現代の虚無僧一路の日記

現代の世を虚無僧で生きる一路の日記。歴史、社会、時事問題を考える

生命保険か生活保険か

2010-03-25 07:50:08 | 社会問題
1868年 福沢諭吉は『西洋案内』の中で、「生涯請合い」のこと
として「生命保険」を紹介した。この時点ではまだ「生命保険」
という言葉は使っていない。

いつ、どこで誰が「生命保険」という言葉を言い出したのか不明
だが、「Life Insuarans」を「生命保険」と訳したのは、誤訳だった
と私は思っている。「LIfe(ライフ)」を「生命」と訳したため、
「命を保証するのか?」とか「死ぬのを待っているようでイヤだ」
との悪いイメージを持たれた。

「生命保険」は「人の命」を保証するのではない。
「自分の老後の生活」「死後の家族の生活を保障」するのだから、
「ライフ」は『生命』ではなく『生活』。『生活保障』と訳す
べきだったと、私は長年主張してきた。近年、ようやく「生活
保障」という言葉が使われだしている。

ちなみに、生命保険の方は「保障」。「さしさわり無きよう保つ」か。
損害保険は「補償」という漢字を使う。損害を被ったときに補填する
という意味。生損保ともに「保証」するものではない。

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最初の生保会社は安田か明治か

2010-03-25 07:35:04 | 社会問題
1868年、福沢諭吉が『西洋案内』を著してから 13 年後、
安田善次郎が「共済五百名社」を設立した。安田生命の
前身だ。

『西洋旅案内』では、掛け金について「年の老若、生来の
病身と達者とによりて、年々金を納むる高にも多少あり」
と記されていたが、「共済五百名社」は、会員500名
限定で、掛け金を一律にしたために、早く死んで大金を
受け取る人と、長年払い続ける人とで不公平感があった。

そこで、福沢門下で、愛知県豊橋出身の医師 阿部泰蔵が、
アメリカに留学して、生命表に基づいて保険料に差を
つける生命保険制度を学んで帰国し、明治14年に創設
したのが「明治生命」。近代的保険会社の日本初である。

「共済五百名社」が行き詰まり「安田生命」となるのは
明治27年。

安田も明治も共に「日本初の保険会社」と主張していたが、
平成16年、両社は合併し「明治安田生命保険相互会社」と
長い長い社名になった。

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