明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



朝Sさん宅に電話をする。声が元気で安心した。80過ぎて元気だったSさんが、調子が悪くて出席できない、とわざわざ来てくれたのは、ご近所でやってもらった出版祝いの前日であった。その時は飲みすぎて胃痙攣に、といっており、その後K本で飲んでいたので安心していた。近所の小学校で30年もウサギや草木や菊の世話を続けており、その間の卒業生の感謝状は、どうやって保管しているのか、という量であろう。一度菊の撮影を頼まれ、手作りの仕事場にお邪魔したことがあったが、そこが学校の耐震工事の際に撤去されることになってしまい、気落ちしているんだろう、と思っていたが、家で倒れて入院。胃を全摘ということになった。Sさんには『貝の穴に河童の居る事』で漁師の若者が被る使い古しの麦わら帽と、手作りの子宝祈願の男根を提供してもらった。麦わら帽はボロくて良い味をだしていたが、子宝祈願の方は文字の下地ということもあったが、私が少々遠慮しすぎてよく見ないと判らない。 洗濯物を干していると、そのたびSさんを思い出していた。部屋の電気が消えている、とか同じ洗濯物がいつもぶら下がっている、とか通りから常に見上げて気にしてくれていた。聞くと大分痩せたそうだが、じっとしていられないタイプなので散歩しているという。何人かに元気なことをメールで知らせると、即座に返信があり、みんな心配していたのが良く判った。 岩崎宏美さんのコンサートの帰りの二次会で、宏美さんにつままれた福耳を、片いっぽう、おしぼりで拭いてしまってすいませんでした。もうしません。もっともあれ以来私を警戒して、離れて座るSさんであった。

過去の雑記

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