一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

天童人間将棋&とちのきカップ・片上大輔六段

2009-06-21 00:10:56 | 男性棋士
将棋のプロ棋士(四段)になるのと、東京大学に合格するのと、どちらが難しかったか――。この比較しようもない命題に、ひとりだけ答えられる棋士がいる。
東京大学卒業の学歴を持つ将棋プロ棋士、片上大輔六段、その人である。
私の幼馴染に、早稲田大学法学部卒の男性がいるが、いわく「東大とほかの大学では、次元が違う」らしい。私のような凡人から見れば東大も早大も一流大学なのだが、やはり東大は難関中の難関ということだ。
いったい片上六段の頭の中は、どういう構造になっているのだろうか。乾いたスポンジが水を吸い込むように、すべての知識が難なく吸収されていくのであろう。
さてそんな片上六段に、先日の「とちのきカップ」で、指導対局を受ける機会に恵まれた。受付では指導棋士の誰を指名してもいいということだったが、公の場で、中倉宏美女流二段、とも言いにくい。
それで受付のスタッフ氏に選んでいただくと、では片上六段で、と言われ、私はそのテーブルに向かった。
片上六段には、昨年の4月、山形県・天童で行われた「人間将棋」でも指導対局を受けている。本音を言えば、人間将棋の対局棋士であり、私服に着替えて美の競演をしている、船戸陽子女流二段か島井咲緒里女流初段にお手合せを願いたかったが、申し込み順の関係でそうなった。しかし男性棋士に将棋を教えていただけるのも、ありがたいことである。
ちなみに男性棋士に指導対局を受けるのは、私が高校3年生のときに、真部一男七段に角落ち(だったと思う)で指導を受けて以来、24年半ぶり、3人目であった。
対局会場で片上六段(当時五段)は、「きょうは皆さん、下手全勝を目指して頑張ってください」と言った。果たしてその言葉どおり、下手が定跡どおり指してきたときはスッパリ負け、明らかな悪手を指したときは、「それはいけません」と指し直しを促し、公約どおり下手に勝ち星を配給していったのだ。
私は陽動四間飛車から1筋を攻め、中押し勝ちと踏んでいたが、指し手が守りに入って勢いがなくなり、桂交換をされたときに「ようやく歩以外の駒が入りました」と言われたときは、ゾ~ッとしたものだった。
その後は攻め合いになり、自玉に必死をかけられたが、上手王にピッタリの詰みがあり、幸いすることができた。このときは片上六段の14面指しだったが、私は最後から2番目ぐらいに終了したと思う。片上六段の、文字どおりのノータイム指しに、さすが男性プロ棋士は違う、と大いに感心したものだった。

とちのきカップに戻る。片上六段のテーブルに着くと、金曜サロン会員のI氏、清水市代ファンのT氏が先着していた。
片上六段に「いつもブログを読んでますよ」と言われる。
女流棋士の中では石橋幸緒女流王位、藤田麻衣子女流1級がこのブログを読んでくださっている。しかし男性棋士からそう言われたのは初めて。北尾まどか女流初段の件で、私はなにかマズイことは書かなかっただろうかと、おろおろしてしまう。対局前に、上手が下手を動揺させてどうするのだ。
「私、昨年の天童でも先生に指導を受けております」
「あ、人間将棋のときですか」
などと会話を交わすと、すかさずT氏が「一公さん、ホントに神出鬼没ですね」と感心したように言う。
なにを言うか。神出鬼没なのはT氏のほうであろう。T氏も昨年天童におり、女流棋士に指導対局を受けたのを私は知っている。
手合いは、I氏は飛車落ち、T氏は飛車香落ちを希望していた。I氏と私は、金曜サロンでは1階級差である。これでは私が角落ちを所望せざるを得ない。
緊張しつつ一礼して、対局開始。私の戦法は、将棋ペンクラブ会員ならご存知の、三間飛車。上手は6、7筋に金を並べ、王は「4三」の三段王である。これは本気の構えだと思った。
あれっ? そういえば、どうして片上六段は私がブログを書いていることをご存知だったのだろう!! 私は自己紹介をしなかったのに…。やはりR氏のブログを読んでいらっしゃるからだろうか。いやしかしこれは、自分の想像以上に、世間様に私のメンが割れているかもしれない。
上手は2筋に飛車を廻り、桂交換を果たす。このとき▲7二歩と垂らし、△2一飛なら▲7一歩成△同飛▲8三桂を考えたが、まずは2筋を収めようと▲2六歩と謝ったのがマズかった。
△2一飛に予定どおり▲7二歩と垂らすと、「それは成れませんよ」と△7三桂と跳ばれて唖然とした。しかし上手にも8筋の歩を突き捨てを怠る小ミスが出、私は▲8三香と「垂らしの香」で食らいつく。
以下数手進んだ局面を掲げる。片上六段の了承は受けていないが、赦していただきましょう。例によって駒の配置のみを記す。

