこの大化の改新のときから、わが 国が、わが国独自の元号を使い出した、ということです。

ですから西暦645年が、大化元年で、 これがいま、明治、大正、昭和、平成と続く、わが国の元号のはじまりです。

そして、独自の元号を用いるということ は、わが国が、完全に支那文明から決別して、完全に独立した国家として、独自の政治、文化、文明の道を歩み始め たということを意味します。

そして、このすこし後(持統天皇の時 代)に、わが国は、公式に外交文書でも「日本」の国号を用いるようになっています。

つまり、ものすごく詰めていうなら、天 智天皇は、皇子時代に大改革を断行し、皇太子としてわが国の独立自尊を成し遂げ、これを定着させて第38代天皇 となられた偉大な天皇です。

その偉大な天皇が、民とともに、民と いっしょになってお手ずから田植えをし、刈入れをし、ワラを干し、干したワラでゴザを編んでおいになるわけで す。

それも、夜遅くまで。朝早く朝からで す。

 

日本の平均気温というのは、だいたい 600年ごとに暖かくなったり、寒くなったりしています。

天智天皇の時代はとても寒い時代で、そ の寒い日本で、早朝から深夜まで、民とともに働く。

 

歌には「秋の田の」とあります。

それも「刈り穂の秋」ですから、刈入れ が終わった頃、つまり、朝晩がめっぽう寒くなって来た時期です。

 

その寒い中を、早朝から深夜まで、陛下 ご自身が作業されている。

これが「天壌無窮の神勅」をいただく、 わが国の最高元首のお姿です。

 

そして私たち庶民は、大化の改新によっ て、その天皇直轄の民と規程されました。

ということは、私たち庶民は、豪族たち の私有民ではない、ということです。

その豪族たちのはるか上位におわす天皇 直轄の民なのです。

ですから私たち日本人は、中華文明圏に あるような、豪族たちの私有民として収奪や奴隷の対象となっていません。

これはある意味、究極の民主主義が確立 された、ということです。

 

そしてその中心におわす天皇が、御みず から、「わが衣手」を「露」に濡らしながら、率先して働いておられるのです。

それも露に濡れる祖末な庵で、です。

 

そしたら、私たち庶民は、やれ暑いだの 寒いだの、雨に濡れるだの手が汚れるだの、我儘なんて言っていられません。

とにかくみんなと一緒に黙って働くしか ない。

これが君民一体です。

そういうありがたい歌が、百人一首の1 番歌だというわけです。

 

田んぼで大人たちが農作業しているそば で、子供たちが遊んでいる。

「おいっ!お前たち。この世はなあ、天 子様だって朝早くから夜遅くまで働いておいでなんだ。百人一首にそう書いてあったろ。こら!お前たちも一緒に仕 事を手伝わんかっ!」

お父さんやおじいちゃんの、そういう声 がなにやら聞こえてきそうです。

 

この御製は、決して「秋の田んぼのわき にあるほったて小屋には、藁で編んだゴザを屋根の代わりにがかぶせてあるけれど、ゴザじゃあ、目が粗いので、私 の来ている服の袖が濡れちまったじゃねーか」なんて、御歌ではありません。

それではまるでクレーマーです。

そんなクレーマー歌なら、子供の教育上 も良くないし、そんな良からぬものなら、大人たちが何百年もの間、おめでたいお正月のかるたとりになんて、絶対 に使いません。

 

けれども、天子様自ら働き、国民みんな が一緒になって働く。

それが「はたを楽にさせる=はたらく」 を大切にする私たちの国のカタチであり、その歌が、百人一首の1番歌であるとわかれば、大人たちは、すすんで我 が子に、その「かるた」を薦めます。

神社だって大勢の子供たちを集めてかる たとり大会をします。

そしてそれが習慣となって定着し、何百 年も続きます。

 

小倉百人一首は、「大化」の改新の天智 天皇に始まります。

後世のいまを生きる私たちは、決して 「退化」したくないものだと思います。

…以下略


ソーラークリニック

2014年02月02日 | 太陽光発電

    第 5215回に次いで太 陽光発電 診断 ソーラークリニックに12月分の診断結果が発表されています。
  何時もながらの下位争いで、最近はクリニックの結果を見るのも億劫なのですが、今まで続けてきたので、とり あえずアップします。その内、気持ちが切れそうな気もします。

   ところで、年が明けてからは殆ど雨らしい雨も少なくスタートは天候に恵まれているような気がします。尤も、始めで すから後はどうなるかわかりませんね。できうれば寒くならないで欲しいですね。

   登録名はそのまま「マア小父の発電所」です。

    参考:前 年12月分

    月 間発電量(パネル1kWあたり):    

         2013年    11月          1670 /2021        65.8kWh/kW

         2013年    12月          1542/2048         60.4kWh/kW

   月 間日射量比ランキング:    

          2013年   11月         1897/2021         0. 7

     2013年   12月          1746/2048         0.74

    年 間発電量:(パネル1kWあたり)  

          2012年  12 月~2013年    11月    1301/1587   1146 kWh/kW

          2013年    1月~2013年    12月    1330/1659   1150 kWh/kW

    年 間日射量比ランキング:           

         2012年   12月~2013年  11月      1496/1587        0.704

         2013年     1月~2013年  12月       1569/1659        0.705

   晴の日が多い割に、早 明浦ダムの貯水量は相変わらず100%を維持しているようです。
  先月も書きましたが、今月も天候に恵まれているとはいえ、やはり青空は少ないような気がします。と言いなが らも、外へ出るのは暖かそうな日に雑草を抜きに出るくらいなので本当の青空を見逃しているのかもしれません。
  一日中寝転んでのネット巡回で草抜きに耐える体力もなくなり、せいぜい一時間もやるともう足がガクガクでダ ウンです。やはり歩くことも必要ですね。

さて、来月は!