9日(土)はBSテレ東の「サイレント・ヴォイス」CASE5「読みすぎていた男」を観た。
感想としては、かなり微妙。栗山千明の美しさだけが印象に残った。
では話を順に追い、その都度ツッコミを入れてみよう。というわけで以下、ネタバレあり。
スナックのママ・明恵(田山由起)が刺殺された。その近くには、スナックに不似合いな月刊「将棋舞台」があった。
筒井刑事(宇梶剛士)らは、店に借金があった久我沢(水野智則)を被疑者に挙げるが、楯岡絵麻刑事(栗山千明)は違うと読む。
「将棋舞台」をよく見ると、丹羽三善竜虎・帝王・達人(渡部豪太)が写っているページが折られていた。絵麻は丹羽を怪しいとにらみ、参考人として署に呼ぶ。
ここが分からないところで、こんな些細な理由で、天下の三冠王・丹羽を警察に呼べるわけがない。しかも綿貫刑事(野村修一)によると、丹羽はその日、現場からクルマで30分離れた場所で、第72期竜虎戦七番勝負第1局を戦っていたのだ。
被疑者にアリバイがあるのにそれを無視し、無実なのに何年も刑務所に放り込んだ氷見警察署(や裁判所など)だってここまでしないはずで、これは絵麻の拙速な判断と言わざるを得ない。
丹羽は聞き取りに応じたが、犯行はもちろん否認した。
だがその後の調べで、明恵はかつて、神崎良八段(蔵原健)の家政婦をしていたことが分かる(実在の神崎健二八段とは無関係)。
そして丹羽も神崎を敬愛しており、家にも遊びに行っていたという。よって、丹羽は明恵を知っていた可能性がある。ちなみに神崎はすでに引退し、3年前に亡くなっていた。
ここもおかしくて、神崎の棋歴を考えれば、とうに「九段」でなければいけない。
ここで解決編になるのだが、この材料で丹羽の犯罪が分かるわけがない。
絵麻は丹羽を再び警察に呼び、あろうことか対局を申し込む。
「はあ? なんでそんな無茶なことを」
と東野刑事(馬場徹)。
「勝負事はやってみなければ分からないじゃない」
と絵麻。
いや分かるって。私がタイトルホルダーと指したら、1万回やっても勝てない。まったく将棋にならない。絵麻の棋力は知らないが、将棋界のしくみを知らないんだから、せいぜい級位者だろう。丹羽には四枚落ちでも絶対に勝てない。
だが将棋は、いい勝負になるのである。
同時に絵麻の取り調べが行われる。絵麻らの調べによると、今から15年前、神崎の娘・香花(志水心音)が行方不明になる「事件」が起こっていた。
当日神崎は、第57期竜虎戦第1局の対局中で、若き丹羽の挑戦を受けていた。それまでの両者の対戦成績は、神崎の6勝0敗で、下馬評は神崎有利だった。
だが娘の行方不明を聞いていた神崎は、心ここにあらずとなる。
図の△5六竜の王手に、▲6六桂とアイシャしたのが大悪手。丹羽は△同馬と取る。▲同歩なら△8四桂▲8六玉△6六竜▲9七玉△9六竜▲8八玉△7六桂まで詰むのだ。
神崎はこの敗戦が痛く、結果的に丹羽が竜虎位を奪取した。
そして絵麻の推理では、香花の行方不明は、丹羽が明恵に金を渡し、仕組んだものだった。
この騒動で神崎を疲弊させタイトルをもぎ取るというもので、実際それは図に当たった。
だがこれもおかしな話で、香花は事件当日の午後に、公園で見つかっている。それなら第2局以降は神崎も立て直すのではないか?
例えが適切でないが、第36期名人戦で、中原誠名人に森雞二八段が剃髪で挑戦した際、第1局は名人が動揺し完敗したが、第2局以降は名人も平静に戻った。それと同じことを、神崎もできなかったのだろうか。
それどころか神崎は長期のスランプに陥り、引退してしまったのだ。ショックの期間が長すぎないか?
