ご存じの方も多いと思うのだが、ファッションデザイナーの三宅一生さんが、亡くなられた。
朝日新聞:デザイナーの三宅一生さん死去 84歳 70年代から世界的に活躍
三宅さんと言えば、「プリーツ・プリーズ」という、布を細かく折りたたんだ(=プリーツ)加工をし、平面的なファッションデザインが有名だ。
MIYAKE ISSEI:PLEATS PLEASE
1枚の布を細かく折りたたむことで、平面でありながら立体的なフォルムを作り出すことができるだけではなく、サイズフリーという服でもあった。
扱いやすさや小さくまとめる事ができ、ドレスとしても場所を選ぶことがない、というデザインは「TPO」に縛られない服でもあった。
ドレスコードが厳しい欧州で受け入れられたのは、このようなサイズフリー・TPOフリーというこれまでにない、ファッションを提案してきたからだと思う。
それは、同じ日本出身のデザイナーである高田賢三さんや一世代前の森英恵さん、とも一線を期すデザインであったし、三宅さんよりも若い川久保玲さんや山本耀司さんとも、違う感覚であった。
川久保玲さんや山本耀司さんの「日本風」な表現に、三宅さんは影響を与えたかもしれないが、デザイン上では干渉しあうようなことは無く、それらが逆に「日本人デザイナーのファッション表現の幅広さ」へと繋がっていったように思う。
三宅さんがこだわった「1枚の布」という発想の基は、日本の着物にある、と言われている。
着物は、平面的でサイズそのものもさほど関係がない。
七五三の着物を10歳過ぎのお子さんが着ても、十分に着られるような仕立て方をしている。
20歳の頃に仕立てた着物を40代で着ることもできるのは、体に沿った立体的な仕立て方をしていない為だ。
このような日本の「着物」という服飾文化を新しいスタイルで表現したのが、三宅さんの「プリーツ・プリーズ」だったのだ。
「立体的な服作りをしない」ことで、服に人を合わせるのではなく、人に服を合わせるという発想は、欧州ではセンセーショナルなこととして、受け入れられた。
その後を追うように登場する、川久保玲さんや山本耀司さんもアプローチは違うが、「日本」を強く印象付けるデザインで欧州での人気を勝ち得た、ということがある。
ただ残念なことに、川久保玲さんや山本耀司さんに続く、世界的なファッションデザイナーが育っていないように感じている。
もちろん、ファッションの世界を目指す若い人たちは、数多くいると思う。
それが「世界という舞台」で活躍を目標にしているのか?というと、どうなのだろう?
ファストファッションが台頭してから、日本のファッションそのものが、楽しいモノではなくなってきたように感じる事がある。
「奇抜な目を引くファッション」というのではなく、どこかしら個性が感じられるデザインや素材選び等が、横並びになり「価格と合理性」が求められるようになってきているような気がするのだ。
このような社会環境では、新しいデザイナーの誕生は難しいのかもしれない。
三宅さんの訃報は、「日本人の『着るもの』の文化」を、世界に伝える時代の終焉のような気がしている。