上手(角落ち)片上大輔六段:1一香、1四歩、3四歩、4二銀、4三王、4四歩、5三銀、5四歩、6三金、6四歩、7三桂、7四金、8九と、9二飛、9四歩 持駒:銀、桂2
下手 一公:1六歩、1九香、2六歩、2七銀、2八玉、3六歩、3八金、4六歩、4七金、4八角、5六歩、6六歩、7一と、7六飛、8一成香、8六歩、9六歩、9九香 持駒:桂、歩2

▲7六銀と桂を外し、△同歩▲同飛に△8九歩成とした局面。
ここで私は▲7五桂と打った。その刹那、片上六段が「うっ」と唸った。△7五同金は▲同飛で、次に▲7四歩と▲2五飛廻りを見て下手よし。また△6二金は▲8三桂成と飛車を殺して下手勝ち。
やむなく片上六段は△8四桂と打ってきたが、そこで私が▲6三桂成と攻め合いに行ったのは早まった。ここは▲7七飛とじっと引き、上手にもう1手余計な手を指させてから、桂成を決行すべきだった。
将棋はつねに、欲張った手を狙わなければならない。
もっともこの将棋は私の優勢のまま進んだのだが、上手の端攻めを無視して詰めろで攻めればよかったものを、丁寧に挨拶していたらつけ込まれ、一遍に形勢が接近してしまった。ここで最終盤の局面をもう一度掲げよう。

上手:1六香、3四歩、4二銀、4四歩、4八成桂、5三王、5四歩、6四歩、7九飛、8九と、9三飛、9四歩 持駒:角、金、銀、桂、歩2
下手:1七歩、1八銀、1九香、2五桂、2六歩、3七玉、3八金、4六歩、5六歩、6二銀、6六歩、7二と、7三と、8二成香、8六歩、9六歩、9九香 持駒:金2、桂、歩

△4八桂成に▲5三成桂△同王▲6二銀、と打った局面。
ここで片上六段は1秒考え、ちょっと迷いながら△4三王、と指した。しかしこれが大悪手。以下▲5三金△3二王▲4二金△2三王▲1三金△2四王▲3三銀△3五王▲2七桂まで、ピッタリ詰んでしまったからだ。手順中、逆方向から打つ感じの▲1三金が指しづらいが、ここでは▲1五桂でも詰んでいそうだ。
「上に抜けられると思ったんだけどなぁ」
と片上六段。
とはいえ片上六段ほどの棋士だから、△5二王で100%詰まないことは瞬時で分かったはずだ。しかし△4三王でもたぶん詰まないと思い、それなら下手に王手ラッシュをさせ、辛くも生き延びたところで「惜しかったですね」という算段だったのではないか。
しかし案に相違して上手王が詰んでしまったので、あれっ?となったわけだ。
もっとも指導対局だから、上手は勝とうが負けようが関係ない。しかし下手は別だ。本気を出されていないとはいえ、プロ棋士に勝利することは大きな喜びだし、自信や自慢にもなる。
とくに本局は、中盤の入口で失敗したものの、終盤まではこちらがうまく指していた。この将棋を負けたら、ちょっと立ち直れなかった。片上六段がそこまで考えて指してくれたかどうか分からないが、そんな配慮はあったような気がする。
また今回は、感想戦でも勉強になることが多かった。
たとえば左上辺に成り駒が固まっていたが、成り駒は2枚程度でいいという。だから▲7五歩から金を取りには行かず、▲8二成香△9三飛には▲6五歩と角道を通して飛車を取りにいってもいいし、▲7三と△同金▲8五桂と成り駒を捌いてもよかった。
また△1八歩~△1九竜(飛成)▲1七玉の形は下手玉に耐久力があり、これは覚えていて損はないという。
さらに、△2四桂に▲2五桂と打ったがこれも1手遅れで、この場合は先に▲5三成桂と銀を取り、△同王なら▲3二銀と縛って勝勢だったという。
▲5三成桂は一見、種駒を清算するので指しにくいが、左辺に成駒が固まっているので、この局面は大丈夫なのだという。
このあたりの一連の考え方は、いろいろな局面で応用が利きそうで、本当にためになった。女流棋士の感想戦とは一味違う感じがした。
片上先生、貴重な指導対局、ありがとうございました。
なお局後には、指導対局の特典として、片上六段とのツーショット写真を戴いた。…あれっ? じゃあやっぱり、私は中倉宏美女流二段に指導を受けたほうが良かったのだろうか!?
コメント (10)
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