その香花はすくすく育ち、現在は奨励会に入っている(街山みほ)。神崎の人生に何の憂いもないはずで、神崎のスランプの原因が分からないのだ。
それに、いくら丹羽がタイトルを欲しいからといって、神崎を敬愛する丹羽が、そんな愚行を犯すだろうか。しかも共犯を仕立てるのは致命的だ。竜虎に挑戦していた丹羽は世間に顔が知られたはずで、そんな中で明恵への犯行依頼は、あまりにも軽率すぎる。事実丹羽は15年後、明恵に殺意を抱いてしまったのだから――。
そもそも丹羽の棋歴を見れば、エリート街道まっしぐらである。丹羽の風貌から、15年前は20歳前後だったと思われる。棋士は自信の塊だ。それまで丹羽は神崎に勝てなかったが、そんな借りは竜虎戦で返してやると、自信満々で臨まなければおかしい。
15年後の現在、丹羽は偶然明恵と再会する。そこで丹羽が、強請られる前に明恵を殺してしまおうと考えるのだが、これじゃあ本末転倒であろう。殺人を犯してまで得る勝利は絶対にない。
絵麻は、第72期竜虎戦第1局で丹羽が逆転負けを喫したのは、殺人のあとで心が乱れていたからと考える。
その、榎本泰造六段との終盤戦である。
榎本△5六竜(図)の王手に、丹羽が▲6六桂と跳んだのが大悪手。△同馬でトン死となった。以下は簡単な詰みである。
図に戻り、▲6六歩は、後手玉が詰めろになっていないと思う。よって正着は▲6六金か。
対してA△5八竜は▲5五歩で詰み。B△6六同馬は▲同桂(王手)△同竜▲同玉で先手勝ちである。
どうして丹羽は、魅入られるように▲6六桂と指してしまったのか。かつての▲6六桂の残像、犯行後の動揺があったとはいえ、持ち時間はたっぷり残っていた。ゆっくり気息を整え、冷静に読み直せばよかったのだ。
丹羽―絵麻戦は、丹羽が△5五角と王手をした。絵麻は▲6六桂の逆王手。
(双方の持駒は不明)
「▲6六桂。見覚えがありますよね?」
と絵麻がつぶやき、丹羽の犯行方法を述べるのである。
この犯行方法は、大昔「週刊少年サンデー」に連載されていた「おやこ刑事」(画・大島やすいち、脚本・林律雄)にも同じトリックがあった。ただ「おやこ刑事」は、犯人が7分で犯行したのに対し、丹羽のそれは相手が遠隔地におり、自身の着替えもあるから、はるかに条件が悪かった。
しかし丹羽は、それをやり遂げてしまう。
丹羽は絵麻の推理に観念し、自供を始めてしまう。ここがまた素直すぎて、歯がゆい。物的証拠は挙がってないし、丹羽が完落ちすることはないのだ。
それよりなにより、丹羽―絵麻戦である。絵麻が丹羽といい勝負になった、という展開は目をつぶろう。しかし、相手の王手に▲6六桂で逆王手をする局面に誘導するなど、絵麻にできるわけがない。いや誰が対局者でも、100%、できない。
そもそも論だが、取り調べにこの対局は必要だったのだろうか。
今回の脚本家は、「相棒」にも何本か書いた人である。タイトル戦の優勝賞金や奨励会のことなどよく取材しているが、実戦の難しさを全然理解していなかったのは残念だ。
だがまあしかし、絵麻の将棋の手つきが意外によかったし、丹羽のそれも及第点だった。将棋界を取り上げてくれたという意味で、将棋ファンは感謝しなければいけないのだろう。
なおこのドラマの将棋監修は、中井広恵女流六段だった。
感想としては、かなり微妙。栗山千明の美しさだけが印象に残った。
では話を順に追い、その都度ツッコミを入れてみよう。というわけで以下、ネタバレあり。
スナックのママ・明恵(田山由起)が刺殺された。その近くには、スナックに不似合いな月刊「将棋舞台」があった。
筒井刑事(宇梶剛士)らは、店に借金があった久我沢(水野智則)を被疑者に挙げるが、楯岡絵麻刑事(栗山千明)は違うと読む。
「将棋舞台」をよく見ると、丹羽三善竜虎・帝王・達人(渡部豪太)が写っているページが折られていた。絵麻は丹羽を怪しいとにらみ、参考人として署に呼ぶ。
ここが分からないところで、こんな些細な理由で、天下の三冠王・丹羽を警察に呼べるわけがない。しかも綿貫刑事(野村修一)によると、丹羽はその日、現場からクルマで30分離れた場所で、第72期竜虎戦七番勝負第1局を戦っていたのだ。
被疑者にアリバイがあるのにそれを無視し、無実なのに何年も刑務所に放り込んだ氷見警察署(や裁判所など)だってここまでしないはずで、これは絵麻の拙速な判断と言わざるを得ない。
丹羽は聞き取りに応じたが、犯行はもちろん否認した。
だがその後の調べで、明恵はかつて、神崎良八段(蔵原健)の家政婦をしていたことが分かる(実在の神崎健二八段とは無関係)。
そして丹羽も神崎を敬愛しており、家にも遊びに行っていたという。よって、丹羽は明恵を知っていた可能性がある。ちなみに神崎はすでに引退し、3年前に亡くなっていた。
ここもおかしくて、神崎の棋歴を考えれば、とうに「九段」でなければいけない。
ここで解決編になるのだが、この材料で丹羽の犯罪が分かるわけがない。
絵麻は丹羽を再び警察に呼び、あろうことか対局を申し込む。
「はあ? なんでそんな無茶なことを」
と東野刑事(馬場徹)。
「勝負事はやってみなければ分からないじゃない」
と絵麻。
いや分かるって。私がタイトルホルダーと指したら、1万回やっても勝てない。まったく将棋にならない。絵麻の棋力は知らないが、将棋界のしくみを知らないんだから、せいぜい級位者だろう。丹羽には四枚落ちでも絶対に勝てない。
だが将棋は、いい勝負になるのである。
同時に絵麻の取り調べが行われる。絵麻らの調べによると、今から15年前、神崎の娘・香花(志水心音)が行方不明になる「事件」が起こっていた。
当日神崎は、第57期竜虎戦第1局の対局中で、若き丹羽の挑戦を受けていた。それまでの両者の対戦成績は、神崎の6勝0敗で、下馬評は神崎有利だった。
だが娘の行方不明を聞いていた神崎は、心ここにあらずとなる。
図の△5六竜の王手に、▲6六桂とアイシャしたのが大悪手。丹羽は△同馬と取る。▲同歩なら△8四桂▲8六玉△6六竜▲9七玉△9六竜▲8八玉△7六桂まで詰むのだ。
神崎はこの敗戦が痛く、結果的に丹羽が竜虎位を奪取した。
そして絵麻の推理では、香花の行方不明は、丹羽が明恵に金を渡し、仕組んだものだった。
この騒動で神崎を疲弊させタイトルをもぎ取るというもので、実際それは図に当たった。
だがこれもおかしな話で、香花は事件当日の午後に、公園で見つかっている。それなら第2局以降は神崎も立て直すのではないか?
