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ハロウィーンは「仮装会」?!

2017-10-31 21:40:18 | アラカルト

今日は、ハロウィーン。
都市部の繁華街では、仮装をした人達が賑やかに繰り出しているのだろう。
中日新聞:ハロウィーン本番、渋谷は大混雑 仮装若者「非日常楽しい」

ハロウィーンが、今のようなイベント化し始めたのは、ここ数年のような気がしている。
確かに、仮装をして仲間といっしょに騒ぐのは、楽しいコトだとは思うのだが、なんとなく「ハロウィーン」そのものの意味が抜け落ち、「仮装会」となっていることに、違和感を感じている。
もしや、「仮装をしカボチャの飾りつけをする日」だと勘違いをしているのでは?と、要らぬ心配までしそうになる。

ご存じの方も多いと思うのだが、元々「ハロウィーン」はケルト人の「収穫祭」と「悪霊を追い出す」という宗教的な意味合いがあった。アメリカに渡りカボチャで作った提灯・ジャックオーランタンを飾り、仮装をした子供たちが「お菓子をくれないと、いたずらをするぞ~」と、言いながら近所の家々を回って歩く、という行事に変化したものだ。
日本では、アメリカの行事をそのままイベント化したようなカタチとなっているのだが、子供たちが仮装をするのではなく、大人が仮装をして非日常を楽しむイベントと独自の発展をしているように思っている。
お菓子をもらいに歩かないので、製菓会社からすると期待ほどの「イベント」ではないかもしれない。

非日常的なことをするのは楽しいし、気心の知れた仲間といっしょになった騒げば、より楽しいだろう。
なんとなくだが、ハロウィーンで騒ぐ(あるいは、はしゃぐ)人達は、別にハロウィーンでなくても良いのではないだろうか?
「非日常的なことをして、騒ぐ」ことが目的だと考えれば、同じ「収穫祭」の意味を含む日本古来の「新嘗祭」に合わせて行う「秋祭り」でも構わないのでは?という、気がしている。
「仮装をする」ということにハロウィーンの意味があると考えると、「新嘗祭」や「秋祭り」では楽しくないとは思う。
そう考えると、「ハロウィーン」の意味付けは「堂々と仮装ができる日」ということになるのかもしれない。

今年、ハロウィーンで仮装した衣装やメイク用品は、「断捨離」よろしく捨てられるのだろうか?
一時の経済効果はあるかもしれないが、その消費や寄付など他に回した方がもっと社会は豊かになるような気がするのは、私がオバサンだからだろうか?