ケイの読書日記

個人が書く書評

小泉八雲 「はえのはなし」

2021-01-05 15:33:50 | 小泉八雲
 皆さま、あけましておめでとうございます。新年のご挨拶が遅れて、申し訳ありません。実は、去年からスマホゲームに夢中になってしまって、なかなか本が読めず、大昔読んだ短編などを再読して、なんとかブログを更新しています。それにコロナの関係で、図書館を利用しづらいんだよね。
 ゲームの引力ってスゴイ!! ステイホームが苦痛という人も多いけど、スマホゲームさえあれば、私はステイホームなんてへっちゃら! むしろ大歓迎! でも、読書は昔の私を支えてくれた。末永く付き合っていきたいです。

  

 小泉八雲「はえのはなし」  江戸中期、京都のとある商家に、たまという名前の女中がいた。たまは早くに両親に死に別れ奉公に出たが、たいそう働き者だった。せっせと働いて、銀百匁を貯め、そのうちの七十匁をつかって亡き両親の法事を営み、残りの三十匁を店のおかみさんに預けて、再び働きだした。
 そんなたまだったが、流行り病にかかり、あっけなく死んでしまう。主人夫婦はたいそう悲しんだが、どうしようもない。
 たまの死後、10日ほどたって主人夫婦の家に、一匹のおおきなハエが舞い込んでくる。主人は信心深かったので、ハエを殺さず捕まえて、遠くに持っていって放してやったが、また戻ってくる。そんなことが3度ほどあり、夫婦は、このハエがたまではないかと思う。
 そういえば、まだ三十匁のお金を預かっている。そのお金をつかって自分の供養をして欲しいのではないかと気付き、お寺に頼んでお経を詠み施餓鬼をした。そして、そのハエの死骸は箱に収められ、寺の境内に埋められた…という話。

 この主人夫婦は善人という設定だが、そうだろうか? たまのお金を三十匁も預かっていながら、たまの供養をしていなかったというのは、どういう事? この話は一種の仏教説話だろうが、たまは親孝行の働き者で何も悪いことしてないのに、餓鬼道におちるの? 餓鬼道というのは、仏教でいう地獄の一つで、そこの亡者はいつも餓えに苦しんでいるという。しかもハエに生まれ変わるというのは…ちょっと酷くない? 小鳥とか猫とか、人間に可愛がられるモノに生まれ変わればいいじゃない。

 どうも、正月早々、納得いかない話を読んでしまった。

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