日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

CMだからと言って、見逃してはいけないこと

2012-02-04 20:43:19 | CMウォッチ
facebookの知人が、アサヒ飲料の新商品「フォション・抹茶」のCMについて、怒っていた。
現在テレビ無し生活をしている私は、このCMを知らなかったのだが公開されているCMを見ると、確かにおかしい。
「おかしい」と言うよりも、茶道を習ったことが無い私が見ても「それは無いよ!」と言うほど、恥ずかしい内容のCM。

最近、時折送られてくるDMなどを見ても感じることの一つに、これまでの常識では考えられないような「それは無いよ」と言う演出をした写真を使った内容や、コピー文が普通になりつつある、と言う点がある。
「常識は、時代とともに変化する」と言われれば、それまでなのだが、このフォションのCMのように「一つの型」が決まっていることについても、それがどんどん崩れてきているような気がすることが、増えてきているのだ。

別に、このCMのモデルさんが着ている着物や髪飾り、小道具として使われている抹茶茶碗の季節感の無視状態を指しているのではない。
本当は、この部分はとても重要な部分でもあるのだが、このCMの場合それ以前の「作法」と言う点で問題なのだ。
このCMを作ったスタッフに、「茶道」の心得た人物がいなかったのかも知れない。
もう一つは「フォション」と言うフランスの食材メーカーのブランドの商品と言うことで、モダンさを狙ったのかもしれない。

しかし、「モダン」と言うことを考えれば伝統を理解した上での、現代解釈や表現があって初めて「モダン」と言えるのではないだろうか?
同じような、上っ面の「モダンさ」を表現しているような、「日本風」の広告表現が増えてきている、と言うことに一種に危機感のようなモノを感じるのは、私だけだろうか?

昨年の東日本大震災以来、世界中が「日本の精神文化」と言うものに注目をし始めている。
そしてその「精神文化」の一つの表現として、「日本のモダンデザイン」や「モノづくり精神(工業製品などの物作りではない、創造性のあるモノ作りという意味)」に反映されていると、捉えられ始めているのも事実だろう。
とすれば、そのような世界が注目する「日本の精神文化」とは逆をいくような広告表現と言うのは、いかがなものだろう。
むしろ、広告を作る人間と言うのはそのような文化的な知識も必要だと思うし、このような商品の広告を担当する際には、その知識を得ることが当然なのだと思う。
そのような「当たり前のコト」を、おざなりにしてきている風潮が最近の広告表現に多くなりつつあるように感じている。

「CMだからこの程度」と思って、メーカーや広告代理店がこのようなCMを作っているのだとしたら、とても恥ずかしいことだと思うのだ。

商品情報を確認したら・・・「甘くない抹茶」とある。
もともと「抹茶」は甘く無いんですけど・・・アサヒ飲料さん。
アサヒ飲料さんがイメージしていた「抹茶」と言うのは、抹茶に砂糖が入った「グリーンティー」のコトだったのですね。
日本の飲料メーカー、ここまで落ちたのか・・・と、情けない気分です。