現代の虚無僧一路の日記

現代の世を虚無僧で生きる一路の日記。歴史、社会、時事問題を考える

帽子は鬘

2010-03-05 22:30:10 | 社会問題
「喉(のど)もと過ぎれば」で“ 腰パン王子 ”の処分
問題はうやむやになってしまった。いろいろな意見を
検索して見たが、私が日頃思っている「帽子」について
書いてくれたのが一件あった。

「コメンテーターとして顔を出す、やくみつる、テリー
 伊藤は、総理や大臣とのテレビ対談ですら、帽子を被った
 まま。その不作法をTV局もディレクターも、注意しない。
 日日不愉快。こうしたコメンテーターが、本件を糾弾する
 資格はないと思いませんか。中居の帽子も同じです」と。

12年前の長野オリンピックでの里谷の問題(表彰台で帽子を
とらなかった)以来、私はぶつぶつ言い続けてきたが、もう
あきらめかけてきた。

神社の拝殿でも、お寺でも、お茶の席でも、とうとう真如苑でも、
能楽堂でも帽子をかぶったままのお年寄りがいた。そう私の
講演や演奏の時も必ずいらっしゃる。

若者のファッションかと思いきや、いい年の人まで
帽子を被ったまま。帽子はハゲ頭を隠す鬘(かつら)
なのだと思うことにした。さすれば腹も立たなくなった。

「ぼくらはみんなハゲている。ハゲているから被るんだ。
 手の平を頭の上に 当ててみよぉーよ。つ~るつる
 つるつる、つるっぱげだ。
 神主だって、女王様だって、お内裏様も、みんなみんな
 被っているんだ 鬘(かつら)な~んだ」


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腰パンには

2010-03-05 21:46:18 | 虚無僧日記
朝起会会員の徳永氏。名前のとおり“徳”がある。
いつも周囲を笑わせて、家族も事業も繁栄している。

息子さんも素直。だが今時の子。“腰パン”だ。
親子そろって朝起に集うのに、息子の“腰パン”を
見て、「なんだそれ。今そんな風に履くのが流行って
んのかね。じゃ、お父さんもそうしよう」と、やおら
ベルトをゆるめ、ズボンをずり下げて、出て行こう
とした。

それを見た息子。笑い転げて「お父さん、やめて、
やめて」と。自分もきちんと履き直したそうな。
おおらかで円満な家族だ。

「“腰パン王子” 国母君へのバッシングは、満員電車
状態の中で、鬱積した日本人が生贄(いけにえ)を求めて
の現象。ゆったりとした自然環境の国では、他人のこと
にもっと寛容で、フレンドリー」とか。アメリカ在住の
日本人からのコメントがあった。

なるほど、アメリカに長く滞在して、日本に帰国したら、
あまりの窮屈さにノイローゼになってしまったという人も
知っている。


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雨降り天気にては

2010-03-05 21:15:31 | 虚無僧日記
「天気予報はずしたら処罰」 ロシア大臣発言で論争(朝日新聞) - goo ニュース

先日、「津波警報」は肩透かしだったが、さしたる苦情もなく、
どのマスコミも「津波が、予報より小さくてよかった」という
報道一色で、沈静化させた。日本人は寛大だ。

ロシアでは「天気予報がはずれたら、担当官を処罰せよ」との
大臣の発言とか。「給料もらって、プロとしてやっているの
だから、誤報があってはならぬ」というのだ。

江戸時代、将軍の鷹狩りなどの際、今日の天気を占う担当官が
いた。「晴れ」と言って「雨」でも降られたら、打ち首である。
命がかかっているのだ。そこで“明答”を考えた。

「雨降り天気にては 御座無く候(そうろう)」というもの。

「雨降り天気」と続ければ、「雨の天気ではない」と解釈できる。
「雨降り、天気にては御座無く候」と切れば、「雨が降るので
天気ではない」。「天気=晴れではない」となる。

つまり、「晴れ」ても「雨降り」でも打ち首は免れるというもの。
嘘かホントか、この話を考えた人の知恵もすごいもんだ。


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