例えが適切でないが、第36期名人戦で、中原誠名人に森雞二八段が剃髪で挑戦した際、第1局は名人が動揺し完敗したが、第2局以降は名人も平静に戻った。それと同じことを、神崎もできなかったのだろうか。
それどころか神崎は長期のスランプに陥り、引退してしまったのだ。ショックの期間が長すぎないか?
その香花はすくすく育ち、現在は奨励会に入っている(街山みほ)。神崎の人生に何の憂いもないはずで、神崎のスランプの原因が分からないのだ。
それに、いくら丹羽がタイトルを欲しいからといって、神崎を敬愛する丹羽が、そんな愚行を犯すだろうか。しかも共犯を仕立てるのは致命的だ。竜虎に挑戦していた丹羽は世間に顔が知られたはずで、そんな中で明恵への犯行依頼は、あまりにも軽率すぎる。事実丹羽は15年後、明恵に殺意を抱いてしまったのだから――。
そもそも丹羽の棋歴を見れば、エリート街道まっしぐらである。丹羽の風貌から、15年前は20歳前後だったと思われる。棋士は自信の塊だ。それまで丹羽は神崎に勝てなかったが、そんな借りは竜虎戦で返してやると、自信満々で臨まなければおかしい。
15年後の現在、丹羽は偶然明恵と再会する。そこで丹羽が、強請られる前に明恵を殺してしまおうと考えるのだが、これじゃあ本末転倒であろう。殺人を犯してまで得る勝利は絶対にない。
絵麻は、第72期竜虎戦第1局で丹羽が逆転負けを喫したのは、殺人のあとで心が乱れていたからと考える。
その、榎本泰造六段との終盤戦である。
榎本△5六竜(図)の王手に、丹羽が▲6六桂と跳んだのが大悪手。△同馬でトン死となった。以下は簡単な詰みである。
図に戻り、▲6六歩は、後手玉が詰めろになっていないと思う。よって正着は▲6六金か。
対してA△5八竜は▲5五歩で詰み。B△6六同馬は▲同桂(王手)△同竜▲同玉で先手勝ちである。
どうして丹羽は、魅入られるように▲6六桂と指してしまったのか。かつての▲6六桂の残像、犯行後の動揺があったとはいえ、持ち時間はたっぷり残っていた。ゆっくり気息を整え、冷静に読み直せばよかったのだ。
丹羽―絵麻戦は、丹羽が△5五角と王手をした。絵麻は▲6六桂の逆王手。
(双方の持駒は不明)
「▲6六桂。見覚えがありますよね?」
と絵麻がつぶやき、丹羽の犯行方法を述べるのである。
この犯行方法は、大昔「週刊少年サンデー」に連載されていた「おやこ刑事」(画・大島やすいち、脚本・林律雄)にも同じトリックがあった。ただ「おやこ刑事」は、犯人が7分で犯行したのに対し、丹羽のそれは相手が遠隔地におり、自身の着替えもあるから、はるかに条件が悪かった。
しかし丹羽は、それをやり遂げてしまう。
丹羽は絵麻の推理に観念し、自供を始めてしまう。ここがまた素直すぎて、歯がゆい。物的証拠は挙がってないし、丹羽が完落ちすることはないのだ。
それよりなにより、丹羽―絵麻戦である。絵麻が丹羽といい勝負になった、という展開は目をつぶろう。しかし、相手の王手に▲6六桂で逆王手をする局面に誘導するなど、絵麻にできるわけがない。いや誰が対局者でも、100%、できない。
そもそも論だが、取り調べにこの対局は必要だったのだろうか。
今回の脚本家は、「相棒」にも何本か書いた人である。タイトル戦の優勝賞金や奨励会のことなどよく取材しているが、実戦の難しさを全然理解していなかったのは残念だ。
だがまあしかし、絵麻の将棋の手つきが意外によかったし、丹羽のそれも及第点だった。将棋界を取り上げてくれたという意味で、将棋ファンは感謝しなければいけないのだろう。
なおこのドラマの将棋監修は、中井広恵女流六段だった。